『…以上、先日のハイライトでした。この事件、どう思われますか?』
『いやぁ、クロヴィス殿下も大変でしたね。結局この事件のせいで、彼の総督離任が決まったという話じゃないで…』
コメンテーターが話している最中に、彼は自室のテレビの電源をブチっと切った。
数日前に起こった総督宛荷物強奪テロ事件以来、エリア11ではずっとその話題が流れている。
それも仕方がない話だ。
何しろ彼は、荷物泥棒相手に総督軍を総動員させた挙句、グロースターまで駆り出したのだ。おまけに、犯人たちを捕まえられず終い。怪我人と破壊された機体は数知れず。
元々、彼の政治手腕には疑問があった所に、追い討ちをかけた今回の事件。地位はどん底にまで落ち、結果、表向きは総督就任の期限が切れたということで、今日にも本国へと強制送還されることになった。もちろん総督に就任期限があったなど初耳である。
そういうわけで、本日夕方、クロヴィス殿下見送りのための盛大なパレードが開かれることとなった。
軍人である彼は、その見送りついでに警備をさせられることになっている。別に殿下とオトモダチというわけではないので、仕事でなければどうでもいいことだ。
だが事件に関しては、彼にしてみれば、あの日はなんともおかしな日であったとしか言いようがない。
軍命が下って荷物泥棒を探していた彼には、幼馴染に似た少女に出会って驚いた後の記憶がなかった。
気がついた時には見知らぬ科学者と助手である女性が側にいて(政庁前で拾ったと言っていた)、いきなりランスロットというKMFに乗せられ、無頼を操る荷物泥棒たちを相手にするハメになったのだ。
しかも、その科学者に妙に気に入られ、名前と所属まで控えられた。
「あれは一体、何だったんだろ……」
気になるのは、ただ記憶の最後にある黒髪の綺麗な少女と――彼女とよく似た、7年前に生き別れた親友である少年。
……もう一度会えないだろうか。
そう考えていた時。彼の部屋の扉を叩く音がして、彼はその扉を開けた。
それは、彼のその後の運命を告げる、始まりの音だったのかもしれない。
史上最凶のヒーローたち
先日の事件によるクロヴィスの総督引退は、色々な意味で衝撃なことであったようだ。
本国でもそうだが、エリア11にも彼のファンはいる。そして今日、夕方に彼の姿を一目見ようと、空港まで行われるパレードに多くのブリタニア人が参加しようとしていた。
それはアッシュフォード学園も例外ではなく、日取りが決まった日以降生徒どころか教師の中にも悲しんだり浮ついたりしているので、仕方なく本日の授業は半日で切り上げられることとなった。
だがそんなことは、生徒会には関係がない。今日も今日とて、溜まる書類の山とメンバーの格闘は続いていた。もちろん、会長&副会長のお手製ランチを堪能したあとに、だが。
「かいちょ〜。陸上部の女子からシャワー室の要望書来てますよっ」
「シャーリー。それはこっちに貸してくれ。他のクラブからも来ているから、まとめておきたい。あぁ、リヴァル。先月のクラブ会議のまとめ、できてるか?」
「えぇっと、もうちょい!今日中にはなんとかっ」
「それ終わったら、今月末の文化祭事前会議資料もよろしくっ」
「そんなぁ〜。無茶言い過ぎっスよぉ」
「泣き言言わないで、リヴァル。それ以外に、この間の買物の領収書と内訳まとめた報告書も出してほしいんだから」
「カレンさんまでっ。ルル〜シュ〜」
「…リヴァル。うるさい」
いつもの会話が繰り広げられるも、手の動きは一切止まらない。特にミレイとルルーシュは書類に集中しているため、周りへの配慮は最低限しかなかった。
そうこうしているうちに、放送部へ書類を届けに出ていたナナリーとニーナが帰ってくる。彼女らの手には新たな書類…ではなく、アイスティーと焼きたてのパウンドケーキがあった。
「皆さん。料理クラブの方々から差し入れいただきました」
