7年前、ある事件を起こして以来謹慎を受け塞ぎこんでいた私は、母の勧めで「皇子」と偽り、妹と共に日本へ留学した。
留学先は、日本最後の首相となった柩木ゲンブの自宅、柩木神社。後に母の手紙で知ったのだが、本当はその親戚になるキョウトの皇家に世話になるはずだったらしいところを、何か妨害が起こってそうなったんだとか。
とにかく、その当時口にするのもおぞましいバッハ頭と柩木のスケベジジィは仕事以外で口を利くのはおろか、相手の名前を見たり聞いたりするのも嫌なほど、大変仲が悪かった。そりゃあもう、他国からも身内からも見て、戦争が起こらない方がおかしいくらいに。
そんなところに私たちが行ったものだから、扱いは酷いだろうと思っていたが、あそこまでとは思っていなかった。
まず、住まいに用意されたのは古びた土蔵だった。埃は積もっているし、雨漏りした後があるし…おまけに息子のスザクという少年が、ここは俺の遊び場だとか何とか抜かして、初対面なのにいきなり殴ってきた。
次に、最初に出された食事に毒が仕込まれていた。しかも完璧に冷めておいしくない(そういう料理だからというわけじゃなかった)。これじゃあ王宮の食事と変わらない。
買い物や散歩に出掛ければ、ブリタニア人だからと殴る蹴るの暴行は当たり前。幸いナナリーにだけは怪我をさせないようにしていたが、傷の絶えない毎日。
おかげで全部、自分の手ですることになった。周りは全て、敵。柩木からの申し出はすべて断り、自分で小さな菜園を作ったり、料理をしたり、掃除洗濯をしたり。
まったく、あの時はどれほど母とその守護者とメイドたちに感謝したことか。母の我が侭で料理・洗濯・掃除・裁縫…、継承者であったがために危険を回避するありとあらゆる手段を身につけた甲斐があったというものだ。
ところが、そんな中でたった1人、他とは違った対応をする人がいた。
まさに「侍」という言葉そのもので、私よりもずっと大人の、けれど軍人である、とても優しい男の人。
その人は日本人であるのに、ブリタニアの、しかも皇族である私に手を差し伸べてくれた。怪我の手当てをしてくれて、本来の性別を知った時も黙っていて欲しいという願いを聞いてくれた。
憧れていた。いや、あれは恋だったのかもしれない。側にいるだけであんなに胸が早くなったり、締め付けられたりしたのは、初めてのことだった。
彼に出会ってからは、毎日が楽しかった。最初は怪我の礼を口実に、けれどその理由もいらなくなって、たまに彼の家へと遊びに行き、料理や掃除洗濯をしたり(彼はそういうのが全然できない人だった)、道場で彼の鍛錬姿を見せてもらったり、縁側で色々な話をしたり昼寝をしたり。途中からナナリーも一緒になって、本当に素敵な日々だった。
