「それでは、この国に当てはめて考えてみましょう。この国は今、かつての繁栄を過ぎて滅亡に向かっている。」
「はい。」
「さて、そこでこの国を崩壊させるとしたら、どんなことをあなたは考えですか?」
「崩壊、・・・ですか?」
その言葉が妙に現実味を帯びていて、彼女は思わず閉口した。
現に、この国は今危機的状況にある。正直に言って、男が語ったとおり、かつての繁栄を過ぎて滅亡に向かっているといっても過言ではない。
だが、あくまでこれは架空の話ではないか?それに妙なリアリティを感じるなど、どうかしている。しかし、男が語ると、不思議とそれが、まるでこれから起きることの予言か何かのようで、彼女は妙な胸騒ぎを感じた。
彼女が困ったことに、気の回る男はまた、すぐに気づいた。
「ああ、失敬。さすがに不躾なことを聞いてしまいましたね。お詫び申し上げます。」
「あっ、いえいえ。単なる物語上のお話ですから。」
しかし、否定の言葉を口にしつつも、彼女の表情は一向に晴れぬ。それどころか、ポツリポツリと、不安を象徴するような言葉がこぼれ出す。
「・・・・しかし、それでも、実際にこの国に住んでいる私にとっては、滅亡なんて・・・ちょっと考えられないです。ごめんなさい。お役に立てなくて。」
「いえいえ。こちらこそ、不躾なことを伺ってしまいました。ご無礼をお許しください。」
「そんな、無礼だなんて!全然そんなことないですから、お気になさらないでください!私が勝手に、変なことを考えてしまっただけですから。」
実際に、男は何一つとして彼女の気を害すことなど言ってはいない。
ただ、彼女個人の気持ちとして、本当は、考えたくなかった−それが彼女の本音だった。
本当は、この国はいつ崩壊したっておかしくない。でも、それを口に出して、しかも誰かに語ってしまうと、それが本当になってしまうようで怖かったのだ。
「私は、あくまでこの国の存続を信じているんです。本当に、あるとしたらこの首都バルセロナでも崩壊させなきゃ、って感じですから。」
「ふむ、首都を崩壊ですか。それは確かに難しそうだ。」
「そっ、そうでしょう?」
男が同意するのを聞いて、彼女は心底安堵を感じた。
なぜか、この男に認めてもらえたというだけで、この国の安泰が保障されたような気がしたのだ。
・・・・我ながら安易過ぎる発想ではあったが。
「しかし、もし出来るとすれば、なかなかに面白いシナリオが書けそうですね。」
「そっ、そうですか?」
しかし、彼女の出した難問は、予想外にもこの男の興味を引いてしまったようだ。
「あなたは、どうすればこの首都は崩壊するとお考えですか?」
「えー?」
男は、いつになく真剣な表情で彼女を見てきた。引き下がれない―とっさに彼女は感じた。
今のこの男には、底知れぬ威圧感がある。そして、それに逆らうことなど、彼女には到底できそうになかったのだ。
「そう、ですね・・・軍隊がいきなり攻め込んできて街を制覇するとか?いいえ、でもそんなことをしても、普段からヒスパニアに国境を接してる国ですもの。万全の体制でやり返してくれるに決まってます。」
語ろうとしているのが壮大なストーリーの一部だと感じたからなのか、彼女は、それがだんだん期待になって来たことに気づかなかった。
「だから・・・もし可能だとしたら、大きな大砲が首都を一撃で崩壊させるとか?でも、そんな大きな大砲、あるとは思えませんし。それにあったとしても、どこから砲撃するかも問題ですし。だいたいそんなもの、誰にも気づかれずに、堂々とこのバルセロナまで運べる訳ないですから。」
彼女は力なく笑った。どうして自分はこんなとんでもない意見しか言えないんだろう?
しかし、気づけば男は、とても真剣な顔で彼女の話を聞き入っていた。
「なるほど。貴重な意見をありがとうございます。参考にさせていただきますよ。」
それを聞いて慌てたのは、ベアトゥリスの方だった。
「そっそんな、参考だなんて!お世辞でも言うものじゃないですよ!きっととんでもない舞台になってしまいますから!」
彼女はあわてて手を振った。
なぜだろうか。男が認め、「参考にします」とまで言った言葉が、どこか彼女の耳には、不穏に響いたのだ。
まるで、それが単なるお芝居への取入れを超えて、実際に引き起されることの予兆であるような・・・・まるで本当に実現しそうな、何か悪い予言のような気がしたのだ。
実際、長身の紳士は、穏やかの容貌の中に、彼女にそう思わせるようなどこか不思議な威圧感を持っていた。
「ご忠告ありがとうございます。しかし、そう言っていただけるだけでもう十分ですよ。『汝、作家たらんと願うものよ、汝の能力にふさわしい主題を選べ。何ができ、何が自らの力を超えているのかを、じっくりと考えてみよ。』?ホラティウス。私は、ただ己が書くことのできるものにそってただ筆を書き進めるだけです。それより、貴重な時間をいただいてしまって、申し訳ありませんでした。」
「い、いえいえ、こちらこそ・・・。助けていただいたのに、全然お礼できなくて本当に申し訳ありません。」
一礼して、ようやっと彼女は自分を取り戻した。―そう、すっかりはぐらかされてしまった、当初の話題(・・・・・)ともに。
しかし、今更何かしようにも、男にそんな気はないようだし、もう出来ることなど残っていないように感じられた。それでも、彼女はこのまま何もせずに男と別れてしまうことが、どうしても躊躇われた。
「―そっ、そうだ!舞台が決まったら、よろしかったら教えていただけませんか?必ず見に行かせていただきますから!」
そう言って、彼女は懐から紙とペンを取り出した。男に、自分の住所を伝えるためである。
こうして二人の仲を取り持っておけば、いつか恩返しが出来るに違いない・・・・そう思ったのである。
しかし、紙の上で文字を躍らせようとする彼女の手を、男はやんわりと制止した。
「ああ。これはありがとうございます。しかし、不自由な身のあなたにそんなことまでしていただくのはさすがに申し訳ない・・・それでは、せめて私の名前だけでもお教えしましょう。私の名をどこかできかれたら、舞台は成功したと思ってください。それだけでも、私は光栄ですので。」
「しっ、しかし・・・・」
随分したたかな男だ。しかし、そのしたたか過ぎる申し出を、彼女は受け入れよいのかわからず、戸惑った。
だが、彼女の気持ちは重々察しつつも、男は伝票を手に席を立つと、静かにこう告げた。
「我が名は、イザーク・フェルナンド・フォン・ケンプファー。」
そのゲルマニクス人風の名を、彼女は決して忘れはしなかった








