修行を始めて一週間後。
ナルトとサスケがようやく木登りをできるようになったということで、カカシたち一行はタズナの橋作りの現場に来ていた。
ちなみに、ナルトの姿が見えないのは、疲れきって熟睡しているのをカカシが(でれっと見てたのに怒ったサスケとサクラが)そっとしておこうと家においてきたのだ。
何しろ、木登りができたのは、昨日のこと。疲れるのは当然である(本当は家に襲撃があったら大変だから)。それに、代わりといっては何だが、今日はイノがついてきていた。
(まったくっ。シカマルといい、カカシ上忍といい、サスケ君といい…男ってみ〜んな、油断がならないんだから!)
朝のことに、イノは未だに文句を言っていた。
昨日の朝も、朝ごはんができたとナルトを探していたら、森に来ていた白を尾行していたシカマルがいつの間にかいて、あろうことかナルトを襲おうとしていたのだ(もちろんハリセンで撃退した)。
サスケはサスケで、仲が悪かったはずなのに、修行のおかげですっかり仲良しになっている。しかも、心なしかナルトの笑顔に顔を赤くする回数が増えた。
(このままじゃ、マズいわっ。ただでさえあたしの旦那はモテるのに、これ以上変なのにモテても、嬉しくないっての!)
けれど、今はそれどころじゃない。イノは微かにピリピリとする空気の震えに、気合を入れ直した。
気配が近づいてくる。2つの大きな気配。カカシも気がついているようだ。
そして、橋の上に気配の主たちが現れる。
「よう。今日はこの間のケリをつけにきたぜ!」
「………」
酷く楽しげに口を歪める再不斬に、仮面を付け黙ったままの白。先日の仮面の少年が再不斬の仲間であったことが確定した今、カカシたちの間に、更なる緊張が走る。
「サクラ、イノ。タズナさんを頼む。俺の側から離れるなよ」
「はいっ」
「わかったわ」
相手を睨み合いながら、カカシはそれだけ告げる。イノたちも軽く緊張しながら、承諾した。
一方、サスケも白とにらみ合っていた。どうやら、お互い思うところがあるのか、相手と認めたようだ。
「俺はあいつみたいなスカした奴が嫌いだ」
そう言うサスケにサクラとイノはカッコいいっ!と黄色い声を上げる。
(サクラ…サスケには、突っ込まないんだな;)
(サクラ…サスケ君のどこが格好良いの?あたし、やっぱり自分のこの設定無理あるかも)
同じようにサクラに対して、内心こっそり呟くカカシとイノ。
サスケは周りのことは気にせず、白をしっかりと見据えていた。
「お前の相手は、俺だ」
「無理ですよ。君には、勝てません」
静かに、だが逆撫でる白の物言いに、サスケはぎりっと奥歯を噛み締めた。
(あーあ。挑発に乗っちゃって。力量違うの見ればわかるのに。これは、サスケ君から突っ込んでいくでしょうね。ま、いい修行にはなるでしょ)
サクラが泣くから危なくなる前に来てよね、と心の中でイノは、ここにいないナルトに言った。
そして、しばし無言の内に、戦闘は開始された。
カカシと再不斬が戦う中、金属の激しくぶつかり合う音が、時折聞こえてくる。
こちらもまた、イノの予測通り、サスケは白へと突っ込んでいった。
その頃、ナルトは未だ布団の中に……いなかった。
ドベらしく慌てて外へと出て行った彼は、今は屋根の上にいた。
「おー。向こうもやり始めたなぁ」
チャクラがぶつかり合う気配を感じ、薄く笑う。その目は、橋の方ではなく、足元の家を見ていた。
家の中からは、ツナミの荒げる声とガトーの手先である2人の男の声が聞こえる。先程一度出た時に彼らが家に向かっている痕跡を見取って、引き返してきたのだ。
「しっかし、今日は人質取ろうと来たのはいいけど。あのガトーの手先ども、バカだろ」
呆れた口調で呟くナルトは、森の中で死んでいたイノシシについた刀傷を思い出す。可哀想にと埋葬してやったが、あんなわかりやすい痕跡を残すとは、正直忍者としては失格だと思う。
ツナミが自分だけを連れて行けと言い出したので、そろそろ出ようかと思った時。
「母ちゃんを、はなせっ!」
