冬本番突入前の寒い日の正午過ぎ。
下忍任務を今日もまた即行で終わらせた少年と少女は、肩を並べて里の中枢部へ続く道を歩いていた。
目指す先は、そう。アカデミーの近くに建つ、クリーム色のシンプルな建物。



How To Care Dear Child



「「こんにちはーっ」」
「おや、いらっしゃい。イタチくん、カノンちゃん」
入って奥のカウンターにいる温和な青年に挨拶をし、2人はいつも世話になっている礼にと、任務の礼にとイタチが貰った栗を渡す。
「ありがとう。春日と一緒に頂くよ」
銀色のフレームが光る眼鏡を押し上げて、青年はにこりと彼らに微笑んだ。
「で、その後どうかな?」
「一応『笑う』ところまでは、どうにかなったんですが、他が全く駄目です…」
「『笑える』ようになっただけでも大進歩ではあるんですけど、ね」
「そうだねぇ。感情を人に教えるのは大変だろうからね」
「でも、子供ですよ?!まだ2歳なのに、感情全部持ってない、なんて可哀想じゃないですか」
「俺たちからすれば、木の葉の恩人的立場にいるのに、英雄の息子があれじゃ…四代目が草葉の影で泣くに決まってます」
「シメ先輩ならやりそうっ!……っと、静かにね。さて、今日もナルトくんの様子を教えてくれる?」
家にまた帰れなかったから、と。専任司書であり、賢者でもある青年―――八雲は、今日もまたやって来た彼らの話を聞くことになった。


ここは、木の葉の里中心部に位置する、唯一の図書館。子供の絵本やアカデミーの教科書から、解読不可能な暗号で記された研究書まで、膨大な数の文献が揃っているところである。
そこへ、ここ数日うちはイタチ・桜庭カノンの2人は任務終了後、毎日通い続けていた。
だが、下忍のカノンはともかく、同じ下忍でも七大名家の一つ・うちは家長男であるイタチが、一体何の用なのか。
それは、10日ほど前から彼らが請け負っている『極秘任務』に、関係しているからだった。

 ある日、突然三代目火影から頼まれた、誰にも知られてはいけない『極秘任務』は、2年前の九尾事件で、四代目の嫡子であることを忘れられ、破壊の限りを尽くした妖狐を封印された子供・うずまきナルトの教育係であった。
子供は最初の1年を、殺される危険から身を守れるだけの力をつけるために、立ち入り不可の『霧幻の森』に住む神に育てられたそうだが、それ以来火影邸での生活を送ることになった。
ところが火影が選んだ者たちは、まともに『人間』としての基盤ができていない子供を教育しないどころか、子供を襲い殺そうとする者たちばかりで、子供を守るためにつけた護衛も、結局は彼らと同じであった。
しかし護衛役は、4ヶ月前にようやく月光ハヤテ・不知火ゲンマの新人中忍コンビに、落ち着くこととなった。
そして、その彼らと火影の選定によって新たに選ばれたのが、新人下忍のうちはイタチ・桜庭カノンの幼なじみコンビ。
その後、誘拐事件と一悶着あったものの、ナルト自身が気に入ったこともあって、彼ら2人は教育係となった。

それからというもの、下忍の任務が終わった後、修行だと言っては毎日火影邸に入り浸り、ナルトに色々なことを教え込むことにした。そのおかげで、つい数日前にはようやく『笑う』ことができるようになった。
だが、どうやってこの先育てていけばいいのか、まだまだわからないことが多いのも事実である。彼らには当然『子育て』経験はないし、訊こうにも、アテになる人たちは火影を除けば未婚者ばかりで、他の『親』である人たちには怪しまれるため訊けないのだ。
そこで、火影の紹介もあって、彼らは本なら何でも揃う図書館で知恵を拝借することになった。
そうして出会ったのが、里からは『本の先生』と慕われるこの青年。実は火影の次男であり、あまり知られていないが図書館の全てをたった一人で把握・管理している専任司書の《猿飛八雲》である。
一見、銀縁眼鏡をかけ笑みを絶やさない穏和な青年であるが、彼は現在里一番の博識人。
そして余談ではあるが、右に出る者がいないほどの変装術の達人でもあった。なので、時々図書館には彼以外の人物が働いているが、それは全て彼の変化である。噂では身内以外彼の本当の顔を知る人はいないと言われている程だ。


