「随分と派手に言われたな」
どこか嘲るような声に、澤木は恐ろしいほどの形相で、発言主を睨み付けた。
焔緋。白銀とともに、闇の王族たるもの。自分の宿敵であり、仲間を殺した憎むべき相手―
澤木のねめつけるような形相を目の当たりにして、焔緋は笑った。
「ククッ。そう堅くなるな。今日の余は、そなたらを殺しに来たのではない。そんなことより、先程の茶番、見せてもらったぞ。随分と損な役回りを任されているようじゃな、そなたは」
焔緋の指が澤木に向かって伸びる。その指先が、まるで澤木の頬を撫でるように、ゆっくりと弧を描く。
ぞわり。澤木は、自分が我知らずこの男に恐怖を感じていることに気づいた。
「余はそなたが不憫じゃ、澤木。そなたは、誰からも理解されることなく、一人でずっと何でも抱え込み続けているのだからな」
しかし、澤木の理性は、自分がこの男の前で隙を見せてはいけないと悟っていた。彼はなるべく内心の動揺を見せまいと苦心しながら、自嘲的に笑った。
「ふっ。まさか、敵にそんな心配をされるとは、私もどうやら落ちたようだ」
しかし、澤木のはぐらかすような発言などものともせず、焔緋は澤木をまっすぐに見据えて、そして、言った。
「余の“子”とならぬか、澤木」
「――ッ!?」
「そなたらの目指す光と闇のバランスなど、まやかしに過ぎぬ。その秩序とやらを保つために、如何程のものが犠牲となったか、今のそなたなら分かるであろう。ならば、そのような秩序など必要ない。全てを闇にしてしまえば、秩序のもとに消される者もいなくなる。余とそなたの見解は一致していると思わぬか?」
どこか楽しげに諭す焔緋に、澤木は底知れぬ威圧感を感じた。先日の戦闘ですら、ここまでの迫力はなかった。これこそが、焔緋の本来の実力。彼の本来の発揮できる力ということか。
(この存在は、あまりに強大すぎる・・・・対抗するには、あまりに・・・・!)
いっそ、堕ちてしまおうか―そんな考えが、澤木の頭をよぎる。それが、最悪の結果をもたらすと知りながら。
「・・・・どうすれば、そちらへの忠誠が証明される、と?」
息を呑んで、澤木は敵であるはずの焔緋に問い掛けた。その様子は、なるべく臆した風を見せぬよう、ポーカーフェイスであることを心掛けながら。
無論、澤木に焔緋の仲間になろうという気はない。これはあくまで、相手の出方を探るための問いだ。あるいは、相手へのささやかな嘲りのため・・・・そう、自分に言い聞かせながら。
「まさか、仲間にしてくださいと言ったところで、おいそれと認めはしないはずだ」
「ほう・・・・」
どこか挑発的な澤木の態度に、焔緋は満足そうに頷いた。
その表情は、心なしか、澤木の心のうちまで見透かしているようで、彼を不安にさせる。
「劉黒を殺せ」
「――ッ!」
その答えを予想していなかったわけではないが、必ずしも聞きたい言葉ではなかった。むしろそれは、そうでなければいいと望んでいた言葉だ!
「余は次の戦闘で、白銀を殺す。だからそなたは劉黒を殺せ。そうすれば、それは余への最高の忠誠の証。その時は余も、そなたを喜んで引き入れよう。余の、親愛なる“子”として」
「・・・・勝算は?」
かろうじて、澤木はそう問いかけていた。
「ククッ、余を疑う気か?それこそ、余はそなたの忠誠を疑わねばならんな。余の言うことは絶対だ。決して、偽りなどない」
言葉とは裏腹に、焔緋は嬉しげに笑った。そのどこか艶めかしい笑みは、まるで澤木を誘惑しているかのようだ。
「悪い話ではないとは思わんか?“子”の数は通常5人。数少ない中に、そなたを入れてやろうというのだ。そなたには決して悪くな―」
「焔緋さま」
そのとき、焔緋の声をさえぎるようにして姿を現したのは、長い髪の妖艶な美女だった。その姿に、澤木はなぜか既視感をおぼえる。
(・・・・!?どこかで!?)
「どうした、氷劉?」
いぶかしげに問いかける焔緋に対し、氷劉と呼ばれた女性は、彼の耳元でそっと、何かをささやいた。彼女の口が閉ざされると、焔緋の表情が少し自嘲的に歪んだ。
「・・・・どうやら、今日はここまでのようじゃな」
悠然と澤木を見下ろす態度はそのままに、焔緋は少し残念そうに嘯いた。
「まぁ、まだ返事を焦ることはない。ゆっくりと考えるがいい。では、色よい返事を期待しておるぞ、澤木」
そう言い残して焔緋は立ち去ろうとし・・・・ふと、思い出したかのように振り返った。
「ああ・・・・手土産にひとつ、そなたに忠告しておいてやろう。白銀を信用せぬ方がよいぞ。あれは、大切なことは決して誰にも言わぬ質だ。此度の件でも、何か重要なことを隠しているやも知れん」
「ほう。敵にそんなことを言われるとは。そもそも私は、そちらのいうことを信用すべきかを、先に検討すべきではないのかな」
「まあ、それもそうじゃな」
クククッ・・・不気味な笑い声を残して、焔緋は去っていった。戸惑いに揺れる、澤木を残して。