「あのぉ、ユーグさん、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?手短に頼む。俺は今あまり余裕がない。」
「はい、じゃあ、単刀直入にいきますね。」
薄暗い上に、大の大人が移動に使うには少々窮屈な空間で、アベルは思いっきり息を吸い込んだ。場所は天井裏の通路。確かに多少酸素の限定されたところかもしれないが、それだって、少しくらい多めに吸っても支障はないはずだ。
「私たち、一体何のためにここにいるんですか?」
思いっきり息を吐き出すと同時に、アベルは、先程からずっと気になっていたことをストレートに吐き出した。
しかし、アベルの素直な感想を聞くと、彼の前を行く男―金髪に翡翠色の瞳をした物静かな印象の男である―、ユーグは小馬鹿にしたような目で、彼を見た。
「今更何を言っているんだ、アベル君。決まっているだろう。むしろ、この件について何度も質問を入れていたのは君のはずだ。」
「そっ、そーですよね?」
真顔で返され、アベルは引きつった笑いを浮かべた。これではまるで、自分が出来の悪い生徒か何かみたいではないか、そんな不満を飲み込みながら。
「ですけど、やっぱり私、納得がいきません。どうして私とユーグさんが、こんな薄暗い天井裏を這いずりまわったりしなきゃいけないんですか?」
「そりゃあ、決まっているだろう。」
当然、とばかりにユーグは胸を張った。
「師匠の知的欲求心を満たすためだ。」
「いや、私も、教授がもの凄く偉い学者だってことは、じゅーぶん理解してるつもりなんですがね。」
間髪をいれずに、更なる問いかけがとんだ。どうやらユーグの力説も、アベルの素朴な疑問を払拭するまでには到らなかったらしい。
しかし、それを最後まで聞くことなくユーグは、剣士らしくすっぱりと切り捨てる。
「だったら、問題ないだろう。」
「そうですかね・・・」
だが、ユーグにいくら断言されようとも、この理屈っぽい同僚はなかなか納得してくれそうにないようだった。
「偉い学者さんっていうのは、その欲求を満たすためなら、どんなことでもするんですか?しかも、仲間に。」
仲間に、のところを少し強調してアベルは話してみた。すると、さすがに教授の忠実な弟子も返答に困ったようだった。
彼はしばらく閉口した。そして、その末に彼が出した答えは―
「とにかく、今は師匠のためにも、書類を取ってくることが大切だ。何、師匠の立てたプランだ。安心していいだろう。」
「だといいんですけどね・・・」
話をすり替えられたことを不満に思いながらも、アベルは新に提示された話題について懸念を示した。
何と言っても、相手はあのカテリーナだ。彼女の抜け目のなさは、国務聖省職員なら誰だって知っているはずである。
「大体、こんなことでもなければ、執務室なんてごく普通に出入りするところのはずなんですけどね・・・こんなにビクビクするなんて、カテリーナさんに決算報告書を出しにいく時ぐらいのものですよ。」
だとしたら、それはしょっちゅうのことだろう・・・
珍しくそう反論を入れようとしたユーグだが、それを言葉に乗せるよりも早く、翡翠色の瞳を光らせた。
そして、陰鬱とした口調で愚痴を並べていたアベルに、叱咤の声を飛ばす。
「しっ!静かに。執務室は近いぞ、アベル君」
途端に先ほどとは比べ物にならに程に殺気立てて、ユーグは天井裏を這うと、見立てた場所に剣を突き立てた。そうして出来たわずかな隙間から覗いて、視界に映った風景が空であることを確認する。
「やっぱり、私、この任務降りていいでしょうか・・・カテリーナさんに泣きついたら、今ならまだ許してもらえるかもしれませんし・・・」
ユーグがそうこうしている間にも、アベルの止め処もない主張は続いていた。しかしそんな彼のことはまったく無視して、ユーグは言葉を放った。
「アベル君。どうやら誰もいないようだ。降りるぞ。」
ユーグの反応は早かった。言葉を全て放ち終わらないうちから、足元のタイルを一枚はがす。そうして現れた光の射す方へ向かって、慣れた身のこなしで着地する。
「これだな。師匠の言っていた灰色文献とやらは。」
執務机の上に無造作に置かれた中から、ユーグは無造作に一束を掴み上げた。表紙には、確かに教授の言っていた博士の名前が書かれている。これ見よがしに“重要文献につき”と注意書きがあることから見ても、間違いはないのだろう。
「あ、見つかったんですか。それじゃあ、私はこれで・・・」
そろそろと床に足を下ろしたアベルは、書類の束をまじまじと見つめる同僚を発見すると、及び腰で後ろ歩きを始めた。
しかし、同僚を置いてさっさと帰ろうとしたアベルの前で、何の前触れもなく炎の帯が踊った。
「はぶ!?なっ、何なんですか、これわ!?剣の館が実はからくり屋敷だったなんて私、聞いてませんよ!?」
「そこまでだ。」
おおよそ臨場感に欠けるほどに抑揚のない声が、乾いた部屋に響いた。それとともに現れたのは、同僚のトレス神父だった。
神父ファーザートレス・イクス、通称“ガンスリンガー”。
Ax内でも屈指の拳銃使いとして知られる彼は、同時に、常に任務に忠実な者としても有名だ。
しかし、そんな彼が、どうしてこんな人気のない執務室にいきなり、しかもこんなにもタイミングよく現れたのか?
「卿ら二人を、神と父と精霊の御名において、機密文書窃盗未遂の現行犯で逮捕する。おとなしく俺に従うことを推奨する。」
「とっ、トレス君じゃないですかぁ〜。久しぶりですねぇ、確か、前にあったのは・・・ええっと、確か三日前でしたっけぇ?」