それはさておき、火影邸の養い子・うずまきナルトの様子を、彼を溺愛している教育係の2人は、今日もやはり熱く語っていた。
彼らから語られる様子は、ナルトが昨日は何をした。何ができた。すっごく可愛くて将来が楽しみだ……etc... 親(?)バカとも言える言葉ばかりである。
しかし、毎日は帰ることができない八雲は、それを結構楽しみにしている。婚約者はいるがまだ結婚していない彼にとって、ナルトは実の息子みたいな存在だからだ。
だからこそ、ナルトのことを真剣に考えてくれている若い少年少女の子育て相談を、彼は親身になって聞いていた。
「でも、ホントどうやっていったらいいのかなぁ」
「結局、そこが問題になるんだね」
「そうなんですよ。確かに2歳なんでしょうが、ちょっと成長が人とは違うんで困ってるんです」
「うん。昨日もね、こんなことがあって………

「「なー(ちゃん)っ!!」」
一番を争うように、今日もまた厳重な結界の張られた部屋へ飛び込んだ2人が見たのは、思いもしない光景だった。
「あ、いらっしゃいっ。カノねぇ、イタにぃ」
「おや、お疲れ様です。お二人さん」
「がーっ!また負けたぁ(泣)」
トランプを投げ捨て泣く楊枝をくわえた青年と、それを見て笑う病弱そうな青年。そして、声を弾ませて入ってきた2人を見る、金色の髪が眩しい小さな子供。
彼らこそ、『極秘任務』対象者・護衛の中忍2人と、その対象者本人である。
だが、本来なら殺風景なそこは3人によって、座布団と座卓の上に雑然と乗っているトランプの山があり、ちょっとしたトランプ大会の会場になっていた。
「…なに、やってんですか?」
「何って、トランプです」
「ゲンにぃ、よわい」
「お前らが強いんだよっ。特に、なー、お前がなっ」
ゲンマは悔しそうにナルトを指差すが、相方のハヤテと飛んできたイタチによって、すぐさま鉄拳が飛んできて床に沈む。
「人に指差さないように、ゲンマ。大体貴方が弱すぎるんです。ジャンケンだけでしょ、確実に勝てるの」
「うっ……!!」
「それになー君が怯えてます。もう少し気をつけましょうね」
にっこりと笑って、ゲンマの勢いにビクリとしたナルトの頭を優しく撫でる。初めの頃は身を引いていたナルトも、ちょっとずつ慣れてきたらしく、今では猫のように目を細めてそれを受け入れていた。
「なーちゃんっ。トランプで何してたの?」
「えーっとね、ばば?」
「ババぬき、ですよ」
「そぅ!ばばぬきっ」
トランプを目の前に掲げて、楽しそうに笑う。それにつられて、カノンも笑いながら、散らばっていたトランプを集めてナルトに言った。
「じゃあ、今度は私たちも入れて、もう一回やりましょうか?」
「だったら、次はぽーかー、やりたいなぁ」
「…えっ?」
「いいですねぇ。やりましょうか」
「えっ?えっ!ちょっと…できるの?」
「うんっ。教えてもらったの!イタにぃとゲンにぃも一緒っ」
「あ……そう;だって!いーちゃん、そこらでゲンマさんシメるのやめて、一緒に遊ぼっ?」
「わかった!」
そこでギブギブっと床を叩くゲンマはようやく解放され、嬉しそうなイタチと共にナルトたちとトランプ大会を再び始めたのだった。

………というわけ」
「ちなみに、どんなゲームをやっても、最後までゲンマさんが最下位で、なーが一位でした…」
「あははっ。でもそれはすごいね!2歳児にして天才ギャンブラーかっ」
「笑い事じゃないですよ!!先生っ」
「そうですっ。ポーカーやブラックジャックやらは普通の2歳児にはできません」
ババ抜きも十分2歳児にはできないと思われるが、それは2人にすれば許容範囲であるらしい。笑いの余韻を残しながらも、八雲は話を続けた。
「でも、あの子の場合はどこまでが『普通』になるかわからないからねぇ」
「そうなんですよ!そこが問題なんです!」
カノンが勢いよくカウンターに乗り出してきた。イタチは慌てて止めるが、八雲は特に気にせず、にこにこしながらカノンを見ている。
「子供ってどうやって成長していくんですか?!」
「すいません。本当なら一番最初に訊くべきことなんでしょうが;」
「ようやく辿り着いたんだねぇ。だったら、いいのがあるよ。カノンちゃん、イタチくん」
一度読ませてあげたかったんだ、とカウンターの奥から出されたのは、一冊の本。タイトルは『子供の成長☆ハッピーガイド』。
「……何です、これ?」
「今話題のベストセラー本。成長から育て方までわかりやすいから旦那に読ませたいって、奥様方に大人気でね。予約多いんだ」
「で、これがどうしたんです?貸してくれるわけないんでしょ?」
「もちろん。ただこの本の次の予約者が今日の夕方にしか取りに来られないって言っててね。よかったらそれまで読むかい?次にこれを君達が読めるなんていつになるかわからないし」
どうすると聞かれた2人が、八雲の予想通りぜひ読みたい、と答えたことは言うまでもなかった。