また、彼の弟子とわかったスザクや、会いに来てくれた皇家の神楽耶とも仲良くなり、友と呼ぶ存在を得た。
どこまでも、こんな日々が続けばいいのに、と思ってしまうこともあった。
けれど、突然のブリタニアからの襲撃に、とうとう戦争が始まってしまった。
戦火は酷くなる一方で、軍人である彼も戦場へと赴くことになり、それに合わせてスザクはキョウトの地へ、私もナナリーと一緒に本国へ帰ることとなった。
いや、正確に言えば本国へ帰るのではない。こちらに密かに来てくれたミレイと考え、私たちは途中で死んだことにし、この地に隠れることにしたのだ。母上のことは気になったが、自分達がいるのを知って攻撃した以上見捨てられたも同然だし、第一、あんなバッハ頭の元へだけは、帰る気などさらさらなかった。
けれど、このことは誰にも言わなかった。ナナリーには伝えたが、スザクにも神楽耶にも、もちろん彼にも、誰にも言わなかった。
そして、その日がやってきた。
一足先に行くスザクと別れの言葉を交わし、私はミレイに頼んで、彼と2人きりで話をした。
私は最初に、薄い冊子にした紙束を渡した。それは私が思いつく範囲で書き記した、ブリタニアが得意とする戦陣の組み方やナイトメアフレームの攻略法などをまとめたメモ帳。その頃ブリタニア以外にはKMFは普及していなかったので、日本も例に漏れず白兵戦は苦手な方だったと記憶している。だから、彼の生きられる確率を少しでも上げられる手助けになるように、と渡した。
差し出したそれを、貰う訳にはいかないと首を振ったものの、お守り代わりにしてほしいと言うと、彼は一応受け取ってはくれた。しかし、私にしてみればそれはおまけ同然のもの。
どうしても、伝えたかった。
原因が私にあったとはいえ、ブリタニアのすることに、彼の国を奪ってしまうだろう未来に、ただただ申し訳なくて。
だけど、どれだけこの地で貴方に救われたか。
どれだけ優しい思い出を、私にくれたのか。
どれだけ………貴方を、好きでいたのか。
この気持ちを込めて、感謝と謝罪の言葉を、幾度も口にした。止められない自分が情けなくて、涙が目に滲んだかもしれない。
そして、それは何度目の時だったか。
私の声を奪った暖かな感触と共に、気付けば彼の精悍な顔が間近にあった。
初めて他の誰かと交わした口付けは、壊れ物を扱うように優しく、触れただけなのに火傷したみたく熱かった。
どういう意味があったのか、それは今もわからない。ただ宥めるためにしたのか、それとも別の意図があったのか。
唇を離した彼は、呆然としたままの私をそっと抱きしめると、耳元で囁いた。
『もう一度、会えたら…』
彼の真摯な目に、私は思わずその大きな背中に手を回して、約束を交わしていた。
決して叶えられるものではない、と知っていたけれど。
もしかしたら、と。それだけを願って。

