※これは、派遣執行官レオン・ガルシアがAx入りを果たすことになった契機を描いた話です。トリブラを現在読破中などで、そのあたりのネタバレはごめんだ!という方は、ご注意ください;
knight and the God
恐れるな。わたしは汝とともにいる。
たじろぐな。わたしは汝の神である。
―イザヤ書41章10節
降臨祭を過ぎると、自殺者が増える。
それは、彼がここに来て一番はじめに得た知識だった。
理由は簡単だ。
クリスマスになれば、誰もがこう思うのである。
「クリスマスになれば、家に、故郷に、返してくれる」と・・・・
そんなわけはない。ここが、人情じみたことの期待できぬ場所であることは、ここに彼よりも長くいる連中より、知っているつもりだった。
すなわち、ここ、聖天使城の地下ではー
彼がその牢獄に入所してきたのは、クリスマスのちょうど3日前だった。
彼―レオン・ガルシア・デ・アストゥリアスは、もともと死刑囚に近い存在だった。
いや、死刑になることはほぼ決まっていたと言ってもよい。
とはいえ、彼がヒスパニア領モロッコ出身の人間であったことと、そして、ヒスパニア軍での輝かしい戦歴があったため、軍事裁判でもなく宗教裁判にかけられた彼への判決は、思いの他時間を要すことになった。
こうして彼は、残された人生において、暇を持て余すことになってしまったのである。
「・・・・ちぃ。これじゃまるで、定年退職したジジイじゃねえか。」
嫌気を感じた彼は、看守の目を盗んでは独房を抜け出すようになっていた。
そうして、他の収容所で、多くの人間が死んでゆくのを見たのであった。
そして、今日も―
訪れた部屋は、普通の人間であれば、平然とした態度が取れる(そう、彼のように・・・・)のが不思議なほど、おぞましい風景になっていた。
そこは、彼のような寂しい個室とは違い、6人の集団部屋。
とはいっても、部屋の大きさは、彼とさして変わらぬ。6人の人間が生活をするにはあまりに狭すぎだ。彼が思わず、「独房でよかった・・・」などと、生真面目な顔で呟いたほどである。
そして、その狭い部屋に並んでいたのは、人の姿ではなく、人であったものの姿だった。
あるものは首をつり、あるものは舌を噛み、またあるものはー
「なんだよ、せっかく遊びに来てやったってのに、いるのは死体だけか?」
想像を絶する情景を眉一つ動かさぬ顔で見下ろすと、彼は、つまらなそうに頬を掻いた。
「しゃーねえ。今日のトコは、居住者不在ってことで、帰るとするか―」
「死体とは失礼だな。」
その瞬間、人気の感じられなかったはずの部屋から、ひとつの声が沸いた。油断していた彼は、その巨体をびくりと揺らした。
「なっ、なんだぁ?」
振り返ると、先程まで死体のように転がっていた骸のひとつが、その体勢のまま窪んだ眼光をレオンに向かって見開いていた。
「・・・・おめえ、まだ生きてたのか?」
問うレオンの声は、わずかに緊張感を孕んでいた。
注意深く見ていたというのに、それでも彼は、男のわずかばかりの生気に気づかなかった!
