その夜。テイトはミスティから色々なことを聞いた。
今の団長に拾われるまで。拾われてからの生活。途中出会った大切な人との出会い。大切な人がどんなひとだったか。残っている思い出の断片…。
名前の手がかりになりそうなことは、大抵教えてもらった。特に、その人が名前をどうやってつけたのか、を覚えていたのは大収穫だ。聞けば、ラグスの有名な昔話に、よく似た2人の境遇とその人の名前が一致していたことから、なぞらえて名付けてくれたらしい。
だったら、手はある。その昔話を調べればいいのだ。幸い、この教会の図書室には、大量の蔵書がある。もちろん、ラグス王国の物もだ。
「オレ、頑張ってみるよ。少しでも早く見つかるように」
そう言って、テイトは勉強と並行しながら、図書室での調べものを熱心にし始めた。
†
夜も遅い時間。
図書室へと定例の見回りに来ていた青年は、何か物音がしたような気がして、奥の棚にまで来た。
(特に、異常は…ない、と)
それにしても、夜の図書室は、どこか異様な空気である。青年は、それが少し怖かった。
ふと、ぱらりと紙が擦れる音がした。今度ははっきりと。
少し先にある棚を覗く。そこには、煙のような、半透明の白い何かが漂っていた。
にやり、と青年に白い影は笑い……そして、消えた。
「っぎゃあぁぁぁぁっ!!!」
図書室に大音量の悲鳴が響き渡った。
†
「なぁカストル。クソガキ見なかったか?」
「…少なくとも、エロ本持ってる人の台詞ではありませんね」
向かい側から来た同僚の一人は、すんなりとフラウの問いには答えてくれず、まずは毒舌をくれた。
「お前ってやつは…いいだろ、ちょっとくらい。男のロマンってやつだ」
「あなたって人は…懲りませんね。大司教様とバスティン様に言って、一度、部屋と図書室を徹底掃除してもらう必要がありそうです」
「あ、ズルイぞっ。権力使って部屋掃除なんて!」
「嫌ならさっさと片付けて、ゴミにでもしてしまいなさい」
その言葉に、酷ぇとフラウから文句が飛ぶ。その見慣れたやり取りに、ラブラドールの笑い声が重なった。
そこでようやく「で、何が聞きたかったんですか?」とカストルによって応酬はあっさり打ち切られることとなった。これにはフラウもいつものことなので特に気にはせず、もう一度問いを口にした。
「だから〜、テイト見なかったか、って聞いてんだよ」
「テイト君なら、朝の勉強以来見てませんよ」
「僕も、朝のミサで見かけたくらいだけど」
フラウこそ見てないのか、と目で問い返され、肯定したフラウは疲れた様子で廊下の欄干にもたれかかった。いつもと違って苛立ちの色を滲ませたその様子に、2人は首を傾げる。
「クソっ。かれこれ5日ほど、アイツ全然見ねぇぞ」
「あれ、そうなの?僕は毎日見かけてるよ」
「私も毎日会ってますけど?」
「ラブはともかく、お前は試験の勉強でついてるんだろうが。俺はそうじゃねぇんだよっ」
「廊下とかミサとかで会ったりしてません?」
「…してる。あの首輪が爆発しない程度にはな。けど、すぐにどっか行っちまうし。長話なんてしてねぇ」
何か言おうとしたが、フラウの表情を見て、カストルは口を噤んだ。ラブラドールも目を丸くしている。常に不遜な態度の彼が、珍しく拗ねた子供のような寂しげで情けない顔をしているのだ。
「とりあえず、ご自分がどんな顔してるか、鏡貸してあげましょうか?」
「悪かったなぁ。拗ねてる子供で」
「自覚はあったんですね。よかった」
「何がよかったんだ?!」
「いえ。元気のないフラウは、食べられないアイフィッシュだと思っただけです」
「……わけわかんねー例えだな、ソレ…;」
思わず脱力したフラウ。カストルもラブラドールもその姿に少しだけ笑った。
しばらくとりとめのない話題で和んだ後。突然ラブラドールがフラウに訊いた。
「そういえばフラウはどう思う?教会に出る幽霊の噂」
言われた内容に、フラウははて、と首を傾げた。
「あぁ?あー…そういやクソジジィが今朝のミサで、ンなこと言ってたな」
「聞いてなかったんですか。大司教様の話」
「全っ然。それより眠かったし」
堂々と言うフラウに、呆れ顔のカストルはもう一度説明してやることにした。
「ここ数日、教会内で幽霊を見たという目撃例が何件もあるそうです」
「やっぱ、美人か?」
「それがね。何か白っぽい人影だったんだって」
「残念でしたね。女性と断定できなくて」
「けっ。ま、肯定もできないけど、否定もできないってとこか」
それで、どういう状況に出て来るのか、と聞くと、こちらはどうやら決まっているらしい。
「昨夜の警備の者は、図書室の棚を彷徨っているところを見た、と言っていたそうです」
「昼間に見たって人もいたよ。入り口じゃなくて、もっと奥の棚の辺り」
教会の図書室は、かなり広く、奥に行けばあまり光は届かない。埃か人影を見間違えた、という可能性もある。
