Commentary ―注釈書―
ーわたしは、これらのことを聞き、また見たヨハネである。
(ヨハネ黙示録22章第8節)
†
「もう一度だけ言う、シスター・ベアトゥリス。」
おおよそ抑揚というものも感じられぬ声が、正面に座ったシスターの耳に心地悪く響いた。
これではまるで拷問を受けているようだ。そう思わせるほど、相手の態度は威圧的で、有無を言わせぬ迫力を帯びていた。
しかし、一体自分が何をしたというのだ?
―否。何もしてはいない。
そもそも、何の連絡もなく彼女の自宅を訪ねてきたのは、相手のはずだ。
だとすれば、いつからこの小さな部屋は拷問室に替わってしまったか?少なくとも、もともと部屋の持ち主であるはずの彼女に、そんな断りはなかったはずであるのに。
「卿が、バレー教授に関して知っていることを、全て話してもらいたい。」
しかし、正面で無表情に彼女を見つめる男に、そういった彼女の思いが少しでも伝わったとは、おおよそ断定できなかった。
彼は、教皇庁から来た神父らしかった。確か、神父トレスと言ったか?
何でも、とある事件について調査しているとかで、わざわざ遠方からこのカタロニア公国まで出向いてきたという。
その努力には大いに平伏するとしよう、しかし、それと今彼女がされていることとは話が別だ。
彼女は、ありったけの力をこめて、不振な目を向けた。
「あの、申し訳ありませんが、私、事情がまだ呑み込めていませんの。もう一度、はじめから説明していただけません?」
彼女の内心の動揺を考えると、一度も戸惑うことなくスラスラと言い切れたのは、むしろ、奇跡に近かった。
「一体どういうことなんですか。あの子たちが・・・孤児院の子供たちが、その、みんな死んでしまった、と言うのは・・・?」
震える声は、きわめて不明瞭で聞き取りづらかった。
しかし、それでもこの無表情な神父は苦することなく聞き取れたようだ。彼の表情には、怪訝そうな色は少しも浮かばなかった。
「卿が言ったとおりのことだ。卿がつい3ヶ月前まで経営していた孤児院の児童は、全員殲滅された。つい一週間ほど前のことだ。」
「ええ、それはもう先程お聞きしました。ですから、私がお聞きしたいのは、なぜ子供たちが“殲滅された”かということです。非道すぎじゃありませんか?罪もない子供たちを殲滅だなんて!あなたたちはそれでも、神の・・・いえ、人類の守護者なんですか!?」
ヒストリックにキーの上がった声は、発言主である彼女にすら心地悪く響いた。
しかし、相変わらず・・・正面の神父は少しも表情を変えない。
「否定。卿の発言は事件の内容を的確に捉えていない。卿の孤児院にいた“児童”というのは皆、過去の姿であり、現在の状況を判断する上では無意味なものだ。」
「かっ過去って・・・確かに、あなたによりますと子供たちはみんな死んだらしいですけど・・・だからって、過去って・・・」
「実際、そのとおりのものだ。その者たちが卿にとっての児童であったのは、過去の事実に過ぎない。」
それは、一見、今の彼女が子供たちとは一切無縁であることを匂わす発言であった。
しかし、決して彼女は、そう取らなかった。
いや、はじめにいきなり聞かされた内容と、この神父が今彼女に問うている質問からすれば、とてもそうとは考えられなかったのだ。
「子供たちが何かされたというのですか、その、バレー教授に?」
しかし、その返答は存外冷たかった。
「それについては、俺は何も言うことが出来ない。卿には、その情報にアクセスする権限がないからだ。」
「けっ、権限がないって!!さっきから、黙って聞いていれば何度も何度も・・・私は、これでもあの子たちの親代わりなんですよ!?それなのに、あの子たちの最期ですら教えていただけないなんて、酷過ぎませんか!?それをあなた、何くわぬ平然とした顔で・・・それでもあなた、聖職者ですか!?いえ、そもそも、人間ですかっ!?」
「否定。俺は確かに教皇庁からきた神父ではあるが、人間ではない。機械だ。」
「はっはい!?」
何を突拍子もないことを言い出すのだろうか、この神父は!?
確かに、人形めいて端正な顔は、人間というにはあまりにも整いすぎている。しかし、だからと言って、自ら機械だと名乗るなど、冗談にも程がある!
