褥の上に、さらりと闇色の長い髪が舞い散る。
隣で横になる青年は、そんな女の髪に唇を寄せ、囁きかける。
「やはり、私の物に、ならないか?」
唇から紡がれるのは、甘い声。どんな女もそれだけで落としてきたという、自信ある響き。
しかし、その女は鈴のように笑って、首を横に振った。
出会ってから何度も言っている言葉に、今日も良い返事がもらえなかった青年は、おどけた様子でがっかりと肩を竦める。
「どうしたら、うんと頷いてくれるかなぁ」
「それは、無理というものですわ。『月』を捕らえられるのは、『夜』だけですもの」
「意中の人でも?」
「さぁ。どうかしら。大切なものは、ありますけれど」
困ったように微笑む女に、青年は身を起こす。
「さて、褥の上も少しばかり飽きた。一つゲームでもしないか?」
「構いませんわ。何になさいます?」
「何でも…と言いたいが、オセロがしたいな」
「ここに来て、オセロなんて。ふふっ。そんな我侭を言われるのは、貴方様くらいですわ」
薄物を羽織らされた青年は、同じく薄物を羽織りオセロを持ってきた女にそう言われ、笑いかける。
「しかし、ただのゲームじゃつまらないな」
「あら。ゲームがやりたいとおっしゃったのは、貴方様じゃないですの?」
「うん、そうだがね………そう。賭けをしようか」
「賭け…ですか」
青年は、面白いことを思いついたとばかりに、口元を緩めた。気紛れがまた始まったと、女はただ苦笑するだけに留める。
「私が負けたら、今度から君の欲しいものを何でも一つ、次に会う時に持ってこよう」
「何でも…ですの?」
「そう。何でもいいよ。用意できないものの方が少ないしね」
普通なら自信過剰と思われる言葉を、青年は簡単に言い放った。青年の本当の身分を知っている女は、その言葉が嘘ではないことを知っている。
その上で少しばかり考え込んだ女は、では、と言葉を紡いだ。

それは、数ヶ月ほど前のお話………黒と白が入り乱れる街での、出来事。



予定外の珍客



 ここしばらく、うずまきナルトは多忙を極めていた。
暗部の稼ぎ頭としてほぼ毎日普通ではありえない過密スケジュールをこなしつつ、火影代理として書類整理に励む日々に、下忍としての雑用任務etc... 多くの仕事も入ってくる。
しかも2ヵ月後に中忍試験の予選開催を控えている今、書類・書簡の量は普段の倍以上に膨れ上がっていた(他の部署はそれほど変わってない)。
しかし、これらは誰にも肩代わりが出来ない以上、どうしようもない。いつか過労死したら化けて出てやる、とナルトは時折呟いているのを、彼の中に封印されている秋華が耳にしては恐ろしいとぼやいていた。

 今日もまた、いくつかの影分身を暗部の任務と書類捌きに回すなどした仕事時間の都合上、本体は下忍任務へと久しぶりに出かけていた。いつものように遅刻してきたカカシとサスケとの攻防戦の後、任務である探し物を終え、報告に火影の執務室へと帰ってくる。
「ふいーっ。今日も疲れたってばよ」
本当に疲れた顔をするナルト。執拗に彼に構おうとするカカシは、現在何故か怒っているサスケと本日2R目を始めているため、隣を歩くのはサクラだけだ。
「結局、また2時間待ちだったもんねぇ」
「ホント、いい加減にしてほしいってばよ」
後ろの戦闘を気に留めず、ナルトとサクラはのんびりとアカデミーの門を潜る。そのまま、アカデミーの執務室がある棟へと足を運び…受付でイルカの姿を見つけた。
「あ、イルカせんせっ」
「ナルトにサクラ。任務お疲れ様」
「先生も、お疲れ様です」
「イルカせんせ、たまにはオレと一楽行こうってばよっ(また仕事増えた?)」
ナルトの誘う言葉の裏で、読唇術が使われているのがわかって、イルカもそれにあわせて話をする。
「そうだな。仕事の手が空いてるときにな(あぁ…すまん。色々増えつつある;)」
「ナルト、無理言っちゃダメよ」
「わかってるってばよっ、サクラちゃん。でもオレ、最近イルカせんせと一緒に行ってないってばよぉ(へぇ、またか。これで徹夜6日目に突入決定かも)」
「そ、そうだったか。すまん。けど、今は忙しいからな(本当かっ?!いい加減休みを取らせてもらったらどうだ?)」
「むぅ。仕方ないってばね。じゃあ、今度ヒマな時に、一緒に食べに行こうってばよ!ね、いいでしょ?(無理。じっちゃんが休みなんてくれるわけないし。イルカ先生の方も忙しいだろ?ほどほどに、な)」
「あぁ、わかった」
最後に2重の意味を込めて、イルカは返事をした。それにナルトは可愛らしくにこりと笑う。まるで、仲が良い兄弟の会話である。
「じゃ、じゃあ、ナルトっ。行きましょうか」
今まで微笑ましくそれを見ていたサクラは、後ろで戦っていた2人がいつの間にか止めてこちらを睨んでいたのに気付き、仕事の邪魔にならないように、とナルトを促す。
ナルトは無邪気に見せかけて頷くと、サクラと一緒に、執務室へと向かい、歩き始めた。
「あ、ナルトっ」
「ほへ?なに、イルカせんせ?」
行きかけたナルトを、イルカが急に呼び止める。何故かカカシとサスケが睨んできたが、イルカも負けじと無表情で通した。
「ナルトに何か御用ですカ?」
「カカシさんには、関係ありません。ナルト、お前に客が来てるぞ」
「……おきゃく?」
「あぁ。もう1時間程前から、火影様のところで待ってるそうだが…」
当惑するイルカの顔に、ナルトは首を傾げた。自分に客など、訪れるわけがない。里の者ならアパートを知っているからそちらに行くだろうし(そもそも、来るやつなんて一部だけ)、『緋月』に用事なら少し前に火影の執務室へ行ったはずだ。もちろん、ナルト個人に任務など来るわけもない。
「ナルト。お客さん、って心当たりあるの?」
「う〜ん、ないってばよ」
「ドベに来る客なんて、どうせ大した用事じゃないだろ」
「何だってば、サスケ!!」
「もうっ、やめなさいナルト!」
「まぁまぁ。行けばわかるヨ。どうせ火影様のところに行くんだから、一緒デショ」
カカシにそう言われて、ナルトたちはイルカに別れを告げ、執務室へと向かった。

