街の一画に佇む、犯罪者たちがもっとも恐れる、鋼鉄の楼閣。
その地上10階建の、上から数えた方が早い階の窓際で、1人の青年が書類とやる気なく向き合っていた。
日本人にしては珍しい、黒灰色の柔らかい髪に、光の加減で緑にも見える瞳。
顔の造りは歳の割に幼いためか、シャープさと柔らかさを兼ね備えており、大方の女性からはどこか放っておけない可愛らしさと評判の、甘い顔立ちだ。
――もっとも、今はその甘さの微塵もないほど、不貞腐れて崩れているが。
「最近、会ってないなぁ…」
溜息をつき、彼は机のカレンダーを遡る。数枚めくったところに赤マルがしてあるのを見つけ、また溜息をついた。
「…アレじゃないけど、いい加減、充電切れそー…」
数分前にメールを送った携帯電話を眺め、何度目かの溜息が洩れる。意中の相手は、普通であれば数時間は返してこない性格なのだ。
ところが、予想していたよりもずっと早く、その返事は返ってきた。
慌てて中を開いた青年は、返事の色良さに喜色満面を浮かべた。
「よしっ。ついでにアイツの手を借りるか」
事件に煮詰まって手が足りないのは本当のことだし、と誰ともなしに呟くと、善は急げとばかりに椅子に座りなおした。
そして更に2通ほどメールを送ると、同僚に声をかけ、喜々として職場の外へと出かけて行った。




「……何か、怖い…;」
「げげっ。あの人、本当にこんなとこに住んでるんですかぁ?」
不安気な芹那とその横にひっついていた叶が、周りの様子に顔をしかめた。
昶たち一行は、学校が終わるのを待って、郊外にある廃工場一帯に来ていた。
この街には人が近寄らない場所がある。それがこの場所だ。その危険度は、ヤのつく人たちや犯罪者が居を構えているという噂がよく飛び、大人でも近付くのを恐れるほどだ。
そして、彼らの兄貴分とも言うべき洸は、この一画に住居(もちろん不法入居)を構えていた。
「いい?2人とも。絶っ対に、あたしたち無しでここへ来ちゃダメよ!」
綾が神妙な顔で告げたのに対し、2人は即座に頷いた。当然というものだ。
本当なら危ないので来させないつもりだったのだが、色々と好奇心に負けた叶がどうしてもと言い、そうなると自然に芹那も着いて行くことになったのだ。
「でも、昶君に刑事さんの知り合いって、本当に変な感じがしますね」
「喧嘩売ってんなら買うぞ白銀」
「あのねぇ。アンタ、自分がケンカばっかりしてる不良高校生だって自覚ある?そのアンタに警察の知り合いがいるって言われると、普通、補導の世話になってできた知り合いと思うじゃない」
綾の説明に、昶と賢吾以外の全員が納得の表情で賛同を示す。ただでさえここへ来る途中の機嫌が悪かった昶は、ますます眉間の皺を濃くした。
「綾の言うことも、間違っちゃいねーよ。あんまりヒドかったケンカは、全部あの人の世話になったし」
そこへ更に苦笑する賢吾が証言したものだから、綾は、やっぱり、とやけに勝ち誇った顔をする、が。
「けど、オレがあの人を知ったのって小学生の時なんだぜ。世話になったのも、昶がいるからついでにだったわけだし」
さすがに小学校時は真面目な一生徒だっただろうから、補導されて…というわけではない。
毒気を抜かれ、がっくりした綾を横目に、昶は呆れた顔をした。自分は本当にどんな目で見られているのだろう、と思う。
「ということは、今からお会いする刑事さんって、昶さんの親戚か何かなんですか?」
先程の賢吾の言葉がふと気になって尋ねた芹那に彼は少し目を瞠り、にやりと口角を釣り上げた。
「良いとこつくな、芹那。お前の答えが一番近い」
え、と聞き返そうとした芹那たちを後ろに、昶は足を止めた。どうやら話をしているうちに着いたらしい。
芹那と叶がその建物を見上げる。一見、いやどこをどう見ても、それは廃ビルだった。人の気配などまったくしない。
それでも錆びたドアの取っ手に手を伸ばした昶は、一旦手を戻し、一つ深呼吸をしてみせた。
頭の中で気持ちを察した守護者の、くすり、と笑い声を耳にした。
『心の準備か』
「そんなもん。……洸兄っ、邪魔するよ!」
