「あ、あの…本当によかったのですか?こんなにゆっくりとしていて」
「なに、心配なかろう。奴らの狙いが、どこから漏れたのかはわからんが、アレだとすれば、簡単に手出しはすまい」
それに仮に本人だとすれば、自分たちが着く前に片付いているかもしれない、という言葉は敢えて飲み込む。
「それは、そうかもしれませんが…」
姉妹の会話が途切れたのを見計らったように、音も立てず2人を乗せた車が止まった。
「コーネリアさま、到着いたしました。予告通り、生徒を人質に立てこもっているようです」
「先程威嚇射撃と思しき銃声が一発聞こえました。予定通り5分後に突入する準備はできております」
「ご苦労。戦闘に備えよ」
先についていた部下達が静かに、だが確実に包囲していることに、彼女は深く頷く。
そこへ、微妙な顔をした彼女の騎士が近づいてきた。
「殿下。それと先程司令部から連絡があったのですが…その、………」
だが続けられた報告に、彼女は眉を顰め、彼女の妹は目を丸くして驚いた。






彼女達とはまた、別の場所の、だが同じエリア内にて。
1台の黒い車が、道を走っていた。
どこにでもありそうだが、よく見れば窓は防弾用の強化ガラス。中に備え付けられたソファや調度品は一級品である。
その車の後部座席にゆったりと座る青年がいた。
彼は手の中の写真を弄び、くつりと笑いを零す。
「実に、感動的な再会に、なりそうだね…」
青年の口元に浮かんだ笑みは、楽しそうで、どこか悪戯っぽいものだった。






 招かれざる男たちの一団の前に颯爽と現れたのは、1人の高貴な美少女だった。
艶やかな黒髪、宝石のごとき紫の瞳。きめ細かい雪の肌は柔らかく、命を吹き込んだ人形のようだ。
こちらへ向かう足取りも楚々として優雅で、まさに絵に描いた深窓の姫君である。
手前で立ち止まって綺麗に微笑む少女に、息を呑んだ男たちは惚けた。
「そちらのお嬢さんを離していただけませんか?」
高くもなく低くもない、少女にはあまり似つかわしくないものの、透き通るような美しさを備えた声。
「用があるのは、お探しになっている生徒1人。でしたら、彼女は関係ありませんよね?」
「…失礼ですが、放せとおっしゃるからには、こちらのお嬢さんとは親しいご関係に?」
「私はこの学校の生徒会副会長です。生徒を守ろうとして何が悪いと?」
「……申し訳ありませんが、レディ。我々が探している少年がこの場に現れない以上、解放するわけにはいかないんですよ。それとも、貴女が代わりに人質となって下さるか?」
「(レディ、だと…っ)…いいでしょう。私の方が人質としては向いているでしょうから」
「ふむ。それはどう言う意味で?レディ」
「…私はその少年の現在の居場所を知っています」
リーダー格の男が幾分口調を和らげたのに対して、少女は悪戯っぽく笑った。
内心お怒り状態なのがわかるスザクは、これ以上(レディ発言で)挑発しないことを祈るばかりだ。
男たちはもちろん、生徒たちからもどよめきが上がる。
「嘘じゃありません。ただし、人質となるのは、そちらが先に彼女を解放するのを見届けてからです」
見た目はどうしたって、ほっそりとした体躯の、少女が1人。
私1人どうとでもできるでしょう、と。少女は、男がナナリーを離さぬ内にこちらに来ようとしたことへ、釘をさすのも忘れない。
しばらくして、男たちは人質にしていたナナリーを不満気に解放した。
すぐさまミレイとカレンがナナリーを安全な場所へと移す。
その際にルルーシュは2人と目を合わせ、意図を汲んだ彼女達は小さく頷いた。
解放に合わせて生徒たちもできるだけ安全な壁際へと避難する。
そこまで見届けてから、自ら前へ進む。男達に囲まれると同時に、先程の男が目の前にいることに気がついた。
「それで、レディ?我々の探し人は今何処に?」
ふざけたように礼をする男に、少女の口元に酷薄な笑みが浮かんだ。
