BRACK MARIA 2





「てめぇ、なにしやがんだっ!」
男は、勢いよく神父の胸座を掴んだ。
天候は至って晴天。ハーメルンの町は、今日も照りつけるような日差しがまぶしいくらいふりそそいでいる。
そんな中でいて、男の声は、その太陽ですら凌駕するほど活気に満ちて、そして、何より怒りにあふれていた。
「すっすいませーん。ちょっと、うっかりしてまして。まさか、転んだ先にあなたがいらっしゃるなんて、これっぽっちも、ええ、本当です!ほんのこれっぽっちも予想してなくてですね・・・」
掴まれたのは、おさまりきらない銀髪に牛乳ビンの底みたいな丸眼鏡をした、いかにも気の弱そうな男だった。彼は、必死に指先で“ほんのちょっと”を説明しながら、全身でわが身の反省と懺悔を表現している。しかし、彼の弁解は虚しくも男には無視され、彼の銀髪だけが残滓のように揺れるばかりだった。
「でっですから、ここはどうかひとつ許してく・・・」
「それで済むと思ってんのか、てめぇ。いい度胸してんな?」
男は、掴んだ相手の顔を自分に近づけると、この至近距離で思いっきりすごんで見せた。
「ひっひええっ!おっ穏便に!ねっ?穏便にしましょう?ほら、まずは、気持ちを落ちつけて下さい。はい、深呼吸して〜。」
「なめてんのかコラ。」
男は、力任せに彼を地面に叩きつけた。
そんな男の怒り任せの態度に、後ろの女性から思わず非難の声があがる。
「ちょっとぉ、やめなさいよ。」
「うるせえ。てめえは黙ってろ!この神父が終わったらゆっくり相手してやっからよ。」
男は後ろに向かってはき捨てるように言った。女性はさらに反抗しようとするが、傍らで彼女の腕を掴んでいるもう一人の男に阻まれてしまった。
一方、地面に叩きつけられた男の方は、相変わらずの情けない声を出しながら、ゆっくりと起き上がった。
「あいたたた・・・。しっ神父に暴力をふるうと、バチがあたりますよっ!いいことなんて、何一つないんですからっ!」
大袈裟なまでに腰をさすりながら発した彼の言葉に、男は思わず声を上げた。
「神父だと?」
男は、それは疑わしい目で、この“神父”と名乗る男を睨んだ。そういえば、よくみると薄汚れていた服は僧衣カソツクにも見えるし、首から下げているのは、少し光りが鈍くなっているようにも感じるが、れっきとした聖職者の証である十字架ロザリオではないか。
男はようやくその事に気づいたらしかった。彼の姿を上から下までなめんばかりに見る。
自称神父は、目の前の男のそんな様子を確認すると、急に勢いづいて、ここぞとばかりに自分の身の上を語り出した。
「そっそーなんですよー。実は私、神父職なんてものをやらせていただいてましてね。あ、もっ申し遅れました。私、教皇庁から参りました、巡回神父のアベル・ナイトロードと申す者です。ここはひとつ、よろしくー」
アベルと名乗る神父は、にこやかな笑顔を浮かべながら、男に友好の握手を求めて手を差し出した。しかしー
「だれがのんきに自己紹介しろっつった?俺が今気にしてんのは、てめぇが何モンかじゃねぇ、てめぇがこのスーツをどうにか出来んのかっつーことだよ。ほれ、みて見ろ!」
男は、着ていた白いスーツを神父の目に穴ができるほど突き出した。なるほど、見てみると、いかにも上等そうな上着の胸元には、茶色い染みが大きく付着している。しかも、よく見るとついているのは茶色い液体だけでなく、白いゲル状の何かまで混ざっていて、いかにも男の悲惨さを象徴していた。
「おっおやーよく見ると、すごいスーツですねえ、さすがは色男!着てる服も違うなぁ。いやぁ、私なんかとは比べ物にもならないで・・・」
「そーゆーことを言ってんじゃねえよ!このエセ神父が!じゃあ、その大切なスーツにこんなドデカいシミをつけてくれたのは誰だよっ!?」
「いやぁ、どうしたことでしょうねえ、最近なんか急に耳が遠くなっちゃったみたいで〜もしかして、私が持ってる紅茶のことをおっしゃってるのかなぁー」
紅茶―そう彼が評したものが入っていたらしいコップは、今しも彼の手からずり落ちそうなところで引っかかっている。