ノックもなしに声を掛けただけで、昶は勝手に扉を開けて中へ入った。
「あ、昶さんっ。それって不法侵入じゃ…」
「洸兄ン家だから平気だって。おっじゃましま〜すっ」
「あれに遠慮は不要というものですよ」
唖然とする芹那と叶の横をすり抜けて、賢吾も白銀も続けて中に入った。後ろから綾が押さなければ、2人とも入れずにいたに違いない。
押されるままに入った少女たちだが、ここの家主がどんな(ボロボロの)部屋に住んでいるのかと思いきや……中は生活最低限のものしかなく、整然としたものであった。
「つまんな〜い」
好奇心を挫かれた叶が、ぼそりと呟いた。
「か、叶…それは言い過ぎなんじゃ;」
「でも気持ちはわかるわ。あたしだって」
「君たちは一体どんな部屋を想像してたんだい?」
彼らの来訪に現れた家主は、やって来た仲間たちに苦笑して、いらっしゃい、と昶に歓迎の抱擁をした。白銀の視線が突き刺さるが、気にする洸ではない。むしろ白銀を嫌っている節もあるから、嫌がらせも兼ねてワザと目の前でやっている感もある。
彼にくっつかれている昶はというと、不思議に思っていた。部屋の中には洸1人しかいない。とっくに着いているはずの目当てらしき人影が見当たらないのだ。
「あれ、あの人は?」
「アイツなら奥のキッチン。久し振りだけど、相変わらずいい性格してるねぇ」
「…ごめんな、洸兄」
「いいって。おみやげくれたし、仕事も持ってきてくれたし。ついでと思えば…可愛い弟分のため、お兄さん、多少は我慢するよ」
小さな謝罪の後に、洸は不思議な返答をする。あの人がわからない彼らには全くわからない。その中で賢吾だけは相変わらずだな、と笑っていたが。
そうこうしている内に、部屋の奥から大きな盆を抱えた1人の青年が出てきた。
「おい、もう少しマシなの置いとけ。豆、湿気ってたぞ」
仕立ての良いチャコールグレイのスラックスに、赤と黒のストライプのネクタイ。ネクタイピンも派手さはないが凝ったデザインであり、趣味が良いことが伺える。
顔立ちは優しい割にシャープな印象があり、俳優と名乗っても納得するくらいの二枚目。
黒灰色の髪はざっくりと切られているが、髪質のせいか彼の動きに合わせてふわりと揺れる。
「家主のくせに、僕に君のコーヒー運ばせるなよな」
角度によっては緑にも見える黒瞳が洸を睨んでいたが、ふと昶を捉えてぱしっと瞬いた。
気付いた昶が、片手をあげて軽く挨拶をする。
「ひさしぶり。よーちゃん」
昶の声を聞くと同時に表情を綻ばせかけたが、軽くではあるが未だ抱きしめている洸の腕を捉えると、一瞬にして形相を変えた。
退け、害虫が
「はいはい。その言い方はムカつくけど」
低い声での牽制に、顔を引き攣らせながらも腕を解いた洸から視線を外してぱたぱたスーツをはたくと、彼はとんでもない行動に出た。
「あーちゃん!!」
「うぉわっ?!」
なんと、大の大人が昶に飛びついて来たのだ。
勢い余って後ろに倒れそうになった彼を、白銀が支える。その抱きつき具合は、周りが驚くほど盛大だ。
「あぁっ、3か月と20日ぶり!!元気にしてた?あ、ちょっと痩せたんじゃないか?ちゃんとご飯食べてる?死なないからって抜いたりしてない?」
「…そっちこそ、元気で何より。徹夜で機嫌最悪のまま仕事して、周りに迷惑かけてないだろうな?」
「仕事が立て込んでなければ、ね。あぁもう、本当にあーちゃんは可愛いなぁ。癒される〜。休暇さえ取れれば、帰って一緒にご飯食べたり遊んだりできるんだけどなぁ」
相好を崩しベタベタひっついたまま、散々ぼやく青年に、呆れた顔をしながらも昶は子供をあやすように彼の頭を優しく叩く。その態度は慣れたものだ。
一方、周りの外野はというと、この熱い場面についていけるはずもなく、目を白黒させながらも茫然としていた。
「…洸さん。えぇと、あの方が…?」
「そ。君らがお探しの刑事の、芝、ね。オレにたまに仕事の手伝いさせる、悪友みたいなやつかな」
「でもって、昶マニアなんだよ……;」
苦笑する賢吾の言葉に、何故か一同は納得してしまった。極度の昶好き=昶マニア……言い得て妙である。
「この世の中で一番大事なのは、昶なんだってさ」
