それは、「光」が差しこんだ記憶。
それは、「闇」に閉ざされた記憶。
言うなれば……決して開けてはいけない『パンドラの箱』。
蓋を開けば、世界はきっと壊れてしまう。
だから、どうか誰も、開かないで……。



波乱の使者



 ―――朝、誰もが働き始めるために動き出す頃。
日向家離れの一室で、ようやく起きてくるものがいた。
まだ寝ぼけ眼のその人は、ゆっくりと身を起こした。布団の上に流れ落ちる金糸が、光を浴びて輝いている。男なのか女なのか、それだけを見れば、誰もが天才画家の描いた一枚の絵だと思うだろう。
しばらくして深海の蒼をした瞳を瞬かせると、大きく伸びをして音もなく立ち上がった。
服を着替え、廊下を渡って本家の方へ歩く。途中で女中さんがその姿を見つけ、丁寧に朝食の席へと案内してくれた。
席には誰もいない。こんな時間というのもあるが、当主夫婦は次女を連れて分家の長老の所に、長女と居候の従兄は任務に出かけたらしい。
ゆっくりと食事を終え、箸を置いたちょうどその時。その場にやってくるものがいた。
「おはよう、ナルちゃん」
短めの黒髪に、日向家特有の白の瞳。日向本家当主の長女・ヒナタである。
「おはよう、ヒナ。今日は早朝任務?」
「うん。新聞と牛乳配達のお手伝い。季節の変わり目で風邪引いた人が多くて、人手が足りなかったんだって」
「へぇ。でも、それじゃあシノはともかくキバはつまんないって顔してただろうな」
「そうなの。キバ君ったら、シノ君が蟲を使って早く終わらせていったから、赤丸と一緒に張り切りすぎて転んで新聞ばら撒いてたわ」
「ははっ。キバらしい。でもよかったな、牛乳じゃなくて」
それならば今頃大惨事になっていた、とナルトとヒナタは笑いあった。
それから、ふと思い出したように、ナルトは切り出した。
「『中忍試験』参加、おめでとう」
「あぁ。やっぱり知ってたのね」
「これでも火影代理だ。しかも昨日の召集は、それについてだったからな」
そう言って、ナルトは昨晩あった出来事を思い出した。


