最近、体の調子がおかしい。
熱もないのに顔が赤くなったり、心臓がバクバクいったり。
時には、物足りなさに寂しかったり、色々だ。
しかも、それらは突然起こるのだから、防ぎようがない。
原因は、なんとなくわかる。多分、アイツだ。
でかい態度で口も悪い、エロ本を持ち歩いてるような不良司教だけど。子供達には好かれてて、ちょっと不器用で、か、カッコよくてっ…時々、すごく優しい。
だけど、仲がいいかと聞かれれば、オレにはわからない。アイツとはよく言い合いするし、軽い喧嘩もする。
はっきり言って、この厄介な首輪さえなければ、毎日会うこともなかっただろう。
そう。ただ、それだけの関係なんだ。
なのに…どうしてオレは今、こんなに胸が痛いんだろう?
†
頭が痛い。くらくらする。
眠りがまだ引き摺っているらしい。けれどそんなことよりも、テイトは昼間フラウとの間にあったことが、引き摺っていた。
どこかまだぼんやりとした足取りで、通い慣れた回廊を進み、星明りが照らす塔へと辿り着いた。
「まぁ。どうしたの?そんな顔をして」
挨拶をしようとしたミスティは、驚いた。ややあって返ってきた言葉も、覇気がない。
「そんなに酷い顔してる?」
「えぇ。やっぱり私は貴方に無理をさせているみたいね」
目の下の隈を指で優しく撫でて、ミスティは悲しそうな顔をした。テイトは慌てて首を振る。
「違うっ。昼間寝たから疲れてるんじゃなくて、これは、その…」
躊躇うテイトの悲壮な顔に、ミスティはテイトの手を取って微笑んだ。
「何か悩み事かしら。よかったら教えて。聞くだけでも、少しは違うわ」
「だけど、そんなの迷惑じゃ…」
「そんなことはないわ。テイトくんは私のために毎日頑張ってくれてる。だったら、今度は私が貴方の力になってあげる番だと思わない?」
悪戯っぽく笑うミスティに、テイトもほんの僅かに頬を緩めた。
「…喧嘩、したんだ」
「どうして?」
「わかんない。理由なんて思いあたらないし、正確には喧嘩っていうより、一方的に怒らせたんだけど」
でも、と一拍置いてテイトは辛そうな顔をした。
「なんだか、胸が、痛いんだ」
胸の辺りを強く握るテイトを、ミスティは心配そうに覗き込んだ。
「怒らせてしまった後悔?」
「うぅん、違うと思う。ハク…ルームメイト怒らせたことあるけど、そんな感じじゃなかったし」
「その人に対して、普段はどう?」
「普段は別に何もないんだ。だけど、時々脈が速くなったり、顔が赤くなったりして、困る。かと思えば、ムカムカしたり、ドキドキしたり」
「もしかして、目が合っただけで胸が締め付けられる感じしない?」
ミスティの言葉に、テイトはこぼれそうなほど目を大きく見開いた。
「すっごい!何でわかったの?!」
「簡単よ。私もそういった覚えがあるもの。ずばり、テイトくんはその人が好きなのね」
『好き』の言葉を聞いた瞬間、テイトは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「そんなことない!だって、アイツ不良司教だし、エロ本好きだし、オレのことからかって遊ぶし、口も悪けりゃ態度も俺様ででかいしっ…」
「けど、嫌いじゃないでしょう?」
「うっ……そりゃあ、まぁ…悪いやつじゃないし。オレのこと助けてくれたし、時々優しい、し」
言葉を切ったテイトは、今にも泣きそうな顔で俯いた。
「…ほんとに、よくわかんない。ただ、ふとした瞬間にいつも考えてる。月の光に透けたら綺麗な髪だなぁとか、宝石みたいな瞳だなぁとか。…それに、アイツだけ、なんだ。笑いかけられたら、嬉しいけど…泣きそうになるのは」
テイトの口から零れ落ちた、不安定だが、甘く切ない言葉の欠片。
優しく頭を撫でる感触に、テイトはミスティを見上げた。
「それが『恋』というものよ。他の誰に対するものとも違う、特別で、一番大切な心」
ミスティは、ふわりと、まるで聖女のような微笑を浮かべた。
「私にも覚えのある感情よ。ずっと昔、あの人に出会って、恋をした」
過去を懐かしむ遠い目に、熱っぽさが混じりあう。
出会ったことが、奇跡だと感じた。
例え認められぬとわかっていても、恋に落ちた瞬間を、運命と呼んだ。
星空の下で、交わした約束。ずっと一緒だと、誓ったキス。
あの人が、愛してくれた証にくれた、大切な名前。
「そう。2人で生きようと約束したわ。なのに、あの人は……っ」
風化した恋心は、哀しみから憎しみへと、姿を変えていく。
呼応するように、生温い風が、辺りを取り巻くように流れる。
哀しみに顔を歪めたテイトは、その場で立ち上がると、微笑んでみせた。
「ミスティさん。聞いてくれる?」
ミスティが顔を上げるのと同時に。
神秘的な声が、教会に響き渡った。
滑らかな旋律が、夜空を彩っていく。
発音も、曲も、ミスティの歌うそれと全く同じ。
ただ声の高さと、そこに込められた思いだけが、違っていた。
誰かを想う、純粋な優しさと、想うことから起こる一抹の不安と淋しさ。
『恋』をする少年の心が、その唄には宿っていた。
歌が進むに連れて、徐々に心が穏やかに戻っていくのを、ミスティは感じた。
そして、歌い終わったテイトに、彼女は目を丸くしてみせた。
「…驚いたわ。いつ、覚えたの?」
「いつの間にか。時々歌ってくれたし、オレ自身この歌気に入ってるから」
気付けば覚えていたのだ、とテイトは笑って答えた。
「今日のお礼。悩み事、聞いてくれてありがと」
「…いいえ。私の方こそ。素敵な贈り物だったわ」
それから、空気の冷え込みに、クシュン、とくしゃみを一つもらしたのを合図に、ミスティはテイトに中へ戻るよう促した。
「まだ、大丈夫だと思うけど」
「駄目よ!体調を悪化させてしまうわ。顔色も悪いし」
「…わかった。今日はありがとう。そろそろ帰るね。ミスティさんも、早く中に入らないと風邪ひくよ!」
「……えぇ。そうね。ありがとう、テイトくん」
手を大きく振り、よろけながらも中へと引き返すテイトに、ミスティも笑い返して見送った。
だから、テイトは気付かなかったのだ。
彼女が、苦しみと悲壮さでいっぱいの顔をしていたことに。
去っていく彼の後姿に、ミスティは、ごめんなさい、と声なく呟いた。
〜あとがき〜
…うっわぁ。もう久々の更新につき、大筋以外忘れそうで、怖いです。
そろそろ事件は核心に近づいてます。
果たして、終わるのは……いつのことになるやら;
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