時はその昔、11年前……って、長いから以下省略。
ともあれ、その悲劇の主役の片割れを中心に、今ある計画が始まっていた。



お針子たちの舞台裏・後編



 夜もあと数時間で明ける頃。とはいえ、森の中はまだまだ暗い。
海野イルカは、『封印の書』を持ちだし行方不明になったアカデミーの生徒・うずまきナルトを探して東の森の中にいた。

『イルカ先生、大変です!!』
『…どうしたんですか、ミズキ先生?こんな夜中に』
『どうやら、いたずらでナルト君が封印の書を持ち出したらしくって!』
『何ですって?!』
『すぐに火影様の所に集まってください』

血相を変えて呼びに来たミズキと共に火影の所へ行ったのは、午前2時過ぎだった。封印の書が危険なものと聞かされ、大慌てで捜索し始めて、もう1時間は経っている。
(ナルト、どこにいるんだ?!)
ナルトのアパートもアカデミーも、その他住宅街の隅々まで探したがいなかった。
あとは森だけだが、木の葉の里は門以外は全て森に囲まれている。
(西は入れないから論外だ。北は…遠いな。南も同じ位遠い。となれば)
「東、だな」
東の森に入り、必死で探す。先程も記述したが、森の中は暗すぎて、慣れない者では足場がよく見えない。
それでも、イルカは懸命に木々を渡り、地上を見る。
 そして、随分奥に入ったところで、金色の光がふわりと地上で揺れているのをようやく見つけた。


「ナルト!!」
呼ばれた声に反応して、光はくるりと振り返った。
「あ、イルカ先生!見ーっけ!」
「バカか!!お前は!見つけたのはこっちの方だ!」
にっこり笑う少年は、背丈ほどの大きさの巻物を背負い元気そうだった。それにイルカは少し安心する。
「ったく。ナルト、お前こんなところで何やってるんだ?しかも巻物持ち出して」
「ん、コレ?ちょっとね」
「あのな…これは危険な書なんだぞ」
「みたいだね。一応禁術ばっかり載ってるし」
「…え?」
どういうことか、それをナルトに問おうとした時、
「おわっ」
ナルトの後ろから黒い影のようなものが一斉に襲い掛かり、彼を巻物ごと捕らえる。
「ナルトっ?!」
イルカは手を伸ばすが、届く前に少年は闇に飲み込まれてしまった。
「封印の書、及びうずまきナルトの捕獲完了」
突然、今まで少年が立っていた場所に全身黒いマントで身を包んだ女性らしき人物が現れる。
「任務完了だ。帰還する」
イルカの背後にもう一人、同じく全身黒ずくめの男が現れ、言う。2人とも額当てはなく、どこの里の忍かはわからない。
「…ま、待て!」
イルカが呼び止めると、そのまま去ろうとしていた2人は振り返った。フードに隠れはいるが、顔はどちらも見覚えがない。
「何か?」
「ナルトと封印の書をどこへやった?」
「………」
「…お前たちは何者だ?あいつをどうする?」
「貴様に言う必要はない」
「あいにく、こっちはそういうわけにはいかないんだ」
クナイを構えて、戦闘態勢をとる。相手は余裕があるのか、動きもしない。
しばらく睨み合いが続いたが、片方がにっと笑うと、クナイを取り出してイルカに向き合った。殺気が彼を襲う。
「いいでしょう。返して欲しくば、私達に勝って、みせることです!」
キィン、と音が響き渡る。言葉と共に飛び掛ってきたところを、間一髪クナイで受け止められた。
(早い!…案外強い相手だな。)
クナイを押し返し、間を取る。だが、今度はもう片方が横から切りかかってきた。
(クソっ!!2対1か。少し不利だ)
片方をよけ、片方から繰り出される刃を受け止める。その度に攻撃が体を掠り血が出て、イルカを追い詰めていく。
(…このまま、では勝てそうにないな)
あの太陽の様な笑顔の少年を思い浮かべ、イルカはある決意をした。


