下忍としての班を発表された次の日の朝、イノ・シカマル・チョウジの3人はアカデミーの裏手の森にいた。
そして、彼らの目の前には、髭を生やした1人の男が手に鈴を持って立っている。
「じゃあ始めるぞ。ルールは簡単。何をしてもいいから、俺から鈴を奪えば合格だ。質問とか、ないな?」
問われて、一斉に頷く。それを満足げに見やり、鈴を腰につけると、男はスタートの合図を出した。
3人はとりあえず個々に軽く攻撃をして様子を見た。男は全てひょいと避けるが、気にはしない。
しばらくして、シカマルに目で合図され、適当な木の上に身を隠す。
「なかなかやるわね、あの人」
「そりゃあ上忍の中でも、アレに匹敵する実力らしいからな」
「上が僕らの護衛代わりに当てたくらいだからね」
「でも、手抜いてるわ。あれ」
イノの不機嫌そうな呟きに、当たり前だと返して、シカマルはどうすれば鈴を奪えるかを考え出した。
木の上での3人のやりとりは、全て相手には聞こえないように注意を払って極小の声で行っていた。向こうからすれば位置くらいはバレているだろうしこちらもそれは承知しているが、会話はわからないはずである。
彼らが集まったのは、担当上忍の男の実力の見定めと、彼から鈴を奪う方法を考えるためである。しかもその方法は、暗部実力者である自分達の実力を絶対に知られず、ただの駆け出し下忍の印象を植えつけられるようなものでなければいけない。
だが、男の実力を見た結果。いかにそれが難しいかを、彼らは逆に悟ってしまったのである。
一見すれば、ただぼーっと立っているだけに見える男に、シカマルはちらりと視線をやった。
(やっかいだな……アスマのやつ)
ぼやきながらも、彼はIQ300以上を誇るその頭脳を回転させて、いくつかの方法をはじきだしていった。
昨日シカマルたち10班の担当上忍となった、髭面に煙草を燻らすのんびりとした男は、『猿飛アスマ』と名乗った。
戦略部に置かれていた書類によれば、(とてもそうは見えないが)現在27歳、独身。
以前は暗部にも所属していたようだ。実力はコピー忍者の異名をとる畑カカシ上忍や里一番と評判の幻術使いである夕日紅上忍に匹敵するほど。
彼は4,5年前長期任務で、雲隠れの里に行ったきりであった。帰ってきたのは今から2週間ほど前。よって、今現在の彼の実力がどれほどなのか知らなかった。
もちろん3人は話には聞いていたが、人の噂は耳半分と思っているし、まだ本人を見ていなかったこともあって、まずはこの機会を利用し実力を計るところから始めたのだ。
シカマルの作戦を聞いて、3人は動きだした。
一斉に襲い掛かりながら目くらましの煙幕を張って、視界を奪う。そこへイノが襲い掛かった。
「お。作戦会議は終わりか?」
「えぇ。のーんびり待っててくれたってことは、余裕、ってことかしら」
「一応はな。年長者としてはこれくらいのハンデをつけた方がいいかな、っと!」
イノから繰り出される拳を受け止めたアスマは、その鋭さに少し目を瞠った。
「…へぇ。意外にやるなぁ」
「褒めてくれてありがとっ。でも、驚くのはまだ早いわ!!」
イノは言い切るなり、絶妙なタイミングでさっとアスマから離れた。すると、イノの後ろにはチョウジが立っており、「てぇいっ!!」と術で大きくした手で地面を叩き割った。
「うぉわ?!目くらましかっ」
時には手で庇いつつ、彼は後方へと大きく下がった。だが、それで終わりではなかった。
「………!!か、からだがっ」
「忍法・影真似の術、成功」
先回りしていたシカマルによって、地面に伸びたアスマの影は彼の影と完全につながっていた。
「奈良家秘伝の術か」
アスマは体が動かない理由を悟って、抵抗をやめる。近くにイノが寄ってくると、体は彼の意思とは別に勝手に動いて、腰につけていた鈴を彼女に手渡した。
「どう、アスマ?あたしたちの実力は?」
「そーだな。いや、ここまで早いとは思わなかった。なかなか見込みがあるな。これなら大丈夫だろう」
「ってことは…」
「3人とも、文句なしの合格だ」
「やったーっ」
