黒と白が入り乱れる街で、数ヶ月前のこと。
少しばかり考え込んだ女は、では、と言葉を紡いだ。
「では、私が負けた時は、貴方様の望みを叶えることをお約束しましょう」
「へぇ…それは、嬉しい限りだね」
「ただし、『私』を見つけられたら、の話です」
金色の瞳を光らせ、艶然と微笑んだ女に、青年は一瞬唖然とした。それから、情けない声で、女に言った。
「…それは厳しすぎやしないかい?」
「そうでもないでしょう。私を望むなど、普通ならできないことですもの。それに、貴方様にはその『瞳』があるではありませんか」
「これはこれ、だろう。…まぁ、いいか。いいよ、それで。君の期待に応えてみせるからね」
「まぁっ。まだ始めてもいない勝負に、勝った気になられても困りますわ」
鈴を転がすような軽やかな笑い声に、男も負けじと不敵に笑う。
そうして、夜も遅い頃に行われたゲームは、火蓋を切って落とされた。
予定外の珍客・2
穏やかな昼下がり。
大変目立つ2人組は、カフェのオープンテラスにいた。
「……視線が鬱陶しい……」
目の前で愛らしくフォンダンショコラを口に運ぶ少年が小さく呟いたのに、目の前に座った青年は苦笑した。
「すまないね。あそこで話をするのは危険な気がして」
「それには同感だ……わざわざ真冬にこんな外の席を選んでる、という点もな」
周りにこっそりと視線を走らせると、好奇の目で見る者(大半がこれ。多分青年の容姿のせい)、憎々しげに睨み付ける者(こっちはナルトがいるから)などなど、様々な者がいるのがわかる。だが不躾に見るのは躊躇われるのか、ちょっとした広場になっているテラスへ逆に近寄ることができない状態になっていた。
一緒に頼んだホットオレンジを一口啜ると、少年――ナルトは苦々しくため息をついた。
「で?こんなところに『若様』が一体何の用?」
「随分と、ここでは嫌われているようだね」
「人の話は聞きやがれ。天然タラシ」
「酷い言われようだ。とても『彼女』とも先程とも、同一人物とは思えない」
「当たり前だ。そうでなくては、オレは生きていけないからな」
「そんな君も可愛いと思うよ」
「……一回、本当に殺してやろうか?今なら無料にしてやる」
「光栄だね。忍の最高峰にいる君から、そんな言葉が聞けるなんて」
私はなんて幸せ者だろう、とほざく青年――帝を、ナルトは表面上にこやかに見つめていた。
「…いい加減にしろ。用件を話せ」
「中忍試験のことで忙しいから、かい?」
「知ってるなら、来るな。こっちは徹夜6日目だ」
「…私も来ようかな」
「絶っ対来るな。来たら、熨斗つけて綾様に送りかえしてやる」
「うわぁ。微妙な嫌がらせをありがとう」
「…八つ当たりと称した言葉遊びは、済んだか?なら、その厄介な呪いの経緯を話しやがれ」
その瞬間、帝の顔から、一瞬ではあったが、表情が消えた。緩やかな微笑が、口元を彩る。
「やはり、ここへ来て正解だった」
「他の奴なら気付かないだろうが、な」
「あぁ、その通りだ。おかげで酷い目にあったよ」
「よくそれでここまで辿り着けたな。さすが流浪の遊び人」
「褒めてくれてありがとう。それに以前から『君』のことは調べがついていた。随分かかったよ。あの子やあの街、この『瞳』がなければ、無理だっただろうね。ただ…実行する機会は今までなかった」
「だが…こればかりは、どうすることもできなかった、か」
「そういうことだ。いわば、非常事態だからね」
一層艶やかな笑みさえ浮かべ、ナルトは瞳に強い光を湛えて帝を見た。
「これが最後だ。それで、『オレ』に何の用だ?」
「『賭け』の約束を…果たしてもらいに」
「いいだろう。約束だ。お前の望みを、聞いてやろう」
その言葉に、帝もまた魅惑的な笑みを浮かべ、ナルトの方へとそっと顔を近づけた。
仲の良いような和やかさを以って、しかし水面下では静かに話は進み始めた。
シカマルたち10班の本日の任務は、同期である8班との合同落ち葉掃除であった。
