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波の国の一件から、はや数ヶ月。7班の全員が下忍の簡単な任務にも飽きてきた頃。
サスケとナルトの仲は、なりたての頃よりは良くなったが、いいような悪いような、微妙なものであった。
いつもと同じように3時間も待たされ、セクハラしてくるカカシにサクラが文句を言ったり、怒ったサスケがそのまま演習戦に持ち込んでいたり。
違うことといえば、唯一つ。
彼らといるナルトが、今日は精巧に作られた影分身であったことだった。
しかし、影分身であること自体はよくあるので、別段問題ではない。問題なのは、常と違い本体は変化もせず、彼らと遠過ぎず近過ぎずな所にある大木の枝葉に隠れて、手持ち無沙汰に武器磨きをしていたことであった。
磨き布を持った反対の手には、一見すれば、やや大きめの、金や赤色の模様が入った上等そうな黒い扇。先日、帝――夕貴殿下から礼代わりに頂いたものである。
丁寧に手入れしながら、ナルトの口からはいつの間にか呟きが漏れていた。
「過去、使者……東……」
「東がどうかしたのか?」
突然かけられた声に、ナルトはビクリと肩を震わせ、上を仰ぎ見た。
そこにいたのは、彼の相棒である少年であった。ナルトにつられたのか、シカマルの方も驚いた表情をしていた。
「ど、どうかしたか?」
「ううん……なんだ、シカか。ビックリした」
「ビックリしたって…いつもなら俺が近くにいたら気付いてるだろ」
「ごめん。考え事してたから」
ぼーっとしてた、と力なく笑うナルトに、シカマルは一瞬だけ怪訝な顔をした。
「…ヒマそうにしてんのな」
「シカ、老眼きたの?一応武器磨きやってるんだけど」
「まだ悪くねぇし、知ってるよ。それって、この間どこからか持ち帰ってきた新しいやつだよな」
「うん。鋼扇の一つでさ。名前は…『黄昏』かな」
「…お前の剣といい、あのじゃじゃ馬銀線といい。名前つけたってことは、そいつも妖刀の部類か」
ってか妖気感じる、とシカマルがじと目で扇――黄昏を見たので、ナルトは肩を竦めて肯定した。
しばし、沈黙が降りた。ナルトがきゅっきゅっ、と布で丁寧に拭いていく様を、シカマルの視線が追う。
「……やっぱ、ヒマそうだな。ナル」
「そう?」
「おー。一応護衛だろ。カカシ帰っちまったのに、ぼけっとしてんなよ」
「…あ。ホントだ。何時の間に…」
「おいおい、しっかりしてくれ、緋月。っつーか、めずらしいな。『お前』が空いてるのに、影分身に任務任せるのって」
おまけに変化もせず、そのままの格好だ。結われていない金糸は肩に落とされ、服も黒の上下に桜の花弁が描かれた花緑青の着物を緩く纏っているだけ。
シカマルの言うことは、もっともであった。いつもであれば、空いている時は必ずと言っていいほど『ナルト』に変化した本体が下忍をやっているのだが、今日はそうしなかった。
その疑問にナルトは、ただそんな気分だっただけだ、と答えた。そしてまた、呆けたように下を見る。
シカマルもそれ以上は何も言わず、静かに隣に座った。そうして、しばらくしてナルトの頭を黙って引き寄せた。何のつもりか、と目で尋ねれば、ほっとけ、とそっけなく返される。
「なぁ、ナル。何があったかは知らねえけど、あんま考えこむなよ。気になることがあるなら言え。ちっとはお前の荷物持ってやるからよ」
思いがけず、それは兄のように優しい声で言われ、撫でるように髪を梳かれ、ナルトはほんの少し動揺した。こうやって甘やかされるのは、久しぶりだ。
(そういえばこのところ忙しくて、シカとは仕事の話しかしてないかも……)
最近、イノとチョウジも任務なのか、本体を見ていない。そう思うと、急に寂しくなって、ナルトにしては大変珍しく、武器磨きの手を止めて、甘えるようにシカマルに擦り寄った。
それに少しだけ気を良くし、シカマルは額に、こめかみに、啄ばむようにキスをする。それがくすぐったくて、ナルトは身を捩ってしまう。しかし、シカマルがそれを許すはずもなく、逆に力強く抱き込まれた。
「逃げんなよ。ナル」
「逃げてるんじゃないけど…こういうのって、普通恋人にするもんじゃないのか?」
「恋人って…お前は俺の『婚約者』だろ。だから恋人同然で、いいんだよ」
「そういうもん?」
「おぉ。まったく。こういう常識には、相変わらず無知というか疎いというか」
「…あ、キスまでな」
「………疎くてもいいことには、反応するのな;」
隙あらば襲おうとして服の裾にかけていた手を引き戻され、シカマルは苦笑しながらも、今度は柔らかく甘い唇にゆっくりと口付けを落とした。
時間は昼過ぎ。のんびりとするには、適した時間帯。
