それは、ある日の夕食時に起こった。
今日も今日とて、泥だらけになりながらも修行に励んでいたナルトとサスケが競うようにご飯を食べるのが毎日の光景となり、ナルトも結構それを楽しんでいたりする頃。
元気な彼らを中心に全員が和気藹々としている時に、タズナの孫・イナリが突然バカみたいだ、と言った。
「そんなに頑張ったって、ガトーには勝てっこないよ」
「ちょっと…っ」
「てめぇ、いい加減にしろよな!毎日毎日っ。やってみなきゃわかんねーだろ!」
「わかるよ。どうせ、父ちゃんみたいに、みんな殺されるんだっ」
冷たく言い捨てたイナリは、家族の制止も聞かず2階の自分の部屋へと駆けていく。
気まずい雰囲気の中、ナルトはわざと怒った口調でイナリの態度に文句を言った。
「すみません。イナリがああ言うのには、理由があるんです」
その後、ツナミとタズナは悲しげな顔をして、そう遠くは無い昔に起こった事件を5人に静かに語った。
変化は色々、第2幕〜中編〜
「ナールっ」
寝転んでいたナルトは、ふと自分の名前を呼ばれ、身を起こした。
「イノ。どうした?」
「うぅん。ナルが落ち込んでないか、気になっただけ」
「落ち込む、ねぇ。まさか」
「うん。まさか、とは思ってたけどね」
イノの言葉に、困ったように微笑むナルト。霧が微かに混じる夜風に吹かれ、さらりと長い金糸が揺れる。闇と見間違えそうな黒のマントにノースリーブの姿は、よく見る暗部時の衣装だ。
欠けた部分のない月が、沈もうとしている中、光り輝く。時間は深夜。とっくに誰もが眠っているはずの時間である。そんな中、彼らは今、タズナ宅の屋根の上にいた。
「結界の方はあたしが引き継いだわ。で、まだ転換なし?」
「あぁ。この姿見ればわかるだろ」
自分を指して言ったナルトに、イノは苦笑してそれもそうね、と返す。
「もう、今日は冷や冷やしたわ。カカシにバレないかってね。それに朝からナルトは一人で修行してるって言っちゃったから、あたしの影分身をナルトに変化させてやったおかげで、かるーい怪我の連続よっ」
「悪い。やっぱり、ちょっと変装してでも出るべきだったか」
「冗談っ!!それこそバレたらお終いじゃない!髪の長さなんてバレバレよ」
「怒るなよ。それに途中いつ性別が変わるかわからなかいから、こうして今日一日大人しくしてたんじゃないか。けど…ありがと、イノ」
素の穏やかな笑顔で素直に礼を言われ、イノは少し照れて顔を赤くした。照れ隠しに隣に座って、ナルトの肩に頭を預ける。
「朝からずっと、話できなくて、淋しかったわ」
「オレもだ。玖嵐も来ないし、話し相手の秋も今日は妖力抑えるのに手一杯で意思疎通できないし」
「ふふっ。何ていっても今日は、満月、ですもんね」
「チョウジが言ってた通り、引っかかったな。例の日に」
例の日…それは、ナルトの《性別》が転換する日である。
これは毎月2回、すなわち満月の日と新月の日起こり、満月から新月は『女』、新月から満月は『男』になる。本人の体質らしく、生まれた時からずっとのようで、今や本人にもすでにどちらが本当の性別であるのか、わからないという。
ただ、問題なのは、その『転換』がいつ起こるのか、本人にもその居候の神にもまったく予想がつかないのだ。
「でも、まだ変わってないなんて。あとちょっとで今日終わるわよ」
「オレに言うな。こればっかりはオレの意思でどうなるもんでもない」
いつ来るか冷や冷やしてる、と言うナルトは疲れた顔をしてみせた。それを見て苦笑したイノは、話題をそれから変えることにした。
「だけど、今日はその間一体何を考えてたの?」
「ん……ちょっとな」
「ズバリ、昨日の夕飯の一件。あれが引っかかってるんでしょ」
確信を持って言われた言葉。そんなイノに、まいったなぁ、とナルトは呟いた。
「英雄の死、か。誰かさんとよく似てるわね」
「その言葉、数日前にも聞いたぞ」
「そうだったかしら。けど、気になるんでしょ?」
「ん、一応。ついでに、ここの精霊たちの主が水の掃除中に拾った子供って、あいつのことだったんだなぁと」
「そうなの?ツナミさんの話通り、近所の人だと思ってたわ」
「実はそうだったって聞いてる。なんて、すごい偶然」
棒読みでおどけて言うナルトは、次の瞬間、表情を《表》のナルトからは想像できないほど冷たいものへと一変させた。
「どいつもこいつもバカじゃねーの。勝手に自分の思いの物差しで全てを見ようとする」
「あら。あの子のこと、気にしてるんじゃないのね」
「むしろ、あの暗さが気に食わないっ。毎日毎日、窓からコソコソオレたちの修行を眺めては、よくわからん顔でため息つきやがるし。大人は大人でカイザとか言う人を美化してる気がするし。大体『英雄』なんて言ってるけど、ようは犠牲者だ。イナリの言うことは、まぁ当たってる」