「当たり前じゃないか。日本が滅んでも世界経済が死んでも、あーちゃんが生きてりゃそれでいい…ってなんだ。ケン君もいたのか」
「ひどっ!!そりゃないよ、シバさ〜ん」
脱力する彼に、陽一は3割冗談だよ、と本当なのか嘘なのかわからない言葉を返した。
とりあえず一頻り抱きしめて満足したのか、遠い目をし始めた昶を離した彼は次に女性陣を見た。
「それで、そちらのお嬢さん方は、あーちゃんのお友達かな?」
さっきとは打って変わった爽やかな笑顔に、綾と叶はドキリとした。
「綾はクラスメイト、芹那と藤原は後輩だ」
「はじめまして、可愛いお嬢さん方。僕は、芝陽一。いつもあーちゃんがお世話になってます」
にこりと綺麗に微笑みかけられ、彼女たちの頬に自然と赤みが差す。
「は、はじめまして!鈴野綾ですっ」
「藤原叶です!よろしくお願いします!!」
「春宮芹那です。昶さんにはいつもお世話になっています」
最後に芹那が礼儀正しくお辞儀をし、恐る恐る気になったことを訊ねた。
「あの、本当に刑事さんなんですか?」
「よく疑われるけどね。階級は警部。所属は、警視庁刑事部参事官付。今は美人上司の命令で、ここの県警に出向中だけどね。手帳、見るかい?」
ジャケットのポケットから取り出された、黒革に描かれる金色の桜の代紋。それには女性陣だけでなく、賢吾も興味を示した。
「きゃ〜っ、コレ本物ですか!」
「うわぁ。何かドラマの世界みたい」
「初めて見ましたけど、カッコいいですね」
「すっげぇ。俺も初めて見たぜ」
「普段は仕事以外じゃ、まず見せないからね」
「俺は散々見た」
「オレも〜っ♪」
「ウチのあーちゃんはいいの。特別だから。洸、お前は僕以外のも、だろうが」
どこか不穏な発言があったが、女性陣が反応した部分は別のところだった。
『…ウチの?』
声が偶然にも、一斉に揃った。聞き間違いでなければ、そういう形容詞は身内に使うものだ。
そんな雰囲気を感じ取り、陽一は不思議そうに首を傾げた。
「あれ、聞いてない?僕、あーちゃんの《親》なんだけど」
洸の部屋を含む建物全体に、驚きに満ちた甲高い叫び声が響いた。
彼女たちの驚きは当然だ。彼の姓は『芝』で、昶は『二海堂』。顔も…美形である以外は、似通ったところすらない。歳も親子程の差があるとは見えないのだ(どう見ても陽一は20代後半だ)。
「正確には、保護者代わり、だ」
「代わり、は酷いよ。学校行事はほぼ全部僕出てるじゃないか。あの家だって、一応僕の家なんだし。仕事柄、ほとんど帰れないけどさぁ」
「え、えーっと、つまりどういうこと?」
ややこしい環境の暴露についていけなくなった少女たちを代表して尋ねた綾に、昶は複雑な顔で簡潔に答えた。
「よーちゃんは、俺の叔父なんだよ」
「子供の1人暮らしは危ないから、刑事の僕が後見人になって、あの家で一緒に暮らしてるんだ」
「そうなんですか……あれ?じゃあ昶さん、ご両親は?」
さりげなく聞いた芹那。しかし返ってきたのは、冷たい言葉だった。
「両親なんてものは、いない」
感情の欠片すらない、氷のような呟き。小さい音だったが、側にいた彼女には聞こえてしまった。今まで見たことのない冷たい態度に、芹那は戸惑いを感じた。
「随分前に、亡くなったんだよ。それも、この子が覚えてないほど小さい頃に、ね」
戸惑う芹那にフォローを入れるように、陽一は昶の頭をくしゃくしゃ掻き混ぜながら努めて明るく返事をした。
彼が手を退かせて顔を上げた時には、芹那が知っているいつもの昶だった。だが先程の態度は、両親の話題はしない方がいいと好奇心旺盛な彼女にも思わせるほど、冷たいものだった。
しかし、その困惑も陽一が話を切り替えた次の瞬間、別の方向へ持って行かれることとなる。
「僕も一つ訊きたいんだけどね。……この無駄に美形な黒ずくめのお兄さんは、一体どちらさま、かな?」
そう言って、陽一ははっきりと昶の背後で黙って佇んでいた白銀を指差した。
自然と、白銀に対する目に鋭利な光が浮ぶ。まるで事件の容疑者を糾弾する、刑事の本質そのものを感じさせる目だ。