そう言って友好的に再会の握手を差し出てきたのは、今にもその場を辞そうとしていたアベルだった。しかし、感動的な同僚との再会は、相手が向けた銃口によってたちまち悲劇的な場面へと変化した。
「動くなと言ったはずだ。少しでも逃亡の兆しが認められた場合、新たな手段に出る可能性がある。」
「い、いやだなぁ。私たちはただ・・・」
冷や汗をかきながら、アベルは弁解を試みようとした。しかし、そんな彼の努力を無下にしたのは、聞き分けの悪い拳銃使いではなく、あろうことか彼の共犯者の方だった。
「見苦しいぞ、アベル君。自分のしたことは、きちんと認めるべきだ。」
「って、ええっ!ユーグさん、それってつまり、私に全て罪を押し付けるってことですか!?」
否定ネガティヴ。卿ら二人は、現場を俺によって目撃されている。よって両者とも現行犯だ。」
つかさずトレスの訂正がとぶ。
「そっそんなぁ。トレス君、わたしたち、同じAxのメンバーじゃないですかぁ。それを、捕まえるだなんて、物騒ですよ。ねっ?だからここは、同僚のよしみで、見逃してくださっても・・・」
否定ネガティヴ。ミラノ公の許可は既に取ってある。犯行を目撃し次第、これを確保せよとのことだ。それがたとえ、誰であろうとも。」
言い終わるや否や、トレスの手にしていた拳銃が火を噴いた。そろりそろりと後ろにあとづさって逃げ出そうとしていたアベルの足元で、炎の舌が華麗に踊る。
「ひっひええっ!」
躊躇することなく自分を攻撃され、アベルは飛び上がった。そのまま、近くの壁にへばりつくと、わなわなと振るえる口元から言葉を紡ぎだす。
「おっ穏便にお話し合いしましょう、トレス君?っというか、こんなところでそんな物騒なもの振り回してちゃ、カテリーナさんに怒られますよ。ですから、どうか気を収めて・・・」
心配ないネガティヴ。いざという時の発砲についても、既にミラノ公の承認は取ってある。」
「でっ、でもですねえ。こんなところで発砲したんじゃ、大切な書類にだって被害が及ぶ可能性が・・・」
「それに関しても否定ネガティヴだ。そういった資料に関しては、既にミラノ公が別室に移してある。問題ない。」
「なっなぬ!?」
アベルは素っ頓狂な声を上げた。
っということは、最初から二人はカテリーナにはめられていたということだろうか!?
「ちなみに、ヴァトー神父が今手にしている書類についてだが、それはダミーに過ぎない。その証拠に、中にかかれている内容は、全てでたらめだ。」
「!?」
ユーグが慌てて書類の束をめくった。そうして、少しの間じっと字面を眺めていたが、やがて、がっくりと首をうなだれた。
「残念だが、彼の言っていることは本当だ。中に書かれているのは、師匠が先日講演のために作成した資料だ。」
「そ、そんなぁ・・・。」
アベルは、へなへなとその場にしゃがみこんだ。これでは、自分達はすっかりカテリーナにはめられただけ、ということではないか。
しかし、このときばかりは、のんびりと落胆してばかりもいられなかった。
「アベル君、ここは一時撤退だ。出直そう。」
そのことに同じく気づいたらしい。ユーグがすばやく執務室のドアに駆け込んだ。
「ええ、それが一番いいみたいですね!」
このときばかりは彼に頷くと、アベルもすばやく立ち上がった。容赦なく飛び交い始めた炎の渦から間一髪のところで逃れると、同じくドアを目指す。予定とは随分違う逃亡ルーとなってしまうが、この際、外した天井板のことなど悠長に考えていられない。
目標ターゲットの逃亡を確認。強襲戦仕様アサルトモード殲滅戦仕様ジェノサイドモード書き換えリライト戦闘開始コンバットオープン。」
不吉な言葉とともに、差し出された拳銃がまっすぐ二人を捕らえた。あわやというところになりながら、犯罪者たちは一目散にドアを目指す。
「それにしても、むっちゃバレバレじゃないですか!どーいうことなんですか、ユーグさん!?」
走る速度を速めながら、アベルは少し前を行く共犯者の背中に避難がましい声を浴びせた。
「さあ、そこは俺に聞かれても困る。そういうことは、立案者の教授に言及してもらいたい。」
「ってぇ、それにそもそも、教授のプランは完璧だったんじゃ!?」
「・・・誰にでも過ちというものはある。それを大きな心で受け止めるのが人間というものだろう。」
その声は、おおよそこのような場面において珍しいくらいに悟った口調のものだったが、実際、発言主がどういった表情をしていたかまでは、図り知ることが出来なかった。ただ、その答えが返ってくるのに、今までとは違って、かなり時間がかかっていたことだけは、否定しようのないことだった。
「そ、そんな殺生なぁ〜」
そっけない答えを与えられてアベルは唇と尖らせた。しかし、そう言う間にも、同僚はドアの隙間に滑り込んでしまった。慌ててアベルも、ドアが閉まりきらないうちを狙って駆け込む。
「逃がさん。」
ドアの向こうに駆け込んだアベルに向かって、トレスは照準を定めた。しかし、容赦なく閉められたドアが、運良く、放たれた弾丸の弾除けとなった。間一髪のところで、轟音とともにドアが閉まる。
しかし、逃亡していった現行犯たちに対して、拳銃使いはそれ以上の追撃を行おうとはしなかった。執務室の厚い扉を無表情に見つめながら、ゆっくりと拳銃を下ろす。
目標損失ターゲットロスト。目標の逃亡を確認。次の指示の入力を要求する、ミラノ公。」
相変わらず、おおよそ抑揚を欠く声で、神父はそう独りごちた。



