「ふむ、やはりそうきたか。」
事の顛末を聞き終えると、教授はいかにも納得した口調で頷いた。
外では、なにやら騒がしく人々が行き来している。彼らの間で交わされる言葉から推測するに、どうやら騒ぎの元は、我らが国務聖省長官の執務室での乱闘にあるらしい。
しかし、真昼から銃声が響き渡り、部屋は嵐の後のように荒れたというその騒動の重要関係人物たちが、そこまで騒ぎを起こしておきながら、今だこの剣の館内で堂々と居座っているとは、誰も思わなかったに違いない。しかも、よりによって高名なワーズワース博士の実験室になど。
「では、師匠マスターはそこまで読んでおられたのですね。」
重要関係人物の一人、ユーグは感心した顔で教授を見つめた。彼の反応に、教授はますます得意げになって答えた。
「当たり前だとも。」
この世に自信というものが具現化されるとしたら、このときの教授の姿こそ、それに値したかもしれない。ぴんと伸びきった背筋を大きく反らし、教授はパイプタバコを吹かせていた。
「僕を誰だと思っているのかい。このドクターワーズワースの手にかかれば、予測できないことなどないさ。」
「って、教授。読んでたのなら、私たちにあんなことさせなくてもいいじゃないですかぁ。」
師匠と弟子の仲むつまじい会話にちゃちゃを入れてきたのは、二人の傍らでハーゼー息を吐きながら椅子に倒れこんでいた、もう一人の重要関係人物だった。
「おかげで私、しばらくカテリーナさんに顔向けできません・・・会ったらどんないやみを言われることか・・・おお主よ、誓って私は何もしていません!ただ、少しばかりこの方々から脅されていただけでして・・・」
「何を言い訳しているのかね。見苦しいよ、アベル君」
一人口だけは元気に動かしている同僚に、教授は冷たいツッコミを与えた。しかし、そんな彼の声は、真っ向から切り捨てられる。
「いーえ!誰になんと言われようとも譲りません!私は断じて、あの恐ろしいカテリーナさんを自ら喜んで敵に回そうとしたんじゃ・・・」
アベルの心の叫びは依然終わりを迎えそうになかった。
同僚の果てなき愚痴の探求は無視して、教授とユーグは向き直る。そして、何事もなかったかのように話を再開させた。
「ところで、例のブツはきちんと仕掛けてきてくれたかね?」
「もちろんです、師匠マスター
「はい?」
聞きなれぬ単語を耳にして、アベルはふと魂を彼らの傍に引き戻した。そして、おずおずと尋ねる。
「あのぉ教授、その例のブツって、一体何なんですか?」
アベルは、目をぱちくりさせながら教授に問いだした。
「ああ、なに、大したことないよ。さっき執務室に侵入したときに、ついでに彼に盗撮機を仕掛けてきてもらったんだ。」
「・・・はい?」
どういうことだ、それは。
ぽかんとしているアベルの目の前で、教授は懐から小さな黒い物体を取り出した。
数十ミリくらいの大きさのそれは、一見、害虫の死骸か何かのように見えた。しかし、妙に黒光りする体躯ボディとランランと光る目が、そうでないことを重々に物語っていた。
教授はそれをもったいぶるかのようにさんざん見せびらかした後に、ようやっと講釈を始めた。
「これは私が最近発明した試作品のひとつでね。見た目にはどう見ても一般のどこにでもいるような昆虫類にしか見えないわけなのだが、実は、その中に超小型のカメラと盗聴器が搭載されているのだよ。これがそのサンプルだ」
確かに、傍目にはどこにでもいる昆虫か何かのようにしか見えないかもしれない。推定するに、せいぜい蛾の一種かハエかその程度であろう。
アベルはいかがわしいものでも見るような目つきで、それを眺めた。しかし、教授はそんなアベルの視線にはまったく気づいていない様子で、講釈と称した自慢話を続けた。
「これが完成すれば、従来行われて来た職務の実に30%が簡易化されうる可能性を秘めている、と私はみているのだよ。そうだね?実に画期的な発明だとは思わんかね?全く、時折姿を見せる我が才能には、我ながら惚れ惚れするよ。」
「はぁ。」
アベルはあいまいに頷いた。しかし、心の中では依然整理はついていなかった。
確かに、今まで教授が行って来た様々な珍発明品に比べれば、それは珍しくまともなものではあった。
しかし、それはそうとしても、どう聞いても寝耳に水だ。これが執務室に仕掛けられる予定になっていただなんて。
「あのぉ、ちょっといいですか?」
ぺらぺら話す教授に口を挟む形で、アベルはおずおずと口を開いた。
「なんだね、アベルくん?」
気分よく話を進めていたのを邪魔され、教授はわずかばかりに不満な表情を作った。しかしそれでも、辛抱強く生徒の話に耳を傾ける教師のように、彼はアベルに目を向けた。
「だったら私たち、あんな苦労して侵入することなかったんじゃないですか?」
アベルの何気ない質問に、教授は凍りついたかのように口を閉ざした。
そして、しばし沈黙した後、
「まあ、流れというものだ。」
あさっての方向を向いて、教授は煙草をかせた。
「まあ、そんな細かいことはおいておこうではないか。そんなことより、さっそく稼働だ。」