夏が終わり秋へと変わり始めた頃。隠れ里・木の葉の中央に位置するアカデミーでは、恒例の卒業試験が行われていた。
「うずまきナルト。失格!」
厳しく告げられた結果に、金髪の少年はそんな〜、っと情けない声をあげてがっかりした。
卒業試験の課題は、去年に引き続き『分身の術』。それは少年にとって一番苦手としている類であり、先程の試験でも合格には程遠い成果しか見せられなかった。
「イルカ先生…一応分身はできてるんですから、合格にしてあげても」
「ミズキ先生、ダメです。皆3人には分身しているのに、ナルトは1人だし、分身と呼べるようなものじゃない」
一瞬笑顔になった表情も、落ち込み顔へと戻る。どうやっても合格したかったらしい少年は、がっくりと肩を落としてその場を去って行った。
「少し厳しすぎませんか?」
「そんなことはありませんよ。あの程度の術も出来ないようじゃ、アカデミーを卒業させられません」
「だけどもう2度目じゃないですか」
「2度目だろうと何であろうと、あれじゃ忍になっても死ぬだけです」
イルカの言葉にミズキは顔を曇らせる。はっきり言って少々きつい言葉ではあるが、少年が嫌いで言ったものではないのが分かるだけに、何とも言えない。
「…忍になっても、ねぇ」
「?何かおっしゃいましたか?」
小さく呟いた声が、隣で次の生徒を呼んでいたイルカに聞こえたらしい。彼は何でもありませんよ、と言って試験を再開した。
アカデミーの外では、卒業を決めた子供たちが親と一緒に集まって喜んでいた。どの子も嬉しそうに話をしている。
ところが、そんな中、隅のほうで一人寂しそうにブランコに乗る子供がいた。先程、失格と宣言された金髪の少年である。
だが、周りは気にかけるどころか、誰一人少年に話しかける者はいなかった。それどころか大人たちはこっそり、いい気味だの、『例の子』が一人落ちただの、あんなが忍になったら大変だのと、とにかく悪意や
殺意のこもった視線を投げかけるばかりだった。
「聞こえてるっつーの、おしゃべり雀どもめ。禁句スレスレじゃん。じっちゃんが箝口令出した意味、ホントないよな」
誰に聞こえることもなく、ぽそりと呟く少年の顔は今にも泣き出しそうな、悲しげな顔。なのに、呟いた声には呆れの色だけ。
はっきりいって、周りの視線と言葉がうざい。少年はそれしか思っていなかった。
「…誰かさんじゃないけど、めんどくせー」
「だったら落ちなきゃよかっただろ。全くめんどくせーことしやがって」
いつの間にか、そっと隣に寄り添うように一人の少年が立っていた。金色とは正反対の、黒髪を上の方でしばった少年である。
「よ。合格おめでと。奈良シカマル君」
「そりゃどーも。でもそんな顔で言われてもありがたくねぇんだけど。今年も”わざと”落第したうずまきナルトさんよ」
「そう怒るなって。おかげでバカの印象がますます強くなっただろう?」
「バカ言え。今までの悪戯だけでも十分印象強いのに、これ以上する必要がどこにあるんだっての」
ほんの少しだけ怒りをにじませて言うシカマルに、ナルトは彼にだけ分かるよう肩をすくめた。
何せアカデミー側からでは、気配を消しているシカマルは木に隠れて分からない。ナルトにしても、彼と話している所をわざわざ里人たちに見せるのは得策じゃないのは知っている。
「イノが、怒ってたぞ。一緒に下忍やれると思ってたって」
「そっか」
「卒業で嬉しいってごまかして、思いっきり泣いてたぞ」
「げ、やべ」
「ついでにチョウジも怒ってたな。ちょっとだけど」
「ウソ?!やばー;チョウジ怒らせると怖いんだよ…」
会話している間もナルトの顔が悲しみから変わることはない。それだけナルトが張り付けてきた『仮面』の顔は完璧であり、長いということだ。そして、それが何を意味しているのか。今のシカマルは知っている。
