「あっれ〜?さっきからお客がいると思えば、黒焔と刹那と橘花じゃナイの」
突然間近で聞こえた声に呼ばれて、ふっと顔をあげる。隣の木にいつ来たのか一人の青年がいた。銀髪に片目以外は全てマスクで覆った怪しげな男―――畑カカシ上忍、である。
下にもカカシがいてナルトたちを相手にしていることから、こいつも影分身が使っているのだと3人は判断する。
「暗部精鋭の君タチがこんなところで何やってるのかナ?」
「…そっちこそ。ずいぶん下忍いじめてるようだけど」
「イジメじゃなくて、試験だからネ」
「あんたが担当上忍、なんて珍しいこともあるもんだな」
「火影様から頼まれちゃ、どうしようもナイし。で?何でいるはずのない人たちがここにいるノ?」
うさんくさい笑みを浮かべて、質問してくる。その口調の中にはどこか鋭いものが隠されていて、返答を余儀なくされる。だが、それに答えたのは3人の誰かでもなかった。
「偶々通りがかった下でやっていたサバイバル演習を見学するのはいけない、なんて掟はどこにもないぞ」
透き通るような美声。緋月の声である。カカシはそれでやっと、そこに緋月がいたことに気付いたらしい。
「ひっづき〜っvvなーんダ、緋月も来てたんだネ。あ、もしかして、俺が下忍の担当をやるって聞いて応援しに来てくれたノ〜?」
だったら嬉しいナ、と3人に対してとは180度違った口調で話し出す。それにげんなりとした表情で「ぜっんぜん違うっ!!」と力いっぱい否定する。
ふと、考え込んでいた黒焔が、にやり、と緋月を見て笑った。何か嫌な予感がした緋月を余所に、彼はカカシに話しかけた。
「ところで風の噂で聞いたんだが、昨日、白昼堂々可愛い子狐さん相手に好きだと告白したらしいな?」
下にいたナルト(影分身)を指して言った黒焔に、カカシのまずっと言った顔が青くなる。
「げっ!何で知ってるの?!」
「はぁっ、何そ……ムグ」
「へぇ、おめでとう。とうとう趣旨変えしたんだ」
「まぁ見込みはゼロだが、警備部に捕まらない程度にしろよ」
「え、あの……ひ、緋月サン?」
「これでオレはお払い箱ってわけだな。お前とは長い付き合いだったが、とうとう縁が切れたってわけだ」
「…あ、もしかして妬いてる?(嬉)」
「全然全くこれっぽっちもっ、一欠片とてありえない。オレとしては嬉しいくらいだ。これからは、見知らぬ赤の他人として扱ってやるからな」
実に嬉々とした爽やかな笑顔できっぱりと断言されて、見当違いな考えに顔を緩ませていたカカシは180度表情を変えて落ち込んだ。それを見てイノが、バッカじゃないの、と小さく呆れ声で呟く。
「で、でも、安心してネ?俺の一番は緋月ナンダヨ!!」
「へぇ、じゃあ子狐さんに言ったことは嘘?」
「いや〜、あれも本当なんだけどっ、でもやっぱり緋月も愛してるんダヨー!」
「っぎゃ!離れろバカカシっ。鬱陶しいんだよ!」
「信じてってバ!緋月が本命でナルトはその次なん、っぐげ」
突然後ろから攻撃を受け、あまりの痛さに抱き付いていた緋月から離れて、カカシはその場にしゃがみこむ。
「いい加減にしろよ、この変態」
「害虫があたしたちのダーリンに近づくんじゃないわよ」
目付きも空気も氷のように冷たいシカマルとイノが、カカシを睨んでいた。カカシも、内心冷や汗をかきながらも、彼らを睨み返す。
「…相変わらず邪魔してくれるネ、お二人さん。でも年上に対して害虫呼ばわりはひどくない?」
「うっさいわね。あんたなんて害虫で十分よ。それに二股かけるやつの言うことなんか、信用度0。聞いてるわよ?以前女の人3人同時期に引っ掛けて、全治一週間の傷作るほどの修羅場になったのよね」
「えぇっ?!何で刹那がそれを?」
「おまけに今回黒焔が言わなきゃ、あの子狐さんに告白したこと言わないつもりだったろ」
「うそっ、さいてー!」
「緋月が最高の紳士なら、カカシさんって女性の最低の敵だよね。あ、緋月にとってもか」
