いきなりのナルトの登場は、誰もが意外性No.1というにふさわしいと思うほど、派手な登場の仕方だった。
カカシたちもタズナも、敵の再不斬までもが、あっけにとられる。
《遅かったじゃない、ナルっ》
《悪い。タズナの家に襲撃があってな……って、サスケ一人で戦わせてたのか?》
《今度は家族を盾にしようって?最低っ》
《おーい、イノーっ。聞いてるか?》
《うん。サスケ君の修行になるかなって思ったから放ってたの。本人もやる気だったし》
ナルトはサスケに助けにきてやった、と言って喧嘩をしかけつつ、器用に陰話でイノと話をする。イノは嬉しそうにナルトに先程のことを伝えてきた。
《ね、それより見た?あの白って子、血継限界持ちだったの!》
《あぁ。あれは、氷の一族の技だな》
《え、知ってるの?》
《水の国の、絶滅寸前の一族だ。霧は木の葉より閉鎖的だから、血継限界ってバレる度、危険だと抹殺されてきている。今じゃ全滅したと言われているくらいだ》
ナルトが白の一族を知っていることにガッカリしたイノを慰めるように、彼は知っている方が稀だ、と言う。
だが、相変わらず、ナルトの持つ情報量は諜報のエースであるイノを超えるのだから、凄いと逆に彼女は感心する。これはナルトだからであって、他人だったら許せないところだ。
「………」
「…白?どうした?」
白がじっと黙ったままナルトを見ていたことに、再不斬は側に寄って静かに訊ねる。ややあって、白は口を開いた。
「再不斬さん。お願いがあります」
「なんだ?」
「あの子は、僕にやらせてもらえませんか」
再不斬が不審げな眼差しを寄越す。しかし、白はそれ以上を言おうとはしない。ただ、ナルトに視線を注いでいる。
再不斬は、ナルトに目を移し、また視線を戻して、ため息混じりに言った。
「……いいだろう。まぁ、あの新人どもにはお前を殺せないだろうがな。けれど、忘れるな。これは、仕事、だ」
「わかっています。でも、どうせ殺すなら、僕の手で殺してあげたいんです」
確証はないが、あの子かもしれない。できるだけ殺したくはないけれど…、と白はそう胸の内で呟く。再不斬はその思いを見抜いたように、好きにしろ、とだけ言った。
「さてっと。オレが来たからには、もうだいじょーぶだってばよ!」
「何が大丈夫だ…っ。いいからお前はどいて…」
「あーっ、敵が向こうに行くってばよ!」
ナルトの叫びにサスケは、彼らから離れようとする白を見た。すかさず白を追う。ナルトもサスケを追いかけて、白の後を追った。
《イノ、ここは任せた》
《了解っ。適当にやっておくわ》
イノの返事を聞いて、ナルトは張り巡らされつつあった魔鏡氷晶の中へと飛び込んでいった。
飛び込んだ中は、一面何も写さない白い鏡だらけであった。
(ほぅ…中はこんなのかぁ)
初めて見る技に、ナルトは目を瞬かせる。何せ氷の一族に出会うこと自体が稀少なので、いくつもの敵を見て戦ってきたナルトでも実際会うのは初めてだった。
「ナルトっ。何でお前までついてきたんだ?!(嬉しいけど、危ないところなのにっ)」
「…ん?何言ってんだってば、サスケ?助けに来たんだから、戦いに来たに決まってるってばよ(敵の懐に飛び込むんだから、当たり前だろ)」
「……っだ〜か〜ら〜!俺は外と中からこいつを叩こうとしてたってのに…それにお前がいると、足手纏いなんだよっ(お前に何かあったら、耐えられん!)」
「むっ。そいつは悪かったってばよ。けど、足手纏いじゃないってば!!サスケの方こそ足引っ張るなってばよ!(変に張り合われると邪魔なんだよ)」
両者、本音を隠しての言い合いが続く。互いに矛盾した思いがあることに気付かない。