しかし、その中にはほとんど内容物が見られない。底の方に残っているのは、その残滓と思しき、茶色い色をしたゲル状の何か、である。
「そうだよ!それとも何か?こんなになるまで紅茶に砂糖入れる奴が他にいるってのか?ヴァチカンでは、また妙なモンがはやったもんだな。」
その言葉に、後ろにいた仲間から下品な笑い声が飛ぶ。
「さあ、どうしてくれんだ、俺のこのスーツは?」
「おい、こんなオンボロ神父には、どう考えたってそりゃあ無理だと思うぜ。」
傍らで事成り行きをみていたもう一人の男から、声があがった。
「見てみろよ。あのすりきれた袖。ボロボロの靴にぼさっとした髪!どう見たってビンボーで金回りも悪いイケテない神父だぜ。あんな奴からゆすったって、何も出てきやしねえよ。」
「そっそーなんですよぉ。実は私、今給料日前でして、お財布の中には4ディナールしかありませんし、どうやらあなたのご期待にはそえないみたいで。いやぁー残念だなぁ、いやほんと残念だ。それじゃあ、私はこれにて・・・」
「はいはいそうですかっ・・・て、それで済むと思ってんのか、てめぇ!」
これ見よがしに逃げようとする神父の腕を、男はがしっと掴んだ。
「逃がさねぇぜ。出来ねえってんなら、覚悟は出来てんだろうな?」
「わーちょっと待ってください!もっとよく話し合えば分かります!ですから、はっ放してぇー」
「もう十分話し合っただろ?おい、お前も手伝えよ。」
「分かったよ。」
少しあきれ混じりにため息をつきながらも、男の趣味の悪い悪ふざけに同調するように彼はうなずいた。
「まっしゃ−ねぇよなあ。恨むんなら、てめぇのそのマヌケさと貧乏を呪うんだな。」
男が、神父の腕を掴んだ瞬間だった。神父は声を張り上げた。
「いっ今がチャンスですよ!お嬢さん!早く逃げてくださ・・・あれ?」
しかし、叫んでは見たものの、そこには既に誰もいなかった。神父は拍子抜けした顔で首を傾げた。
「あれぇーおかしいなあー。確か、ついさっきまでそこに、もう一人女の方がいらっしゃいましたよね?一体どこへ行かれたんでしょうか?」
神父は冷や汗をダラダラと流しながら、二人の男にそう問いかけた。男の顔が、この瞬間あふれんばかりの殺意で満ちたことが、このおとぼけた神父にも見て取れた。
「えっええっと・・・いやあーなんか、ものすごーくイヤーな予感がするんですけど、これって、気のせいですよねえ?ああ、そうだ。もしかして、昨日厨房からこっそり拝借したチーズの食べ残しがあたったとか!?やっやっぱり、悪いことはするもんじゃないですよねえ、私そりゃあもう反省いたしました。なので、お願いですからどうか穏便に・・・」
「―許さねぇ・・・ブッ殺す!」
「わーっ誰か助けてえ!!」
神父は情けない声を上げた。
「だれかぁ!罪もない、いたいけな神父に向かってこの人たち、ひどいことをー」
「ほざいてろ、このエセ神父がっ!よくも俺の女を横取りしやがってー」
「おやめなさい。」
その時、うって変わって落ち着いた調子の声が、その場の乱闘をぴたりととめた。
振り返って見ると、同じく黒い僧衣を着た神父が、静かにその場にたたずんでいる。彼同様、この神父もずば抜けて背が高かったが、痩せた体格と穏やかな表情が、彼よりもいくらか神父らしさを引き立てていた。
「ああ゙、何モンだてめえ?悪いが今取り込み中でよ?説教ならよそでやってくれねぇえか。」
「あなた方、そちらの神父と何があったのか知りませんが、少々やり過ぎですよ。」
「なんだよ。いっちょ前にこの俺に説教しようってのか?」
男は、立て続けに入った邪魔者に怒りを顕にした。どうやら今日は彼にとっても厄日らしい。
「だいたいよ、この神父が悪いんだぜ。コイツ、俺の大切なスーツに、こんなでっかいしシミ付けやがったんだぜ。」
「たかだか服が少し汚れただけではありませんか。」
神父は、男の身勝手な言い分をたしなめるように視線を向けた。
「ああ、そーかよ。うざってえな・・・今日の俺は、特別は機嫌が悪いってのに、そんなに俺にシメられてぇのかてめぇは!」
