残存者たちの行方



―わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。
(マタイによる福音書26章38節)


暗い雲が立ち込めるイシュトヴァーンの上空を、一隻の航空母艦が旋回していた。
そしてそれは、やがてゆっくりと動きを止める。そして、その中から一機の軍用機が降りたってきた。
しかし、地上の混乱に乗じて現れたこの船の存在に気づき得たものは、残念ながらいなかった。
いや、もしいたとしたら、それはすなわち第二の混乱へと発展していたであろう。
何しろ、その空母の腹に大きく刻み込まれた紋章、それは今や軍事大国として各地で恐れられている強暴国家、ゲルマニクス王国のものに他ならなかったのだから。なぜ血の気の多いこの国の戦闘機が、他国の領空に我が物顔で居座っているのか?そう考えたとき、誰の目にも同じ情景が浮かぶ。―すなわち、彼らはこの混乱に乗じて、国を乗っ取りにきたのだ、と。 それは、茶色い髪に鳶色の目をした美青年だった。
そして、彼の手にした双眼鏡の先には、焼け ただれたイシュトヴァーンの町が映し出されている。混乱とは無関係なところに立つ彼は、それを満足そうな表情で見つめていたが、やがて気まぐれのように手にしていたものを下ろすと、口元を謳わせた。
「まあ、八割方は成功ってところか。最後に帝国と教皇庁ヴァチカンを攻撃するって算段については残念だけど、まあ、こんなに簡単にうまく運んでくれたんじゃあ、それはそれでつまらないしね。」
くすりと口元をほころばせたその表情は、天使のように美しかった。
しかし、その言葉には、氷の刃を思わす冷徹さが備わっていた。
「それに、あんまり余計なことをやってると、またあいつに何言われるかわかったもんじゃないし。それ相当の結果とでも思っておくか。それにしても・・・」
もう一度上空にゲルマニクス空母の存在を確認すると、彼は手にした時計に目をやった。文字盤の刻む正確無比な時刻に、少し目を細める。
「ようやっときたか・・・。全く、一体僕を何時間待たせるつもりなんだか。」
彼は、天使を髣髴ほうふつとさせる白い麗貌に、さも不服そうな表情をつくった。
かく言う彼は、ゲルマニクス軍仕様の軍服など着てはいなかった。彼が着ていたのは黒い生地をあしらった服で、その肩には、雄牛とバラを象った精巧なつくりの紋章が縫い付けられている。
しかし、それにもかかわらず、降り立ったヘリの中から現れた軍人たちは、彼の姿を見つけるといかめしい面で敬礼した。
「ローエングリューン中佐、大変長らくお待たせいたしました。ゲルマニクス空軍航空母艦“大鷲グロースアドラー”到着してございます。」
いかにもゲルマニクス人らしい気質さで挨拶して見せたのは、ヘリから降りてきた者たちのうち、中でも一際たくましい体つきをした壮年の男だった。
正面に見慣れた男の顔を確認すると、若者―ディートリッヒ・フォン・ローエングリューンは、悠然とした態度で微笑んだ。
「ああ、やっときてくれたね。予定より事がスムーズに行き過ぎちゃったから、ずいぶん待たされちゃったなぁ。」
「申し訳ありません。長時間にわたって教皇庁の空母がこの上空に居座っておりましたゆえ、接近を控えておりましたので。」
「そう。まあ、予定より早くことが済んじゃったのはこっちの手際の問題だからね。」
口では理解のいいことを嘯いたが、実際彼の表情には、依然として友好的な微笑など浮かんでいなかった。
しかし、彼らを相手に話をこじらせるのもすぐに飽きてしまったのか、ディートリッヒは掌を返したかのように話を切り替えた。
「まぁ、今はどっちでもいいか。それよりも、こんなところに僕はもう用はないんだ。僕としては、さっさと撤退してしまいたいね。」
「はい。準備は496秒前に既に完了しております。」
いかにも軍人らしい几帳面さで軍靴のきびすを打ちつけると、壮年の男は恭しく敬礼した。
「ご命令があり次第、本艦はいつでも、出航できます。」
「そう。」
きめ細かな応答に頷くと、ディートリッヒは荒廃した街に顎をしゃくった。
「それじゃあ、こんなところからはさっさとおさらばしようか。」
了解ヤボール!」
壮年の男はもう一度敬礼した。それを悠然と確認すると、ディートリッヒは何事もなかったかのように混乱の情景に背を向け、歩き出した。
しかし―
「ん?」
ヘリに乗り込もうとしていたディートリッヒの足取りが、急にピタリと止まった。
気まぐれでもおこしたのかと、突然の上司の行動に、連れ添っていた軍人たちは几帳面な顔つきで眉を顰める。
「どうかされましたか、中佐?」
ディートリッヒの視野の端に、一人の姿が映し出されていた。彼は、それを見つけるや否や、踵を返して軍人たちに言った。
「ああ、ちょっと待って。まだ一つやらなきゃいけないことが残っていたよ。」
言うなり彼は、軍人たちに背を向けた。
そうして旋風でもおきたかのように、突如として町へ向かっていったのである。



to be continued…



〜あとがき〜

ええ・・・っと。皆様、こんにちは。もし、気にかけてくださっていた方がいらっしゃいましたら、随分とご無沙汰をしてしまって申し訳ありません;書き貯めをしておりましたゆえ。
その成果は、これから放出してゆけたら・・・と思っております。今回はその第一弾ということで、悪魔な魅力を追及してみました。人形使い氏です。
というわけでして、懲りずに読んでくださった方、ありがとうございます。慧仲茜です。
さて、さっそくですが、ここでお詫びをしなければなりません。(いや、最初から既にしてますけどね;)
というのも、説明のところでも触れさせていただきましたが、これ、原作で言うところのROM1「嘆きの星」の後日談なのですね、実は。
ネタバレモノですみません。本文中には説明を少し多めに入れたりとフォロー・・・してるかな?っという不親切な状況だったりしまして、初めての方には分かりづらい個所があったかと思います。お詫び申し上げます。
一応、別で解説は入れておきました。よければそちらをご覧くださいませ(今更?)
・・・っというついでに、原作の嘆きの星の方もついでに読んでいただけると、非常に嬉しかったりするんですが・・・漫画版もありますよ〜(ストーリーは多少違いますが)
などと宣伝もすんだところで。
実は、お詫びしなければならないことはもう一つあるのですが、そちらは、次作のあとがきであらためてさせていただきますね。
なんか、今回もあとがき長いし;

っでっでは、ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました〜
それでは、また次回お会い・・・できれば幸いです。そんなに間を開けずに発表できるかと思います。



〜灯より〜
わーいっ、新シリーズ開始おめでと!ようやくアベルさん以外に知ってる人が出て嬉しいです。
おまけに漫画の方の1巻は読んで一応は「嘆きの星」の話を知ってるので、続きが楽しみです!
ついでに、ディートリッヒ君って中佐だったのか、と少し驚いてます;今更なことで、申し訳ないけど。