「今度は何企んでるんだ?」
「人聞き悪い言い方」
「お前なぁ。第一、うちはの護衛の任務、あるんだろ」
「仕方ないさ。上層部はまだオレを卒業させる気ないみたいだし」
「……そうかよ。ま、何かあるのだけはわかった」
「さすが相棒。理解があって嬉しいな」
「あっそ。けど、あいつらへのフォローは自分でしろよ」
「えーっ。やってくれないの?シカ」
「あのなぁ…」
シカマルはもたれていた木から離れる。くるりとナルトに背を向け、
「…言っとくけど、俺だって、お前と一緒に下忍やれるのを素直に喜びたかったんだからな!」
何も言わないお前に(ちょっと)怒ってるんだよ、と言い残して、彼は来た時同様風のように消えてしまった。
残された少年はただ一人、ぐいっと額のゴーグルを被り直す。
「あ、あの…ナ、ナルト、君」
彼の正面には、短めの黒髪に独特の白い瞳を持った少女が立っていた。その随分離れた後ろの方では、くのいち数人が少女を見て右往左往している。
「ヒナタ」
「え、えっと、その、落ちたってきいて…その」
「大丈夫だってばよ」
にっこりと笑うナルトのゴーグルで隠れた瞳からは表情が読み取れない。それでも後ろの少女たちには、いつものナルトだと思われたようだ。
「…ごめんね。話に行くって言ったら、こうなちゃって」
目の前の少年以外には聞こえないほど、ヒナタは突然小さな声で話始める。
しかしナルトは気にすることもなく、遠くで火影とイルカが話しているのを見るとブランコから降りて立ち上がった。
「別にいいさ。ばれなきゃな。今から行ってくる。あと頼むよ」
「うん。待ってるからね」
「ありがと、ヒナ。それと卒業おめでとう」
それだけ言って、ナルトはその場を後に外へと出て行った。ヒナタはその姿をじっと嬉しそうな顔をして見つめていたが、少女たちに呼ばれて振り返った時には、もう既に悲しそうな表情をしていた。
一方、外へ出てから力なくとぼとぼ歩いていたナルトは、途中アカデミーの先生であるミズキに話があると声をかけられ、自分のアパートのベランダで話していた。
「大丈夫かい?」
「ん。もう平気、だってばよ」
にっこりと笑うナルトに、ミズキも笑い返す。それから話を始めた。彼の話というのはイルカのことだった。
「だからって何でオレばっかり…」
「彼は君には本当の意味で強くなって欲しいと思ってるんだよ」
そう彼は優しく言うが、その目はナルトではなく、別の方をみている。
「イルカ先生はきっと、親がいないところも含めて、君が自分に似てると思ったんじゃないかな」
「…でも、卒業したかったんだぁ」
悲しげな呟きが響き渡る。
「仕方がない(見張られてるね)」
ミズキがナルトの方を向いて切り出した。ナルトもそれに合わせてミズキに向き合う。
「君にとっておきの秘密を教えよう(3人くらいかな)」
「何だってばよ?(…下手くそな隠れ方)」
「実はね火影邸の書庫に『封印の書』と書かれた巻物があるんだ。(本当だね。あれでも忍なのかな?)」
「それで?(同感)」
「それをこっそり借りてきて、その中の術を覚えてイルカ先生に見せるんだ。(鍛えなおしてやろうか)」
「そうすれば、卒業間違いなし?(えー、使えないだろ。あんなの)」
「ああ。それに東の森には練習にピッタリあるからやってみるといい。でもあくまで夜に、こっそりとだよ。(確かにね。上層部の誰かの狗だし、今夜のことが終わったら、消えてもらうかもね)」
「今からじゃダメなんだってば?(えげつない)」
「そう。夜でないと、すぐに見つかって練習時間がなくなるだろ?(そう?本当のことでしょ)」
「わかったってばよ!ありがと。ミズキ先生(まぁね。じゃ、夜にまた)」
「うん。がんばってね」