「ちょっと、休憩にしたら、と思って…」
嬉しそうなナナリーと対照的におずおずと声をかけるニーナに、5人はようやく動きを止めた。
各々肩を回したり伸びをしたりする様子に苦笑して、2人は戸棚から食器を取り出すと、ケーキを切り分け、ジュースと一緒に備え付けの応接セット(ミレイ会長の我が侭で購入)へ用意した。
全員が席につき、一時だけの休憩タイムとなる。
「これ、うっめ〜っ。ね、会長っ」
「ほんと。ウチの副会長にはおよばないけど、これはこれでおいしいわね」
「会長っ。このケーキだって十分おいしいのに、オレなんかを引き合いに出しちゃ料理クラブの子が可哀想ですよ」
「でも、会長の言うことは間違ってないと思うわ。ルルーシュ」
「お兄様、お料理得意ですものね」
「そうそうっ。ルルの料理は、達人級なんだから自信持たないと!」
「ルルーシュの料理、私も好きかな」
さっきとは打って変わって和やかな雰囲気。生徒会メンバーは、学園内でも優秀なメンバー揃いであり、また仲が大変いいことでも評判なのだ。
リヴァルが息抜きにとテレビ(これまたミレイ会長の要望で購入)をつける。
映ったニュースが近づくパレードの話題であることにげんなりとしながらも、ルルーシュは先日の事件の顛末を思い返した。
マリアンヌからのお使い…もとい、政庁でクロヴィスへの腹いせを済ませた後、彼女たちは全監視カメラを壊し終えたミレイが確保していたグラスゴーに乗り、泥棒探しの軍人たちに紛れて外へ出た。
しかし、外の状況はいつの間にやら泥棒一味を見つけた軍と泥棒の白兵戦となっていたのだ。
巻き込まれることを危惧したルルーシュは、戦っていたカレンを見つけて連絡を取り、扇達へ繋いで撤退のルートを指定させ彼らを逃がそうとした。
ところが、そこへ見たことのないKMFが乱入し、カレンたちへと襲い掛かったのだ。しかもその白兜(ルルーシュ命名)、操縦者の腕がいいのか性能がいいのか、とんでもなく強い。あっという間にいくつかの無頼が大破していく。
攻撃の矛先がカレンにまで及びそうになったとき、ルルーシュはグロースターを操り、咄嗟に白兜へ体当たりをしていた。そのせいでルルーシュの機体が攻撃されたが、間一髪で同乗していたミレイがそれをかわし、もう一台のグロースター(操縦はナナリー)が横から割って入り回し蹴りを喰らわせて倒れた隙をついて、5人も他のレジスタンスたちも無事に逃げられた。
もちろんクラブハウスに帰ってきた後で、青い顔をしたミレイとカレンに騎士を庇う主があるかだの女の子なのに傷つくったらどうするのだの説教され、数日後に帰った沙羅から万が一があればマリアンヌ様に何と申せばいいのかと嘆かれ、お姉様がいなくなったら私も後を追いますからとナナリーに盛大に泣きつかれたことは、記憶に新しい苦い出来事である。
ちなみに、今思い返すだけでも忌々しいナイトメアだったと、騎士2人がクラブハウスのルルーシュの部屋で先にくつろいでいたC.C.に語っていたらしい(カレンと彼女は初顔合わせなのに、何故か妙に意気投合していたことを追記しておく)。
「…は?なんだこりゃ?」
リヴァルの素っ頓狂な声がして、ルルーシュは我に返った。
いつの間にか、全員の目がテレビに釘付けになっている。ナナリーとミレイなど、呆気にとられたような表情だ。
ルルーシュもテレビに目を向ける。そして、そこに映っている人間を見て、唖然とした。
緊急速報と称した場面は、総督の親衛隊が拘束した軍人を拘束された。拘束されているのは、くせのある茶色の髪に明るい緑の瞳の、精悍な顔立ちをしたイレブンの少年。
『貨物強奪襲撃事件について、たった今速報が入りました!なんと、犯人の一人であるイレブンが逮捕されたとのことです。容疑者の名前は、柩木スザク。名誉ブリタニア人として軍に所属する彼は、軍にいる立場を利用して情報を流したとして……』
(くるるぎ…スザク、だと?!)