最後にチョウジが笑顔でさりげなく放った一言が、ぐさりとカカシにささった。どの部分がショックだったのか、その場にしゃがんで拗ねた。その姿は傍から見れば、三十路近い男がやってるだけに気色悪い。
チョウジ以外の3人はカカシをヘコませたそのすごさに、さすが仏の橘花、と感心する。
そして、拗ねて座り込んだカカシをいい加減鬱陶しいと思ったのか、緋月は溜息混じりに言った。
「それより、演習まだ続いてんだろ?いい加減戻れ。オレたち帰るし」
「えぇ〜、帰っちゃうの?」
「バカカシとは違って、オレたちは忙しい。だ・か・らっ」
とっとと戻りやがれっ、とカカシを木の下へと蹴り落とした。彼はうぁぇっ?!と変な悲鳴を上げながらも、緋月ぃまたね〜っと元気よく手を振って着地する。
その後すぐに戻り、さすがに上忍だけあって下忍たちの隙をついて、一瞬のうちで分身と入れ替わった。
彼が去った後、しばし4人の間に沈黙が訪れる。それを最初に破ったのは、シカマルであった。
「………で?」
いささか冷ややかな声を怖い、と緋月は思った。ので、ここは素直に謝るのが得策である。
「悪ぃ。シカたちの予想通りになった;」
「俺たちあんなに言ったよな?十分アレには注意しろって」
「そうよねぇ。あんなに必死で担当外すか班変えようって言ったのに」
「聞く耳持たずだったしな」
「…うっ」
「大丈夫って散々言ってたのにね」
「ぐっ……チョウジぃ」
「ごめんね、緋月。今回ばかりは僕口挟まないから」
それと今は『橘花』だよ、と笑顔で言われ、緋月はがっくりとした。チョウジが止めないとなると、今のこの2人は緋月にとって危険である。他の誰かなら何とでもいえるが、彼にとって大切な2人にはあまり強く出られないし、何より緋月に関しては、この二人は怖いのだ。
二対の非難の視線が刺さる中、シカマルには劣るもののIQ200はある頭脳で考え付いた最善策は…
「あ、あ〜っ!オレそろそろ戻らなきゃっ」
「はっ?!まだ…」
「ってわけで、その話はまたな!見学しててもいいけど、今度は結界張っておけよっ」
「こらっ、待ちやがれ!」
「ちょっと待ってよっ」
一瞬にして身を下へ落とし、いつ変わったかもわからないほどの素早さで、緋月は『うずまきナルト』変化し直し影分身と入れ替わった。
結局彼がとった策は、『逃亡』であった。とっさのこととはいえ、さすがに本気の緋月には誰も適わないことはわかっている。それに今追えば『うずまきナルト』の秘密がバレてしまうだろう。それは絶対にあってはならないことなのだ。
「〜っ、逃げられたぁ」
「ま、賢明な選択だな」
シカマルはため息をつきながらも、緋月に言われた通り、今度は音も気配も遮断できる結界を張る。とりあえず今はこのままでは落ちそうなほどバラバラな7班が気になる。ナルトはどうやって受かるつもりなのだろうか。
そうして彼らは当初の目的どおり、7班の演習見学会に戻ることにした。
緋月が『ナルト』に戻ってすぐ彼がやりはじめたのは何故か、お弁当を食べること、だった。
「………なんで、お弁当?」
「…あ、なるほどな」
「なに?!シカマル、わかったの?」
「おいしそうだな、ナルト」
「チョウジ、もう食べたろ弁当。それから、イノ。見てりゃわかるよ。」
あれは上手い手だ、と言ったきりシカマルは黙ったまま、チョウジは何も言わずいつの間にか新たに出したお菓子を頬張りながらナルトを見る。仕方なくイノも黙り、ナルトを見守ることにする。
お弁当を食べているところを見事にカカシに見つかったナルトは、彼に引きずられて(時々セクハラを受けながら)地面に垂直に立てられた丸太に縄でくくりつけられた。
それでも暴れるナルトの様を遠くからサスケとサクラが見ている。それからカカシはサスケたちに向かって4代目の名が刻まれた石碑の話をすると、おもむろに「ナルトは失格。今から昼休憩にするが、ナルトに弁当は与えるな。与えたらお前達も失格」と言い残して、消えた振りをして近くの木の上に隠れた。