戦場でも、生きているものと、そうでないものの区別はしっかりつけてきたというのに、だ。
いや、しかし実際、彼がそのように見間違うのも無理はなかった。
地獄から生き返ってきたその男の姿は、ほとんど地獄の住人のものと言ってもいいほど、痩せ細り、骨ばっていた。まさに、臨終を迎えた後の屍のようである。
しかし、レオンの驚いた表情とは対照的に、死体であった男の反応は軽かった。よっこらしょという声とともに身を起こすと、レオンの前で足を組んで言った。
「これを見てもまだそう言うとは、お前さんの目は節穴かね?わしは、こんなに元気にしゃべっておるよ。それとも何か?ここの生活が長くなってしもうたせいで、生きているものと、死んでいるものの区別もつかんようになったか?」
しかし、自身の発言に、屍のような男は妙に納得したらしかった。レオンの存在などまるで無視し、勝手にしたり顔をして、腕まで組み始めた。
「まあ、確かに。実際そういったことが起きても、おかしくない状況ではある。お前さんは、なかなかに粋なことを言うな。」
「おいおい、爺さん・・・勝手に一人で納得すんなよな。」
男の発言にほとんど条件反射的な突っ込みを入れてから、レオンは、男がこの状況に妙に馴れていることに、意外な気持ちを覚えた。
実際、男は見た目のわりに活舌がよく、はっきりとした声をしていた。トーンこそ低く落ち着いたものだったが、元気なことに何一つ変わりはない。
が―
「しかし、こんなときに客人とはまた、タイミングの良いことじゃ。ちょうど、退屈しておったところでな。」
仲間だったであろうものたちの死体に目をやると、男は軽く方をすくめて見せた。どうやら、彼を除いて全滅したことは、確かなようだ。
「おいおい、爺さん。その歳になって、逝き遅れちまったか?」
「これを見てまだそういうか。とことん失礼な奴じゃのう。そもそも、わしに自殺しようなんて殊勝な気はないわ」
レオンが茶化して言うと、男は、心外だと言わんばかりに眉を顰めた。
「ただ、やつらが、もう苦しい、死にたいというのでな。こうなっただけよ。ほれ、ここのルールにもあるじゃろう?自殺しようとするものを止めてはならんとな」
自殺者を止めてはならない―
それは、この聖天使城を支配するにもっともふさわしいルールとして、収容者に知れ渡っていた。
その理由は、表向きには、収容者の最期の権利と謳われている。つまり、ここでは、この世に絶望し、死を望んだものを無理にこの世に引き止めるのは無碍なことであり、生きるか死ぬかは、収容者に残された唯一選択できる権利なのだ。
だが、その真の意味を知らない収容者はいない。
つまり、ここ―とりわけ、地下の永久住人の巣窟と呼ばれる所―に送られてくるのは、法の下に裁ききれなかった罪人たちであり、教皇庁は、彼らが「自ら」あるいは「自然に」死んでくれるのを待っているのである。
そのため、ここでは刑務所としては稀なことに、先端の尖ったものを持ち込んでも見逃してもらえる。先の尖ったペンはもちろん、カミソリや、それに時には、食事用にバターナイフがついてくることすらあった。
彼らがそれを使って脱獄を企てるのではないか?と考える者は、残念ながらここにはいない。なぜなら、収容者たちは皆、一様に生気を失い、食事すら厭うような生活を送っているのだから。
そのため、彼らがそれを所望するときには、労番たちは、哀れみのような目で彼らを見るであろう。もう、彼らの姿を見ることはかなわぬかも知れぬ、と―。
そんな考えをめぐらすレオンの声は、男の声とは対照的に、次第に沈んでいった。どうやら、すっかり男のペースに乗せられてしまったらしい。
「まあ、そりゃそうだけどよ・・・・」
「まあ、仮に逝き遅れたとして、これでもう何度目になろう。部屋は変わらんが、ルームメイトはもう幾度となく変わったわ。もう顔を覚えるのも面倒なくらいじゃ。」
カッカッカと笑う男の声は、殊の外明るい。
久しぶり訪ねてきた孫に話しかけるご隠居のように、男は舌を捲し立てた。
「ほれ、聞こえるじゃろう。外の連中が、今日この部屋で何人が自殺するか賭け事をしておるわ。まったく、呑気な聖職者もおったものよ。」
男は、目を丸くするレオンに向かって、親指を後ろに突き立てた。確かに、少し遠くの方で、何やら賭け事の話をする男たちの声がする。