ノック2回で名前を告げると、火影が許可する声が聞こえる。
4人で入ると、そこにはどこかそわそわ部屋の主である老人と…もう一人。
「火影様。任務の報告書をお持ちしましタぁ」
「うむ。ご苦労じゃったのぅ。時に、ナルトや」
「ん?何だってば、じっちゃん?」
「お前に客が来ておるんじゃが…」
躊躇うように言葉を濁すと、火影は視線をソファに座る人物に視線を向けた。どうもお茶を飲んでいるらしいその人物は後ろを向いていて、ナルトたちからはわからない。
「その人が、オレに用があるって人だってば?」
「う、うむ……その、なんじゃ。え〜と…」
「随分歯切れが悪いですネ、火影様。どうかなさったんですカ?」
「い、いやっ、何でもないぞっ。じゃから、その……」
煮え切らない火影を遮るように、くすりと軽やかな笑い声が聞こえてきた。
「素直におっしゃったらいかがです?本当に『私』がこんな子供に用があるのか、とね」
高くもなく低くもない、落ち着きが感じられる上品な声。青年が、ちらりとこちらに視線をやった。緑水晶の瞳が綺麗だ。
「……あぁ。確かに。私が探していた『彼女』のようだ」
「……失礼ですが、ナルトは男ですぞ」
「おや、そうでしたか。それは失礼」
そう言ったきり、青年はまた前を向いてお茶を飲む。
「…何なんだ、アンタ」
「口がなってないね。それに私が用があるのは、君ではない。よって、その質問には答えられない」
「それはすみません。ケド、ナルトを女の子と間違って(いや、間違える気持ちはよくわからないけどネ)謝りもしないのはどうかと思いマスが?」
「さっきよりはましだが、あなたにもさっきと同じ言葉をお返ししますよ」
返された言葉に、カカシとサスケは気に障ったらしい。不機嫌な顔でまた何事か言おうとするのを見て、サクラは慌てて止めに入る。
「ちょっと、サスケ君、カカシ先生もっ。ナルトのお客様でしょ。ね、ナルト」
しかし、ナルトから返事は返ってこなかった。
振り返れば、何の表情も浮かべず、ただ視線を青年に注ぐばかりだ。
驚いて再度呼びかけると、明るい口調で、何?と返してくる。いつものナルトだと、サクラはほっとした。
「で?お兄さんはオレに何の用だってば?」
「君に少々頼みごとを、ね。突然の訪問であることはお詫びする」
カップをソーサーに戻し、ようやく青年はソファから立ちあがって、ナルトへと向き合った。
3人は改めて、上品な物腰な青年をじっくりと見る。
容姿はというと、セピア色の柔らかい髪は肩より少し長いくらいで、十中八九女性を落とせるであろう、甘く整ったマスクの美青年。サクラなど笑いかけられただけで、放心状態だ。
だが、一際異彩を放っているのは、左右色の違う瞳。
「はじめまして。三千院帝といいます」
女性の大半を落とせそうなほど、甘い笑みを浮かべて、青年は実に優雅に一礼した。

ナルトは誰にも気付かれないよう、苦虫を噛み潰したかのごとく、顔をしかめた。




〜あとがき〜
…ということで、閑話です。
出演は一応下忍ルーキーズ&先生達&新住人+オリキャラ2人。一人は帝お兄さんと、もう一人については次出る予定です。
まぁ、あんまり長くならないです。あと2,3話くらいで終了する予定なんで。