「まあ!」
粗方の話を聞き終えるや否や、彼女は甲高い声を上げた。
「そんな風に言われたのでは、誰だって怒りますわ!」
非難の声も猛々しく叫ぶと、彼女は子供に説教をする母親のような顔で向かいの神父を睨んだ。
もっとも、彼女の姿自身は、遠くから送られてきたホログラム映像に過ぎなかったのだが。
しかし、非難された張本人―わざわざバルセロナまで任務にやってきた派遣執行官トレス・イクスは、表情一つ変えずにその非難を一蹴した。
否定(ネガティヴ)。俺はあくまで、シスターベアトゥリスに現状を話し、協力を求めたまでのことだ。任務内容とも逸脱はしていない。何か不備があれば、回答の入力を、シスターケイト。」
「ですから、そういうことではなく!話し方が問題なのです!」
非難が全く届いていないことに、彼女―派遣執行官シスターケイトは頭を抱えた。
「いいですか、相手はあくまで被害者なのですよ。彼女は、バレー教授の策略によって、子供を奪われ、果ては孤児院まで失ったのです。それは、報告書を読んだあなたならお分かりでしょう?」
肯定(ポジティヴ)。被害者、シスターベアトゥリスは、経営する孤児院の児童を、実験体用としてバレー教授に目をつけられ、彼の策略によって孤児院と児童の両者を失った。」
「ええ、そうですわ。彼女は、全てを奪われた。この一連の事件の被害者なのです。しかし、彼女は幸か不幸か、まだこのことを知りません。子どもたちは無事バレー教授の下で、幸せに暮らしている・・・・そう思っているのです。出来ることなら、私自身、そう思ったままでいていただきたかったと思っていたのですが・・・・」
不意に、ケイトの声が沈んだ。出来ることなら、彼女に何も知らせずにいてあげたい。そう思ってはいたものの、そうも行かなくなったのは他でもない、彼女たち派遣執行官の責任だ。
本来であれば、前回のネバーランド島の事件で、バレー教授を捕らえているはずであった。しかし、彼は事前に逃亡。再び彼らは、バレー教授の手がかりを探さねばならなくなった。
だが、周到に足跡を消してきた彼の行方を辿ることは、容易なことではなかった。そのため、手がかりを探すには、こういった一見無関係に見えるところにも、あたって見なければならなくなったのである。

『バルセロナへ行きなさい。そこに、今回の一連の事件の被害者の一人でもある、
シスターベアトゥリスという人物がいます。幸運なことに、彼女は何回にも渡って
バレー教授との接触を果たしています。何か、我々の知らない情報を持っているかも
しれません。情報を得るためには、彼女への多少の事実説明も、許可しましょう。』


彼女たちの上司であるカテリーナがそのような決断を下したとき、ケイトはあまり乗り気ではなかった。彼女に事実を説明するのは、あまりにも酷過ぎる。
しかし、もちろんそのことにカテリーナが気づいていないわけはない。そして、そのことを知った上での彼女の決断がそうだというのなら、ケイトは従わないわけにはいかなかった。
そして、おそらくそんな彼女たちの気持ちを察したのであろう。カテリーナが、現地へ赴く派遣執行官として選んだのは、最もカテリーナへの忠誠心も厚いとされる、機械人形トレス・イクスであった。
否定(ネガティヴ)。シスターベアトゥリスが真実を知っていようといまいと、児童が死んだという事実に変わりはない。知って悲しむというのであれば、いつ聞いても同じことだ。」
事実、忠実な派遣執行官は、ケイトの意見を真っ向から切って捨てた。このような潔さが、おそらく彼を適任者として認めさせたのだろう。
しかし、ケイトは、彼のお仕事忠実主義に、今回ばかりは反論を入れた。
「ですから、そうやって真っ向から否定してかかるところもよくないのですわ。そういう微妙な事情を話さねばならないときは、なるべくソフトに、相手を気遣って話すものです。これでは、相手の気持ちを理解していないにも程がありますわ。」
しかし、機械人形の回答はあくまで冷たかった。

否定(ネガティヴ)。俺は人間(マン)ではない、機械(マシーン)だ。よって、人間的な感情を理解することはできない。」
「ですから、そういう意味ではなくってですね・・・・。」
なんだか、少し疲れてきたのかもしれない。久々に、この機械人形の機械人形たる部分にふれた気がして、ケイトは軽いめまいを感じた。
「とにかく!こういうときは、まずは謝った方がよろしいですわね。そうでなくては、これからお話をうかがうにあたって、何でも話していただけなくなります。こういう時は、何気なく話した内容の方が重要であったりするのですから。」
「謝る?否定(ネガティヴ)だ、シスターケイト。俺はシスターベアトゥリスに対し、何ら謝罪すべき行為は行っていない。したがって、謝罪すべき理由など―」
「ああんっもう。とにかく!きちんと謝ってくださいまし!」
「何をそんなに怒っている?明確な理由があるのなら直ちに回答の入力を。そもそも、このような場合に言うべき事項など、俺の中にはインプットされて―」
「謝罪の言葉なんて、何でもいいのです!ただ、素直に「ごめんなさい」といえばいいのですわ!」
珍しく、言い合いになってしまった。叫んでしまってから、我ながら大人気ないとケイトは反省した。もっとも、機械人形の方には、反省どころか、いっかな表情の変化も見られなかったが。
「カテリーナ様の人選にも、誤りがあったのかもしれませんわね・・・・。」
無表情な同僚を見つめて、ケイトは呟いた。
「やはり、シスターベアトゥリスには、私の方から改めてお話を・・・きゃっ!」
突如として彼らのいた部屋の扉が開き、ケイトは慌ててホログラム映像を解像した。
・・・部屋のもともとの主―そして、先刻から話題の人物出会った者―が、帰宅してきたようだ。