翌日、ちょっとは動けるようになったカカシは、ふっとあることに気がついた。
「もしかしたら、再不斬は生きているかもしれないっ」
突然呼び集められて言われたことに、4人の下忍たちと依頼人は唖然とした。
その理由は、少なくとも凄腕(普通の人にはそう見える)の敵を苦戦しながらも1人倒したとあって、精神的にも多少は余裕が出てきたところなのに、その敵がまだ生きていると聞かされたからだ。もっとも、内2人は、今頃気づいたのか、という思いからだが。
「はーいっ。その根拠は何だってばよ?」
「ン〜、気にはなってたんだがな。追忍っていうのは本来、標的の死体を埋めるなり焼くなり、その場で完全に消去するはずなんだよネ」
「(そんなことは、知ってるっての)」
「…?何か言った、ナルト?」
「え、なーんも言ってないってばよっ?(ヤベ。顔に出てたか?)」
「(もう、危ないわね!)で、それがどうしたんですか?」
「あ、そーそー。けど、昨日のやつは持って帰ったでショ。そこがおかしいんだよな。で、一晩考えた結果………あの仮面の少年は再不斬の仲間で、奴はまだ生きている」
『何だと(何ですって)っ?!』
全員が驚きの叫びをあげた。それを耳を塞いでやり過ごすと、カカシは真剣な顔でサクラたちに落ち着くよう言った。
「落ち着けるわけないじゃないですかっ!」
「ということは、ワシはまだ狙われとるんか?!」
「サクラ、少しは話を聞きなさい。タズナさん、そういうことです。なので、もう少し居候させてください。今の状態で襲われれば危ないでしょうから」
「俺達では力不足ということか…?」
「そう。『今』のお前達ならば、確実にやられる。だが、俺達は運が良い」
言い切るカカシに、疑惑の目が向けられる。この状況を運が良いとは、どういうことなのだろうか。
「(理由はわかるけど、一応)運が良い、って、どうしてですか?」
「ン。再不斬は俺と戦った怪我があるから、少なくとも一週間ほどは動けないはずだ。すると、その間はこっちを攻めてこないだろう」
「けど、向こうもこっちが動けないの知ってるんじゃないですか?それであの仮面の子が来たら、どうするんです?」
「うっ…鋭いネ、山中サン;だけど、一人で仮にも忍四人を相手しようとするかな?再不斬は元々個人プレーが好きな奴だから多分、他の奴に頼んで、なんてのはないハズ」
たじたじとしながらもイノの質問に答えるカカシ。イノがそれに納得したように頷いてやると、カカシは本題に入った。
「そこで、この一週間の間に、お前達に修行を課す!」
そう言ったカカシに連れられて、ナルトたちは家の外へと出た。
《何やるのかしら?》
《さぁ。大方、木登りじゃないか?》
示されたのは、森の木々の1本。
「修行は、『木登り』だ!」
やっぱり、と内心呟いたナルトとイノだったが、そんな素振りも見せずに、サスケたちと同じように文句を言い始めた。
「それのどこが修行だっ」
「木登りくらい、誰でも出来るってばよ」
「ちっちっ。唯の木登りじゃないヨ」
「何が違うんですか?」
「手を一切使わないで、登るんだ」
言うやいなや、カカシは驚く下忍たちの前で、木の幹を垂直に歩き始めた。あっという間に枝に着いて、蝙蝠のようにぶら下がる。
「こういうコトっ」
「すっげー。カカシせんせ、それどうやるんだってば?」
「足の裏にチャクラを練って、歩くんだよ」
この方法は、チャクラの量が少なければ弱すぎて落ち、多ければ反発して落ちる。ようは、チャクラのコントロールを手っ取り早く上達させる方法ということだ。
《へぇ。こんな方法あったのね》
《昔やったなぁ。これ》
《え、あるの?》
《術を覚える時に、まずやらされたのがこれだった》
ナルトはちょっとだけ懐かしい目で木を見上げた。そして徐に勢いよくだぁっと木に登り始めた。
ズルっ。ドサっ。×2
「いって〜ってばよ!!………ん?」
「……くそっ!」
「さ、サスケも落ちたんだってば?」
「やかましいっ!!」
同じように頭を押さえて、顔を赤くする。落ちたのが悔しかったらしい。
