帽子を目深に被り、藍白色の髪と若竹色の瞳をした少年は…名を『皐月』といった。
白と再不斬は、結局迷子のようである皐月の頼みを聞くことになり、彼を先導する形でとりあえずアカデミーへと向かう。
「あの、お二方、本当にありがとうございますっ」
「お礼は後でいいです。それより急がないと!」
「で、だ!命が狙われてるってのは本当なのか?」
「はいっ。元々、狙われることの多い方なんですが、この間から変な人たちによって、そのぉ…話せば長くなるんで省略しますが、狙われて屋敷から出たのはいいんですけど、はぐれちゃって」
「…本当にこの里にいるのか?」
「もちろんですっ。若様はこの里に住んでるはずの『陛下』にお会いするつもりでしたから」
「「『陛下』…?」」
「あ、えっと…そ、そうです!あだ名なんです!」
変な言葉を聞いた気はするが、皐月が適当にごまかしたので、まぁそれでもいいかと思い直した。
「ところで、えーと、あなたの主の名前はっ?」
「ほぇ!?そ、それは……」
「ま・さ・かっ。知らねーとか言わねぇだろうな!!」
「違います!夕貴様とおっしゃいますが…その、今は多分違う名前を使ってらっしゃるので、わかんないんです!ごめんなさ〜いっ」
「あ、こらっ、待ちやがれ!そっちは違う方向だっ!!」
「………;」
何だか手のかかる子供だ、と再不斬と白は一気に疲れたような気がしていた。
耳元で囁かれた言葉に、ナルトは浮かべていた艶やかな笑みを苦笑へと変えた。
「…やっぱり、そうくるか」
「もちろん。一石一鳥より一石二鳥の方がいいだろう」
「その呪いを解け、とは言わないんだな。…正直、そいつが今一番の厄介事の種になってるんだろ」
「その通りだよ。おかげで、爺や綾、胡蝶たちも視えないときたし。唯一視えなくても頼りになるあの子も、途中襲撃を受けて離れてしまったから、しばらくは会えないだろうしね。本当に、君には視えてよかったよ」
ここに来た帝は、実は厄介な……今時、中々信じられないものではあるが……呪いを受けていた。
彼が受けた呪いは、『知り合い』である者には彼が認識した途端、一切視えない、声が聞こえない、わからない、というものである。
そのせいで、家族や身近にいる者たちと話ができないし(こんな状況になったのは、呪いを受けた時一緒にいた護衛の少年によって伝えられた)、妓楼へ遊びに行っても何もできない(これには彼の爺が大喜びだった;)。
何より問題だったのは、お抱えの神官達ではこれを解けない、ということであった。
もちろん、ナルトは彼に出会って一目でその状態を見抜いたが、知りつつも他人事のように笑うばかりである。
「なんて面白い…あ、いや、不便な呪いだこと。良かったよな、『オレ』とは初対面で」
「そうだね。『彼女』とは知り合いだけど、『君』とは初対面だ。『知り合い』の条件が視覚による姿でよかった」
のんびりとそう言って、コーヒーを一口啜る。まるで、呪いなんて受けていないと言わんばかりの、余裕ある態度だ。普通の人ならそうはいかないだろうに、とナルトは思う。だが、そこがナルトが彼を気に入る点の一つでもあった。
「…オレが、それを断るとは思わなかったのか?」
「君は約束を破るようなことはしない…いや、できない、かな。何と言っても、私は君の条件をクリアしたわけだしね」
「……欲張り」
「君がそうしていいと言ったんだよ。それに、『月』が欲しい、と私は言ったじゃないか。それは君が一番良く知ってるだろう」
――――だから、今ここへ来たのだ、と。
以前から欲する蒼を覗き込み、帝は思いをこめて望みを口にする。
「…恐れ入りましたよ、殿下」
ナルトの蒼色が、極上の宝石のように煌いた。海や空のように、神秘的なベールがかかり、一層深みを見せる。
「いいだろう。けど、先に言っておく。決してお前に仕えるのではない。立場は常に対等であり、命令に従ってやる義理は、欠片もない」
「知っているよ。私も君に強要することはしない」
「だが、お前が望む限り、オレはお前という『王』にのみ、力を貸そう。本当に必要とする時は、対価と引換えにその手足となり、願いを叶えてやる」
表面上の雰囲気を崩すことなく、帝にだけ向けて、言葉は紡がれる。周囲から、喧騒が消え去った。
帝は、言葉が力を持ち、契約が始まりを告げようとしているのだと悟った。それは摩訶不思議な、味わったことのない歓喜と興奮。そして、儀式前に感じる、心地よい緊張感。