ナルトは単にうちはの末裔の護衛(結構忘れていることもある)と、白及び再不斬の勧誘(引き込みともいう)があるから、サスケが邪魔。
そしてサスケは、ナルトがカカシよりも自分と一緒に来てくれたことはすごく嬉しいが(普通考えたら、下忍が上忍の戦いに割り込むなんてしない)、危険な場所なので、もしナルトに傷でも負わせたら大変だから守りたい…つまり、ナルトに外にいてほしい。
まぁ、平たく言ってしまえば、どちらも相手がこの場にいない方がありがたい。
……のだが、そんな事情を白が察することなど、できるはずもなかった。
「大切な人のために、あなたたちを殺します」
今度は避けられませんからと、言い合う横で宣言し、再び鏡の中へと潜り込む。
この事態に、ようやく言い合いを止めた2人は、瞬間、向かってきた白の千本を紙一重で避けた。
「あっぶねー……」
「ちっ。今は仕方ないな」
それぞれクナイを構え、白が来るのを見定める。猛スピードで黒い影が鏡から鏡へと移り、ナルトとサスケに確実に傷を負わせていく。
(う〜ん…これでもイルカ先生よりは遅いか。けど、人体の急所を完全に見極めて、わざと外してる。新人だと思って少し力も抑えてるみたいだ。少し鍛えてやるだけで、暗部として使えそうだな)
内心にんまりと笑うナルトは、何度か攻撃を喰らい、気絶した振りをする。見た目通り派手に怪我を負っているので、慣れているとはいえ、痛いしあまり動きたくない。
そんなナルトを見かねたのか、サスケはナルトを抱えて、端の方へ移動してそっと置く。
そして、サスケはそこから離れて白の攻撃を交わそうとする。一人は危険なことだが、イノの言った通り、これもサスケの実力を伸ばす修行になる。今の白が相手なら、多分ちょうどいいレベルだろう。
(あの能力は嫌いなんだがなぁ…けど、気付かれず護衛にも限界があるし、忍として生きていくにはやっぱ必要だからな)
薄目を開けて見ると、更に傷を負ってボロボロの、サスケの瞳が徐々に赤くなってきていた。白のスピードにもついていけるのか、少しずつだが、避けられるようになってきている。
『うちは』の血継限界が目覚めつつあるのだ。
サスケを見る白が、仮面の下で驚く様が、何となくわかった。
そして、次の瞬間。サスケは、とうとうクナイで鏡の中から襲い掛かってきた白の動きを止めることができた。
赤く染まった目に浮き上がるのは、黒い巴の紋が2つ――――不完全だが、『写輪眼』だ。
「その目は…写輪眼?!」
サスケの目に動揺した白は、ほんの少し動きを止める。サスケはそれを逃がさず、反撃に出た。慌てて攻撃を受け止める。だが、彼は間を置かずに攻撃を繰り返す。
(お、さすがに進歩したなぁ。動きを完全に読んで、それを自分のものにしている。末裔でも、うちはのコピー能力はまだ健在か)
ようやく白もそれに気付いたようだ。サスケが戦いながら、己の能力を完全なものにしていっていることに。長期戦は白にとって、圧倒的に不利だ。
だからこそ、であろう。白は何本もの千本を一度に持ち、鏡の外へと出てサスケと対峙した。一気に勝負へと出るつもりのようだ。サスケもそれがわかって、足を止めクナイを構える。
ところが、投げられた数多の千本は、サスケではなく、ナルトに向かっていった。
サスケは驚いてナルトを振り返る。ナルトは動かない。気絶しているのだと思い至り、舌打ちして彼は走る。
そのナルトはというと、動かないものに止めを刺す白のやり方は妥当だと知っている。けれど、『下忍のうずまきナルト』があれらを避けるのは不可能でもあった。
どうしたものかと考えながら、白の攻撃を見ていて、ふと、気付いた。衝撃に備えて目を瞑る。