《サスケ君の場合は、量が多すぎるのよね》
イノがそう陰話で様子を教えてきたので、ナルトはなるほど、と返す。
《で、あたしも失敗した方がいいの?》
《いや。イノは表でも優秀だったから、その必要はない。好きにしたらいいよ》
《わかったわ》
「こんなのでいいのかしら」
話しながらももう一回挑戦しようとした時、上から声が降ってきた。全員が顔を上げると、サクラが木の上の方に足で立っていた。
これにはカカシも驚いたのか、少しばかり目を瞠る。
「すごいすごいっ。サクラは合格っ」
「サクラちゃん、すごいってば!」
「そう?コツさえ掴めば結構簡単よ」
「あら。あたしだって負けてないわよ」
いつの間に上がったのか、イノがサクラの隣に同じように経っている。これに増々男性陣は驚きの声をあげた。
「イノもすごいってばよ!」
「いつ上がったんだ…?」
「ン〜。女の子達はコントロールが上手だネ。2人とも合格っ。明日からタズナさんの護衛、頼むね……って、山中サンは任務いいノ?奈良クンは行ったのに」
「気にしないで下さい。あたしたちの任務は簡単なもので、すでにお互いの役割決まってますし。まぁ乗りかかった船ってやつですよ。今は人数多い方がいいみたいだから、お手伝いしますっ」
「ならいいんだけどネ。こっちも助かるし。じゃあ俺が復活するまで頑張ってネ」
カカシの言ったことに、2人はは〜い、と返事をした。そして、カカシはナルトとサスケにはこう告げた。
「君達は、修行ね」
「え〜、オレもそっちやりたいってば」
「俺もだ。こんなのやってられるか」
「ダメだ。チャクラのコントロールが出来るようになるだけでも、戦力にはなる。木登りができるようになるまで、ここで修行を続けるコト」
いいね、と駄目押しされて、ナルトとサスケは不満げに返事を返した。
こうして、彼らの修行の日々が始まった。
それから、数日後。
街に出かけたタズナについて行ったサクラとイノが、帰ってきた。
そして、帰ってきた2人がまず最初に見たのは、修行でボロボロになったナルトとサスケであった。
「さ、サスケくん、ナルト?!」
「あ、おっかえり〜だってば」
「帰ってきたのか、2人とも」
心配するサクラに、土で汚れ体に傷が目立っているにも関わらず、彼らは元気そうに迎えた。
「まだ出来ないの?」
「そうなんだってばよ。難しいってばね、コレ。な、サスケ」
「あ、あぁ…ちっともくっつかなくてな」
「それはお疲れさま。あ、ちょっと待っててね、お二人さん。サクラ、来て」
イノはサクラを連れて一旦家に入る。そして持ってきたのは、冷たい水で濡らしたタオルだった。
「顔、汚れてるわよ」
「あぁ。悪いな」
「サクラ、ナルトに渡して」
「わかったわ(本当は私がサスケ君の方やりたかったんだけどね)」
サクラの本音が見えて苦笑しながら、サスケの汚れた顔を、イノはタオルで拭いてやる。
「助かった。顔が土と砂で気持ち悪かったんだ」
すぐに気恥ずかしくなったサスケがタオルを奪い取って自分で拭き始める。それにくすりと笑いを零すと、彼は不機嫌な顔で気まずげにイノを見る。
「なんだ?」
「別にっ。サスケ君がんばってるな、って思って」
「サクラにできて、俺にできないなんてこと、許せないだけだ」
「プライド高いものね。でも、そういうとこは結構好きよ、あたし」
「ふんっ。好きに言ってろ。ナルト、続けるぞ」
向こうでサクラと笑いあっていたナルトを呼んで、サスケは立ち上がる。その際に、イノにタオルを突っ返した。
「とりあえず、礼は言っておく」
「どういたしまして。頑張ってね」
照れて顔を俯かせたサスケに、イノは笑顔で応援の言葉をかけた。
数時間して、夕飯ができたとイノが呼びに行くと、ナルトはサスケから離れた場所で修行をしていた。
森の少しだけ奥深い場所。上空を鷹が飛んでいる。玖嵐だ。
「一応、やってるのね」
「一応、な。ま、形だけだが」
更に泥だらけになりながらも不敵に笑うナルトは、周りにいるのがイノだけなので、今は素の雰囲気を出していた。