「血筋のせいなのか、昔から人でないものを見る力があってね。君からは深い闇の力を感じる。さしずめ、シン、かな?」
言い当てられて、白銀の目も鋭くなる。睨み合いは互いに一歩も譲らない。昶以外の面々が、陽一の言葉に驚きながらも2人の対峙に口を出せないでいた。
それに終止符を打ったのは、昶だった。
「よーちゃん。そいつは、白銀、だ」
「白銀?!って、例の彼かい?」
躊躇いがちに頷く昶と白銀を見比べ、陽一は冷やかな光を奥へ隠すように、瞳を閉じた。
「なるほど。話に聞いてはいたが…まさしく、白の王、だな」
刺さる殺気にも似た空気に彼は思わず呟く。それを聞き逃さなかった白銀は、眉を顰めた。
「何者ですか?貴方」
初めて口を開いた白銀に、陽一は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに意味ありげに微笑んだ。
「心配せずとも、僕は普通の人間さ。ただ、実家は昔から霊視者を多く輩出する家系だった、ってわけ。今はもうそれほど多くはないけど」
「それでも、シンとレイのことを知っている理由にはなりませんが?」
「確かに。でも、聡明な貴方ならすぐわかると思ったんだけどな」
「言わなければわからないことも、世の中にはありますよ」
「ちょっと考えればすぐわかるさ。昔から、と言っただろう。闇の浸食は、今始まったってわけじゃない。何度もあった干渉の中に、僕の先祖が関わったものがあった。そういうことさ」
白銀に会ったのは初めてだが、と付け加え、彼は口を閉じた。これ以上語る気はない、と冷たい目が告げる。
これ以上彼に聞くのは無駄だと判断した白銀は、最後にちらりと己の協力者に視線を遣った。
「その割に、昶クンはそういう知識を持っていませんでしたが」
どうせ澄ました顔で答えを返されると、白銀は思った。しかし陽一は予想外にも、ほんの一瞬だけ言葉に詰まらせた。
「……あ、あーちゃん、は…こんな可愛い子に、アブナイ知識を植えつけられるわけないだろうが!!」
ぎゅっと甥っ子を抱え込むように飛びついた彼に、誰もがまたかと笑って済ませた。その1人である洸も、陽一を引っ張って昶から剥がすと、全員に席を勧める。
だが、白銀だけは見逃さなかった。
一瞬だけだったが―――ぎょっと、目を大きく瞠って驚いた、彼の表情を。
「白銀?座らないのか?」
昶の声に我に返ると、各々が好きにソファに座っていた。
訝しがる彼の顔は、いつもと同じだ。変わったところなど、何もない。
したがって、白銀は彼の表情を、強引に気のせいで片づけることにした。今はこんな些細なことを気にしている場合ではない。
「それより、僕にお願い事って何かな?」
君からの頼みなんて滅多にないから驚いたよ、と陽一は柔らかく微笑む。
昶は言い出しにくいのか、人差し指で頬を掻く仕草を見せると、躊躇いながら切り出した。
「あのな。最近この辺で起こっている連続失踪事件について、情報欲しいなぁ……なんて」
「ははっ。なんだ。そんなことか。ダメ♪
笑顔での、即答だった。期待していた昶たちや、劉黒でさえも思わず呆気に取られてしまった。
『めずらしいな。陽一がアキのお願いを断るなんて』
「な、何で駄目なんだよ、よーちゃん!」
「そーだよ!俺達、芹那ちゃんらのクラスメイトの兄貴、探したいだけなんだ!人助けなんだぜ?!」
陽一は、説明するのも大変だ、と言いたげに大きなため息をついた。
「いいかい?ケン君はどうなってもいいけど」
「え、ヒドっ!!」
「君は自分がどれだけトラブル吸引体質なのか、わかってない!」
さりげなく賢吾の嘆きを無視し、彼は昶の両肩を思いきり掴み、力んだ。
だが周りは、今イチぴんと来ない様子だ。
「トラブル吸引って…。昶君といても、トラブルなんてあまりありませんけど?」
「むしろトラブル売ってんのは、見かけるけどね」
「アキの場合、顔が綺麗だから仕方ないんじゃない?」
「甘い!1m歩く度に男に絡まれるなんて、普通はないんだよ!誘拐だって、アイツのおかげで今でこそないものの、昔は10歩歩けば、ってくらい酷かったの忘れたのかい?!」