大喜びのイノに近寄ってきたチョウジがよかったね、と声をかけている。子供らしいその様子に、アスマもふっと微笑を浮かべた。
「じゃあ明日から早速任務開始な。朝10時にここへ集合だ。遅れるなよ」
『はーい』
「しばらくは雑用くらいしか回ってこないが、文句は言うなよ」
今日は解散、と言ったところで、アスマはまだ体が動かないことに気付いた。
「ところで、いつまで術使ってんだ、シカマル?」
「あー、忘れてた」
「そんなこと忘れんなよ;」
さっと術を解かれると、じゃあなと言い残して森の奥へと消えていった。サバイバル演習が始まってから、わずか30分後のことであった。
「さーてと。やっぱり早すぎたかしら」
「いいんじゃない?特に気にはしてなかったと思うけど」
「それもそうね。で、終わったし、どうする?」
「あっちの仕事は夕方からだから、時間あるね」
「何かやりたいこと、あるか?」
アスマが完全に去ったのを確認して、3人は話し始めた。昼食はしっかりお弁当を持ってきている。もし長引いてはいけないと用意したものだ。
訊かれてすぐに、イノが勢いよく手をあげた。
「はーい!あたし、7班の演習見に行きたいっ」
「そういえば、あっちもやってるんだったか」
「そうだね。あそこはあれでやっていけるか、様子も気になるし」
「めんどくせーが、某変態の動きもチェックしとかねーとな」
「じゃあ決まりね♪さっそくレッツゴー!」
まるでピクニックに行くかのような陽気な感じで、イノは木の上を伝って、森の中を飛んでいった。
「その前に、イノっ!お前、ナルがどこで演習やってるのか知ってんのか?!っつーか、行くなら変化しろっ!」
バレたらナルに怒られるのは俺だっ、と叫びながら彼女を慌てて追いかけるシカマルを、結構楽しそうにしながらチョウジは追いかけていった。
アカデミーのすぐ近くにある東の森に、彼ら3人の探す人達はいた。
正体がバレないよう一応変化し気配を断って、ちょうどいい木の上に身を隠す。そこから彼らを観察していた。チョウジだけはいつものように、お弁当を食べながらの観察である。
「知ってるなら、最初っから言え、ってのっ!」
「あ〜らっ。あたしを誰だと思ってんの。知らない情報なんて塵一つもないわ!」
一部を除くけど、という言葉は黙って胸に秘めておく。その一部は大体が自分達が暗部に入る前で、火影とその他一部以外には完全極秘扱いされていることで、実際いくら調べても無駄なものだっだ。
「でも、見事に予想が当たったって感じだね」
「そーだな」
彼らの眼下では、何とも不毛な勝負が行われていた。てんでバラバラに動いて鈴を取ろうとする下忍(仮)3人とその担当上忍。しかも上忍に至っては片手に本を持ったままだ。
その目は本に集中しており、それが一層やる気のなさを示しているように見えるのか、3人を苛立たせ、動きが荒くなっている。
「…アイツの愛読書って、いやらしー感じがするわ」
「問題はそこなのか?」
「それだけじゃないわよっ。あたし、アレに教師は絶対向いてないと思うの。ナルとサクラが可哀想だわ」
「なんて言うか態度がどうもなぁ。アスマはあれでも俺たちに対して真面目な感じがだったんだが…」
「アレは完璧に、適当にあしらって不合格にする気、満々だわっ」
カカシを見ながら、イノは憤慨する。シカマルは呆れ顔で下の戦闘を見ていたが、どこかひっかかるものを覚えた。
イノの言う通り、確かにこれはテストなのだから、もう少し真面目にやってもよさそうなもの。自分達の担当上忍もやる気はなさそうだったが、一人一人の攻撃に対して真剣に対応してくれていた。
ところが、カカシときたらのらりくらりと攻撃をかわし、時々思い出したように攻撃をする。しかも下忍(仮)に対してやるには、少々えげつない技で。
だが、よく見れば、個人でかかってきても無駄だと思わせるような動きになっている………気が、するのだ。
「で、下で戦ってる本人としての意見はどーなんだ?」
「んー、一応は先生やってる気がするかな?」
突然上から聞こえた言葉に、問いかけたシカマル以外の2人は驚いて顔を上げた。二つ程上の枝にしゃがみこんだ赤が、こちらを見る金色の瞳を呆れたように細めている。緋月だ。