to be continued…



〜あとがき〜

ユーグって、こんなんだっけ?
と、書きながらちょっと思い返してしまいました。
まあ、それが彼の愛すべき所となっていただければ、それはそれで幸い、です。
というわけで、ここまでお疲れ様でした。慧仲茜でございます。
第4話。ようやっとユーグとトレス君に登場して頂くことが出来ました。
ドタバタギャグ・・・になりましたでしょうか?

まっまあ、あえて深くは追求せずに行こうっと;

ところで、前回に引き続き最近のトリブラ事情なんですが。
皆様、トリブラのヴィジュアルを担当していらっしゃる、TORES柴本さんがHPをお持ちなんですが、ご存知でしょうか?
(あ、今更ですか?何だか偉そうにごめんなさい;)
主にお仕事の話をされているんですが、
ともすれば、作者ご本人よりもトリブラと付き合いが長かったことになる(!)この方も、この7月で、とうとうトリブラから抜けてしまわれたそうですね・・・
ううむ・・・ホントに残念なことです。素敵な絵でしたのに!!
もう半分トリブラの作者様みたいな方でしたので、悲しいことこの上ないです;;
トーレス柴本さんの絵でトリブラのキャラクターが決まった例もあるらしいですから(教授とか・・・)
誰かが署名とか集めたら、またトリブラを描いてくださったりとか、するんでしょうか(ナニ)

ああ・・・なんかもう、最近の発言がトリブラフリークで、ひかれた方もいる気がしてならないですが。
(スミマセン;反省します。。。)
それくらい私は、トリブラが好きなんです。(今更告白?)
魅力的なキャラクターに、まるで歴史の一片を思わすような壮大なストーリー。西洋史をもじったような事柄も、多数登場しますしね!
そこに美しいヴィジュアルが加わって、私にはすざまじい影響力があったと思います。
いやいや、過去形はよくないですね。(苦笑)今でも影響大です。
なので、どんな形であっても、どうか今以上のストーリーが続いて欲しかったのですが・・・まあ、結末はどうしようもない;
とにかく、今も多くの方が、この作品を愛してくださって、忘れずにいてくださるしかないですよね。
そのために私が何か出来ているとしたら・・・どうだろう???

と、いうわけでして。いつもながら、長いあとがきとなってしまいました;
というか、こんなコミカルな(?)話の回に、こんなしんみりとしたあとがきを入れるなっつの!
とのツッコミも多数かと思われますが。
まあ、そう思っていただいた方には、ご親切にどうもありがとうございます、と返しておきましょう。
それでは、また次回、お会いできれば、幸いです。
もうすっかりお忘れになってしまわれたかもしれませんが、奪取作戦は、まだ続きます・・・。