子供の叫ぶ声が、耳に入ってきた。イナリだ。
鍋を頭から被るなどして装備し、武器であるバッドを構える。怖さで体は震えているが、足を踏ん張って目の前の敵をしかと見据えていた。
その目に宿るのは、決意と勇気。
「ほー。ただの泣き虫かと思ったら…」
2,3日前の顔付きとは違うことを確信して、微笑する。大切なもののために動く気になったようだ。
(まったく。カカシも何を言ったのやら)
ナルトの『泣き虫』呼ばわりの後、カカシがナルトの《表》の事情を一部話したことは聞いている。それが彼の心に火を灯したのだろうか。
何にせよ、少しは成長したらしく、イナリは臆病な自分とさよならする決心ができたようだ。
そして、そのおかげで、思わぬ好機ができた。
「お。そろそろヤバいかな」
殴りかかったイナリが、逆に男達に殺されそうなのを見て、ナルトはようやく屋根から下りた。その際に影分身を2体作り出す。
男の一人が刀を振りかざした隙に、イナリを変わり身の丸太と入れ替える。
「なっ、変わり身の術?!」
驚く男たちを尻目に、ナルトは小脇に抱えたイナリをそっと下ろす。
「でかした、イナリっ」
「ナルトのにーちゃん…」
「んな顔すんなよ。ヒーローは遅れて登場するものだってばよっ」
偉かったな、と頭を撫でてやると、イナリは涙をこらえるように顔をゆがめた。
「テメェ…全員あっちに行ったんじゃなかったのかよ!」
「残念だってばね、おにーさんたち。ここで大人しくオレにやられるんだな!」
その言葉の直後、男たちはナルトの影分身たちにやられて、意識を混濁の中へと沈めた。
床に座り込んでしまったツナミを起こしていると、イナリが何故ここにいるのか聞いてきたので、答える。
そのついでにと、ナルトはこの間の『泣き虫』呼ばわりを撤回してやった。
「カッコよかったってばよ、イナリ!」
にかっと笑って、イナリを褒めてやる。すると、イナリはぽろぽろ泣き出した。
「あれ…変だな。せっかく、ナルトにーちゃんに、泣き虫じゃないって、言われたのに…涙が止まんないや…」
一生懸命袖で拭うが、涙は涸れない。だが、ナルトはそれが『嬉し涙』だと、知っていた。
ぽん、と頭に手を置いて、イナリを覗き込む。
「知ってるか?嬉しい時の涙は、流してもいいんだぞ」
だから泣け、とナルトは優しく言った。傍で見ていたツナミは嬉しそうに微笑む。イナリは泣き顔のまま、ナルトににっこりと笑いかけた。
「じゃあ、オレは行くってばよ。あいつらが危ねーみたいだからなっ」
イナリに笑い返し、ナルトは家を出る。
「ナルトのにーちゃん!がんばって…てばよっ!!」
「……おうっ!!」
思わぬ声援に、一瞬詰まったナルトは次の瞬間、心からの笑顔で嬉しそうにイナリに返事を返し、橋を目指し、走り去っていった。
カカシと再不斬の橋の上での戦いは、前とは比べ物にならないほど、最初から白熱したものであった。
下忍には真似できない速さでの体術や、大技のぶつかり合いを披露したりと、レベルは高い。
対するサスケも負けてはおらず、修行の成果を出すように、足にチャクラを練りバネにして跳躍力を増したりと、それなりに戦力をつけてきているようだ。
そして今のところ、白とはいい勝負…いや、サスケが押している、かもしれない。
こういった戦いは初めてのサクラとタズナは、魅入らたように半分惚けていたり、精一杯声援をとばしたりしている。イノはそれを見て、気が抜けてるわと思った。
(まったく…。そりゃあさすが巷で有名な天才上忍とエリートうちは家の末裔だとは思うけど。サクラ、ちょっとは『護衛』にも力入れてほしいわ)
でないと、と心の中で呟く。同時に目の前からカカシと戦う再不斬の気配が消えた。
そして次の瞬間、イノはクナイで再不斬の攻撃を受け止めていた。
「ほぅ…中々やるな。小娘」
「そりゃどうもっ。さすが霧隠れの鬼人ね。でも、鍛えればもっと力があがるわ」
カカシの隙をついてタズナに襲い掛かってきた再不斬の大包丁から目を離さずに、イノは笑って言う。後ろではカカシが来る音と、サクラが彼女を呼ぶ悲鳴が聞こえてくる。