それから、7年。今度は、私が貴方に手を伸ばすから。






無意識に口元に持っていった手がコツリ、と硬い感触を伝えて、ゼロ…ルルーシュは今仮面を被っていることを思い出した。
黒の騎士団がいるのは、高架下を流れる川岸。そこに、2種類のKMFを収納したトレーラーが用意されていた。
1種類は、四聖剣のために前以って用意していた、4つの新型日本製KMF「月下」。
もう1種類は、カレンのためにさっきようやく仕上がったKMF「紅蓮弐式」。
団員達は新たなトレーラーと新しい5機のナイトメアフレームに興味津々で、手が空くと近くでそれらをじっと見ていた。あちらこちらから期待と羨望の声が時偶耳に入ってくる。
「フフっ。私の新しい子たちは、お気に召してもらえたみたいねぇ」
カツン、とハイヒールが鳴り響き、ルルーシュの隣で止まった。
来たのは日本でも珍しい煙管を吹かす、手足がすらりとした美人の女性。ゆるく波打つ金色の髪に、特徴的なまでの褐色の肌と額の印が、彼女がブリタニアでもなく日本でもない異国人であることを物語っている。着衣の上から纏うのは、薬品の匂いがする研究者特有の白衣。
彼女の名は、ラクシャータ・チャウラー。キョウトお抱えの技術開発局に所属する優秀な研究者であり、この度黒の騎士団の技術開発室長として派遣されて来た、5機の新しいKMFの生みの親だ。
「ゼロぉ。とりあえず今は、これでいいかしらぁ」
「あぁ。すまないな、ラクシャータ。キョウトから呼び戻してしまって」
「これくらいどうってことないわぁ。あの5人はほとんどキョウトにいたから、それに合わせて前から開発してたやつだったしぃ。それに…あたしがキョウトに行ったのは、ナイトメアと、他ならぬ貴方のためですから」
再会の感激をぎゅっと抱きしめることでごまかし、ゼロの耳元で、またお会いできて嬉しいです、と囁いた。
一部以外は知らないことが、そもそもラクシャータとルルーシュ、ミレイには、アリエス宮時代からの付き合いがある。
2人が出会ったのは、ラクシャータがまだ大学にいた頃のこと。偶然大学内で出会ったルルーシュとミレイをいたく気に入り、何度かお茶をしたり、研究を手伝ってもらう仲にまでなった。憧れの『閃光のマリアンヌ』の子供でありナイトメア以外の知識も豊富だったルルーシュと、そのマリアンヌの直弟子ともいうべきミレイは、ラクシャータにとって最高の話相手でもあった。
大学卒業後はその縁もあって、アッシュフォード家お抱えの研究員に就職。戦争後、本家がこの地へ渡ったのに続いて彼女もまた渡りKMFの研究を続けた。
ところがカレンがルルーシュに出会い騎士の片割れとなった数ヵ月後、キョウトからの熱烈なオファーがあり、また研究を続けるならあちらの方がいいと当主からの勧めもあって、彼女はキョウトへと行った。
ちなみに、アッシュフォード家が隠し持っているガニメデやカレンの紅蓮を作ったのも、ラクシャータである。いつの日か、ルルーシュを護る2人の騎士の、そして今まだ会えていない妹姫の役に立てるように。そんな願いを、込めて。
あれから、4年。日数的には長いのに、ラクシャータにとっては短く、まさかこんなに早くこちらに帰ってこられるとは思っていなかった。
久しぶりに再会した彼女の変わらぬ気持ちに礼を言い、ルルーシュは優しく肩を叩いた。
と、彼女の姿を認めて、ミレイがやってきた。
「ラクシャータ!ひっさしぶりっ♪」
「あらぁ。聞いてはいたけど、本当にお嬢様までいたのねぇ」
「ここでは『ミナ』っていうの。我が君あるところ、この私あり!これからまたよろしくね」