男は、彼の前で堂々と言ってのけた説教くさい神父に、勢いよく拳を突き出した。
「ヴァーツラフさん!」
地面に叩きつけられていたアベルが叫ぶ。
しかし―
「!?」
顔色を変えたのは、男の方だった。
今しも神父の頬に到達しようとしていた彼の拳は、その方向性を失った。そればかりでなく、今度は男のほうが神父に腕を掴まれてしまっている。
「こっこいつっ・・・。」
男は更に予想だにしないことに驚きながらも、必死に腕を振り解いた。そして、新たな攻撃を加えるべく、再びその腕を振り上げるが−
「何度やっても無駄なことです。あなたでは私に勝つことはできない。」
再びその腕を捉えられ、男は顔を惨めに歪ませた。腕は彼が予想していた方向とはまったく想像も付かぬ方へ捻じ曲げられている。
「どっどーなってんだ、こいつ!?」
「『もし主導かば、何者も害するなし』−己の無力を悟ったのなら、その手を下ろしなさい。今なら、これ以上のことはいたしません。」
「おっおい・・・」
仲間の男が、退散を促すように弱気な声を出す。それを激しく睨みつけながら、彼は解放された片腕をさすって神父から2、3歩あとずさった。
「わかったよ・・・くそっ。」
二人は、神父を牽制するように見つめながら、そそくさとその場を走り去っていった。
彼らが完全に姿を消すのを見届けると、この神父は、傍らでうずくまっているもう一人の方に視線を向けた。
「大丈夫ですか、アベル?」
「えっ?ええ。まあ、なんとか・・・」
心配そうな目を向けられ、神父アベルは気恥ずかしげに笑った。
そんな彼に、この神父の顔が少し苦くなる。
「あなたも相変わらずですね。本当に怪我はありませんか。立てますか?」
ハヴェルは、手袋をはめた白い手をアベルに向かって差し出した。
「いっいえいえ。これくらい、何ともありませんから。」
大げさに手を振ると、アベルはぎこちない動作で立ち上がる。
「そんなことより、ありがとうございます、ヴァーツラフさん。おかげさまで助かりました。」
「いいえ。私はたいしたことはやっていませんよ、アベル。しかし、教会にも役所にもいないので探しましたよ。まったく、あなたらしいですね。そうやって、いつも自身を軽んじてしまうところなど、出会った頃と何一つ変わっていない。」
「えっ、そっそーですか?!いっいやぁ、気づかなかったなあ。」
ごまかすようにしてアベルは笑った。ハヴェルは、それ以上何も問うことなくただ穏やかな表情を持って見つめていた。
「ところで、アベル。捜査の方は滞りなく進んでいますか?」
ふと、ハヴェルがそう問うた。するとその瞬間、アベルの表情が沈んだ。
「・・・それがですね。」








〜あとがき〜

今更ですが、はじめまして。慧仲茜(えなかあかね)と申します。右から読んでも、左から読んでも(笑);
わりと原作をいじらない方向で、小説を書いております。多分・・・。イメージを崩すような設定換えは、しない方向、ということで。そのへんは、安心(落胆?)していただいてよいかな、などと。
目標は、原作っぽさを・・・なんて、ひたすら無謀な理想だけは抱きつつ;
一応、初めての方でも分かっていいただげるよう、原作を呼んだ人だけが分かるような内輪ネタはなるべく避けていくつもりです。あと、少し丁寧に説明を入れてみたりとか。努力だけでも認めていただければ、これ幸い、でございます。
それでは、こうしてHPに載せてくださった灯店主様に、ここであらためてお礼を。ありがとう〜
そして、こんなつらつらと長い文章に付き合ってくださった方へ。ここまでお付き合いくださってありがとうございました。
これをきっかけに、トリブラについて少しでも知ってくださった方がいたなら、幸いです。
では。



〜灯より〜
ブラックマリア第2弾、ありがとう!そして、無理言ってごめんなさい;
開店祝いに何かちょーだい、と強請った挙句、忙しい中、こんなにに素敵な文章をいただけるとは感激の次第です。
一つ貰う度に楽しく読ませてもらってるんで、また次回を期待してます。