サクラたちはおずおずと弁当を食べ始めたが、しょぼんとしたナルトの顔と自分の弁当をちらりと見比べている。だがしばらくして、行動を起こしたのはサスケだった。
「ほらよ、ドベ」
「サスケ……くれるのかってば?」
「ふんっ。一応仲間だからな」
「…それにそんな顔されちゃ、ね」
「サクラちゃんっ…2人ともありがとう、だってば!」
それぞれからおかずを一口ずつ貰って喜ぶナルトに、サスケもサクラも思わず笑みをこぼす。そこへ木から下りてきたカカシが、3人とも合格っ、とにこやかに告げてきた。
これでようやくイノもわかったらしい。納得いったという風に頷く。
「なるほどね。3人が協力して何かをやろうとする姿勢を見せるかどうかが、合否の分け目だったってわけね」
「そーいうことだ。この演習は3人のチームワークのよさを見るためにやってるみたいだからな」
「もぐもぐ…さすが、ナルトかな」
「もうっ、最高ね!あたしの婚約者だけあるわ」
「だからお前のじゃなくて、俺のだっつーの」
「ますます惚れ直しちゃうわ!」
下ではナルトたちも同じように説明を受けていたらしい。三者三様に喜んでいる。そして…
「ちょっとってば!これ外してから行ってほしいってばよ〜!!」
ナルトを丸太に縛り付けたまま、サスケもサクラもカカシも談笑しながら森の外へと歩いていった。
「ねぇー、聞いてるってばぁ…………行ったか。もういいぞ、3人とも」
結界で見えないはずの3人の方を寸分違いなく見据え、ナルトはそう言った。
呼ばれた3人は結界と変化を解いてナルトの前に姿を表した。本人もそれに合わせて変化を解く。ポニーテールにした長い髪がさらりと揺れる。
「どうだった、見学は?」
「合格してよかったね」
「すごかったわよ、ナル!」
「まぁまぁだな。…ナル、お前最初から知ってたろ?この演習の本質を」
「えぇっ?!」
「もっちろん♪だからこそ、あんな策をとったんだが…まずかったか?」
「いや。あの場合はアレでよかったと思うぜ」
驚くイノをよそに、ナルトはシカマルの答えを聞いて嬉しそうに笑う。
「じゃあカカシたちも行ったし、見学会も終わりってことで。」
もう一人の見学者にも、ご登場願おうか。
ナルトの言葉に、イノたちは驚愕した。
「それ、どういうこと?」
「ね、ねぇナル。あたしたちの他にも誰かいるの?」
「え?気付かなかったのか?」
イノもチョウジも首を縦に振って肯定を示す。ナルトはシカマルの方に顔を向けて尋ねた。
「シカ、お前も?」
「……あの辺りから、かすかに人の気配がする」
シカマルが指差した方向を見て、にやりと笑って大当たり、と言った。
3人は思わずごくりと息をのんで、身構える。それをナルトは面白そうに見やり、視線を先程の方向へやった。
「気配の消し方は以前に比べたら断然上手くなってるが、まだまだだな」
ほら出て来い、と誘いかけるように、そちらに向かって言い放つ。
そして、トンッと軽やかに、ナルトが縛られている丸太の上に大きな黒い影が降り立った。
「やぁ、変わらず元気そうだな。クマ」
「よぅ、久しぶりだな。ナルト」
ってかクマって言うなっ、と煙草をくわえた青年―猿飛アスマは、笑いながら返事をした。
『アスマっっ?!』
「おー、まさかお前らがいるとは思わなかったぞ」
「気付かなかったのか?あいつらより後に来たとはいえ、カカシも気付いたんだぞ」
「あのなぁ…俺は気配を消しながら見てるだけで手一杯で、周り見る余裕はなかったんだっ」
「…修行、やり直すか?まぁ、こいつらにバレないくらいには、綺麗に気配を消せるようになったみたいだが」
「修行は遠慮する;気配の消し方についちゃ、あそこはどの里よりも長けてるが、当代最強の忍サマに勝てるとは思っちゃいなかったよ」
まぁシカマルにもバレるとは思いもしなかったが、と器用にその場でしゃがみながら、アスマとナルトは楽しそうに話をする。
「…おい、ナル。これは一体どういうことだ?」
シカマルの声に剣呑な気が混じってることに気付いてか、ナルトは彼らの担当上忍となった男について話し始めた。