自分が可愛いって自覚がないからっ、とおかしな嘆き方をする叔父に、本気で昶は呆れた。
「そんなに酷くねぇよ。外なんてあんまり出ねぇし」
『澤木やルルと一緒に買い物くらいは行ったがな』
「その《外》に出た時、目を離した一瞬に、誘拐されたのは誰だったかな?」
「あれはジジィどもが悪いんだよ!!イアンが連絡してくれたから、海外一歩手前で済んだじゃねぇか!」
「そこまでいったら、普通は大犯罪なの気付いてる?!それに君の体は…」
「はーいはい。そこまで」
睨み合う昶と陽一の間に、陽気な声と手のひらが差し込まれた。
「洸、邪魔する気か」
「邪魔も何も、身内の喧嘩はお兄さんの家でやらないでね。みんな、話の内容についていけないから」
洸の一言に、ようやく2人は我に返ったようだった。ぴたりと口を噤んで、お互い気まずそうに視線を逸らす。
「まったく。身内トークは家でやってちょうだい」
「っていうか、昶、そんなに誘拐されかかってたのか?!」
「昔だ、昔。お前と小学校から一緒だけど、そんなとこ見たことねぇだろ」
「あ、そっか!」
「大体、今は私が一緒ですからね。まずあり得ませんよ」
「しっかしアキを誘拐するなんて、中々豪胆なやつもいたもんだね」
「まぁ、あのアルバムに映ってた可愛さからしたら、ある意味当然かもしれないですけどねぇ」
口々に喋り脱線していく面々。結局、強制的に話を戻したのは芹那だった。
「あのぉ、とりあえずその話は後にしてください。それで芝さん。えーと…結局、駄目なんですか?」
縋るような彼女に、陽一はぐっと言葉を詰まらせた。昶マニア(他称)の彼も、さすがに芹那へは強く出にくいようだ。
「悪いけど、捜査上の機密もあって、一般人には答えられないんだ」
謝罪の言葉を付け加え、すまなさそうに彼は断った。
だが、それでは手掛かりが得られない。
『どうする?間違いなく陽一は情報を持ってると思うが』
(そうなんだよなぁ。オレが関わるのを嫌がるとこ見ると、今捜査中のヤマが関係してるんだろ)
『ならば、最終手段だな』
(最終?あ、そっか)
劉黒の助言から、以前手に入れた切り札を思い出し、昶は神妙な顔を作ってみせた。
「わかった、よーちゃん。もう聞かない」
「え、昶さん?!」
「本当!わかってくれたのかい?」
「あぁ。よくわかった。だから……あの人に聞くよ
携帯電話を取り出し、昶はメモリからある人物の番号を呼びだす。
陽一は『あの人』がわからずしばらく首を傾げていたが、やがて心当たりに思い当ったようで、顔を青くした。
「っあ、あーちゃん、あの人の連絡先、知ってたっけ…?」
「前に番号とメルアド教えてくれた。面白い事件があったら連絡寄こすようにって」
「そ、それはやっちゃいけないんじゃないかな…」
民間人が天下の公僕様に捜査協力して、何が悪い
呼びだしたメモリの名前を確認し、陽一に画面を見せる。その名前を見て、彼はますます慌てふためいた。
この様子に、逆に周りは興味が湧いたらしく、質問が飛んでくる。
「あの人って誰ですか?」
「よーちゃんの上司だ」
「俺会ったことないぜ。どんな人?」
「天下の東大法学部卒業で、エリート中のエリートな女の人」
「エリートさんなんですか」
「へぇ、すごいじゃない!」
「あと、洸兄好みのナイスバディ」
「マジっ。芝も人が悪いなぁ。今度紹介してよ」
「下僕持ちで、超常現象大好きで、上に超がつくほどの女王様でいいなら、今度紹介してやるよ」
やけっぱちに陽一が答えると、洸は喜びから一転して顔を引き攣らせた。自身が超常現象そのものというのもあるが、下僕持ちの女王様というのは、さすがの彼でも守備範囲から外れているらしい。
そんな彼を余所に陽一は、昶から携帯を奪おうと奮闘するが、白銀を盾にするようにして逃げるので捕まらない。
それどころか、逆に恐ろしいことを口走った。
「あ、通話ボタン押しちゃった」
陽一から声にならない悲鳴があがるのを、彼らは聞いた。
そして、数秒も経たない内に、彼の口から降参宣言が出た。
「お願いだから、ヤメテクダサイ」
「じゃあ、教えてくれる?」
「…えーっと」
教えてくれるよな、返事は?