寒い外での仕事だったが、依頼人はとても気前がよく、帰りは焚き火で焼いた焼き芋を全員に持たせてくれたので、子供たちは大喜びであった。
「む?」
「あ、あれ?」
始めにそのことに気がついたのは、シノとヒナタの2人であった。
「どうしたの?ヒナタ、シノ」
「え、え〜と、あれ…」
「7班、ではないか?」
どこか困惑気味の口調で、ヒナタとシノが示した先にいたのは、紛れもなく同期である7班の4…ではなく、3人。
「サクラとサスケ君じゃない。きゃー、こんなところで会えるなんて運命ねっ」
「あら。カカシもいるじゃない」
「けど、何であそこにいるんだ?」
「ははっ。あれじゃ、ストーカーっぽいよなっ」
「ワンっ」
キバと赤丸の言葉に、その場にいた誰もが同意を示した。
何しろ、明らかに同僚と思われる3人は、建物の影にひっそりと隠れて何かを見ていた。特にカカシとサスケなど血走った目をしているので、あまりの怪しさに周りの人たちが引いている。
「……サクラ以外は不審人物として、警備局に連絡すべきかしら?」
「いやいやっ。そいつだけは勘弁してやってくれ;」
「ってかよ。理由は本人から聞いたらどうだ?」
「あら。それもそうね」
サっクラ〜っ、とイノはヒナタの手を引いて、元気に駆け寄っていった。
ぼけ〜、と頬を染めて見ているサクラだったが、イノたちが近づいていくと、驚いてこちらを見た。
「イノ…にヒナタっ。どうしたの?」
「どうしたの、は、こっちよ!あんたたち、不審に思われてるのわかってる?」
「こ、こんにちは。あ、あの、さっきから、その、カカシ先生とサスケ君が、特に……」
「で、何やってんだよ?このストーカー予備軍は」
シカマルの容赦ない言葉に、サクラも何も言えずただ苦く笑うだけに留めた。サクラとて、この2人の異常な態度には呆れていたところだ。
辺りを見回していたシノが、問いを洩らす。
「…ナルトは?」
「……これは、そのナルトが原因なのよ;」
サクラが指し示した方を、全員が注目した。
その先にあるのは、ちょっとした広場にテラスがあるのが人気のカフェ。
そこに、果たしてナルトはいた……が、もう一人。見たことのない青年が相対して席に着き、ナルトと談笑していた。
セピア色の柔らかい髪を軽く飾り紐で留め肩に流し、甘く整った美貌に、どこぞの放蕩若様のような、けれど決して派手ではないゆったりとした衣服。そして最も印象的な、一際鮮やかな翡翠と銀色のオッドアイ。所作には一つ一つ品があり、今もレアチーズケーキを優雅な手付きで食べやすいように切り分けている。
「あらっ。中々好い男じゃない」
「でしょ♪イノもそう思うわよねっ」
声を弾ませてサクラが言った。周りを見渡せば、彼を見る女性の視線にはミーハーなものが多い。確かに、女ならば誰もが振り向くであろうほど、青年の魅力は溢れていた。
「本当ねぇ。誰なの、あれ?」
「三千院帝さん、っていうんです。何かナルトに用事があって、来たらしいんですけど」
だが、サクラの言葉にアスマは驚きを隠せなかった。
「三千院って、あの『三千院』か!?」
「えっ、アスマ知ってるの?」
「紅、お前も聞いたことないか?経済界の重鎮・三千院家の名前を。里に来るお偉いさん方の任務依頼は、大抵そこの紹介だぞ」
「………そうだったかしら?」
「へぇ。そうなのか」
「あたしも知らなかったわ」
「何言ってんだよっ。俺達は知らなくて当然だっての」
「まぁ、そうだよね……けど、そんな人がナルトに何の用なんだろうね」
「サクラ、聞いてないのか?」
眉を顰めて、サクラは彼が確か、どこかで見かけたナルトに是非里の観光案内をしてほしい、とか言っていたことを思い出して、それを告げる。
その一言で、全員はこの事態を納得した。
「…なるほど。要は一目惚れ、ということか」
「簡単に言えば、そういうことかしら」
「通りでカカシがこう、なわけだ…」
「…同僚ながら、恥ずかしいわ;」
「サスケも、だぜ。赤丸、こえーよなー」
「ワンワンっ」