「あっ、ズルイですよ!私もいるんですからっ」
茶目っ気溢れる挨拶をしたミレイに、同じく側に寄って来たカレンが聞き咎めて背中に引っ付きながら言葉を付け加えた。それを――仮面で見えないが――ルルーシュが微笑して宥める。キョウトに行く前よく見た光景に、ラクシャータも懐かしくなって、つられて笑いを零した。
傍から見ればかなり奇異な集まりではあったが、それは何度目かになる戦いの前の、ほんの一時のやすらぎであった。


それから夕闇も夜空へ変わり、街にあるネオンの光が輝きを増してきた頃。
ジジっ、と耳元のインカムが、通信の受信を伝えてきた。
『ゼロ。盗聴の準備が整いました』
「ご苦労、ディートハルト。通信終了後、目的地の分だけこちらに繋いでくれ。ミナ、敵の位置はどうなっている?」
『今のところは予定通りです。獄舎正面も予想通り、監視カメラにサザーランドが何機か混じってます』
「そうか。やはり、警戒だけはしているみたいだな。正面組以外のやつらへ、今から15分後に作戦開始の合図を出してくれ。お前はこのまま画面と音声から状況を把握し、適宜判断で他の団員たちへのルート指示を頼む」
『了解っ。ご武運を、お祈りしております。カレン、頼むわよ!』
通信を終え、今度は手元の機械の音量を上げた。ややノイズの混じる音声は、今ミレイたちも聞いている、ディートハルトに仕掛けさせた盗聴器が拾っているものだ。
「カレン、そちらはどうだ?」
「バッチリです。いつでも出撃できます」
隣を見遣れば、赤いパイロットスーツを纏ったカレンが体を軽く動かしながら頷いたので、ルルーシュは頷き返した。
カレンとルルーシュは今、他の部隊と離れたところで影に隠れるようにいた。辺りを警戒しながらも、ラクシャータからもらった紅蓮弐式の赤いボディと無頼の黒いボディの上に、2人の姿があった。
「新しい紅蓮の調子は?」
「こっちもすごくいいです!やっぱりプロにやってもらうと違いますね。今ならあの白兜とも互角に闘り合えそう」
「それは頼もしいことだ。だが今回は、あの白兜が出てきた場合闘ってもらうのは四聖剣たちだからな」
「わかってます。今日の私の仕事は、ゼロの護衛ですから」
いつもみたいに無茶して壊さないように、と口調を強めて言われて、ルルーシュは肩を竦めた。壊したくて壊しているわけではないし、それに、指揮官が前線に出た方が団員達の士気も上がるというのが持論である。
改める色がない主にため息をつくと、カレンは躊躇いがちに話しかけた。
「ゼ…ルルーシュ。1つ、聞いてもいいです、か?」
「何だ?カレン」
時刻確認のために懐中時計の蓋をいじるルルーシュに、カレンは聞きたかったことを尋ねた。
「藤堂将軍を助ける理由と言った、7年前の約束って、何ですか…?」
思いがけない質問内容に、振り返った。まっすぐなカレンの瞳と、静かなルルーシュの瞳が交差する。やがて、ぽつりとルルーシュは呟いた。
「……そうだな。ミレイは知っているんだ。カレンにも話していいかもしれないな」
時間はないから詳しくはまた後日に、と前置きして、ルルーシュは7年前の物語を語り始めた。
スザクの出会いとほぼ同時期にあった、彼との出会い。
厳しい状況の中で心安らいだ、共に過ごした一時の時間。
もう会えないかもしれないとわかっていても、交わしたかった、小さな約束。
話し終えたルルーシュは、泣きそうなカレンの頭を撫でて慰めると、音声だけの通信を四聖剣たちがいる正面部隊へ繋げた。ほぼ同時に、愛用の懐中時計が開始の刻を告げる。
「時間だ。黒の騎士団、出撃する!!」