一方、こちらは火影邸。
少し遅いが、春日お手製のおやつを楽しんでいた最中、数日振りにやってきた襲撃者を見事片付けた護衛組は、少ししょげた様子のナルトを心配そうに見ていた。
「どうしたんです、なー君」
「元気ないぞ。あ、おやつ台無しになったのが悔しいのか?」
「ゲンマと一緒にしないで下さいっ。でも、本当に元気ないですよ」
荒れた部屋を共に片付けながら、顔を覗き込む。するとふいと視線を外されて、ハヤテは更に困った顔をした。
「どうしたんでしょうね。一体」
「別に思い当たるフシなんて、さっきの襲撃くらいなんだがなぁ」
「そうですね。本当にゲンマと同じでおやつがダメになったのが、悲しいんでしょうか…」
「悪かったなっ!けど、なー。そんな顔じゃあいつらが心配するぞ」
すると、ナルトはその言葉に少しだけ反応を示し、ぼそりと小さく呟いた。
「え、何です?」
「……ィタにぃとカノねぇ、おそい」
ナルトの憮然とした言葉に、2人は壁の時計を見た。時刻は4時半。空は夕暮れに赤く染まっている。
「そういえば、そうですね」
「確か今日は午前に一つ入ってるだけだって言ってたよな?」
「えぇ。なら、おやつは一緒に食べられるって昨日言いましたからね」
ハヤテはそれでナルトが嬉しそうにしていたことを思い出す。
これが『極秘』である以上、本来の職務を疎かにするわけにもいかず、彼らが来るのは大抵夕方以降である。だが、今日は昼早くに終わると言ったので、2人といられる時間は長いはずだった。
「………2人とも、こない。なーのこと、わすれた?」
今にも泣き出しそうな呟きに、ハヤテとゲンマは大慌てした。
10日前ほど前の誘拐事件をナルトがすっかり忘れているとはいえ、それまでの襲撃や暗殺未遂までも忘れたわけじゃない。しっかりと刻み込まれた記憶は、今やナルトを立派な人嫌いにさせていた。
おかげで、イタチ・カノンをはじめ、ハヤテ、ゲンマ、火影一家3人以外には口も聞かない、近寄らない、怯えるが常となっている。
「お、おいっ、なー。大丈夫だ!あの2人がなーのこと忘れるわけないだろっ」
「そうですよ!最初の日、任務を放ってでもなー君と一緒にいると言い張ったくらい、あなたが大好きな彼らです!忘れるわけないじゃないですか!!」
口々に慰めの言葉をかけるが、襲撃のこともあって、ナルトはかなりブルーになっていた。
瞳を潤ませるナルトに、仕方なくハヤテは一つ提案を出した。
「じゃあ、彼らをお迎えに行きましょうか?」
「おむかえ?」
「って、ハヤテ。お前あいつらがどこにいるのか、知ってんのか?」
「おそらく、図書館でしょう。最近こっちへ来る前に、必ず寄ってらっしゃるそうですから」
「としょかん?なぁに、それ」
「本がいっぱいあるところですよ。なー君のために、何をどうやって教えてあげればいいのか、勉強してるんです」
「べんきょ?……あぁ!まなぶ、だねっ」
「そうですよ。多分八雲様とお話してるんでしょう」
「やくも、おっちゃん!なー、あうっ」
中々帰ってこられない八雲に、ナルトも会いたいと言う。ようやく笑顔を見せた子供に、嬉しそうにしたハヤテは、苦笑するゲンマを見た。
「では、決まりですね。ゲンマ」
「はいはい;春日様に外出するって言ってくるぜ」
「ついでにお出かけ用の服と帽子もお願いします」
「へーい」
春日に伝えるために、ゲンマは部屋を出て行く。そして、ハヤテはナルトに微笑みながら言った。
「なー君。お迎えに行く前に、さっさとお片付けしましょうか」
「はーい!ハヤにぃっ」
可愛らしい元気な返事を掃除再開の合図にした2人は、ゲンマが来るまでにと急いでやり始めた。