BRACK MARIA 3
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アベル・ナイトロードが、巡回神父としてこのハーメルンにやってきたのは、一週間前のことであった。
主の啓示を受けた子供たちが、突如として町から消えるその真相を掴む、という上司から課せられた任務のためである。
「それにしても、カテリーナさんがあなたをよんでくるとは・・・よほどにこの任務が重要ということなんですねぇ。」
アベルはしみじみとつぶやいた。
「だって、ヴァーツラフ・ハヴェルといえば、きっての最高人材じゃないですか。それに、私なんかよりずーっとカテリーナさんの信頼も厚いですしね。」
「そんなことはありませんよ、アベル。ただ、たまたま私は手が空いていただけです。」
最高人材−そう評された痩身の神父は、自分を盛大に褒め称えた同僚の言葉をさらりと否定した。自分に対する同僚の評価には特に興味がないらしく、今にも彼の偉大さについて熱く語り出しそうな相手の手をさらりとふりほどく。
「そんなことより、子供たちの様子はどうですか?」
「―どうもこうもありませんよぉ。」
ハヴェルがそう問うた途端、アベルの表情がぱたりと変わった。その言葉を待ってましたといわんばかりに口を尖らせる。
「この町の子供たちときたら、ひどいんですよぉ。私のことなんて、ぜんっぜん、これっぽっちも信用してないっていうか、顔をあわせるたびに、へっぽこーだの、昼行灯ーだの、イケてないーだの。」
「おや、そんなことを言われましたか。」
思いもしないようなほほえましい話の展開に、ハヴェルは思わず微笑んだ。
しかしアベルは、そんな同僚の反応が気に入らなかったらしい。不満も露わに目の前の彼を見つめた。
「って、笑い事じゃないですよ、ヴァーツラフさん。私がこの一週間、どんな惨めな思いをしてきたことか。道で会えば、子供たちからはバカにされるわ、戻ってきても大して収穫はないし。地元の方々も、みなさんなんか冷たいですしねぇ。優しくしてくださるのなんて、教会の方を除けばほんのわずかでして。いや、あるいは教会の方々だって・・・」
「そうですか・・・。」
ハヴェルは、この同僚のこぼす微笑ましい愚痴を、いやな顔ひとつせずに静かに聞いていた。しかし、彼が一通り話し終えたらしいことを確認すると、ふとまじめな顔つきになって言葉をつなぐ。
「しかし、事態が思わしくないのもまた事実ではあります。そもそも、聖下をさしおいて、一般市民である彼らが主にお会いしたという発言は、それ自体が既に異端審問の対象となりえます。猊下は、この失踪事件のことを表に出すことで、今はまだ事を荒げないようにしておられますが、今回また子供たちが失踪したとなれば、メディチ枢機卿は、彼らを何としてでも探し出してきて、全員を異端審問にかけることも辞さない考えです。」
「しかし、それでは仮に真相が明らかになっても、子供たちには何一ついいことなどないのでは・・・それならいっそ、彼らは失踪したままの方がー」
アベルは心配そうに、同僚の顔を見つめた。しかし、彼に真剣な顔つきには不安というものは一切浮かべず、やんわりとアベル返す。
「だからこそ私たちが呼ばれたのですよ、アベル。」
それは、彼に対する言い聞かせとも取れる一方、問いかけのようにも感じられる言葉だった。
「だからこそ私たちは、この真相をなんとしてでも明らかにしなければならない。少なくとも、私はそう思っています。」
「ヴァーツラフさん・・」
アベルは、静かな決意に満ちた彼の表情を、少し複雑な面持ちで見つめた。
彼の表情には、その意志の強さとともに、どこか危うさを感じさせていた。しかしアベルは、あえてそれには気づかないフリをして言葉を返す。
「そうですね。そのために私たちが呼ばれたんですもんね。カテリーナさんのためにも、がんばらないといけませんよー」
「ねえ?」
アベルが言葉を締めくくろうとした時だった。ふいにハヴェルの僧衣の袖を誰かが引っ張ったのだ。
「なんでしょう?」
振り返ってみると、犯人はまだ幼さの残る少年だった。とはいえ、神父を見つめるその表情には、既に子供らしい好奇や無邪気さは消えうせ、かわってどこか冷めた瞳がその少年を支配している。
そうしてただ、何の悪びれもなく無表情に目前の神父を見つめる彼に対し、ハヴェルは、話をさえぎられたことを少しも怒りはしなかった。代わりに彼を静かに見つめる。
自分に注意が向けられたことに気づくと、少年は無遠慮に言った。
「あんたも、ヴァチカンの神父なの?」
「そうですが。私に何か?」
ハヴェルが、少しだけ訝しげな表情を少年に向けた瞬間であった。
「−みんな、いたぞ!ヴァチカンのイヌだっ!!」
「え゛っ!?」
まるで、その少年の言葉が決戦の合図にでもなったかのようだった。
とたんに、いったいどこからふって沸いたのか。近くに茂みや小屋の陰から、一斉に子供たちが二人の神父目掛けて突進してくるではないか。
「どっかいっちまえっ、この異端者ぁ!」
「腐った教会のイヌっ!」
「お前らなんか、ぜんぜん怖くないぞっ!!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいって、みなさんん!?」
なりふりかまわず攻撃してくる子供たちに、アベルが情けない声を上げた。両手を前に掲げて、必死に彼らに制止を求める。
「おっ、落ち着いてください!はっ話せば分かります!分かりますってばっ!はっ!?そもそも私たち、決してあやしいもんじゃ・・・」
「うるせえっ!このエセ信者がっ!」
おおよそどちらが落ち着くべきか分からぬ口調で、アベルは子供たちに訴えかけた。