「どういうことだ?ナルトが行方不明なんて」
「そうよ!しかも封印の書を持ったまま、って何かの間違いよ!」
ナルトがアカデミーから封印の書を持ち出したまま行方知れずで大騒ぎになってる、とイノイチに聞いて奈良家ではイノが大慌てしていた。
「ちょっと落ち着きなって、イノ」
「そ、そうだよぉ〜。僕は聞いただけだし;」
「大丈夫か?イノイチ」
シカクに聞かれ、そう思うんならもっと早く止めてほしかった、とは今まで娘に胸倉を掴まれて首を絞められていたイノイチの言葉である。
「シカマル、チョウジ!なに落ち着いてるのよ?!」
「だって、考えればわかるじゃない」
「何が!!だって、ナルが行方知れずなのよ?」
「だから、ナルト、だぜ?」
「そうよ!だから心配してるんじゃないっ」
「もうちっと落ち着けって。…何か企んでるのは、知ってたしな」
「ちょっと、アンタ心配じゃ」
「イノ。心配、だけど、相手はナルトだよ」 「お前の知ってるナルトは、どんなやつだ?」
冷静なシカマルに言われて、イノは少し落ち着いて考える。
「えっと、カッコよくって強くて、おまけにとっても優しくて…」
「そうじゃなくてだなぁ」
「わかってるわよ;…この里一番の強さを誇る暗部総隊長で、あたしたち零番隊のリーダーで、火影様の代理も務めてて……あ、そっか」
冷静になって考えれば、わかることだった。彼らの知る『うずまきナルト』という人物は、誰にも負けない最強の忍であって、落ちこぼれのアカデミー生ではない。
「あはは…すっかり忘れてた」
「それだけあいつの被る仮面が完璧ってことだ。気にすんな」
それはそれでどこか悲しい、とイノは思う。だが、今はそんな時ではない。
「だとすれば、封印の書なんか持ち出したのには理由があるはずだ」
「でもどうしてナルト君はそれを持ち出したのかな?」
今まで見てただけのチョウジの父・チョウザが口を挟んだ。けれど、そればかりは子供2人も父親たちも、相棒であるシカマルでさえもわからない。
(コンビを組んで4年ほど経つけど、あいつだけは未だにわかんねぇとこがあるからなぁ…)
まだ謎の多い…というか隠し事の多い相棒の顔を思い出して、溜息をつく。そして徐に立ち上がると、玄関へ向かった。
「おい、シカマル。どこ行くんだ?」
「日向の家。あいつのこと聞くなら、ネジ先輩だろ」
「そっか。あたしも行く!」
「僕も」
シカマルに続いて、イノとチョウジも靴を履いて、外へと出る。
「ってわけで、ちょっと行ってくるわ」
「あら。日向に行くならアヤメちゃんにコレ渡して来てくれる?」
「…何?これ」
「この間頼まれてたお漬物」
「………わかった;イッテキマス」
「「いってきまーす」」
「いってらっしゃい」
快く親達に送り出されて、シカマルは母・ヨシノに渡された漬物の保存容器を手に、イノとチョウジと一緒に里一番の名家・日向の家へと夜道を歩いていった。


 東の森で人知れず始まった戦闘は、30分ほど経った今もなお続いていた。 最初は黒ずくめの2人が優勢であったのが、それはいつの間にか変わり、今はイルカの方が優位に立っていた。
(ほう、これは…)
(なかなかいいじゃねぇか)
2人はそれぞれ、彼の強さにほくそえんでいた。戦い始めた時はただの中忍と思っていたが、手を抜いた自分達とほぼ互角の勝負ができるのだ。彼の言ってた通り、その実力は上忍並である。
そう。戦いながらも2人は『海野イルカ』の真の実力を計っていた。
忍術はあまり使っていないのでどうかはわからない。だが体術は、鍛えればあの車輪眼のカカシ上忍に匹敵するだろう。
何よりずば抜けているのは、その足の速さ。
その速さは風の様に素早く、目で追うのがやっとというほど。優秀といわれる上忍たちでも、これほどのスピードは滅多に出せない。