 暗闇に仄かな光がいくつも浮かぶ一室。
そこに、木の葉でも優秀な上忍たちと、里を運営する上層部が集まっていた。
中央に座るのは、里の最高権力を持つ老人―3代目火影。
その両脇には、赤髪に白狐の面をした青年と、黒髪に青龍の面をした青年2人が控えている。言わずと知れず、現暗部を仕切るトップ―緋月と黒焔だ。
(…めんどくせー。野郎の顔ばっか見たくねぇ。どうせならヒーの顔見てる方がいい)
(オレの顔見て何が楽しいんだか。まぁ諦めろ、クロ。これも仕事の一つと思って)
(ちっ。いいよなぁ、セツと橘花。別任務で)
……もっとも、そのトップ2人が裏でこんな会話を交わしてるとは、この場にいる一同露知らずなのだが;
「まず、先日提出してもらった中忍試験への推薦状だが。全て確と読ませてもらった」
緊張が走り一瞬空気が揺れるが、火影の一睨みで静まり返る。
「担当上忍たちに改めて問う。今更異存はないの?」
火影の問いかけに、バラバラではあったが肯定の返事が返ってきた。それを受けて彼は更に言葉を紡ぐ。
「よろしい。では推薦された者全てに、受験資格を与えよう」
明日にでも伝えてやるとよい、と告げられ、推薦状を出した上忍一同は承知と頭を垂れた。
「お待ちくだされっ、火影様!」
ところが突然、上層部の一人が抗議の声をあげた。
「我々は、まだ認めておりませんぞっ」
「そうですとも!他はともかく、まだ卒業仕立ての新米下忍たちに試験を受けさせるなどっ」
何人かがそのような声をあげて、火影はため息をついた。
『何回目だ、このくだらねー言い合い』
『黒焔。間違ってる。何回目、じゃなくて何十回目』
どちらにせよ、先週から続く提出された推薦状についての吟味の間、散々側で聞いてきた何十回目の問答に、火影も緋月たちもいい加減うんざりしていた。
「しかも、新米下忍たちの大半は、名家の跡取りたちなんですぞ!」
「いくら優秀だとはいえ、危険極まりありませんっ」
「それにこの中には、到底忍の端くれとも思えぬほどの落ちこぼれがいるではありませんか!」
来た、と緋月たちは思った。名家の子供達のこともだが、彼らが一番言いたかったのは、このことなのだと察していた。
「聞けば、この『うずまきナルト』。アカデミーでは最低の成績だった上、留年までしているではないですかっ」
「信じられませんな。卒業試験も一度は落ちた後、追加合格という形だ。もしや、誰かが贔屓で下忍としたのでは?」
その時、上層部に意見する者がいた。
「お言葉ですが、ナルトの実力を見もせず決めてかかるのは、やめていただきたい」
進み出て意見したのは、ナルトの担当をするカカシだった。すかさず、カカシに対して上層部から叱咤が飛ぶ。
「畑カカシ上忍。無礼だぞ」
「失礼とはわかっています。ですが、ナルトは他の2人と共に、アカデミー卒業時以上に成長しています。今と昔は違うほど、その実力は伸びています!」
真剣な表情で訴えるカカシに対し、だが、上層部は意見を変えようとはしなかった。
「しかし、畑上忍。聞けば貴殿はその少年を大層可愛がっているとか」
「はっ。話にならない。ただの欲目か。噂ではDランクですら、班員の足を引っ張っていると聞いている」
「しかり。ならば見るまでもなく、これでは中忍試験も受からんでしょう」
「最初から受からぬ者を出しても、無駄というものでしょうなぁ」
「確か、三代目はこの子供と仲がよろしかったのでは?」
「火影様も、いくら可愛がっている子供だからといって、こういうことは考えていただかなくては」
好き勝手言う上層部に、控えていたご意見番の2人や聞いていたカカシたちが何か言おうとした瞬間。
ダンっ、と机を叩く音がした。
「それ以上は、三代目に対する暴言と受け取りますが?」
少々殺気混じりの緋月に、誰もが口をつぐんだ。それを見て、知らねー、と黒焔は軽く肩を竦める。
「さっきから聞いていれば、上層部の方々ともあろう者が。石頭で口だけ雀のダチョウより始末に終えないですね。いい加減聞き飽きました」
「貴様っ、黙っていれば、自分が何様だと……!!」
「暗部総隊長で最強無敵の、緋月様だ」
きっぱりと言い切った緋月の目は、笑っているどころか、氷点下の地より寒さを感じさせた。思わず激昂した男も二の口が継げずに終わる。
そして緋月の言葉は、更に続く。
「大体、この里は未だ優秀な忍不足の状況にあるんですから、人手が増えるのを喜びこそすれ、そのきっかけを摘み取るなんて馬鹿な真似は止めて頂きたい。この際、はっきりおっしゃったらどうです?《その子供だけは忍にしたくない》と」
『なっっ?!』
緋月の禁忌に触れるような発言に、その場にいた者全てが驚きの声をあげた。さすがに火影も軽く緋月、と窘める。
「失礼。ですが…『あれ』は12年も前に『済んだ』ことでしょう?確かその子供は留年した挙句アカデミー1のドベだったそうじゃありませんか。留年させるよう細工をしたとか恨まれるようなことをしたのでなければ、何を恐れることがあるのです?」
と言ってから、あぁそれとこれは関係ありませんでしたね、と妖艶かつ壮絶な笑みで付け加えた。
火影は胃に穴が開きそうだと苦い顔をしているのに対して、黒焔など火影の後ろに隠れ胃薬を後ろ手で渡しながら爆笑寸前の己を抑えている。
「それに、受ける受けないは最終的に当人が決めること。第一、その子供が試験を受けるに値する実力があるかどうかは、担当上忍が一番よく知っているはず」
と、緋月は前置きしてカカシの方に視線を寄越した。目があったカカシは驚いて目を丸くする。
「皆様知っての通り、その子供の担当である畑上忍の実力は、上忍の中でも(不本意ながら)トップクラスです。今でも何度かAランクをこなすほどで、頼りになさった方も多いでしょう。ましてや、その子供の担当に彼を推したのは、あなた方であった、と私の優秀な頭脳は記憶しております。他ならぬその彼の推薦。上層部ともあろう方々が巷の噂ばかりに踊らされ…まさかそのことをお忘れになってはいらっしゃらないですよね」
にっこりと音が聞こえそうなほど、緋月は艶やかに微笑んだ。これ以降、それ以上は言わせない何かを彼から感じたのもあって、上層部はようやく黙りこんだ。
……ちなみに珍しく緋月に褒められた(?)カカシはというと、黒焔から射殺されそうな視線を向けられているのも同僚達がカカシを見て顔を引き攣らせそっぽを向いたのも気にせず、それはもう嬉しそうに熱〜く見ていた、ということを追記しておく。
静かになったのを見計らって、火影は咳払いを一つして、話を続けた。
「じゃが、やはり中忍試験は危険なもの。里の名家の跡取りとなれば、その危惧はもっともじゃ。そこでこのことについて意見が聞きたく、今日は当主方を呼んだのじゃ」
別席に居並ぶ7人に、視線が集まった。いずれも、木の葉の名家・旧家の現当主たちである。
「この中に、子供たちを試験に参加させることに反対の者はおるかの?」
1人1人を順に見て、火影は答えるよう促した。
「私は、一向に構いません」
最初に口を開いたのは、日向家当主・ヒアシであった。
「儂も別に構わん」
「そうね。私も別に構わないわ。むしろあの子にはいい勉強になるでしょう」
油目シビと犬塚ツメも同意する、と頷く。
「私も…そのぅ、いいとは思いますが……」
「俺は別にいいと思うぜ。何事も経験って言うだろ」
「僕もです。ウチの子がいいと言うなら」
「子供達が試験を受けたい、というのであれば、意思を優先させてあげるべきでしょう」
この中で唯一当主代行になるうちは家の遠い親類に当たる男は幾分消極的であったが、その言葉は残る奈良シカクたちイノシカチョウ3人にかき消されてしまった。
ここまで子供達の親である当主たちの意向が火影に賛成となると、さすがにこれ以上は上層部としても何も言えない。…むしろ、言えば最後。火影の後ろに控える青年2人に、自分達の首を刎ねられそうな空気を感じてしまった。
かくして、上層部たちは仕方なく認めざるをえないということになってしまったのだ。