身震いしてキバと赤丸が、全員の心を代弁する。
だが、イノとシカマルは、それを帝という青年の理由を不思議に思った。
「でも、変な話よね」
「全くだ。いつ、どこで、あいつを見かけたってんだ?」
「え〜。任務があるんだから、どこでも見かけられるでしょう?」
「けど、サクラ。この間波の国に行った時以来、里からすっごく離れた所に行った?」
「うぅん。そういえば行ってないわ」
「でしょ。だったら、どこでそんな若様が見ることがあったのかしら?」
「ん〜……でも、波の国の行きとか帰りとか。その時かもしれな……って、ヒナタ!どうしたの!?」
少し顔を青褪めさせたヒナタに気付いたサクラは、呼んでも応えない彼女を心配して覗き込んだ。イノたちも、同じようにヒナタを見る。
「……ぅえ!?え、と…あの、何?」
「何じゃないわよ、ヒナタ。あなた、どうしたの?顔が強張ってるわよ」
「あ、な、何でもないですっ!!」
懸命に首を振るヒナタに、誰もが不審な目を向ける。
しかし、ナルトの方へ青年が顔を近付けたのを見たカカシとサスケが鼻息荒く暴れようとしたので、それを止めるのに必死になってしまい、ヒナタの挙動不審は幸いにも忘れ去られた。
(よ、よかった……けど、どうして、あの方がここにいるの!?)
忘れてくれたことに安堵したヒナタだったが、内心は大変複雑な心境になってしまった。
その頃、里の外れで任務帰りであった青年と少年も何かを発見した。
額に銀色の文字が入った白いのっぺらぼうの仮面で顔を隠し、一見どこの里かわからない格好をした彼らは、それぞれ名を『再不斬』と『白』という。
何の因果か、暗部総隊長兼火影代理というおかしな少年上司に見込まれ、無職だった彼らは世間からは死んだことにされ指名手配は取り消しに。今では衣食住+修行が完璧保障された生活の元、上司専属の私兵として秘密裏に木の葉の里で仲良く暮らしていた。
「…再不斬さん。あれ、何でしょう?」
「……俺に聞くな。白」
視線の先にいるのは……道端にしゃがんでいる、一人の少年。
しかも、ただしゃがんでいるのではなく、四つん這いになって何やら地面の匂いを嗅いでいる…ようだ。どちらにしてもその姿は怪しく、周りに人の姿が一切ないことがまだ幸いである。
「………犬、か?」
「……犬、みたいです、ね;」
「ここへ来てから、色んなもんを見て慣れたつもりではいたが……」
「まだまだ慣れませんねぇ」
それが普通の人の感性だと気付かない2人だったが、ふと少年がこちらを向いた。
「はわっ!す、すみませんっ。通行の邪魔ですよねっ!?」
慌てて立ち上がると、ぺこりと目深に被った帽子を押さえながら頭を下げる。どこか愛嬌のある仕草だ。
「いや、そういうわけじゃないんですけど…。どうかなさったんですか?」
「こらっ、白!」
「だって、困ってるみたいですし」
戸惑う白は、関わりたくないと顔に書いてある再不斬を上目遣いで見る。日頃、白に甘い再不斬(当人たちは自覚なし)は好きにしろ、とばかりに横を向いた。
「あのぉ。もしかして、この里の方でしょうか?」
「えぇ……一応は」
「だったら、この里の中枢まで連れて行ってもらえませんかっ。あの方の命に関わることなんですっ」
「お、落ち着いてくださいっ。あの方って、一体?」
縋りつく少年を宥め、白は優しく尋ねた。
「僕のたった一人の主ですっ。けど大変な事が起こって、行方不明になってしまったんですっ!!」
少年は泣きそうな顔で、白と再不斬にそう訴えかけた。
〜あとがき〜
何かが始まった第2話。起承転結でいえば、多分「承」?
色んな人が色んなことをやってます;ストーカーとか迷子とか(笑)
最後に霧コンビが会った少年については、次以降で活躍(?)する予定です。まぁオリキャラ2人の詳しい説明は、最後にでもしますね。
では、近日中に次を書きたいと思います。
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