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夜の帳に落ちていったのは、人か、はたまた人にあらざるものか。そこでは、つい先ほどまで激しい戦闘の行われていた。
その場所に、いまや勝者のようにして佇むのは、歳も背格好も全くバラバラな4人の男たちである。
「ふぅ。今日も終わったねぇ」
しみじみと言ったのは、そのうちの一人、黒髪に眼鏡をかけた男である。その表情は、今の今まで自分たちが戦ってきたという事実を忘れさせるほどに穏やかで、どこか茶目っ気がある。彼の名を、洸という。
「まっ、これくらいはチョロいモンだろ」
続いて、洸の発言に同意したのは、背までゆうにある白い長髪に、まるで女性のごとく端正な顔立ちをした男、白銀である。そのため息が出るほど美しい外見とは裏腹に、彼の口調はどこか荒々しい。
「まぁ、それにしても、油断しないに越したことはない」
そして、二人をたしなめるようにして口を開いたのは、長い黒髪に赤い瞳、そして少し古風な衣装を身にまとった、これまた美形の男である。
彼こそは劉黒―レイの直結王族であり、白銀の対となる存在であった。
「まぁ、そうだね」
劉黒の発言に、洸は、何がそんなに楽しいのかと思うほど、陽気に頷く。洸は劉黒の“子”であり、それゆえに彼に仕える身である。しかし、その事実を考慮した上でも、あまりに劉黒に従順な様が気に入らなかったらしい。横で、白銀が少しだけ舌打ちをした。
そして今、名前の挙がらなかったもう一人――長い髪を後ろで縛り、スーツを着込んだ一際背の高い男――澤木は、三人の言動を観察するようにして、沈黙を守っていた。そんな彼に向かって激しい罵声が浴びせられたのは、その直後のことだった。
「澤木、後ろだ!」
仲間の忠告に、あわてて彼は後ろを振り向いた。夜の闇に伸びた影が、異様な形にうねりを上げている。そう、まるで怪物のように。
すっかり油断しきっていたのか、彼―澤木の反応は、怪物―コクチの反応よりも、わずかばかり遅れをとっていた。
変わり果てた形相で敵と対峙するも、彼が対処するよりも早く、もう一人の人物が彼の前に躍り出ていた。
「ま〜だ一匹残っていたとはねぇ。これってさ、やっぱ誰かさんの出際の悪さじゃない?」
もう一人の人物――洸は、鮮やかな手捌きでコクチを消し去った後、どこか気の抜けた口調で言い放った。
「おいおい、人のせいにする気か、洸」
白銀は呆れ口調で言ったが、彼をさらりと無視すると、洸はつかつかと澤木のもとへ歩み寄った。
「ねえ、澤木」
洸は、まっすぐに澤木を見据えて言った。一瞬、澤木の表情に動揺が走る。
「・・・何のことだ」
「とか言ってとぼけちゃって。でもさ、こういうときの澤木って、一瞬でも動揺が顔に出ちゃうんだよね。ねぇ、さっきの戦闘の間、ずっと心ここにあらずだったよね?」
「私はちゃんと役目をこなしている。非難される筋合いはないはずだ」
「この前の焔緋との戦闘・・・」
洸が上目遣いに彼を見据えてきたので、澤木は思わず一歩身を引いた。まるで、洸に心の奥を覗かれているようだ。
「俺たちの仲間が一人、死んだよね。もしかしてそのこと、まだずっと引きずってんの?」
しかし、挑戦的な洸に対し、澤木とていつまでも動揺に支配されてはいなかった。
攻め立てる洸に対して、澤木は、溜息を一つついて答えた。
「確かにあれは、私のミスだった。彼は、私が殺したようなものだ。それに関して、このところ私が心を傷めていることは認めよう。しかし、それと今日のこととは関係がな―」
「じゃあさ、それを今更どうしようっていうの?どうしようもないよね。それとも、アンタ一人で何か出来るっての?」
「やめろ、洸」
劉黒の鶴の一声に、責めたてる洸の声はピタリと止んだ。
そして、
「はいはーい。これくらいにしておきますヨ」
と、どこかふざけたような口調で、洸は非難をやめたのだった。あっさりと引き下がったのを確認すると、劉黒は安堵のため息をつく。
「争いはここまでだ。帰るぞ」
「は〜い」
先ほどのテンションもどこに行ったのやら。妙に上機嫌で洸はうなずくと、その場を立ち去ろうとする劉黒に従う。
だが―
「でも、あんたさぁ・・・」
洸が振り返ったとき、彼の視線は、再び澤木に向けられていた。そう、激しく、鋭い光をもって。
「覚悟決めてないと、死ぬよ?」
「――ッ!洸!」
すぐさま、劉黒の口から叱責の声が飛ぶ。傍らでは、白銀があきれて肩をすくめている様子だ。
だが、もちろん洸も、それくらいはわかっていたようだ。すぐにいつもの飄々とした笑顔に戻ると、
「それくらい、分かってるよね?」
ニコッ
念を押すように、澤木に微笑みかけたのち、洸は踵を返したように劉黒のもとへ駆け寄った。
「あーあ。今日も疲れたなぁ。俺、お腹空いちゃったっ。劉黒、うどん食いに行かない?」
「・・・・洸」
手がつけられないとでも思ったのか、劉黒は額にそっと手をやった。しかし、洸がいつものように、笑顔で自分の手を取ってきたので、彼はそのまま何も言えなくなってしまった。
「・・・・わかった」
渋々うなずくと、劉黒は、半ば洸になされるがままに再び歩き出した。
一方―。
一瞬あっけにとられてしまった澤木は、歩き出す一同とともに足を踏み出すことが出来ず、彼らの背中を見送ることとなってしまったのだった。
(・・・全く、彼の言うとおりだ。ここ最近、私はどうかしているな・・・)
指摘されるまでもなく気づいていたつもりだったが、いざ言われてみると、その言葉が予想以上に胸に深く突き刺さっていた。もしかすると、自分はわかった“ふり”をしていただけかもしれない。
(いかんな、こんなことでは。これから、焔緋との戦いも本格化してくるというのに)
心の中で自分に叱咤すると、澤木は小さくなって行く彼らの背中に追いつくべく、片足を踏み出し―
「随分と派手に言われたな」
「―ッ!」
澤木は体を硬直させて振り返った。
この声には聞き覚えがある。そう、先日、自分の仲間を殺した、憎き、宿敵―
「焔緋・・・・ッ!」
そこに立っていたのは、邪悪な存在、そのものだった。
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