だが、衝撃は、いつまでたっても来なかった。
千本の軌道が逸れた―――はずはない。白の攻撃は正確だ。では何があったのか。ゆっくりと目を開ける。
真っ先に視界に入ったのは、何本もの千本に貫かれた、サスケの体だった。
「……なんで、かばった?」
思わず、素の口調で問いかける。しかし、サスケはふっと微笑を零した。
「知るかよ。勝手に体が動いたんだ」
怪我がなくてよかった、とサスケの手がナルトの頬にそっと触れる。そしてそのまま、ナルトに覆い被さるように、サスケは倒れた。
イメージが重なる。頭の中に、過去の映像がフラッシュバックする。
先日見た、朧な夢。遠い昔にも、こんなことが、一度あった。その時倒れたのは、大切な2人の片方である『彼』。
今のサスケの状況は、あまりに『彼』に酷似していた。
サクラと一緒に少し離れた所からイノは、カカシと再不斬の戦いを見ていた。
さすがは霧の忍刀七人衆である。カカシの写輪眼に対抗する術を、彼は身につけていた。
「「水遁・水龍弾の術」」
水が2匹の龍を形どり、互いに牙を剥いてぶつかり合う。一瞬たりとも譲らない。
再不斬の『術返しの術』により、彼らは相手の使う術をコピーしては、ぶつけ合うことを繰り返していた。
「カカシ先生……サスケ君…ナルト…」
あっちを見、こっちを見、とサクラは忙しげに視線を動かす。イノはそんなサクラを横目に、彼らの戦いを分析していた。
(一週間くらいで写輪眼対策を編み出すとは、中々ね。けど、長引きそう…いい加減終わんないかしら)
再不斬が濃い霧を作り出す。これで周りが見えなくなり、全てが白い世界に包まれる。つまらない、と思い、欠伸をしかけた時。
「おっ。こっちはもうやってたのか」
いきなり後ろから聞き覚えのある声がして、イノは欠伸も忘れ、サクラと同時に振り返った。
「「シカマルっ?!」」
「よぉ。久しぶり」
片手を上げてうるさいとばかりに顔をしかめる彼は、この事態に似合わずのんきに言った。
「ちょっと、今まで何してたのよ!!」
「仕方ねーだろ。俺だって仕事があったんだよ」
「だからって一言くらい残して行きなさいよねっ」
「そーねーっ。あたしに内緒で勝手なことしでかすし?」
「サクラ、苦し…イノ、お前なぁ!まだ怒ってんのかよっ」
「当たり前でしょ!あんなのじゃ足りないわよ」
今はそんな場合じゃないけどね、と付け足して、イノはシカマルの首を絞めかけているサクラを宥めて引き剥がす。
後で覚えてろよ、という視線に、イノはやれるものならやってみなさいっ、と視線を返した。
「で、ナルトはどこだ?」
「あっちよ。見えないけど、サスケ君と一緒に仮面の子と戦ってるわ」
さっきまで見えていた場所を指して、サクラは心配そうに言った。シカマルはそれに驚く。
「サスケと一緒なのか?!一緒にしていいのかっ?」
「………問題はそこなのかの?」
「シカマル、驚く点が違うわよ」
「っていうか、驚くことなのかしら…」
四者四様に反応を示す。
しばしの間、沈黙が流れる。白い霧は音をも遮り、どちらの戦いの様子もわからない。
《で、あんた何しに来たの?》
《ひでぇ言い草。あっちの方が終わったから来たんだろ。大体、俺の追跡対象はあいつらだ》
《わかってるわよ。けど、昨日ナルが無効にしたじゃない》
《事情が変わったんだよ。ついでに、向こうは見なくても良い状況になったんだ。あぁ、めんどくせーことするやつらだぜ》
《変わったって、何が………っ?!》
《………ナル?》
ざわりと、空気が揺れる。禍々しい、巨大な怒りの気配。いくつもの小さな気配が、動揺しているのがシカマルには感じ取れた。
「大丈夫かしら…」
サクラの呟きがやけに大きく聞こえた。