「オレに気付かないとは、まだまだだな。刹那、橘花」
「緋月の気配の断ち方、綺麗過ぎてわかりにくいのよ。ね、橘花?」
「うん。それだけ緋月が凄いんだよ」
「あのなぁ。一応諜報部だろ?もっと気合入れて隠れよーぜ、お前ら。時々気配が洩れてたぞ」
「ウソっ?!」
ホント、と緋月が優しく笑って言う。それも緋月が近くにいたのも知っていたシカマルは、軽く頷いていた。だが、慌てたイノがカカシにバレたか聞くと、多分バレてない、と言われたので、ほっとしていた。
「ここにいるってことは、お前らのとこは演習終わったんだな」
「そーだぜ。30分でクリア」
「おー、早いな。さすがっ」
「ねっ、ねぇねぇ、緋月!あれって分身なの?!」
下でカカシに挑んで返り討ちにされている『ナルト』を指して、イノが驚きの表情で聞いてくる。それにあぁ、と緋月は軽く頷いて説明してくれた。
「あれは影分身っていってな。この間の騒動で持ちだした封印の書にあった禁術の基礎だ。普通の分身とは違って、チャクラを分けて実体を作り出すから、まず目で見分けることはできない。おまけに物理攻撃も可能だ」
「ま、俺らはアカデミーにいる間は呼ばれたことなかったから、特に必要なかったし」
「任務が重なってる時とか、役に立ちそう!ね、後で教えてくれる?」
「あぁ、いいぜ。ただあんまり多くの分身は作るのは止めとけよ。チャクラの消費量が馬鹿にならないからな」
「うんっ♪」
緋月に快く術を教えてもらう約束を取り付けたイノは、ご機嫌顔で頷いた。緋月はそれに笑顔を返す。
「ところで、だ。変化して来たのは一応褒めてやる。だが、演習終わったお前らが弁当持参でここにいるとは、どういうことだ?」
見学会か、と笑って聞く緋月。その顔は、さっきとは打って変わってどことなくひきつっている。シカマルもイノも何となく言えなくて黙っていると、言え、と目で脅された。
「……一応、様子が気になって」
「何ていうか。相手、カカシだし」
「7班は大丈夫かなって心配して来たんだ」
おずおずする2人と、唯一チョウジだけが平然と答えると、返ってきたのは特大の溜息だった。
「あのなぁ。あれでも上忍の上級クラスにあたるやつだぞ。いくら自分達の方が上と言っても、見に行くと危ないとか思わなかったのか?」
「「そんなことより、緋月の貞操の方が大事なんだよっ(なのっ)!!」」
2人一度に怒鳴られて、くらりとする頭を抱え込む。彼の大切な婚約者たちの優先順位は、自分達の正体がバレることより『うずまきナルト』自身なのだ。それは嬉しいことだが、とても複雑な気分でもある。
「あたしたちからすれば、サスケ君も要注意なんだけどっ」
「何で、サスケ?」
「ほらな。ついでに向こうも気付いてないみたいだから、今は心配ないんだが」
「昔は殺そうとしてても、今はわからないわ。人間心変わりが早いって言うし」
「特にカカシはその傾向が強いみたいだしな」
立て続けに喋る2人。彼らには気付かれないよう、緋月は内心ぎくり、とした。実に鋭い推理だ。こういうときでなければ、褒めてもいいと思うほどに。
そこへちょうどタイミングよく、箸を止めずに、チョウジが言った。
「あのさ、どうも視線が時々ナルトに向かってる気がするんだけど、気のせいかな?」
ぎくり、と今度は音が聞こえそうなほど、緋月の肩が跳ね上がった。それを見てしまったシカマルは、まさかと思い当たり、その言葉の後をつぐ。
「…そーいや、時々ナルトに対する反撃の中に、あきらかに攻撃じゃない動きがあるなぁ」
「そうね。なんとなく、手つきがいやらしいかも。その度にサクラとサスケ君が攻撃してる気がするわ」
もう二度ほど、言う度に肩が跳ね上がる。それを見て、彼は疑念を確信に変えつつあった。
「まさかとは思うが……」
「あっれ〜?さっきからお客がいると思えば、黒焔と刹那と橘花じゃナイの」
突然間近で聞こえた、独特の言い方をもった声に、呼ばれた3人はふっと顔をあげる。隣の木の枝に、いつの間に来たのか一人の青年がいた。