「我が名は…『ゼロ』」

一見すれば貴族のような細身の服装に、大きく襟の立った黒のマント。異様なデザインの、黒い特徴的な仮面。
突如現れた魔神の姿に、誰もが言葉なく魅入った。






車につけられたスピーカーから流れる声は、男にしては少し高めの、耳通りのいいテノールの声。
「平和を愛する者には助けの手を、弱者を虐げるものには死より恐ろしい罰を。そして…無能な総督閣下には、別れの挨拶を、告げる『正義の使者』である」
あぁ失礼、『元』総督閣下でしたか。
さらりと皮肉を付け加えることも忘れず、仮面の男…ゼロは大仰な振りで慇懃に礼をした。だが、彼の場合、その姿すら様になるので、ジェレミアやクロヴィスをはじめとするその場の人間は唖然としてしまった。
「ところで、殿下。先日の贈り物は、気に入っていただけましたかな?」
「贈り物、だと?」
「えぇ。それともお忘れになりましたか」
焦らすように間を空け、彼は手持ちのとんでもない爆弾発言を投下した。
背中に描いた愛らしい猫と、バカの2文字その他
ピラっ、と十数枚の写真を手に持ち、ゼロはそれらを遠巻きに見ていた大衆…主に報道陣へとばら撒いた。
写真に写っていた落書きの数々に、小さくではあるが、あちらこちらから笑い声が聞こえてくる。
ジェレミアも飛んできた写真を見て、笑いを堪えるのに必死になった。
「な、お、お前かっ。この美しい私の体に落書きしたのは!!
(((へ……?らくがき?)))
激昂したクロヴィスが、ヒステリックな叫びをあげた。対するゼロは一部の動揺も見せない。
「しかも、しかもっ…描いたのは…」
「極秘で届けられる予定だった《ぴゅあ少女マジカル・るーちゃん》DVD付属、限定マジカルマジックペンセットで描いた、か?」
「その通りだ!あれは貴重な限定品で、あの方にどれだけ頼み込んで手に入れてもらったかっ………はへっ?!」
(((…いま、聞いてはいけないことを聞いた気がする…)))
同じ場にいてこれを聞いた人間も、テレビ越しにそれを聞いた人間も、誰もがクロヴィスの発言に硬直した。
「ははっ。全くもって愚かなものだ。政治を碌に理解もせず、二次元の世界にうつつを抜かし、落書きとDVD強奪未遂の腹いせに、イレブンだからと偶々目に止まった軍人を犯人としてでっちあげ。それでよく一エリアの総督など務まったものだな。この地に住む者として、二度と足を踏み入れて欲しくないものだ」
自分の失言に凍りついたクロヴィスに、畳みかけるように言葉を重ねるゼロ。彼の言葉は、全てを裏付ける証拠こそないものの、クロヴィス自身が認めてしまった部分があるため、説得力が大きい。もはや、大衆の評価はガタ落ちであろう。
しかし、ジェレミアには解せなかった。仲間でないというのなら、何のために危険の伴うこの場に現れたのか。
「ゼロ、と言ったか。貴殿の目的は、何だ?」
問いかけたジェレミアに、ゼロの目が向けられる。仮面越しでも、どこか威圧感のある視線。
「そうだな。今ここでは何もしないと言っておこう。まずは…そちらの車に乗せられた、柩木スザクの身柄を渡してもらおうか」
「な、何故だ?!」
「言っただろう。私は、正義の使者だと。ならば、無実の罪で拘束された者を助けようとするのは、当然のこと。それとも彼を盾に、私を落書き犯として逮捕されるか?」
彼の場合、ゼロが犯人を名乗り出ている以外の証拠がない以上、無実とも言い切れないが、この場の流れから行けば、無実でないと証明することは難しい(っていうか、落書き犯として逮捕など軍としては格好悪すぎる)。
第一、ここには多くの報道陣がいるのだ。無実(仮)の人間を人質にして彼を捕まえようとすれば、帝国軍の信用は落ち、後で何と言われるやら。ペンは剣よりも強いのだ。
「…わかった。彼をそちらに渡そう」
驚く部下に指示を出して、柩木スザクの足の拘束だけを解いて、車から降ろすと向こうへ押しやらせた。彼はされるがままに、向こうの車の横へ困惑しながらも立つ。
それを見届けてから、ゼロは一つ頷くと、再びこちらを向いた。
「さて、ジェレミア卿。では、このまま我々を見逃してはくれないだろうか」
「………は?」
またもやゼロの予想しなかった発言に、ジェレミアは呆気に取られた。