「おっ、恐れながら申し上げますけれど、神父様!おふざけになるのもよしていただきませんか!?あたくし、これでも忙しいんですの!孤児院はもう、経営が苦しくて閉鎖してしまいましたけど、いつかまた、少しでもお金がたまったら、再開するつもりですし、そうしたら、あの子たちだって、呼び戻してあげるつもりをして・・・」
「否定。それは不可能だ、シスター・ベアトゥリス。先にも言ったように、卿の言う“児童”はもうこの世にいない。よって卿が呼び戻すことは不可能だ。」
「だから!少しは考えてくださいませんこと!?」
こみ上げてくる涙を必死に押さえながら、彼女は叫んだ。
「私、これでもあの子たちの養い親なんですよ!?それを、いきなり何の約束もなく現れた神父様から、殲滅しただの、権限がないだの言われても、そう簡単に“はいそうですか”なんて言えまして!?それくらい、あなたにもおわかりになるでしょう?」
「否定。俺は機械だ。人間的感情を理解することは―」
・・・ああんっ、もう。
次々と流し込まれてくる神父の論理思考をわざと遮断して、彼女は心の中で深くため息をついた。
これ以上話していると、自分は感情に任せてこの神父に何かしてしまうかもしれない。
そう考えられるほどの理性が自分に残っているうちに、彼女は席を立った。
「どこへ行く、シスター・ベアトゥリス。」
拷問官のような神父の声に、彼女はうんざりとして答えた。
「何度も申し上げましたように、あたくしこれでも忙しいんですの。これから買い物にも行かなくちゃいけませんし、少しでも多く働いて、お金を貯めたいんです!」
「だが、話はまだ終わっていない。それが卿にとって優先すべき事項であるなら、その旨の入力を―」
「もういいでしょう!神父様こそ、お急ぎですか!?そうでないなら、少し待って頂いてもよろしいですか!時間がたてば、何か思い出すかも知れませんしっ!」
「・・・わかった、許可しよう。」
許可しようですって!?そう言いたい衝動をかろうじてこらえて、彼女は硬く口を結んだ。
そして、バタンッ、とわざと激しい音を立てて、ドアを閉めたのだった。
〜あとがき〜
皆様こんにちは。
ハロウィン企画以来、ようやっとの新作でございます;
前回は、なにげにそんなところでマインヘルと魔術師を初登場させてみたり・・・(しかも、舞台は日本のコンビニという・・・)でしたが、今回は、うってかわってシリアスなお話でございます。
と、いいつつ、実はいろいろと不純な展開を画策していたりするんですが・・・まあ、詳しくはこの前にある説明のコーナーにて。
にても、難しいです、トレスくん。
ファンの方には、おそらく、「ここは彼ならこんな風に言わない!」とか、大雑把に彼っぽくないとか、そんな感想をお持ちの方も多数おられるかとは思いますが・・・すみません;どーかもうしばしご辛抱を。
何でこんなにも彼が悪役っぽく書かれているかは、そのうちお分かりいただけます・・・多分。
まあ、予告編では、かくも大げさに書き立ててしまいましたが。
(っていうか、本当に原作関係の方とは関係がないのに、あの文句はどーなんですか的な感じに、大袈裟に書き付けてしまいまして・・・。もう笑うしかない感じだったりしてます。反省・・・)
実は、割と騎士団の方々が好きでして。
会話が良いです。全体的に、雰囲気が♪
魔術師と人形使いが対等に会話してる様とか、伯爵夫人とバジィリスクの謀の会話とか。
特に魔術師なんてもう、登場するたびについニヤッとしてしまいます。コイツもつくづく悪だよなあ、なんて(いやらしいな―)
なので、ドラマCD版の魔術師は、本当にもう、イメージぴったりでニヤけてしまいました。
この人は、一体どれだけ保険をかけて計画練ってるのか!?とか、どこまで読んでたんだよ、みたいなことを、改めて感じさせられてしまいました。
それに、アニメ版では、マインヘルが諏訪部さんですからね。
店主様も日記で書いておられましたが、私は、諏訪部さんが大好きなんです。
きっかけはまあ、皆さんのご想像どおりですね。おそらくそのどちらかですよ。
今でも、原作を読み返すときは諏訪部さんの声で「ぼかぁ」です(笑)
というわけで(?)頓挫していたドラマCDの感想についても、次回あたりから書かせていただければと思います。
下手したら、どっちメイン!?見たいな展開(笑)
また、お付き合いいただければ幸いです。
それでは。よければ引き続きお付き合いくださいな。
慧仲茜♪
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