そして、時間も時間だからと会議はお開きになり、緋月と黒焔――ナルトとシカマルが影分身も使いながら当主達を家まで送り、ナルトはそのまま日向家に泊り込んだというわけである。もし見られていたとしても、『緋月』は公然の秘密で日向家の親類としているので別段困ることはない。
「そういうことで、頑張れよヒナ。中忍試験は厳しいからな」
「うんっ。ナルちゃんもね…って、余計な心配だね」
「そんなことない。ありがとう」
礼を言ってから、ふと時計を見る。そろそろ下忍の任務の時間だ。
そろそろ時間だ、と玄関に向かった。ヒナタも見送りについていく。
「じゃあ、オレも行ってくるよ」
「気をつけてね」
「大丈夫だって。これでも暗部総隊長だぜ」
顔を曇らせて、ヒナタは頭を振った。
「そうじゃなくて、未来予言(サキヨミ)に出たの。いよいよ……来るわ。東の方から、吉凶の種を持って」
「……何が?」
「『過去からの使者』。そして、『亡霊』」
詳しくはわからなかったが、その言葉だけがヒナタの見る水盤に今朝映っていたのだ。そして、それが何よりも守るべき『王』に関している、と。
「…そうか。ありがと、ヒナ。気をつける」
不安げなヒナタの様子に、ナルトはそれ以上何も言わずに、日向家を出た。
ヒナタは、どうか何事もないように、と遠ざかる彼の背中に祈り続けるしかなかった。



〜あとがき〜
長らくお待たせしましたっ。中忍試験前第2弾!そして何故か後編に続きます(ォィ
最近忙しいので更新ゆったりめですが、なるべく早めに続きを書きたいなと思います(そしてリンクしそうな他の話も;)
次はシカさんと微ラブラブシーンが書ければいいな……ぁ……(消)