「パレードを邪魔したこと以外、我々は何もしていない。武器の所持もなし。さっき言った通り、無実の人間を1人貰い受けただけだ。ここで私を捕えていると、飛行機の時間に間に合わなくなり、この後のスケジュールが大幅に狂うだけだと思うが」
空港に迷惑をかけたくない、とゼロは言う。ただでさえ長引くパレードが中断して、予想以上に時間が経っているのも事実だし、クロヴィス帰還用の専用機が滑走路を使用できる時間帯もあと少しで終わってしまう(元々帝国権限で他の便を抑え、無理に予約を捩じ込んだからあとがない)。
「確かにその通りだが…そう言われても…」
ちらっとクロヴィスに視線をやれば、怒りのあまり声も出ないのか、顔を真っ赤にしてゼロを睨みつけていた。
ジェレミアにしてみれば、このままゼロが彼を連れてさっさと帰ってくれた方が、処分を考えず済みスケジュールの大幅改善もしないでいいので、ありがたいと言えばそうなのだが、軍人である以上、一応自分が犯人だと名乗ったゼロを捕らえず放っておくのもどうかと思う。
はて、と悩んでいると、突然彼の通信機にのみ、彼が敬愛する唯一の主から通信が入った。
「…っこれは、マっ…。はい。…はい。……は?いや、しかしっ………はぁ、承知いたしました…」
小声での通信を終えたジェレミアは、多くの人間が見守る中、ゼロに苦い顔をして向けた。
「ゼロ。このまま君たちを、私は見逃そう」
「感謝する。オレンジ君」
最後に呼ばれた呼称に、彼ははっとした。そして先程の通信の内容と合わせ、ジェレミアはようやく自分の主が『ゼロを逃せ』と言ったのか理解することができた。
どういうことだ、と誰か喚く声が後方でするが、そこは必死で無視することにする。仕事としての警護対象ではあるが、優先順位は主の方が高いに決まっている。
しかし、納得できないのは同じ仕事についていた彼の部下たちも同じであった。
「ジェレミア卿。一体どうなされたので?それに、オレンジ、とは…っ」
「ヴィレッタ・ヌゥ。死にたくなければ、その言葉は口にするな」
上司の怖い視線と押しつけられた銃に、思わず部下を代表して問いかけたヴィレッタは顔を引き攣らせて答えた。
「……イ、イエス、マイロード…;」
「それから、これは我が君のご意思だ。ゼロを全力で逃せ、と。彼らに手を出したものは、この場で命令違反とみなす!」
「我が君、………ってあの方ですか?!それはいったい…」
「ゼロォっ!!お前の、目的は一体、何なんだ?!」
上司の口から伝えられた報せに驚いたヴィレッタだったが、重ねようとした質問はクロヴィスの叫びに掻き消された。
後方を見れば、すっかり取り乱したクロヴィスの構える銃口が、ゼロへ向けられている。そんなことをすれば益々評価が落ちるだけということに、彼は気づいていないのだろうか。
「私の目的、か。本国への土産に、教えてやろう」
芝居がかった動作で、彼はマントを後ろへと流し、声を張り上げた。
「今、ここに宣言する。私は、弱者にも優しく、平和な世界を作り上げる!そのために、まずはこのエリア11に再び『日本』の名を!そして…ブリタニアの支配に滅びをもたらす!!」
己が標的とされ、銃がいつ火を噴くかわからないというのに、堂々としたその姿は、まさにカリスマの権化。大衆はもちろん、敵に当たるジェレミアや彼の部下たちも、彼の言葉と立ち居振る舞いに、思わず惚れ惚れとしてしまった。
近くの時計台が、時刻を告げる鐘がなる。それを聞いたのか、ゼロは仰々しく礼をした。
「これ以上、貴殿らに迷惑をかけるわけにもいかないな。それでは、私はこれで失礼する」
言い終えるのと同時に、車の後部扉が開き、見たことのない大きな、いくつもの線が繋がれた黒い鉄の塊が飛び出した。
それを見た誰か――恐らく軍内部の人間――が「毒ガスだ!」と騒ぎたて、それに対する困惑と恐怖が大衆の方へも広がっていく。
時を置かずして、鉄の塊から真っ白な煙が広範囲に渡って、突如噴き出した。
その場が、にわかに大混乱の場となった。
「うわっ、なんだこりゃぁ!」
「きゃぁーっ、いやぁっ」
「この煙を吸い込むな!その場でじっとしていろ!!」
「押し合うと危ないです!どうかお静かに!」