「わからないんですか?さっきから目の前にいるのに」
「目の前?はて。我らの前にいるのは、貴女だけではありませんか」
「ですから、私ですよ。お探しの人物は」
一瞬の沈黙。そして、男たちの笑い声が響き渡った。
「わーははははぁっっ。お、お嬢ちゃんっ、冗談はほどほどにしろよっ!」
「そ、そうだぜ!こーんなに、細っこくて可愛い、女にしか見えねぇ男がいるもんかぁっ!」
「フンっ。細くて可愛い女にしか見えないところ悪いが、あいにく正真正銘の『男』だ。それとも貴様らの目は節穴か?」
このオレが態々出向いてやったというのに、とガラリと口調を変え、やや低くなった声に、男たちはピタと笑いを止めた。
よく見れば、そこに立っているのは、先程までの優美な姫ではなく、恐ろしい程の美貌を持つ冷たい少年。しかも女装が似合い過ぎている分、妙に迫力ある。
しかし、男たちもたじろぎはしたが、探していた本人が出てきた事態を呑み込めたらしく、動揺しながらも元の態度を取り始めた。
「お前が、ルルーシュ・ランペルージ…なん、だな?」
「なんだ。顔も知らずに探していたのか。馬鹿もここまで来ると、治しようがない」
「テメっ…!」
「よせ。君が本人だという証拠は?」
「今、敢えて別人が名乗り出てやる事態じゃないだろう。オレはそれほどお人好しじゃない。それでも疑うのなら、このホールにいる生徒全員に訊いてみるといい」
「なるほど。確かにその通りだ。では、ランペルージ君。我々と一緒に来てもらおうか」
「何故?令状の1つも持ち合わせない連中の言うことなど、聞いてやる義理はないというのに。それに、オレは特に警察に連れて行かれるようなことはしていない。ましてや、呼べと言ってくる知り合いもいない。いい加減認めたらどうだ?自分達は警察ではない、とな。それとも、絶対的な身分証明書でも出して頂けるか?」
氷のような口調に、うっすらと口元に浮かべた嘲笑。人を馬鹿にしたその態度が我慢できず、男たちの1人が手荒くルルーシュに掴みかかろうとする。
「ちっ、このガキ…!」
「早まるな。これくらい最初からわかっていたことだ。そして聡明な彼ならば、我々の招待に応じてくれるはず」
仲間を宥め引かせたリーダー格の男は、手を上げる。
その途端、扉の向こうから彼らの仲間らしき迷彩服の団体が荒々しく入ってきた。
一斉に何丁もの銃口が、ルルーシュや生徒の方へと向けられる。
くるりと見渡して、呆れた顔で男を見やった。
「招待、ねぇ。卑怯だとは思わないのか」
「なんとでも。さぁ、来てくれるね?」
「断る」
即答で返された拒否の言葉に、男の1人が銃を天上に向け、打った。威嚇射撃だ。
生で聞いたことのない銃声に、生徒たちの口々から、恐怖に怯える悲鳴が零れる。
「困った子だね。我々としては、君をできるだけ丁重に扱いたいんだよ。だが来てもらえないというのなら、ここにいるオトモダチが多少傷を作ることになる。これでも招待を受ける気にはならないか?」
言うことを聞かない子供を窘めるような口ぶりに、不快なルルーシュは気付かれない程度に眉間に皺を寄せた。
「その前に、1つ。オレの質問に答えてもらえないだろうか」
「…いいだろう。何だ?」
「オレを狙ったのは何故だ?警察モドキに狙われる理由は特にないんだがな」
怪訝な顔をするルルーシュに、男は苦笑してわざと優しく告げてやった。
「第2皇子との関係、と言えば、お分かりかな?」
第2皇子、の言葉に、ルルーシュはぴくりと反応する。しかし、一瞬でそれを隠すと困ったように微笑んでみせた。
「何のことだか、さっぱりだ」
「そう言うと思ったよ。言ってしまえば、メディアも黙っちゃいない、重大なことだ。だが、我々には既にわかっている」
一瞬だが反応したことに気付いた男は、満足気に笑って応じた。
「さて、おしゃべりはここまでにしようか。レディ」
ルルーシュの神経を逆撫でするように、冗談めかして言う男。