〜あとがき〜
(・・・・もっと邪悪な魔術師を描こうと思ったのに、これじゃ普通の紳士・・・・それも優男じゃないですか;)
と、心の中でちょっと後悔しつつあります、慧仲茜です。
どうも皆様、こんにちは。
『注釈書』もいよいよ終盤・・・・
なんだか、オリキャラ活躍しまくりで、ドリームっぽくなりつつあります;
実際、魔術師にこんなに優しくされたら、彼を知ってる人的にはどうなんでしょうね(苦笑)
どこぞのそういう男の子ばっかり出ているゲーム(コー○ーとかが発売元のやつとか・・・・)の中で、そういう年上好みのプレイヤーにはたまらないキャラだったりして・・・・(笑)
私なら、あんまりにもらしくないんで、どんな裏があるのか疑いたくなります(イヤ、当初はいろいろあるつもりで書いたんですけど。)
まあ・・・・彼女には何もないことを祈ります。エイメン。

で、また随分とあきましたが、恒例(にしたい)のドラマCD感想です。
今回は・・・・レオン、行きましょうか(笑)
なぜ笑いが漏れたか・・・・そりゃあ、聴く前から正直、「この方は絶対ハヴェルでしょう」と、私的に思い続けていた方が、声を担当していらっしゃるので。
そうですよ、大塚明夫さんです。
もうかなりいろんなところで、知らず知らずのうちにお声を聴いてきた方です。しかも、見事に全部、無口で厳格で渋い叔父様役ばかり(笑)
某ハイテク潜水艦の船長だったり、少し前には、実は編み物がご趣味の某卿だったり・・・・。
きっと、渋いお声で、「あなたには信仰がない」なんて、カテリーナさんに言ってくださるに違いない!
それが、実際、原作ではあんなラテンな男の声ですよ(いや、別に褒めてるんですけど。。。
一体どんなですか!?って思ったら、
・・・・ああ、そうそう!そういえば、その昔にはそんな役をやっていたことがありましたよね。
確か、いかにも教育番組な感じの、世界の遺跡を回ったりするアニメの主人公を・・・・(懐かしすぎ;
・・・・ああ、置鮎さんパターン、みたいな(笑)
(この方も、昔は遊くんやら某鬼の手先生やらをやっていらっしゃっていて、今は手塚部長、みたいな。(手塚の方が前の二人より若いぞ!というツッコミはナシですよ(笑))

それはそれで(笑)(イヤ、別に褒めてるんですけど・・・・

ちなみに。
脚本の話なんですけど、オーヴァーカウントの最後には、原作にはない後日談が、最後にちょっとだけあるんですね。
それは、檻に戻されるレオンを、アベルとトレスくんが見送る、というもの。
アベルが「何か、頼みたいことはないか」と訊くと、レオンが、「じゃあ、俺と代わってくれ」(=代わりに檻の中に入ってくれ)と答えるところが、何とも彼らしくて、原作者様が亡くなられてからこの存在を知った私にとっては、とっても嬉しかったです。
あとは、ユーグの話を少しして、「また近々檻を出ることになりそうだ」と、次を予感させる終わり方でした。
なるほど、それでユーグの番外編に行くわけですね!
とはいえ、この番外編は、旧キャストではドラマCD化されてないみたいですが。



さて。
・・・・今日のこのネタ、ついてこられた方はどれくらいいらっしゃるんだろう。
古い話ばっかりで、自分でもちょっと引いてしまいました。
(しかも、ほとんど某局に集中してしまっていることに、今気づきました;別にこの局に何ら親しみなんてないんですけどね

それでは、よければもう少しお付き合いください

                                             慧仲茜♪