「けどよ、それが本物であれ偽者であれ、害はないんだろ?そんな話だったら俺の耳にも入ってるだろうしな」
「害があったら、今頃私たちが動いてますよ」
「どっちにしても、僕らはそれを見てないし、何の危害もないんだ。変な気配も感じないしね。フラウは最近、何か変わったことあった?」
使い魔退治以外に、と言外に言われ、フラウは思考を巡らす。ふと思い当たることがあった。
「幽霊じゃねえけど…夜中に歌をよく聞くな」
「歌、ですか?」
「多分、誰かが教会内で歌ってるんだと思うんだけどよ。教会の賛美歌とかじゃなくて、街で流行ってるような、恋歌。本当にかすかにしか聞こえねぇけど」
「教会に泊まってる誰かじゃないの?」
「俺もそう思う」
「それじゃあ、変わったことに入らないですよ」
嘆息したカストルに、フラウはくくっと笑った。
「けどまぁ、幽霊……ねぇ」
「まぁ、使い魔でないだけマシというものでしょう。幽霊の正体見たり枯れ尾花、であればもっといいんですけれどね」
「本当だね。何事も…なければ、いいんだけど」
3人に、示し合わせたかのように、沈黙の帳が下りる。
周りを通り過ぎる人々は、遠巻きに見ながら、誰一人として一切話しかけてこない。それもそうだろう。数ある司教の中でも、見目麗しいこと(など)で有名な3人が一同に介しているのだ。用事のあるシスターたちならともかく、側を通る候補生たちや他の司教も、彼らには話しかけづらいというものである。
「こんにちは。司教様方」
そんな空気の中、彼らに声をかけたのは、司教候補生の一人・ハクレンであった。肩には彼のルームメイトの親友で、ドラゴンのミカゲがいる。
「よぉ」
「こんにちは。ハクレン君」
「おや、テイト君はどうしました?」
だが、肝心のテイトの姿は見当たらない。そのことを聞かれ、ハクレンは顔を曇らせた。
「そのテイトのことで…ご相談がありまして」
3人の視線がハクレンに向く。どうやら何かあったらしい。促されて、ハクレンはためらいながらも言葉を続けた。
「本来なら、一候補生の個人的なことなので、司教様にお話しすることではないのですが…」
「気にするな。アイツのことなんだろう。話してみろ」
「…わかりました。実は、どうも最近、また眠れていないようなんです」
「また?」
「はい。今までも何度か眠れないことがあったみたいなんですが、その時は2日くらいでどうにかなっていたんです。ですが、今回はもう何日も寝てないみたいで…」
目の下の隈はあまり濃くないし、勉強する時も修行中もしっかりとしているのだが、気を抜くとフラフラとしてて危なっかしく(例:昨日の朝は見晴らしの良い所で木にぶつかりかけた)、ハクレンは相当気を揉んでいた。
そうして先程…ピークに達したのか、とうとう倒れてしまったらしい。
「原因は、何かな?」
「わかりません。ただ、ここしばらく図書室に篭りっきりになることが多くて」
「図書室?勉強以外でか?」
「えぇ。しかも普段読まない随分奥の蔵書棚にまで足を伸ばしています。うわ言で、違う、と…そう……何か、探しものをしているのかのように」
そこで、ぎくりとラブラドールが肩を震わせた。その一瞬を、カストルとハクレンは見逃さなかった。
しかし、ここでそれを追求することはせず、ハクレンはフラウの方に相対した。
「何とかしていただけませんか?フラウ司教」
ちらりと視線をやって、フラウはそっけなく言った。
「何で俺なんだ?」
「テイトのことなら…悔しいですが、俺よりもあなたの方がよくわかってらっしゃると思うからです」
ハクレンは、静かにフラウを見つめた。カストルもラブラドールも、同様に視線を向けてくる。
3人の視線を受けて、フラウは大きなため息をつくと、欄干から降り立った。
「行ってくる」
ハクレンの側を通る際、お願いします、との彼の真摯な言葉に軽く手を振り、フラウはテイトの下へと向かっていった。
そして、完全にフラウの姿が見えなくなって。カストルがくるりとラブラドールの方を向いた。
「さて、こちらも聞かせていただきましょうか。ラブラドール」
一見笑顔だが、こういう時のカストルは、誤魔化すと後が怖いことを長い付き合いで知っている。ハクレンもじっと見ている。逃げられないことを悟って、ラブラドールは内心でテイトにごめんね、と謝った。
ゆっくりとした歩みは、次第に早足へと変わっていく。
「あの、バカが…っ」
ほんの少し苛ただしさを含ませた呟きが、無意識の内にフラウの口から漏れた。
〜あとがき〜
おぉっ、私にしてはめずらしく早く書きあがった!……けど、フラテイじゃない(泣)
とりあえず、当初の目的通り、ここでフラウとカストルさんが出せましたっ。さ、次はいよいよ、フラテイにいくぞ!
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