あちこちから爆音が聞こえてくる。
獄舎の影にナイトメアで潜むルルーシュとカレンの周りに、敵兵はない。他の場所で、四聖剣や騎士団の仲間たちが騒ぎを起こしているため、軍はそちらに目がいっているのだ。
すべては、ルルーシュの作戦通り。彼らが囮となっている間に、そしてあの白兜が出てくる前に、藤堂を救出することが今回の目的だ。
時折ミレイと連絡を取りながら、盗聴器から聞こえる音だけで突入するタイミングを計る。
「ゼロ、まだですか?」
「…っ待て。もう少し」
ルルーシュは助けたかった。受けた恩を返したいと思っていた。
自分が死んだことになって、もしかしたら優しいあの人は悲しむかもしれない。自分の事情だから、と二度と会わないくらいの覚悟はしたが、それだけは気がかりだった。
毎日毎日、彼の幸せを願って。彼が生きていることを祈って。
けれど、万が一その後に彼と会うことがあれば、どんな形でも彼の力になると誓った。
それは、あの時の約束があろうとなかろうと、最初から決めていたことだ。
ところが、当人はそう思っていなかったらしい。
『一度は死んだ、この命。今更、惜しくはない』

突然聞こえたそれは、ルルーシュにとって…もっとも、聞きたくなかった言葉。

目の前が赤くなる。怒りに体が震える。
「…ぬ、だと…っ。ふざけるな!」
カレンっ、と己の騎士の名を呼ぶと、主の思いを映したようにカレンは紅蓮弐式の手で廊下側の壁を勢いよく叩き潰した。
壊れた壁から、突然の出来事に驚いて目を見開いた男の姿が見えた。
「ならばその命、私が貰い受けよう!!」
声高らかに、ルルーシュ…ゼロは無頼の上に出て叫んだ。
漆黒の仮面越しに、2人の視線が交差する。
多少やつれてはいるものの、7年前とほとんど変わらないその姿に、心が締め付けられる。だが今は、再会の感動より生を放棄したことへの怒りが強く、思ったよりもゼロは冷静でいた。
一方、藤堂は新たな闖入者の姿を認め、その恰好から最近世間を騒がす怪人の名を思い出した。
「………お前が噂に聞く、ゼロ、か…」
「いかにも。≪厳島の奇跡≫と謳われた日本軍元中佐、藤堂鏡志朗殿」
機械で変えられた、しかし涼しげな声は知的で威厳がある。所作も一つ一つが流れるように優雅で、ふとすれば目を奪われるほど。
これに神楽耶から聞かされた今までの実績を合わせると、なるほど頭脳とカリスマを持ち合わせた優れた人物である、と納得する。
が、それとは別に、目の前の怪人にどこか奇妙な既視感を覚えた。
(…なんだこの感覚は………彼が、懐かしい…?)
話すにつれて強くなっていく懐古の情に、藤堂の戸惑いを隠せない。
それでも彼の意思は変わらなかった。死んだ上司に忠義などあるわけないが、表面ではそう言い、自分のことは放っておいてほしいと言い放つ。
しかし、ゼロは彼に死ぬなと主張する。やがて、続く押し問答に、段々と彼自身も苛立ってきた。
「俺の命は、7年前、それに等しい大切な彼女の死とともに消えたんだ!もういいだろう!このまま死なせてくれ!」
激情に流されるままに本音を言い切った、そのときだった。
ふわり、と、まるで女神のように、ゼロが藤堂の目の前に降り立った。
真っ黒な手袋に包まれた両手が、彼に伸ばされる。
「うるさい黙れこの馬鹿が!!」
ゼロは藤堂の襟元に手を掛けると、力いっぱい彼を引き寄せた。
「さっきから聞いていればただ楽になりたい理由ばかり並べやがって!忠義だと?無能上司と散々罵ってたくせに忠義に殉じるなど信じられるか!それとも≪奇跡≫という名が重いのか?それなら私もともに背負ってやる。一端は私にもあるからな。だが逃げるな。厳島で見せた勝利はお前自身の実力であって嘘でもなんでもない。だからこそ見せてしまった夢の続きを演じきる責任があり、逃げることは許されない」
目を丸くする藤堂に、ゼロは矢継ぎ早に言葉を並べていく。口を挟む隙が見つからない。
「大体死んでもないのに勝手に人を殺すな!行方不明で葬儀しただけで自分の目で確かめずに諦めてっ。大切だというなら1%の可能性にかけて探してみたらどうだ!!」
一度言葉を切って、呼吸を整える。そして、まっすぐに藤堂の目を見て(あいにく仮面を被っていたのでわからないが)、力強く言葉を放った。
「足掻け、藤堂!底の見えた運命など、今すぐ破り捨ててしまえ。地べたを這いずっても、泥を被っても、多くの人間に≪奇跡≫という夢を見せた責任と、1人の少女と交わした、たった1つの小さな約束を果たすくらいはしてみせろ!!」
ゼロの血の滲むような悲痛な声に、藤堂ははっとした。

『もう一度、会えたら…その時は、君を攫ってもいいだろうか』
『……っ。あなたが、何があっても生きてくれると言うならば』
『俺は死んだりしない。約束しよう。必ず、この戦争から生きて戻ってくると』
『…はい。待っています…ずっと』