ナルトはクナイを取り出して、帝の手を取ると左の甲に赤い筋を入れた。ピリっと焼けるような痛みが走る。
それを己の左手にもすると、それを帝に差し出し、厳かに言葉を口にした。
では、古の約定により、誓約を―――
いつの間にか金色に輝く瞳に請われるまま、ナルトの手を取り、甲に口付ける。その際に雫となった赤い血を一舐めする。
飲み込んだ瞬間。かっと喉が、身体が焼けるように熱くなった。
かつて鬼殺しと呼ばれる強い酒を飲んだ時のように、いやそれ以上に、血が沸騰する感覚が身体を駆け巡る。
その間にナルトもまた、同じように帝の手を取り、甲の血を舐め取った。
徐々に熱さは冷え、帝がようやく落ち着いた頃、左手の甲には痕形なく消えた傷の代わりに焔月を模した赤い刻印が浮かび上がっていた。
喧騒がまた戻ってくる。ナルトは蒼に戻った瞳で、軽く眉を顰める。
「おまけでその呪いも解いておいた。本来なら、こんな所ですることじゃない…だが、緊急事態だ。正式な儀式は後回しにする」
「おや。気が付いていたかい」
「……他人事みたいに。お前の客だろうがっ」
「君のお客もいるよ。何だかギャラリーが増えてるようだけど」
「……あいつら、な。任務帰りってとこだろうけど…一応、逆読唇使っておいて良かった」
「いきなり使われて焦った身にもなってほしいんだが。あの中に君程の実力者が気遣うほどすごい人がいるのかい?例えば…畑カカシ殿とか」
「あー、あれだったら気遣いなんてしない;あいつらはもっと…強い」
ナルトはそう言うと、ふわりと花が咲くように微笑んだ。帝は目を眇めてそれを見やる。
「…ふぅん。妬けるね」
「寝言は寝てから言え。とにかく、今はまだ仕掛ける気がないみたいだな。人がいるからか?」
「あぁ。どうやら、事故死にしたいらしい。しつこくて嫌になる」
「モテますねぇ、帝サマ」
「美しい女性にモテる方が嬉しいけどね。例えば、君とか」
「冗談。オレは男だってばよ?帝のにーちゃん」
「今は『女の子』だろう?」
『瞳』で見えるって便利だな、とのたまう帝に、ナルトは呆れるばかりだ。しかし、すぐに彼を促してようやく席を立った。
「じゃあ、さっさとあいつらを撒いて、あんたの客と会おうじゃないか」
そして勘定を済ませた2人は、誰にも気付かれないよう、人混みにまぎれて裏道へと去っていった。
その瞬間、どこか世界が止まった感じがした。
(……!?何だ…今の、妙な感じは…)
シカマルは周りを見回してみたが、何も変わりはない。アスマたちはカカシたちを止めるのに必死だし、イノはサクラたちとそれに呆れながら、帝とかいう男とナルトについて話している。
しかし、自分の気のせいで片付けるには、少々覚えのある感覚だった。
(残る可能性……も何も、ナルト、しかいないか)
ナルトが不思議な力を使った際に、シカマルのみが感じられる感覚。
あそこで何をやっているのか…気になる。ふと、一つ気付いたことがあった。
「イノ。あそこの会話拾えるか?」
「え、できなくはないけど…急に何よ」
「ナル、もしかしたら、逆読唇使ってやがるかも」
こっそりと言われた言葉に、イノは驚かされた。
「なんでそんな必要があるわけ?」
「…例えば、だ。俺達や他の人に知られたくない、話をしているのだとしたら?」
「あれは『ナルト』よ?」
「確かに姿は『ナルト』だが、ヤツが話しているのは俺達の『ナル』だとすれば…」
「考えすぎじゃない?そりゃあ…初対面にしては仲が良すぎるような気はするけど…」
「けど、上忍であるカカシや他の奴らに見られてるのは気付いてるだろ。だから、話している内容を聞き取られないようにしてるとか…」
「う〜ん、それも一理あるわねぇ……わかっ…」
「おっ。移動すんのかな」
キバの言葉に2人も見れば、ナルトと帝が席から立ち上がる所だった。どうやら、どこかへ行くらしい。
だが、シカマルは帝が先程と違い、どこかはっきりと鮮明に視えている、ことに気がついた。そして、彼らの行動に対して動き始めた者たちがいることも。
「シカマル……」
「わかってる、チョウジ。イノ、ここから見えるか?」
「…あそこの屋根に2人。あとは…ちょっとわからないわ。でも、今動いたのは10人もいないわね」
「ナルトは気付いてるのかな…?」
「ってか、物騒なのに狙われてるアイツは、何者なんだ?」
ふと、先程おかしかったヒナタ思い出して、彼女を見る。顔が強張ったままだ。
(…ヒナタは、何かを知っている?)