「下忍にしては、よくわかってるじゃねぇか。お前、カカシの教え子か?」
「冗談っ。こっちから遠慮するわ!あたしはただ、あなたが消えた時点でこれが予測できなきゃ、命がいくつあっても足りない場所に立ってるから、よっ!!」
カカシの動きにあわせて、イノは勢いよく再不斬の包丁をを払いのけ、サクラたちを下がらせる。そこへカカシがクナイを持って飛びかかる。
「はっ。無駄だカカシ!」
気付いた再不斬が、刃の一振りでカカシの体を薙ぐ。間一髪変わり身の術で避けたが、完全には避け切れなかったらしい。イノたちの近くに来たカカシは、腕に出来た傷を押さえていた。
「カカシ先生っ!」
「大丈夫ですか?」
「あぁ…掠り傷だ。大丈夫。イノ、さっきはナイスなタイミングだったぞ」
「それはどうも。で、勝てるんですか?」
「ちょっとイノっ」
「ン…多分ね。ってか勝てなきゃダメでしょ。ダイジョーブ。お前達は俺が必ず守るから」
強い口調で言い切るカカシ。以前彼のことを調べた時、彼の父親は昔、仲間を優先させて任務を失敗させたことから自殺したと聞いている。
(こういうとこは、評価してやってもいいんだけどね)
きっと父の信念を受け継いでいるのだろう、とイノは思う。だが、ナルトに対するセクハラの数々は、残念ながらそれで帳消しにはならないのが事実でもある。
一方、サスケの方は、白に勝っていた…はずだった。
「…秘術・魔鏡氷晶」
だが、サスケを少々甘く見ていた白が、何かの術を発動させた。途端に、彼らの周りには、無数の氷の鏡が現れ、結界のように半円を描くよう埋め尽くしていく。
これを見て驚愕するサスケを前に、白はするりと鏡の1枚の中へと身をすべりこませる。すると、白の体は鏡の中へと溶け込んでいった。
「あれって…?!」
「血継限界の持ち主だったとは、驚きだわ」
「血継限界とは、何じゃ?」
「一種の特異体質のこと。首傾げてるけど、サクラ、アカデミーで里の歴史を聞いた時に、一応習ったでしょ?」
「………あ。もしかして、ヒナタの、え〜っと、なんとか眼、がそうだってやつかしら」
「白眼、ね。そっ。各一族によって能力は違うし、開花条件も違うけど、それを媒介にして特殊な術が使えるようになるのよ」
サクラの言葉に呆れつつも、白が血継限界であったことに増々嬉しさを覚えるイノは、食い入るようにサスケと白の戦いを見ている。
(これはいい掘り出しものだわっ。あの鬼人といい、持って帰ったら役に立ちそう!ナル、早く来ないかしら…)
術者しか移らない鏡の中を光速で移動しながら、千本で確実にサスケに傷をつけていく白。状況は一転、このままではやられる、とイノは冷静に見ていた。
サクラはハラハラしながら、それを見守っている。カカシも気懸かりなのか、ちらと時々様子を伺っている。
しかし、彼らの見えない鏡の中で、白はサスケに変化を感じていた。
段々、攻撃を見切られてきている気がするのだ。
(どういうことでしょう…)
ありえないと思う反面、気のせいではないと勘が告げる。
そしてついに、サスケの瞳の中に、何かを見た気がしたとき………。
移動の横合いから、カンっとクナイが当てられた。
予想外の衝撃に、白は術を解いてしまう。サスケも何が起こったのか、把握できていないようだ。
カカシも再不斬も、サクラたちも、同じく目を大きく見開いて、驚き固まっている。
そして、橋の上に煙球が投げ込まれ、ボンッと大きな音を立てた。
「うずまきナルト、ただいま参上だってばよっ!!」
風で流されていく白い煙の中から、きらきらと光る黄金が見える。
忍にしては派手な現れ方だな、と7班の3人が思う中、イノだけは待ってました、と目を輝かせた。
「オレが来たからには、好き勝手させないってばよ!」
(絶対こっち側に引きずり込んでやるっ)
白に指を突きつけて、ナルトは心の内でも宣言する。状況にそぐわない、と回りに思い込ませるように。
しかし、自分に向けられた、底の見えない2つの深い蒼に、指された白だけは言い知れないものを感じた。