「これが最後だ。我々と共に、来てくれるね?」
望みどおりの答え以外は許さない、とばかりに男は尋ねた。
ルルーシュは黙ったまま、細い頤に手をやり、すっと瞳を伏せた。
彼が考え事をする時に無意識でよくする仕草―もっとも、今は考えるためにそんな仕草を取ったわけではなかった。
視界に見慣れた茶色と紅の影が、ちらっと映る。
それを見て取ったルルーシュは、顔を上げると、にっこりと鮮やかな笑みを浮かべた。
「あぁ。もちろん―――答えは"No"だ」
予想だにしなかった返事に、男たちの反応が一瞬遅れた。
「やれ、スザク!カレン!」
機を逃さずかけられた声に、それまで動こうとしなかった2つの影が素早い速さで飛び出してきた。
何人かが慌てて銃の引き金を引こうとする。しかし、指がかかる前に、ある者は壁に激突し、ある者は床に叩き伏せられた。
「………っ?!」
「な、なんだコイツら!」
「やれっ、片付けろ!!」
危険に気付いた男達が隠し持っていたナイフで応戦しようとする。
だが、その抵抗もむなしく、先と同じ状況に陥った。
「連れて行くなり、好きにするといい。ただし、できるものなら、だがな」
ルルーシュの笑いを含んだ透き通る声が、男たちの耳にやけに大きく聞こえる。
10秒も立たない内に、戦闘不能となったものが大量に床に転がっていた。
そして、ようやく止まった影の正体を見て、男達は更に驚いた。
白い騎士装束を纏った茶髪の少年と、黒い騎士装束に似た簡素な衣装を纏った赤い髪の少女。
ルルーシュを守るように構える姿は、さながら黒の姫君の騎士である(女装中のため、皇子でないところが残念)。
少年はともかく、少女の普段を知る生徒たちは、驚愕した。
「今ので5人、ね」
「僕は6人」
「嘘っ。負けないわよ!」
「負けるつもりはないけど…」
多い方が明日ルルーシュと一日デート
悪いけど勝たせてもらうからね
周囲の雰囲気とはかけ離れた、緊張感のない2人…カレンとスザク。ルルーシュは会話を聞いて思わずため息をついた。
「お喋りも結構だが…お前たち、優先順位をわかっているのか?」
「「もちろんっ。我が主に決まってるでしょ!」」
揃って言い終えたと同時に、再び男達へと2人は突っ込んでいく。
「いや、オレよりナナリーなんだがなぁ」
逆にルルーシュは、その場に悠然と立っているのみ。
しかし、彼に男達が激突すること、ましてや攻撃が当たることなど、一切なかった。
銃身は晒した瞬間スザクの剣によって切り落とされ、攻撃はルルーシュに届く前にカレンがねじ伏せ、次々と倒していく。
彼らの動きは、体重を一切感じさせないように軽く、まるで舞踏のような華麗さを含んでいた。
初めて見た戦闘の場面に、居合わせた生徒たちは、思わず彼らの動きに魅入られた。

そんな2人を満足気に見ていた者がもう1人…言わずと知れずルルーシュである。
しかし、何かに気付いたのか、唐突に上を見上げた。
その時、男の1人が天上の排気口を開け、ルルーシュの背後へ襲い掛かろうと降りてきた。
地に着いた瞬間――男の手の甲や肩、足を飛来した白刃が貫いた。
男の絶叫が響く前に、カレンが鳩尾を蹴り飛ばして、男の意識を奪った。
「あたしの存在、忘れてもらっちゃ困るわ!」
ナナリーの隣で何本ものナイフを煌かせたミレイが、青い帽子の下で華麗にウィンクする。
それを捉えたルルーシュは、お礼を言う代わりに微笑みを返した。
逆に驚いたのは、彼女の近くにいたリヴァルやシャーリー、ニーナである。
「え、ちょっと!会長、どうなってんの?!ルルーシュが狙われてるなんて!!」
「み、ミレイちゃん、投げナイフなんてできたの?」
「そうですよぉ!カレンって病弱なんじゃないんですか?!」
「あの、お兄様は無事ですよね?」
いつもと変わらぬミレイの様子に、少し緊張のほぐれた3人が、口々に尋ねてくる。
必死の様子に苦笑した彼女は、最初にルルーシュを心配するナナリーに答えてあげた。
