青い箱に、鍵を、かけた。
決して思い出すことのないよう…鎖でがんがじめにして。
遠き彼方に、深く沈め……。



幕を引くもの



 同日、夕刻。
あの後、とりあえずは後から来た姉弟と共に我愛羅が去り、サスケたちとの間には何事もなく終わった。それから数十分して7班は解散し、ナルトも影分身を密かに消した所で、ナルトとシカマルの元に火影からの召集がかかったのだ。
「どうしたんだ、クロ。機嫌悪いぞ」
「べっつにぃ。ってか、クロ呼ぶな。ヒー」
鈴玖と名乗った青年は、名前だけ名乗ると、まさに風の如く去って行った。
その立ち去り方といい、直前まで気配を悟らせなかったことといい、かなり腕のいい忍だろう。
だが、それとは別に、黒焔は少しばかり苛立っていた。
(何だかわかんねーが……あの態度がムカつくっ!!)
いつもより眉間の皺を多くして黙り込む相棒に、緋月は心当たりがないと首を傾げながら、2人はアカデミーへと走った。

それからしばらくして。突然、窓が開いて、主一人しかいない執務室にひやりとした空気が舞い込んだ。
「「お呼びでしょうか?」」
「…お主ら。いい加減窓から出入りするのは、やめんかの?」
「「めんどくさい」」
息もぴったりに返って来た返事に、部屋の主――3代目火影は大きくため息をついた。もっとも、それでこの2人が聞けば、今更苦労を感じる必要もないだろうが。
「で、用事って何?じいさま」
「うむ。緋月。まずは、お主に聞きたい」
「なに?」
「10日前の夜、どこで何をしておった?」
真剣な表情で尋ねる火影に、質問の答えとなる時のことを思い出す。
「どこも何も…新薬作りの材料入ったから『太極』に行って…くるって、じいさまにちゃんと離里許可もらっただろうがっ!!」
『太極』とはナルトがよく出入りする『黒白街』のことである。表立ってその名前は使えないので、代わりに使われる別称なのだ。がなりたてた緋月に、火影はそうじゃったかの、と惚けた顔をした。
「忘れたのか?ボケが始まるには、ちょっと早いんじゃない?」
「ヒー。今時のボケは50超えたら始まってもおかしくないんだぜ。ってか、太極ってなんだ?」
「気にしない。気にしない。どこだっていいじゃん」
「お主ら、いい加減にせんかいっ!!ワシゃ、まだボケとらんわ!」
鼻息を荒くして叫んだ火影に、2人は全く動じず、逆に宥めた。
「で?それがどうしたっていうの?」
「うむ…実は、そのことを改めて確かめたくてな。証人はおるかの?」
「心配なら、姐さんたちに聞いてくれていい。あ…そういや、帝もいたかな」
「は?この間のあいつに会ったのか?!聞いてねぇぞっ」
「え〜と、まぁ……偶々な」
「念のために聞くが、影分身は使っておらんの?」
「…その日は、新月だったろうが」
ため息混じりに、緋月は答えた。
新月――朔の日と呼ばれる一日は、ナルトの体質により、女から男の体に性別変化する日である。満月の日とは違い、変化時に痛みは全くないのだが、チャクラが上手く練れないため、満月同様術の類はあまり使用できないのである。
「それで?その日がどうかしたの?」
「緋月の行動に問題でも?」
まさか上層部から変な勘繰りでも受けたのか、と黒焔は視線を険しいものへと変えた。
火影が言葉を窮した時。涼しげな男の声が降ってきた。
「すまない。私が、聞きたかったんだ」
声と同時に、するりと天井から一つの影が落ちてくる。
「改めまして。この度砂の里・風影より代理の命を承った、鈴玖という」
現れたのは、つい数刻前に会ったばかりの、浅黄色の髪の青年だった。今は仮面を外し、外套を羽織っている。改めて素顔をじっくりと見ると、中性的な顔立ちで、中々の美青年である。
「やっぱりお前だったか。先程はどうも。『仁風の鈴玖』殿」
「さすがは名高き『赤の闘神』。こちらこそ失礼した、緋月殿」
顔を顰めた黒焔と違い、緋月は笑顔で握手を交わす。鈴玖も緋月とはにこやかに挨拶を交わした。

『仁風の鈴玖』――各国の忍のデータが載るビンゴブックであっても、正体どころか、性別、背格好、果ては公には所属里さえ一切謎に包まれた、諜報を専門にする忍である。
一切がわからぬ彼への依頼は少ないと思うだろうが、その実、もたらす情報は全て、微に入る程詳細かつ99.7%(中途半端なのは半分謙遜らしい;)正確なものであるため、依頼は多い。ただ、独自の依頼方法があるため、数は限られたものではあるが。
そして、彼が風の異名をもつ理由は、それと兼ねて、誰もその姿を知らないということと、見られる前に姿を晦ませる瞬身術の凄さがあるからである。