「あ〜っ、ナルトが行っちゃうっっ!!」
彼女に話しかけようとしたシカマルは、突然あがったカカシの声に機会を逸した。見ていると、ナルトが楽しそうに帝を引いて向こうの人混みの中に入り込んで行った。
「ど、どうする?サスケ君…」
「よし、追いかけるぞっ」
「あ、こら!待ちやがれ!!」
「全く…放っておくと危ないわね。私たちも追いかけましょうか」
「そ、そうですね。あのままサスケ君たちを放っておくと、困りますもんね」
こうして、暴走して走り出したカカシとサスケを止めなければ、と全員が追いかけることになった。
だから、彼らは気が付かなかった。人混みに紛れたナルトたちが裏道へと入って、彼らを撒いたこと。
…そして、先程の追跡者たちがわざと上空から追いかけやすいように行ったことに。
裏道を走りぬけ、ナルトたちは少しばかり広い場所に出た。ちょうど良いことに、誰もいない…が、袋小路で行き止まりにもなっていた。
「あれ…行き止まりだよ?」
「これで、いいんだよ」
2人が足を止める。間髪おかずに、上から男の声が降ってきた。
「ついに見つけましたぞ。殿下」
退路を断つ様に、黒ずくめの怪しい男が折り立つ。何か術を仕掛けるためか、男は印を組んでいた。
「私から差し上げた贈り物は、解かれたようですな」
「あぁ、あれね。折角かけて貰って悪いけど、私には無用の長物なんでね」
2人を囲むように、同じ装束を纏う男たちが降り立っていく。そして、男の印は完成し、薄い膜が張られた。
肩をすくめた帝を守るように寄り添ったナルトは、膜の存在が目晦ましの意味であることを認知すると共に横目で、7人か、と男たちの数を数えた。
一つ聞きたいのだが、と前置きして、帝は穏やかに彼らに尋ねた。
「君達に指示を下したのは、誰かな?」
「教えると思われたのですか?」
「ここにいる彼は、下忍になったばかりの子だ。そして、私は無力な若様。どうやったって、死ぬしかないのなら、哀れと思って最後に首謀者を教えてほしいな」
しばらく考えた男は、帝にある名前を告げた。果たしてその名前は帝の知るもので、その人物の性格から言ってもおかしくはない、と彼は納得したと笑みを浮かべた。
「わかった。これで心残りはないよ」
その瞬間。男達が一斉に2人を殺すため、獲物を片手に構えた。
そこでようやく、今まで黙っていたナルトが、静かに帝に対して口を開いた。
「では、最初のご命令を。『陛下』」
「まだ殿下、だよ……この場には、私とデートしていた君しかいなかった。そんな状況に、5分以内にしてくれ」
帝の言葉に、ナルトは制限時間があることに軽く首を傾げた。
「5分って…あ。あいつらが追って来るからか」
遠くからこちらへ向かって来るだろう、下忍としての同僚たちの気配が感じられる。
「彼らは君の正体を知らないんだろう?」
「そりゃあ、な。…また、無茶なことを…」
「無茶、なのかい?」
「まさかっ。ご期待に添えさせていただきましょ」
言い終わった途端、異様な殺気が辺りを満たす。
子供には到底出せないと思われる、強い殺気に誰もが一歩退いてしまった。
(先程破られた術といい、この殺気といい……)
「貴様、何者だ…?」
隊長と呼ばれた男だけが、ナルトの正体に不審を持ち、冷や汗混じりに問いかけた。
「お前如きに、名乗ってやる名前はない。さっさと片付けさせてもらうぜ」
誰に喧嘩を売ったのか、後悔させてやる……。
ナルトは、彼を知る者なら逃げ出したくなるほど、不敵に笑い、クナイを構えた。