「じゃあ『ヒーローがこの世にいるってことを証明してやるってばよ!』って宣言したのは、うそ?」
「…いいや。多分、いるんじゃないか。危険を承知で、誰かのために何かを守ろうという人間は。そいつを『ヒーロー』と呼ぶかどうかは、他者の心次第だろう」
「イナリ君のお父さんが守りたかったのは……家族、かしら。それはなんとなく、わかる気がするわ。きっと養子だけど、大事に思ってたのね」
「さぁな。死人に口無し。オレには、わからない…」
無表情で告げられたその言葉を区切りに、2人の間に沈黙が訪れた。
さぁっと風が通り抜ける。霧がまた少し濃くなったようだ。傾きかけた月が、赤く染まり始める。
だが、そんな静かな雰囲気は、すぐに終わりを告げた。
突然、結界内に察知した複数の気配に、2人は険しい顔をして立ち上がった。
「どうやら、侵入者のお出ましね」
「そうみたいだな。数は1,2……15ってところか」
にやりと笑って、ナルトは準備体操のように軽く身体を動かす。
「今日一日何もしなかったからなぁ。暴れるかっ。イノはここにいて、引き続き結界を頼む」
「大丈夫なの?あたしも手伝えるけど」
「オレを誰だと思ってるんだ?」
「…暗部最強の、伝説級の忍さま。で、絶対無敵のあたしの婚約者!」
「だろっ。それに今結界維持しないでどうする。あと、お前にこれ以上負担かけたら、後が大変だろ。ここにはカカシもいることだし、用心にこしたことはない。オレが行ったら、すぐどちらの結界も強化しろ。一匹たりとも逃がすな」
「了解っ!まかせて」
お互い目を合わせ一つ頷く。そして、ナルトは屋根の上からふわりと音もなく飛ぶと、風のように早く霧の森の中へと消えていった。
イノはその後を見ながら、印を組んで結界のレベルを数段上げて強化する。
けれど、今日が終わるまで、あと1時間もない。『転換』の際にどれだけの負担がかかるか知っているイノは、もし戦闘中になったらどうしよう、と心配だった。
「大丈夫かしら…」
「ナニが?」
「きゃあああああっっっ!!」
不意打ちで後ろからかけられた声に、ビクリと身体を竦ませ、イノは思わず大声を上げてしまった。
「か、カカシ上忍……いつからそこに?!」
「今さっきだけど……山中サンこそ、何してるのかな?」
「えっとぉ……眠れないんで、空を見に来たんです。そっちこそ何してるんですか?病人はさっさと寝るものでしょ」
「ン〜。寝過ぎで眠れないから、ちょっと気分転換に外出てきたダケ」
にこやかに言うカカシに、彼の気配に気付かなかったとは不覚だ、と落ち込みかけたイノは、心の中でさっさと戻って寝ろっ、と毒づく。しかし、当人は全く気にもせず、イノに更に話しかけてきた。
「ところで、さっきまで誰かいなかった?」
「(ギクっ)いませんよ、そんなの。だってもう皆寝てるじゃないですか」
「そうだよネ〜。タズナさんご一家は朝早いから、いつもこの時間寝てるし。ナルトたちは修行疲れでとっくに夢の中………そうかっ!」
何かに思い当たったカカシに、イノはもしやバレたか、と一瞬冷やりとした。
「今ならナルトの寝顔が見放題っ!!サスケたちの邪魔も入らないし、今のうちにナルトの隣に入り込んで………」
その前に一旦部屋に戻って…ぐふふっ、などと怪しい笑いをたてながら呟いたカカシは、すっかりピンク色のオーラを放って先に中へと戻っていった。
だが、それに黙ってる彼女ではない。今布団に寝かせているのは、いないのがバレないようにと、イノの影分身がナルトに変化したものなのだ。
(いくら変化した影分身でも、ナル…いいえ、あたしに添い寝なんてされたらたまったもんじゃないわっ)
ついでにナルトの戦闘を気付かれても困る、ということで、イノは懐から、緑色の粉が入った小さな薬瓶を取り出した。
「風遁・そよかぜの術」
瓶の蓋を開けて、術を発動させる。すると、術によって生み出された風が緑の粉を家の中へと運びこみ、全体へ行き渡らせていく。
「中身はイノちゃん特製、眠り薬よ。これで朝まで爆睡できること間違いなしっ」
多少目が据わっているが、イノはこれで一安心と、また屋根の上に座り込んだ。今度はどこから持ってきたのか、毛布を身体に巻きつけて。
「うぅっ…やっぱり、寒いわ。こういう時だけシカマルと代わってやりたいくらい」
そして、ぶつくさ言いながらも家の中に入らず、そこからナルトが戦っていると思われる場所を、じっと祈るように見つめていた。
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