「なかなかお強いようで」
「そりゃ、どーもっ!」
イルカは横合いから投げられた手裏剣を弾きながら、言葉を返す。相手の軽やかな動きはまるで舞のようだ。
弾き返したわずかな隙をついて、もう1人が剣で切りかかってくる。力強い剣圧は、クナイとぶつかり合い火花を散らす。
片方を「静」とすれば、もう片方は「動」。しかもコンビネーションは抜群だ。
(っ最悪だな。どこの里の者かは知らんが、この2人、強すぎる!)
剣を押し返そうとしていると、相手が一瞬、笑った。
どうやらこの戦いを楽しんでいるようだ。
(…っつ!!ナルトを、助けなきゃいけないってのに!)
急がなければいけない。そう思って、イルカは力を抜いて刃を滑らすように横に避けると、ぐっと相手に切りかかる。クナイの刃は相手の腕を掠ったが、それだけで相手はさっと身を引く。
もう一度、とクナイを構えなおした、その時。パンッと手を叩いたような乾いた音がした。
それを聞いた黒ずくめの2人は、今までいた場所からばっと飛び退き、近くのしげみに身を隠す。と同時に、どこからともなく棒手裏剣がイルカ目掛けて降り注いできた。イルカは紙一重でそれを避ける。
(…今度は右から5本、左から6本っ。一体何なんだ?!)
まだ来るそれを、全てクナイ一つで弾く。手裏剣は次々に叩き落とされていくが、少々甘かったらしい。
前方から来た一本の棒手裏剣が、イルカのジャケットを後ろの木に繋ぎ止めた。
「しまった!!」
はっと前を見れば、新たに一本、顔面目掛けて飛んできていた。だが、ジャケットが木から取れず、動けない。
(間に合わないっ)
ぎゅっと目を瞑って、来るだろう痛みに備える。
だが、いつまで経っても痛みはなかった。
そろりと目を開けてみると、棒手裏剣は木に刺さっていた。イルカの顔面ではなく右頬を少し掠っただけの位置で。
「合格だ」
安堵しかけたイルカの耳に、突然透き通るような声が聞こえた。見れば、2人の他にもう一人、同じく黒いマントに頭から身を包んだ少し背が低めの青年が立っている。
「では、もういいので?」
「ああ。すでにあちらは帰ったよ。これで終了だ」
「よーやく終わったか」
「ですが一苦労した甲斐はありましたね」
「2人とも、ご苦労様」
目の前のやり取りに、イルカは呆気に取られた。何が何だか全く状況がつかめない。
「そうそう、忘れるところだった」
最後に現れた青年は、徐にイルカに近づくと、木に刺さった2本の棒手裏剣をすっと引き抜く。
「申し訳ありません、イルカ中忍。立てますか?」
「は、はぁ…大丈夫、です」
「それはよかった」
相手は笑ったらしく、一瞬で空気が和やかになる。
だが、イルカは驚いた。
黒いフードの下から見えた顔には、白い狐の面。そこから覗くのは、月のような金色の瞳。
風の噂で聞いたことのある、伝説の最強の忍。
「あなたは…緋月?」
「ご名答」
フードを払いのけると、真紅の髪があらわになる。
「初めまして、イルカ中忍。オレが木の葉暗殺戦略特殊部隊・総隊長の緋月です」
「…と、いうことは、あの2人は…」
「もちろんオレの部下です」
にっこりと笑って(面に隠れてわからないが)言われた言葉に、イルカは脱力した。まさか同じ木の葉の忍とは思いもしなかったらしい。
「イルカ中忍には大変ご迷惑をお掛けしました」
「一体何のために、こんなことを…っていうか、ナルトはどこへ?!」
「それは後ほど。失礼ながら、あなたを試させて頂きました」
「俺を…試す?」
「えぇ。実はですね……っと、他の忍たちが来たようだ」
緋月は里の方角を見る。イルカも耳を澄ましてみるが、何も聞こえない。
そこへ、すっと見知らぬくのいちがあらわれ、緋月の足元につまづいた。
「殿下、準備ができました」
「ありがとう。オウカ」
そう言うと、緋月はその場に2体の分身を作ると、傷だらけのイルカと巻物を背負ったナルトに変化させる。そして懐から1枚の術符を出すと、何か短く言葉を唱えて1体の人形を 作り出した。それはイルカよりもひどく傷を負い、全身殴られた痣だらけだ。
「み、ミズキ?!あの、これって」
「細かいことは気にしない。こっちに来てください」
緋月に促されて近くの木の裏側にまわる。そこには1枚の術符によって人が一人通れるくらいの、うろのような穴が開いていた。
「なっ………!!」
「時間がありません。説明はこの先へ進んでからします」
「この中に入れってことか?!」
部下だという2人は、オウカと呼ばれたくのいちを先導に先に中へ入っていった。
「しかし………」
「この先に、あなたの探すものがあります」
「え…」
「それでも、入らないと言いますか?」
「………いいえ。わかりました。行きます」
この先にナルトがいる。それを信じて、イルカは穴の中へと入っていく。その後を追うように、緋月も穴をくぐった。


 しばらくして、やってきた上忍・中忍たちが倒れていたミズキを捕獲し、怪我をしたイルカとナルトを保護、『封印の書』を奪還した。
しかしその時にはもう、緋月たちの姿も、術符と木に開いた穴も、完全に消えていて、ここにいた痕跡すら見当たらなかった。



〜あとがき〜
ごめんなさい…長くなりました;
そして更に、もう少し続きます。