だが、イノはいつもとは違い、嬉しそうな顔ではなく、暗く沈んだ表情をしていた。
「…さっき、サクラと何話してたの?」
「さっき?…あぁ。タオル貸してくれた時か?ドベらしく木登りのコツを聞いてた」
「その後で、サスケ君とも話してたわよね。しかもいつの間にか仲良くなってるし」
「サスケがサクラと何話してたか聞いてきたから、木登りのコツを話しただけだよ。仲良くなってるのは、多分気のせいだろ。今は同じ修行してるから、仲間意識が妙に強く感じるだけだ……どうかしたか?」
「なにが?」
「イノ。話してみろ。何があった?それじゃあ、水がなくなった花、だぞ」
気遣うように微笑するナルトに、イノは顔を歪ませて、彼に縋り付いた。そしてぽつり、と今日出かけた街で見たものを語って聞かせた。
「…随分、寂しい街、だったわ」
「そうか」
「食べ物とか、売り物はみんな高いし少ないし」
「だろうな。全部押さえられてるから」
「サクラ、おなかすかせた子に飴あげてた」
「………そ、か」
沈むイノに、ナルトは言葉少なく言った。それに構わず、イノは更に言葉を続ける。
「これもガトーの影響なんでしょうね」
「そうだろうな。だからこそ、タズナは橋を完成させたいんだろう」
「うん。本人もそう言ってたわ。橋ができたら、きっとみんな救われるって」
そこまで言い切ると、一呼吸置き、彼女は大きく身を起こした。
「もーっ!!腹立つったりゃ、ありゃしないっ!!」
大声で叫ぶ。溜まっていた怒りを発散させるように。一拍おいて、木々にとまっていた鳥達が一斉に飛び立つ。
「あー、すっきりしたっ」
「そりゃあよかった。沈んでるようだったから、心配してたんだ」
「ホントっ?!さすが、あたしのナルねっ。ありがと!」
さっきまでとは大違いで、一変して普段の明るい表情を見せたイノに、ナルトは嬉しそうに微笑んだ。
イノが沈んでいた理由。それは、公に叫べない、色々なものに対する怒りである。
ガトーへの怒りはもちろん、生きる気力を失っていた人たちに対しても、彼女は哀しみと同時に怒りを抱えていた。
任務上、イノはこういう街や村を見たことがある。中には同じような境遇の場所もあったけれど、例えば今回のタズナのように、それをなんとかしようと最後まで努力していた人たちもいたことを知っていた。
だからこそ、諦めているものを見てはいられないのだが、当事者でない自分がそれを言うのも憚られる。なので、言いたいことが溜まって、逆に沈んでいたのだ。
ナルトはそれに気付いていたので、森の奥へイノが来られるように、わざと一人離れた場所にいたのである。
「で、シカマルは何て?」
「再不斬はまだ回復してない、だって。ついでに勧誘は再戦の時なんてどうだ、って言ってる」
「良い意見ね。採用案に入れておくわ」
「あと、大ボスはどうやらカカシが寝込んでることを知らないみたいだ」
「あら。カカシ上忍の読みは大当たりね。相手をよく知ってるなんて…何があったか、今度調べてみようかしら」
「時間があったらな。それに、あっちも相当焦ってるみたいだ」
「もうすぐ橋も完成するしね。襲撃、来るかしら?」
「おそらく。だが、カカシはまだ本調子じゃないから任せられない」
「だったら、あたしたちの出番ねっ。橋には、壊せないよう結界張っておくわ」
「なら、この家の周辺はオレがやるよ」
一通り話が纏まったところで、ナルトたちはシカマルへの文を書く。こちらの近況と労いの言葉。そしてイノからの一言。
「ついでに、『あたしとナルはラブラブ生活を送ってるので、心配しなくてもいいわよっ』っと」
「こらこら。シカが見たら怒るぞ」
「いいじゃない、たまには。あいつだけ、いっつもナルと一緒にいるんだから、お返しよ!」
など、楽しそうな遣り取りをしながら、書いた文を玖嵐につけて飛ばす。
そうして、ナルトの手をとって、イノはタズナ宅へと夕飯を食べに向かった。
ちなみに、ガトーの本拠地のどこかで、文を見たシカマルの怒りに、玖嵐がやれやれと肩を竦めた(ように見えた)ことを、追記しておく。