最近の木の葉の里には、いつもよりたくさんの人がいた。
中忍試験が近づいているからだろう。他里の忍がちらほらと見えるし、警備の人間も多少なりともいる。
だから、だろう。普段と違い気を緩めていたこの2人も、少しばかり気付くのが遅くなった。
……不穏な気配を纏う者が、近くに来ていたことに。
最初に気付いて行為を止めたのは、ナルトだった。
「何事だ?」
「あ?」
いいところだったのに、と舌打ちして、シカマルも下の様子を覗く。
いつの間にやら、7班以外の人間が2人ほど増えていた。内1人は彼らもよく知る子供であり、もう1人は全く見知らぬ人物である。
「火影のじじいのとこの木の葉丸じゃねぇか。で、サスケと……誰だ?」
ナルトはシカマルが指した方を見た。その先にいたのは、身の丈程ある瓢箪を背負った、赤毛の少年。額には「愛」の字を刻んである。
「っあれは………『があら』?」
ナルトが驚いた顔でそう呟いた。
(『があら』……聞いたこと、あるような…)
シカマルが知っているのか、と問おうとした瞬間。
ひゅん、と無数の何かが風を切る音がした。
ナルトがそれらを黄昏で、一本残らず弾き返し地面に落とす。
シカマルは瞬時に飛んで来たと思われる方向目掛け、クナイを数本投げた。しかし確かな手応えは返ってこなかった。
逃げられたかと思ったが、ふと微かな気配を別の所から感じ、彼は予備動作なくそちらにも投げてみた。こちらも、手応えはない。
変だと思いながらも、その場に留まり警戒する。すると、どこからか小さく拍手の音が聞こえてきた。
「おみごと。気配を隠すのには、かなり自信があったんだが」
突然少し高めのテノールの声が聞こえて、2人は一斉にそちらを向く。
隣接する木の、ちょうど同じくらいの高さの枝に、見知らぬ青年が立っていた。
短髪と言うには長めの浅黄色の髪を風に遊ばせ、背には細長い黒布の包み。そして、顔には白い猿の化粧面。
「なるほど。今の距離で私の攻撃をかわし、かつ反撃もしてくるとは、さすがというべきか」
「……何者だ?」
シカマルの問いに、青年はにやりと笑った気配がする。ナルトは彼を注意深く見、後ろの包みと服の隙間から見えた腕の刻印……そして、感じた気配に、微かに笑った。
「さしずめ、砂隠れの暗部……で、あそこの坊やのお守り役ってところか」
目線で下にいる、先程の赤毛の少年を指す。青年は焦るどころか楽しそうに、正解だ、と答えた。
「一介の下忍に、暗部の監視がつくのか?」
「彼は砂の中でも特別だ。知っての通り『物の怪憑き』だからな。……そう、この里にもそんな存在がいるはず」
「それもそうだ。何しろ、里にとっては色々なイミで『危険因子』でしかないんだからな」
ナルトの発言を聞いて、シカマルはようやく思い出した。
『砂隠れの我愛羅』―――木の葉のナルトと同じ。里の事情で体の内に「一尾」を封印された、砂使いの少年である。その強さは半端ではなく、既に上忍クラスとの噂があるほどだ。
だがいくら強いとはいえ、里にとっては存在自体が危険そのもの。外に出し、いらぬことを覚えれば、自分達に被害が来るかもしれない。だからこそ、目の前の青年の監視が必要というわけだ。
シカマルは目の前の青年をじっと観察する。特に敵意はない。どうやら、自分達の実力を試されただけのようだ。
「それにしても。砂の忍はずいぶんと手荒い挨拶が好きなんだな」
シカマルが皮肉っぽく、そう言うと、青年は軽く肩を竦めた。
「お気に召さなかったら、申し訳ない。それくらいしないと、木の葉の暗部には失礼かと思ったんでね」
シカマルが発言に驚く中、青年は快活に笑うと、猿の面を外し、優雅に一礼をしてみせた。
「私は、鈴玖。今はただ挨拶にうかがったまで。では。また会おう」
伝説と謳われし、『月闇』のお二方―――
そう言い残して、オレンジ色の瞳の青年は風の如く、その場から消え去った。
〜あとがき〜
…何だか、久しぶりの更新となってしまいました;
前回の意味深な予言を残しつつ、多少はシカナルになったでしょうか(怯)まだ甘さが足りないような気がして仕方ない今日この頃です…。
そして一応、新しいキャラが出てきました。鈴玖さんのご登場ですっ。彼については、次辺りで詳しくお話する予定なんで、今は何も言えません。不思議なおにーさん、くらいに思って頂ければと。
で、我愛羅も登場できました!(あれを登場した、と言っていいのかどうか…;)けど、彼がナルちゃんに絡んでくるのは、もうちょい先です。
さて。次はちょいと試験から外れて、試験前オリジナル話路線で行きます。次はイノちゃんたちとの対面、果たせるかも。
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