「おい、爺さん・・・そんなことよりよぉ」
「ん?5人?ご名算!さすがに、この逝き遅れ爺の名も、そろそろ浸透してきたかのう。収容者6人でわし以外全員の自殺を予想しよるとは。」
「爺さんこそ、とぼけやがって、俺の話聞いてんのかッ!」
レオンは、とうとう痺れを切らして男の胸倉をつかんだ。女子供と老人に手を出すのは、軍人としての彼の道義に反するが、まぁ仕方がない。口の減らない生意気な爺ということで、ちょっとくらいは見逃してもらうとする。
しかし、胸倉をつかまれた男に、何ら反省の色は浮かばなかった。それどころか彼は、拍車をかけて愉快に笑い声を上げた。
「最近の若いのは、血の気が多くて困るの。そんなんでは、結婚もできんぞ。」
余計なお世話だ。っというか、もうすでに結婚しているし、娘もいる。ただ、それが原因で、彼は今ここにいるわけなのだが。
しかし、男の言葉に反応してレオンの表情が一瞬こわばったのを、男は見逃さなかった。
「む?・・・・お前さん、名はなんと言う?」
「さっき、人の顔を覚えるのは嫌になったっつってなかったか、爺さん?」
押し殺した声でレオンが問うと、また男は愉快に笑った。
「つくづく口の減らん若者じゃのう。面白い。気に入ったぞ。一人が寂しくなったら、いつでも遊びに来るがいいわ。何もないが、歓迎してやるぞ。まあ、もっとも、来られるのなら、の話じゃがな。」
まるで、我が家のようにくつろげに足を放り出しながら、男は言った。
「わしはフランクル。ヴィクトール・フランクルじゃ。お前さんは?」
別に答える義理はなかったが、相手が先に名乗ってしまい、なおかつ、彼の目をまっすぐに見据えていたので、彼は返答せざるを得なくなってしまった。
「・・・・レオン。」
その返答までには、間があった。
「ほう?レオン。ライオンの親戚か?まあ、もっとも・・・・お前さんの見た目からすると、ライオンというよりクマかの。」
彼の胸元から覗く暑苦しい胸毛を指して、老人―フランクルは茶化した。
「ンなこと、どーでもいいだろっ!とにかく、今日は俺はこれで帰るぜ。じゃあな、またなっ!」
バツの悪さを感じたレオンは、いそいそと部屋を後にしたのだった。
〜あとがき〜
お、お久しぶりでございます・・・え〜っと。とりあいず、すみません;
こちらでトリブラを書くのは、実に1年ぶりくらいになります。
WEB拍手の方では、ちょくちょくアベカテを書いていたんですが、長編(?)としては、前回の『注釈書』以来、ということで・・・なんとも恐ろしい;
まあ、連載が始まったからには、なるべく間を空けずにアップできるよう、心掛けたいと思いますので。でも、私の「間を空けない」って、どれくらいのペースだよ?
・・・ま、まあ。何はともあれ。
今回は、皆様ご存知(?)、レオンがAx入りを果たすことになる契機について書いてみようかな〜っということで。珍しく(?)過去編に挑戦してみました。
もしかすると、よそ様のサイトで、既にこのテの話が書かれていることをご存知の方は、目新しさなんてないかも・・・なんて不安もあったんですが。
まあ、そこは私独自の解釈を展開するということで(独自!?)お楽しみいただければと思います。
ただ、レオンが聖天使城に収監されていたかどうかは・・・私も謎でして。っというか、聖天使城の地下にこんなものがあるかも・・・まったく私の想像に過ぎないわけですし;
ちなみに、オリキャラとして登場させたご老人、ヴィクトール・フランクルというのは、もちろん、『夜と霧』で有名なあのフランクルからです;
あんまりにも名前をそのまま使うのはよろしくないかな、とも思ったんですが、吉田先生もAMの2巻でおもいっきりジェームズ・バレーを登場させてますし(しかも、悪役)だったらいいかな〜と(適当)
ただ、死にかけレオンと死にかけ老人の会話(←酷。)って・・・どれだけ地味でシブいねんっ。まぁ、もちろん登場するのは彼らだけではないですから。
カテリーナさんとか、フランチェスコ氏とか、あと、できればファナちゃんとかレオンの奥さんとかも登場させられたら・・・と思ってますので、そこはお楽しみにvv
それでは、今回はこのへんで。
よければまた、次回の連載でお会いしましょう〜
慧仲茜♪
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