「……ハイ;」
項垂れつつも承諾した(というかさせられた)陽一に、携帯を折り畳んで満足気に微笑む昶。
その笑顔はというと、実に輝かしいものだったという。

その場にいた全員が思わず、上司も女王様らしいが、昶も十分女王様じゃないのか、と思ったことは言うまでもない。



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〜あとがき〜
長くしないとか言って、思いっきり長くなる予感満載ですね、ハイ…。
ようやく、出ました。あーさんの保護者その2、昶マニアこと芝陽一さんっ。
まだまだ秘密は多いですが、さらっと紹介だけしましょう。
叔父、と言った通り、昶の母親の弟にあたります。 「 」内はネタバレかつ色々わからない話も出てくるんで、こっそり隠しますね。早めにネタあげるつもりではいますが;

あーさんの血筋は世界的に権力を持ち、古来より魔術師を輩出する名家の家系で、母親の実家が本家筋、父親が分家筋になります。(あーさんの二海堂姓もよーさんの芝姓も、どちらもよーさんが作った姓です)
そんなわけで、レイとシンの存在も知っており、さらに性質の悪いことに各王…先祖の関係で、特に劉黒サマを神と扱っている部分があったりします。(現在では一番力の強い焔緋サマも神としてますが、それは本家の中枢だけの秘密です)
よーさん自身、見る力はある、と言いましたが、実際は結界関係の力があります。ただ、攻撃系その他はまるでダメなので、本家筋でも後継者候補の中には入りません。(彼とあーさんと仲の良い、彼のもう1人の姪っ子は攻撃系も得意なので、後継者候補筆頭に当たります)
ところが、本家でなくなった昶の家でうっかり焔緋サマを呼んじゃったため、いつもの気紛れで昶の家は大虐殺と大火事に見舞われ、崩壊するはめになります。あーさん拾われたのは、その時ですね。
よーさんは一回しか会わせてもらえなかったあーさんの境遇を気にかけていたため、その話を聞いて飛んでいくと、全焼現場にシンとなったあーさんと焔緋サマが見に来ていた…というわけでした。
再会後は焔緋サマと友人になり、そのツテで本家を脅…頼みこんで昶の保護者となり、こちらの学校へ通ったり誘拐が多かったりする彼女のためにありとあらゆる手を尽くすことになります。結局、警察官になったのも家柄もあるけど、ほとんどそのためだったり(笑)


さて、そのよーさんですが、家出中と聞くとあーさんを匿った上でさりげなく情報操作したりして、以降3年程焔緋サマから徹底的に見つからないよう尽力してる、というわけです。
えー、彼の美人の上司については…言わずともわかる方は多いですかね?
怪奇事件大好きで、忠犬Jをどこへでも引っ張り回す某R嬢のことですよ(ォィ 家柄から怪奇事件担当にするなら、やっぱり女帝が上司だったらいいだろうなぁ、という願望でした;あーさんも彼女のお気に入りならいいなと。登場させる気はあまりないですけど、いつかコラボしてみたいです(笑)

紹介はこんなもんでしょうか。
次は、いよいよ事件突入になります。