「…俺にはナシか。いい度胸してやがるな」
「まさか。ここは次期火影様への挨拶が先だと思ったまで。初めまして。『黒の軍師』殿」
「…初めまして。緋月に言われて、ようやく思い出したぜ。アンタが、神風と名高き諜報界の異彩児ってやつか」
「諜報の基本を忠実にやっているだけだ。賛辞は心だけ受け取っておく。けれど、私の二つ名を聞くまでわからなかったとは…木の葉も平和になったものだ」
「偶々だろ。所属里さえわかんねーほど影薄いからじゃねぇか?こっちは平和どころか、毎日寝る暇ないくらい忙しいぜ。代わってやりたいもんだ」
「謙遜を。その気になれば、貴方なら時間くらいいくらでも捻り出せる、と聞いたことがある」
しかし、どうやらこちらの2人は、何故かお互い気が合わないと判断したようで。笑顔のクセに互いを見る目は、全く笑わないどころか、火花が飛ぶ程睨みあっていた。
2人の険悪なムードに何か言おうとした緋月だったが、そこへタイミングよくドアを叩く音がして、許可の声と共に入ってくる者がいた。
「「失礼します、火影さま」」
オレンジ色に近い茶髪とプラチナブロンドのショートヘアの、2人の男女。纏うのは黒を基調とした、通常の暗部服とは意匠の違う揃いの服。
「おぉ。戻ったか。刹那、橘花」
「はい。こちらが今回の報告書です」
「して…結果はどうじゃった?」
「間違いありません。情報は、確かなものでした」
報告書を手渡され、一言聞いた瞬間、火影が眉を顰める。だが、同じ部屋に緋月(と黒焔)がいるのを見て、2人は破顔した。
「お帰り。刹那、橘花」
「たっだいま〜っ、緋月v寂しかったわ!」
「ただいま」
「よぉ。おかえり…って、セツ!ヒーにいつまでひっついてやがるっ」
「いいじゃない!アンタはずーっと一緒だったでしょうけど、あたしは4日間いなかったのよ?!」
「お前な〜っ。今は客がいんだよ。ちっとは気を遣え」
黒焔にそう言われて、改めて室内を見回し…そこに見知った顔を見つけて、実に二者二様の反応をした。
「げっ、アンタ、鈴玖じゃないっ!!」
「あ、本当だ。久しぶりだね」
顔を見るなり嫌そうな顔で叫んだ刹那と、少し驚きながらもどこか嬉しそうな橘花という対照的な反応をした2人に、鈴玖はいたって和やかに挨拶をした。
「久しぶりだ。橘花、刹那」
「ちょっと!砂のアンタが何で木の葉にいるのよっ?!」
「下忍のお目付け役、兼、里の代表としての挨拶だ。一応同盟里とはいえ、外に長期行かせるわけだからな」
「大変だねぇ。鈴玖も」
「そういう橘花も、刹那のお守りは大変だろう」
「何ですってっ?!」
「昔から一緒だからね。もう慣れたよ」
「アンタの方も何言うのっ!」
「しかし、改めて見ると、黒焔殿と刹那は喧しい所だけ似てるんだな」
『喧嘩売ってるの(か)?!』
息の合った刹那と黒焔に、鈴玖も橘花も緋月も笑いを零した。
「橘花たちは、鈴玖が砂の忍だって知ってるんだな」
「うん。最初に会った時、気付いてね。聞いたら教えてくれたんだ」
「ってか、どういう知り合いだ?」
「…ほら、あたしも諜報でしょ。時々アイツと仕事で鉢合せする時があるのよ」
刹那の話では、数年前に仕事上でお互いビンゴブックに載っていると知らず偶々知りあっただけの相手だったが、どうやら縁があるのか橘花と仕事に出ると、今も偶に遭遇するらしい。ようは腐れ縁というやつだ。
だが、刹那にしてみれば、鈴玖の性格はざっくりとしていて、今イチ気が合わないところもあったりする。
例えば……と話を続けようとしたちょうどその時、またしてもドアをノックする音がした。
「失礼します。火影様」
「失礼しまーす……ってうわ!愛しの緋月じゃナイ?!」
次に入ってきたのは、アスマとカカシであった。
カカシは緋月の姿を認めるなり、勢いよく抱飛びついてきた。が、お約束とばかりに、カカシの体は宙を舞った。黒焔と刹那に同時に蹴り飛ばされて元来た方へと吹っ飛び、壁にめり込んだのだ。
「失せろ、害虫」
「あたしの緋月に触んじゃないわよ」
酷い言い様(普段より深く壁にめり込んでいるのは八つ当たり)ではあるが、これもいつものことである。帰ってきて当初はアスマも引き攣っていたが、今では慣れたらしく、しぶといな、とか思いながら彼に目も向けずに呻く声を無視している。
「クマ、どうした?」
「クマ言うな。火影様に呼ばれたから来たんだ」
答えながらも、アスマの目は怪訝そうに鈴玖へと向いている。砂の暗部で鈴玖だ、と紹介すると、お互い挨拶を交わした。
「じいさま。この顔ぶれは、一体どういうことだ?」
「お主らに、任務を言い渡す。よいか。これは、秘密裏にやってもらいたいのじゃ」
火影は、怖いくらい厳格な声音で、一拍して彼らへと告げた。

「『青の月』とその一味を、速やかに片付けよ」

その言葉に、彼らの内3人の間に、緊張が走った。



〜あとがき〜
鈴玖さん、再登場。なんだかいろんな人大集合になってます(笑)
次は極秘任務の内容になるんですが、少々シリアス気味になる予定です。
ちなみに、鈴玖の二つ名の「仁風」には「扇」という意味もあります。