「卿は、三ヶ月前まで孤児院で面倒を見ていた児童を全て、ジェームズ・バレーに売り渡したな。」
しかし、彼の対応は、彼女が彼を来客用の部屋に招きいれ、慌てて淹れた来客用の少し高価な紅茶を差し出したところで、一向に変わらなかった。
懐柔しようとなど少しも考えているわけではない彼女だが、それでも普通、家の中に招き入れられて多少なりとも客人扱いされているのだから、少しくらいは愛想を見せてやってもよいではないか?
実際にはそれどころか、差し出した紅茶に一口も口をつけようとはしていない・・・まったく無礼尊大極まりない様子である。
(何かの管理職の方?あたくしのこと、もしかして馬鹿にしていらっしゃるのかしら?)
「えっええ、そうですけど・・・」
その上に売り渡したとは、また、随分な言われようだ。これではまるで、自分が子供たちを懐の足しに利用したようではないか。
実際が決してそうでないことを、彼女は自信を持って発言できた。
しかし、今この場であえてそうしなかったのは、彼女にそこまでの勇気がなかったのもあるが、大半の理由はそれを行動に移す決断をするほどに、状況が読み込めていなかったからだった。
教皇庁は、ローマに本拠地を構える人類の盟主。一度は修道院を開き、神の恩寵に預かっていた彼女にとって、この機関は、天に上るほどに高く聳え立つ、信仰の拠り所のようなものだった。
その使いが、何の連絡もなく彼女の前に現れた。しかも、その内容はどうやら穏やかではないご様子。
・・・これは、目の前の彼が神の名を語る偽者で、彼女がだまされているのか、よほどに面倒なことに彼女が巻き込まれたかどちらかではないのか?
もっとも、この男が正真正銘教皇庁の神父であることは、彼が身につけている十字架(ロザリオ)によって証明されていたし、後者のような出来事に、彼女は一切の覚えがなかったわけだが。
「卿が面倒を見ていた児童は全て、先日をもって殲滅された。なお、ジェームズ・バレーについては現在もまだ逃亡中のため調査中だ。そこで、卿がジェームズ・バレーについて知っていることを、全て話してもらいたい。」
「はっはい!?」
冗談にも程がある!いきなり死んだだなんて!
「あっあの、状況がよく飲み込めないんですけれど・・・とりあいず、もう少し、詳しく話していただけませんか?」
了解した(ポジティヴ)。」
彼は無味乾燥な声で頷くと、彼女が予期さえしなかったことを話し始めた。
「ではまず確認するが、卿は、3ヶ月前にジェームズ・バレーなる人物と接触し、この者に卿が面倒を見ていた孤児院の児童を全て売り渡したことを認めるな?」
「売り渡したなんて言い方は、穏やかではありませんわね。確かに、子供たちを引き取っていただくにあたり、孤児院を処分するのに必要なだけの金銭をいただいたのは確かです。ですが、決して私は自分の保身のために子供たちを売ったわけではありません。そこは誤解しないでいただきたいですわね。」
「どちらでも俺には関係がないことだ。それでは、卿はバレー教授との接触を認めるわけだな?」
「えっええ・・・まあ。そういうことになりますわね。」
何ともいやな感じの男だ。職務熱心なのか?それにしては、随分と口調が機械的で冷たすぎる。彼女から何かを聞きたいというのであれば、もっと彼女に歩み寄るべきではないのか?
心の中に、聖職者ながらにどこか刺々しい思いが芽生えてきたことに気づく。彼女は思わず、鏡を取り出したい衝動に陥った。自分の顔に営業的なスマイルが張り付いているか確認せずにいられなかったのだ。
しかし、そんな彼女の内心などまったく気にすることなく、彼はマイペースに話を進めた。
「そのバレー教授だが、児童を引き取ることについて何か言ってはいなかったか?」
「ええ、それはまあ、子ども好きで有名な方ですし。」
こちらから訊ねたはずなのに、これではまるでこちら側が尋問されているようではないか?そんな疑問を感じながら、彼女は必死に当時のことを思い出そうとした。