こうして会話を終了させたミズキはアパートを出て、帰ろうと商店街へ出て歩く。だがそんな彼の横にさりげなく並ぶ人影があった。笠で顔を隠し、商人風の格好をした男である。
「いかがでしたか?」
「どうせ、どこかで見ていたのだろう。完璧だ」
「それはそれは。では、計画通りにお願いしますよ。ミズキ中忍」
「言われずとも」
男はそう言い残して、何事もなかったかのように、またさりげなく離れていった。それと同時に彼の後をつけていた3人の見張りの気配も消える。
「やれやれ。役者さんも大変だよね」
そして、ミズキもまた商店街の雑踏の中に消えていった。
夜、火影邸にある書庫の一つ。
「…んーと。封印の書、封印の書…ってコレか」
ばったり会った火影を十八番のお色気の術で倒し、忍び込んだ書庫で例の巻物をようやく見つけた。
そして、廊下から外へ続く窓を押し開け、東の森へと向かう。
(後ろに1人…気づかれないとでも思ってるのか?オレもあまく見られたもんだ、って当たり前か;)
入る直前にもう一度周りを見渡して、ナルトは森の中へと入っていった。
尾行していた忍はこれ以上追ってこない。入るかどうか、見届けるだけの役割だったのだろう。
そしてその数時間後、倒れていた火影が意識を取り戻し、召集された上忍・中忍十数人によるうずまきナルト探索が始まった。
「ひっどーい!!ナルのバカバカぁ!!」
「ちょっと、イノ。落ち着いてよ。ね?」
「っつーか、いつまでやってんだよ;もう夜だぞ」
「だってー、楽しみにしてたのにー!ヒック、ナルがぁ、あたしと一緒に卒業、ヒク、して、くんなかったぁ」
ところかわって、奈良家の居間。そこには料理がたくさん並べられ、3人の子供たちの卒業祝いが行われている…はずだった。
が、食事をすませても一向に泣き止まないイノに、幼なじみ2人とその父親2人は困り果て、なす術もなかった。
「しっかし、何でナルトのやつ今年も落ちたんだ?」
「さあね。僕らにはわからない。シカマル君は何か知ってるかい?」
「それがさっぱり」
父親のシカクが持ち込んだ清酒を飲みながら答えるシカマル。その顔は少しばかり不機嫌でもあった。
「聞きに言ったはずなのに、聞かずに帰ってきたんだよね」
「コラ、チョウジ!余計なこと言うなよ、っわ、」
「バカシカ!なんできいて、ヒッ、こないのよぉ!!」
「うわっ、揺するな!酒まわるだろっ」
「ナールートーっ!!」
「ねぇ、父ちゃん。イノにお酒飲ませた?」
「確かシカクが少し」
「あー、俺のせいもまじってる?」
未だ揺すられてる息子を横目に、奈良シカクは少々バツの悪い顔で酒を飲む。そこへ、どたばたとあわただしい音が聞こえてきた。
「た、大変だ!!」
「お、イノイチ。お帰り」
「仕事ご苦労様」
今日は仕事で遅くなったイノの父・山中イノイチが帰ってきた。だが、大慌てで帰ってきたらしく、顔は赤く汗だくになっている。
「まぁまぁ。どうしたの?あなた」
台所で奈良ヨシノたちと一緒に片付けを手伝っていたイノの母・みどりが駆け寄ってくる。
「さ、アカデミーで、いま、な…ハァハァ」
「今、なに?どうしたの?パパ」
泣いていたイノも、父親の様子に異変を感じたらしく泣き止んで尋ねてくる。
「アカデミーで今、騒ぎに…なって」
「だから何なんだよ、イノイチ」
「だからっ!アカデミーで今、ナルト君が封印の書持ち出したまま行方知れずで大騒ぎになってるんだって!!」
『何だって〜?!』
「準備完了」
東の森のある場所で、それは呟いた。
「さて。どこまでやれるか、見物だな」
「えぇ。果たして我々の期待に副えるものなのか、しっかり見定めなくては」
「ほどほどにな」
佇む二つの影は、どこまでも静かに立ち、その場に来るものを迎えようとしていた。
『さて、ゲームスタート。』
木の葉の隠れ里で、壮大な計画がひっそりと幕をあげた。