「あー、お前ら知らなかったっけ。これは猿飛アスマ。火影のじっちゃんの甥っ子。細かいデータはシカたちが聞いてるので間違いはないぞ。つい最近まで雲隠れの里に長期出張してたが」
「そうじゃなくてだな…知り合い、なのか?」
シカマルの問いに答える代わりに、ナルトは肩をすくめる。まだ何か言おうとするシカマルを押しのけて、今度はイノが聞いてきた。
「いつ、知り合ったの?!アスマとっ」
「いつって……あれはこいつがよ………ぅおわっ!揺らすな、落ちるだろ!」
「お前らが暗部に入る前の話だ。何度か仕事も一緒にしてるし、オレの秘密も全部知ってる」
「…つまり、ハヤテさんたちと同じなんだね」
「あぁ。数少ない味方、だ」
安心していいとチョウジに微笑む。その優しげな表情はナルトがハヤテたちといる時の顔と同じものを感じさせた。それで彼は、アスマは大丈夫だと判断したのか、そっかと笑い返す。
一方アスマは、彼なりに今日から担当する下忍たちのことが気になるらしい。ナルトに向かって聞いてくる。
「で、こいつらは一体何者だ?変化を解いてるお前と一緒にいるくらいだから、ただの暗部ってわけじゃないだろ」
「正解♪ん〜、暗部零番隊メンバー、って言えばわかる?」
「じゃあ、こいつらがあの黒焔と刹那と橘花か!!」
アスマが驚愕に目を見開く。聞けば、木の葉の軍師・諜報部のエースという噂から、もう少し年上を想像していたらしい。
「ま、お前の例があるからおかしくはないが…ハヤテたちも承知のことか?」
「もちろん。ハヤ兄なんか戦略部の副長として、黒焔のサポートやってるし」
「ほぅ。あそこも代替わりしたんだな」
ひょいと丸太から降りしなに、ナルトを縛る縄を切ってやる。
「あのバカもひでーなぁ。縄解き忘れて帰るか、普通?」
「そう?この里じゃ大人はこんなもんだろ。口じゃなんとでも言えるし」
ハヤテたちやアスマのような人間が珍しいのだ、と言われたようで、アスマは少し悲しそうな顔をした。
「昔と変わんねーな」
「そんなすぐには変わんないでしょ」
ナルトはいたって平然と言う。それが辛くて、アスマはくしゃくしゃと傍らの金色の長髪をかき回してやった。
「っうわ!何しやがんだ、クマっ」
「べつにーっ!しっかし、いつまでたっても細いしちっこいなっ。ちゃんと食ってんのか?抜いてねーだろうな」
「ちっこい言うな!毎日三食…とはいかないけど、ちゃんと食ってるよっ。大体てめーがでかいんだろうが、クマ!」
笑いながらナルトに絡むアスマと、文句を言いながらも本気では嫌がっていないナルト。まるで兄弟がじゃれあっているようで、微笑ましい光景である。
「…なんか、仲良しさんねー」
「っつーか、仲良すぎじゃねぇ?」
だが、イノとシカマルは面白くないと言わんばかりの顔で、それを見つめていた。
「兄弟以上の関係を感じるわ。あたし、あんなにナルが喜んでるところって、あんまり見たことない」
「同感。イルカ先生にだって、あそこまで懐いてない気がするしな」
「…2人とも。そんなにアスマが気に入らない?」
チョウジに聞かれ、2人は思わず返答に詰まる。
「気に入らないっていうより…」
「面白くないってだけだ。アイツに俺たちの知らない知り合いがいたってことがな」
「ん。そんな感じ、かしら」
「気をつけねーと、トンビに油揚げ掻っ攫われる、なんてことになるかもな」
「…それは、洒落にならないわね」
眉を顰めて憮然とした表情の2人に、チョウジはくすりと笑みをこぼす。
(でも、何考えてるかわかりやすいよ、二人とも)
「あ、そうだ。お前ら、アスマとは仲良くな」
そこでタイミングよく、ナルトが声をかけてきた。しかも満面の笑顔。隣のアスマもにこやか…だが、2人の表情にやや顔を引き攣らせた。
「ってわけだ。改めて、これからよろしくな?イノシカチョウJr.ズ」
『どーぞよろしく』
それぞれの胸中をよそに、彼らは三者三様(うち二人は半分にらみながら)に、挨拶を交わしたのだった。