「生きると約束した、その口で……『死んでもいい』なんて、言わないで…っ」
藤堂の脳裏によぎった儚い少女と同じ、今にも消えてしまいそうな声で、ゼロは懇願した。
「………まさか、君は…」
縋りつくように服をつかみ俯いたまま黙り込んでしまったゼロに、やや呆然としながらも藤堂はゼロの正体に遅まきながら気がついた。
けれど、それが事実なら、藤堂の愛する『彼女』は生きていたことになる。
確かめたい。そう思い仮面を外すために、拘束具を引き千切ろうとした。
―――――が、それは適わなかった。
我が主を泣かせたな?
まるで地獄の底から響くようなドスの効いた低い声が、刃とともに彼に突きつけられていた。
発生源を見れば、隣にいつ来たのか、黒の騎士団員と思しき燃え盛る赤髪を逆立てた年若い少女が、鬼のような形相で藤堂を睨みつけている。
「な、泣かせた…?」
「カ、カレン?!私は泣いてなど…」
貴方は黙っててください
鬼気迫る迫力でぴしゃりと言われて、思わずゼロは口を噤んで大人しくなる。
それに負けじと藤堂も睨み返すが、今のカレンはそれに動じることなく、怒りに染まる翡翠の双眸を向ける。
「まったく。師弟共々、なんて迷惑な死にたがり屋だ。何より大切な我が主を悲しませたことは万死に値する」
状況が許すなら今すぐ殺してくれる。言葉にするならば、そんな苛烈な瞳だ。
藤堂は、カレンとゼロの関係はわからないものの、己の行動がゼロ…いや、ルルーシュを傷つけたことは間違いない。ただ一言、「すまない」と口にする。
ゼロはというと、睨みあう2人に、己の騎士を静かな声で諌めた。
「カレン……」
「…とはいえ、今回は作戦のためと、主の大切な人ということで今は不問にします。次があれば、覚悟してください」
ちらとゼロを見てから、怒りを納めたカレンは喉元に突きつけていたナイフを下ろし、藤堂の拘束具を切ってから収めた。まだ不満げな顔ではあるが、主に窘められて落ち着いたらしい。
拘束を解かれ、体が軽くなった気がして一息つく。関節がみしりと音を立てた。拘留されていた間は何も感じなかったが、体の自由を奪われている状態はかなり窮屈だったようだ。
「さて、話がずれたが、藤堂。今回は、私個人と貴方の部下たちの思いが一致した結果で行ったもの。だから是が非でも黒の騎士団に入れとは言わない。この状況から抜け出す間だけでも、一時協力してくれればそれで十分だ」
ここから脱出後はどうしようが勝手、と言うゼロに、藤堂は驚く。個人ということは、ゼロは藤堂の騎士団に対する何の見返りも考えていないということ。騎士団を動かしておきながら利益を求めないというのは、ゼロの正体がルルーシュであっても、リーダーとしての考えとは思えない。
そんな彼の内心を見透かしたように、ゼロは苦笑する。
「黒の騎士団としては、≪奇跡≫の藤堂が今後味方してくれれば心強いのは確かだ。けれど、無理に味方になってほしいとは思わないし…私は、貴方が無事であってくれればそれだけでよかった、から」
最後は小声で聞こえにくかったが、かろうじて音を拾った藤堂は、ゼロの思いの深さに思いがけず心を打たれた。
「どうする?私の手を取るか、それとも…」
「そんなことは、決まっている」
差し出された真っ黒な手を、藤堂は強く握り返す。そして、そのまま勢いよくゼロの体を引き、胸に抱き寄せた。
「と…っ」
「君には、助けられてばかりだ。俺は諦めたまま死ぬところだった。目を覚まさせてくれたことに感謝する」
「……恩を返しただけのこと。助けられてばかりなのは、私だから」
7年越しに触れた暖かさに、ゼロの仮面の下でルルーシュは涙をこらえる。
それから、敵地であることはわかっているが、このまま時間が止まってしまえばいい、と藤堂もルルーシュも束の間の幸せを噛みしめた。
主の幸せそうな様子に同じく嬉しそうにするカレンだったが、ところでこの中年と仮面の組合わせという奇妙なラブシーンはいつ終わらせればいいのか、とゼロから終わらせてくれるまで頭を痛めた。


こうして、7年という歳月を経た『奇跡』の再会は、無事ハッピーエンドで幕を閉じた。


さて、その直後、ランスロットのデヴァイサーが彼の弟子だと発覚した後。
帰還した黒の騎士団アジトで落ち込んだゼロが無頼から出てくるまでの間、このやりとりをバッチリ聞いていたミレイがカレンとともに主を泣かせたことへの報復をし、ここにルルーシュを巡る騎士v.s.恋人(予定)の対立構図が完成したことは……余談、である。




〜あとがき〜
…よ、よーやく完成しました後編。待っていただいた方には(え、待ってない?)大変お待たせしました!
続きを早く、と拍手でおっしゃられた方には、後編のアップをコメント返信代わりにさせてください;遅くなってゴメンナサイ…。
でもまぁ黒メサ設定ではありますが、正式に本編とするか別バージョンと扱うかはまだ未定です。もう1本同じネタで書きたい、違う展開があるんで(そっちはまず間違いなく黒メサっぽい)。
よし、次はどの展開を書こうか(ォィ