しかし、むしろ自ら不審者ですと認めんばかりのアベルのセリフを、彼らが聞くわけはない。
彼の必死の説得もむなしく、彼らは容赦ない石の霰をぶつけてきた。
避けることかなわず、彼は真正面からそれを受けることとなった。
「ああっ、私の大切な下ろしたての僧衣がぁっ!…いっ、いいんですよ、子供のしたことですからねぇ・・・そそれこそ、まだ右も左のわからないような、かわいい年頃ですし・・・って、ピッピシューって!・・・ピシューって・・・」
その瞬間真正面に水しぶきを受けたアベルは、避けようとした拍子に思いっきりすっころんだ。水と泥にまみれて、彼の僧衣は本当にボロボロだ。
そんなあたかも大惨事の後のような荒れ様に、子供たちが次々と嘲笑をあげた。
「なんだよ、あいつバッカじゃねえの?あーんなハデにすっころんでやんの。」
「あっ、あなたたちって人はですねえ・・・」
アベルは、うった腰を痛そうにさすりながら、ゆっくりと起き上がった。
「すっ少しは、大人というものを、尊重したらどうなんですか。それもこんな、罪なき神父を。おお、主よ。最近私の周りで幸が薄すぎです。一日に二度も、見知らぬ人々から襲撃を受けることになるなんて。いったい私が何をしたというのでしょう?」
「―アベル。」
さも盛大にわが身の不幸を訴えかけていたアベルの耳に、ふと同僚の声が届いた。少し長めの僧衣でじっとその襲撃を受け流す彼は、このような局面にきても相変わらずの穏やかな口調で呼び掛けていた。
「先ほど、子供たちからいろいろされていると聞きましたが、まさかこれもそのひとつなのですか?」
「いっいいえぇ。まさかそんなことないですよぉ。いつもは、口でいろいろイヤなこととか言われてはきましたけど、さすがにここまでは・・・。」
「そうですか・・・」
このとき初めて、穏やかな表情を浮かべていたハヴェルの顔に、ふと切なげなものが浮かんだ。しかし、それも一瞬のことで、彼はすぐに同僚に判断を下す。
「では、ここは一時撤退といたしましょうか。何にせよ、ここで彼らと争うのは得策ではありません。」
「−そうですね!」
意見が一致した瞬間、二人は駆け出した。
いち早くそれに気づいた子供たちが、矢継ぎ早に叫ぶ。
「あっなんだよ、逃げんのか!」
「少しは俺たちに対抗したらどうなんだよ!この根性なし!」
さっきからどうしてこうも彼らは二人に突っ掛かるのか。はたまた突っ込みたいところであったが、とにかく彼らはひたすら走った。
「ごめんなさーいっ!今、あなたたちの相手をしている暇はないんですー!」
アベルが、捨てゼリフのように、振り向きざまにそう叫んだ。
すぐに何人かの子供たちが駆け出した。二人の異端者を追うべく、その足取りを速める。しかし、次の瞬間、背後から響いた声がそんな彼らを制止した。
「追わなくていいよ。」
それは、今までの彼らの誰にもなかった確信的な響きの声だった。
声の主は、二人のか弱い神父たちに攻撃を加えていた子供たちの間から割って出ると、あたかも全てを見通しているかのようなうっすらとした笑みを浮かべた。その様子に気づくと、神父たちを追いかけていた子供たちの足が止まった。
「今は、やつらに挨拶できただけで十分だ。そこまでサラ様は望んでいない。」
「そっそうなの、エティエンヌ?」
「ああ、そうだ。だって、サラ様だって言ってたじゃないか。彼らは根は悪いやつじゃないんだって。」
少年―エティエンヌは、落ち着いた口調で、しかしその借り物の言葉に少しも疑いを向けることなく言った。
「ただ、間違ったことを教えられて、それを信じ込んでるだけなんだ。そして、それに気づけるのは、子供のうちだけなんだってね。それに、心配しなくても、今のところ全て計画どおりに進んでるよ。次の手だってもう考えてある。」
to be continued…
〜あとがき〜
相変わらず進んでないですね、話が。いつ終わることやら…まだ彼女の名が出てきたところですよ、全くねぇ?
…そんな状況にもかかわらず、懲りずにここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます(ペコリッ)残念ながら?まだ続くみたいです;どうぞよしなに…
それにしても、ハヴェル氏のことを胡散臭い奴だと思っていらっしゃる方・・・おられませんよねっ?ねっ?
それが目下心配でならない、そんなこのごろの慧仲です。
いえいえっ彼は決してそんなものではなくってですね・・・と、言い訳していくと、私がアベルのようになりそうですね、ハイ。ひとえに私の書き方の問題、です;;
でも、ハヴェルは本当に素敵な方だと思うのですよ。原作でも登場は多い方ではありませんが、彼がこの場にいたらみんなどれだけ助かったことだろう、と思ったことがたぶんにあります。
この話は、そんな彼に活躍の場を・・・そして、原作的にはどんどん理解者が減ってくる・・・と思わなくもないアベルによき理解者がいた時代のことを表してみたいな、という思いからこの話は始まってます。
本当の彼を知りたい方は、どうぞRAM3ノウフェイスを読んでいただければ(本当のって・・・私はナニ偽ハヴェルをはびこらせてるんだって話ですけど;)。ちなみに、ノウフェイスはそのまま彼のコードネームですヨ。
え、もしやアベルの方がよっぽどあやしいでしょうか…?(こわごわ。)
というわけでして。
それでは、また次作でお会いしましょう〜…なんて、おこがましいことは、私には言えないデスヨ…
次回はさらにハヴェル活躍で、二人のもとに再び彼らが!?だなんて〜
(はい、ホントすみません;そして、あとがき長いですね;)
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