「はいは〜い。落ち着いて。まず、ルルーシュは無事よ。ナナちゃん。スザクとカレンがいるからね」
「よかったぁ。スザクさんたちがいらっしゃるのなら、無茶をされても安心ですね」
「そっ。何て言ったって、白の騎士と紅の騎士ですもんね♪」
「騎士って…ルルの?」
「他に誰がいるのよ。ンで、あたしは騎士じゃないけど、ルルーシュ様を守るためだから、これくらいは出来て当然ってわけ」
「ルルーシュ…さま?」
今まで3人が一度も聞いたことのない呼び方に、ミレイは、これ以上はダメ♪と綺麗に笑って誤魔化す。後は目の前の戦闘に視線を戻すと、それ以上は口を開かなかった。
彼女の視線が戻った頃には、戦闘はもう終了していた。
一度も立ち位置の変わらない黒の姫君の足元には、先程まで相手をしていたリーダー格の男が全身怪我の状態で床に這い蹲っている。その周りには、白目を剥いてピクリとも動かない仲間の男たち……と、伸した男たちの数を主の側で言い合うカレンとスザク。その姿はゲームの勝敗を競う子供のようで、恐ろしい。
あれから、わずか10分足らずの出来事。
唯一意識のあった男は、見下ろすルルーシュをねめつけた。
「クソ……っ!こ、こんな、ハズじゃ…ぁっ」
「残念だったな。失敗して。お前達の敗北は、オレを怒らせたことで決まっていたんだ」
「……なっ」

「そう。最初にナナリーを人質にしたことと、このオレを『レディ』と呼んだことだよ。ついでに、オレを狙ったこともだな」

((つ、ついで扱い……;))
自分を標的にしたことではなく、最愛の妹に危害を加えられたことと女呼ばわりがそんなに嫌だったのか…。
一体何人もの人間がそう思ったことだろう……彼をよく知る者たちは予想をつけていただろうが。
ちなみに、ナナリーを人質にとった男は、既にスザクとカレンのクロスカウンターを受け、転がった先にいたルルーシュに男として際どい所をピンヒールで踏まれ、花畑に意識を飛ばしている最中であったりする。
が、次の瞬間軍人達が突入してきたことで、そんなことなどどうでもよくなってしまった。
「動くな、テロリストど…も?」
「大人しく身柄を解放せよっ……って…」
軍人達は呆気に取られた。何しろ、排除する筈の男たちが1人を除き全員床に伸びているのだ。
「なに?今頃軍隊のご到着ってわけ?」
「仕方ないよ。外で突入するタイミング見計らってたみたいだし。お勤めご苦労様です」
嘆息する赤毛の少女と、敬礼する少年。少年については、同じ軍人として見覚えがある。どうやら倒したのは、この2人らしい。
彼らの間に何ともいえない微妙な顔で立っているのは、どこか懐かしい感じのする絶世の美少女。
しかも犯人の内残った男は、この美少女の前に這い蹲っており、見るのも哀れなくらいである。
彼らは、緊張と意気揚々していただけに、肩透かしを食らった気分であった。
だが、その状態も長くは続かなかった。
「何を呆けている、お前達!今すぐ床に伸びた男共を全員回収しろっ。武器を全て取り上げ、きっちり縛れ。後援はここ以外に仲間がいないか、見回りをしろ。救護班は生徒達の負傷具合をみてやれ。返事は!!」
『イエス、ユアハイネス!!』
鋭い命令に、軍人達は一斉にてきぱきと動き出した。
その間から波が引くように現れたのは、軍装のコーネリアと彼女に忠実な騎士。
生徒達の間から、驚きと憧憬の声があがる。
動く部下たちを見やり、そして彼女はゆっくりと、目の前に立ち竦む少女へと目を移した。
「やはり、な。お前であれば、これほどまで早く事態を解決できることも納得がいくというものだ」
ルージュを刷いた唇に薄く笑みをのせ、彼女は少女へと近付いていく。
咄嗟に少女を庇うように、側の2人が一歩前へと踏み出すが、彼女の目に彼らは入っていなかった。
「…コー、ネリア…」
ルルーシュは、目の前に現れた総督である義姉の名を、呆然と呟いた。