互いの姿が見えない中で、沿道の警備の人間が慌てて場を落ち着かせようと声を掛け合う。ジェレミアたちも口を押さえて煙を吸い込まないようにし、車の柵にしがみついた。
そうして白い煙――結果はただのスモークが晴れた後には、脇に寄せられたスピーカー付の黒い車以外は、運転していた若い女も、拘束着の柩木スザクも、そして……ゼロと名乗った仮面の男の姿も、まるで最初から誰1人いなかったかのように消えてしまっていた。
「まったく……帰ったら、我が君…マリアンヌ様に話を聞く必要があるな…」
混乱が収まりつつある場を見て、再び苦い顔をしたジェレミアは溜息をついた。
既に切れた通信機から、主である女性の楽しげな笑い声が聞こえたような気がした。


さて、当事者である柩木スザクは、というと。
ただただ、困惑する、の一言に尽きていた。
朝からパレードの警備なんて嫌だなと思っていると、いきなり軍の上層部がやってきてあっという間に拘束されてしまった。
罪状は、荷物襲撃強奪犯への加担。詳しく聞けば、どうやらあの事件は事前に荷物の送付情報が流されていたことから、軍内部に情報を漏らして手引きしたやつがいる、とのことらしい。
大体、おかしな話である。自分はあの事件時、上からの命令通りに強奪犯を探していたら、何故か気を失って政庁前に倒れていて、その後「特派」と名乗る妙な科学者軍団にナイトメアフレームに乗せられて強奪犯と戦っていたという、確固としたアリバイがあるというのに。
それはさておき。強奪犯の1人が自分だというのは全くもって解せないが、結局碌な取り調べもなく話も一向に聞き入れられず。夕方になったところで、拘束着のまま猿轡を噛まされた状態で、あれよという間に車に乗せられてしまった。しかもその車というのがまた、護送車とか軍事用車とかでなく、パレードの先頭車!(しかもゴテゴテの飾り付け!)
沿道の大衆のちら見と囁き声は鬱陶しいし、隣の警護責任者らしき男は同情の視線を送ってくるし。
一体何なんだ?!と思っていたら、今度はゼロと名乗る怪しげな男が現れて、自分の身柄を渡すよう要求してきた(っていうか正義の味方名乗るなら、もっとマシなデザインの仮面被れよ、と思う)。
自分が捕まったのは偶々で、総督への落書きとDVD強奪未遂の腹いせによるでっち上げだったらしいし、責任者の男は彼を見逃すと言うし、わけが分からない…と思っていたら、いきなりの煙幕!(その時の彼の心は「ちょっと待て!誰だ、ゼロか?どさくさに紛れて逃げるのはいいが、僕を巻き込んだ上に襟首掴まないでほしかった…首が締まって一瞬天国が見えたぞおい」らしい)
それから気がつけば、どこかの薄暗い廃墟の中で、ゼロと相対峙していた。以上が、今までの現状説明になる。
「一応、礼は言っておく。あのままだと僕は強奪犯の1人として処分を受けただろうから」
内心はどうあれ、あの場から連れ出してもらったということで、とりあえずスザクは礼の言葉を口にした。ゼロは、気にしなくていい、と静かに頭を振る。
「ところで、柩木スザク。君はこれからどうするつもりだ?」
「そうだね。僕の身の潔白を証明してくれる人に会って、証言をもらってから軍事法廷に行く…かな」
「………は?」
ゼロがなんとも間抜けな声をあげた。
「だから、ブリタニア軍に戻るって言ったんだ。元々、間違って拘束されていたんだし、そうすれば僕の処分も取り消しになるだろ」
「……馬鹿か、お前は?」
仮面の男にそう言われて、スザクはむっとした。
ゼロにしてみれば、いくらゼロが犯人を名乗り出たとはいえ、スザクは軍の逮捕から一度逃げたことになるから、良くて降格か減俸、悪ければゼロの仲間とみなされ裏切り者の烙印を押され処分されるのではと心配で仕方ないのだが、スザクはそんなことを全然思ってもいないのか、また軍に復帰できると考えているようだ。
しかしこの言い方が、逆にスザクの対抗心に火をつけてしまっていた。
「何と言われようと、構わない。けど、僕はこのまま君と一緒になって、軍から逃げるだけは嫌だ」
「……お前は私と同じようにブリタニアが嫌いではないのか?なのに何故、軍から逃げないと?」
「確かに、ブリタニアは嫌いだ。だけど、昔、ブリタニアを変えると約束した親友がいた。彼は行方不明になって、僕は彼らを探すために軍に入った。そして、わかったよ。『力』だけじゃ何も変わらないんだ。だから、僕は決めた。軍にいて、内から変えよう…って」
君のように『力』には頼らない。そう言い切ったスザクの強い視線に、ゼロは動揺したように肩を少し揺らした。
「……法廷に出向いたところで、今日のように拘束されるかもしれない」
「そんなことはない!法廷は公平なところだ。真実は必ず、表に出るものなんだ!」
拳を握りしめ叫んだスザクは、息を整えると、黙ったままのゼロに背を向けた。
「助けてくれたことには、礼を言うよ。だから、今は君を見逃す。けれど、これでさよならだ。ゼロ」
そう言い残して、スザクは軍事法廷へ向かう準備のために、この廃墟を後にした。
後に残ったのは、ゼロ1人……ではなく、スザクが完全に姿を消すのを見届けて、後ろから数人の人影が現れた。
ゼロと共にパレードに現れた赤髪の少女――紅月カレンと、それ以外は日本人とわかる容貌の男女。
「なんだぁ?あのガキはっ」
「顔は可愛いんだけど、ちょっとねぇ」
「…あ〜い〜つ〜っ。私の主に向かって何様のつもりよ!!」
「うわっ、カレン!待て待て!落ち着いてくれっ」
「放して扇さんっ。あの野郎、一発殴り飛ばしてやらないと気がすまないの!!」
「カレンちゃん、もう行っちゃったわよ;」
「うぉ?!危ねぇっ。おい、マ…じゃなくて、ゼロ!カレン止めてくれ!」
暴れ出したカレンを扇と呼ばれた男性や井上という名の女性が止めようと奮闘しているところで、蹴りを喰らいかけた玉城という男性が悲鳴を上げてゼロを見た。
ところが、ゼロの方は身動き一つしない。
様子がおかしいと思ったカレンは、暴れるのを止めると、彼の仮面をそっと外す。
中から現れたのは、カレンと同じ年頃の、流れる黒髪の美しい白皙の美少女。だが、その顔は明らかに日本人ではなく、ブリタニア人である。
「ゼロ?どうしたの?」
「おーい、マ〜リア〜っ」
「玉城。彼女はもうマリアじゃなくて、ゼロだろ」
「あ、わりぃ。忘れてた」
「ゼロっ…(ルルーシュ!ルルーシュ様!!)…ダメだわ。完全に固まってる」
彼女の名前を知る限り呼んでみたが、遠い目をして既に意識は飛んでしまっている。余程スザクの言葉が堪えたのだろう。カレンの呼びかけも右から左へ抜けている。
しかしゼロ…もとい、ルルーシュをここまで傷つけるとは。7年ぶりに会った幼友達と聞いていたものの、スザクは余程ルルーシュの心に近い人物のようだ。
柩木スザクという人物に今まで会ったことのなかった(ミレイとナナリーから話だけ聞いていたが)カレンだったが、今この瞬間に、彼への心象はこれでもかというくらい固く決まった。
「……やっぱり私、アイツ、だいっ嫌い!!」
あんなの助けなきゃよかった〜っ、と叫ぶカレンを再び必死で止めるハメになった3人がいたとか。

余談ではあるが、ルルーシュの意識が戻ってきたのは、その10分後に木霊したカレンの「柩木スザクのバッカやろ〜!!」の叫び声がきっかけだった…らしい。






〜あとがき〜
…予想以上に長くなった上、グダグダな終わり方になった気がする;(だってこの辺アニメうろ覚えだし)
ようやくゼロが出せました!スザクはともかく、ゼロ!あとオレンジ卿!最近株がぐんと上がった方なんで登場させてみました♪(あの方の影も映ってますが;)
さてここで一応、補足しときます。
アニメじゃスザクを一時とはいえ持ち上げたのはルルーシュですが…こっちではカレンさんです。よく考えれば、ルル様には無理じゃね?と思ったんで(ォィ
ついでに、最後にいてる扇さんと玉城と井上さんには、ゼロの顔は知られてます。素性も知ってるのは扇さんだけ、と。2話のあとがきでもちょこっと触れましたが、扇グループ時の謎の参謀で使った名が「マリア」でした。なので、「ゼロ」を使う直前まで「マリア」だったんで、玉城にしてみればマリアの方が今は言いやすいってことだったんです。
ちなみに「マリア」という名前は、ここ以外でも色々と使用していたってことで、それ絡みの話もちょくちょく出す予定です。
しかし藤ルルなはずなのに、未だ藤堂さんの「と」の字も出ないのはなぜだろう…?(もしかして毎回言ってるかも;)