先日一瞬だけ邂逅した、幼い頃にこの地で出会った親友。政庁に無事送り届けた後どうなったか気にはなっていたが。まさか今この場で彼の名を、しかも容疑者として再び聞くことになるとは思わなかった。
「結局この間の事件って、犯人捕まったんだ」
「…イレブン、なのね」
シャーリーとニーナが複雑な気分だと口々に言う。リヴァルも同じなのか、変な顔をしていた。
「どういう、こと…?」
ルルーシュの左隣に座っていたカレンが、呆然とした面持ちで呟いた。犯人が彼でないと知っているだけに、右隣に座るミレイも困惑した様子である。
「何かの間違い、ですよね?お兄様」
「…あ、あぁ。おそらく、本国に帰るのに地位が失墜したままだから、回復を狙ってせめても、と無理矢理でっち上げたんだろう」
「でしょうね。あの時の犯人はレジスタンスだったわけだし」
「え、そうなんスか?!」
「っていうか、会長が何でそんなこと知ってるんです?」
「え?!えぇっと〜、報道でよっ。ほら、あの時生放送のニュースで中継繋がってて、専門家がそんなこと言ってたじゃない」
「私もその番組見ましたよ。ミレイさんと一緒にいましたから」
ミレイの失言をフォローするために、ナナリーも話を合わせる。そこへすかさずカレンが話題をリヴァルがルルーシュを連れて賭けチェスに行ったことに移したおかげで、シャーリーのお咎めがリヴァルへと向けられることになった。
いくら生徒会メンバーの仲が良くても、さすがに、現場にいたルルーシュを助けに行って、かつレジスタンスたちを助けたとは口が裂けても言えない。
とはいえ、これで話が終わったわけではない。
ルルーシュとナナリーにはわかっていた。
今回のスザク捕縛が、実は襲撃事件というよりも、姉妹が引き起こした落書き事件にクロヴィスが腹を立てたために行われたのだと。
ちらっと可能性を考えなくもなかったが、どんな馬鹿でもあの状況で彼を疑うことはないだろう、と思っていただけに、ルルーシュには少し悔やまれる(どうも向こうは予想以上の…だったらしい)。
しかしナナリーにとっては、彼の処遇はどうでもいいことこの上ないのだが、彼女最愛の姉にとっては―あんなのであっても―7年前に別れた親友である。彼の現状を気にかけていることくらい、ナナリーにはお見通しであった。
「お兄様。何とか、なりませんか?」
「ナナリー…そうだ、な。できる限りはしてみよう」
妹に後押しされ、ルルーシュは頷いた。今回の件は、元はと言えばマリアンヌが原因なわけであるし、自分たちがやったことにも責任の一端があるのだ。7年前に出来た親友を放っておくわけにもいかない。
『……ですね。殿下もまた、わざわざパレードに彼を引っ張り出すとは』
『考えましたね。彼の仲間を引きずり出す作戦でしょう。これで少しは彼の名誉も回復に向かうと………』
生徒会の仲間の話声の中、ニュースはまだ同じ話題をやっている。
考えた結果、やがて彼女は覚悟を決め、決断を下した。アメジストの瞳には、強い意志の煌きが宿っていた。
「計画を、早めようか。カレン」
雑談の中で、カレンだけに聞かせるくらいの、囁き声。主の思わぬ言葉に、彼女は少しだけ驚いて見せた。
「…いいの?」
「あぁ。もう構わないだろう。あいつには申し訳ないが、この機をせいぜい利用させてもらうことにしよう」
「あなたが、そう言うのなら。皆には、私から連絡するわ。今日の夕方、ね?」
確認を取るカレンに、頼む、と告げると、彼女は了解の返事をし、用事があるからと先に生徒会室を辞した。
その後でルルーシュも、ミレイにナナリーを頼み、自室に用意してあった大きな鞄を持ってそっと学園から抜け出した。
夕方のパレードには、実に多くの人が集まった。
見送りのために集められた軍人以外にも、クロヴィスのファンだという女性たちや、ちょっとしたお祭り騒ぎを見に来た野次馬、決定的瞬間を撮れないかと狙う報道陣の群…。
そのおかげでクロヴィスも機嫌よく、昨日、本国帰還への警護を言いつかってこちらに来たジェレミアにしてみれば、昨日の不機嫌さのとばっちりが今日は一度もなくて一安心であった。
現在、彼とは違う車に乗っているとはいえ、愚痴を聞かされたり物を投げられたりしないだけ、ずっとマシというものだ。
横を見れば、拘束着を着せられ、猿轡を嵌められたイレブンの少年が乗せられている。軍人でありながら、先日あったらしい貨物襲撃事件(この件についてあまり聞かされていない)の犯人の1人で、仲間を誘き出すために連れ出したらしい。名を、クルルギと言ったか。その名前には聞き覚えがある。確かこの地の最後の首相、今は亡き皇女殿下方が逗留した家の名であったか。
そこまで考えて、ジェレミアは少しだけ悲しげな顔をした。戦争に巻き込まれ、たった10年程度で命を絶った2人の皇女姉妹を思い出したのだ。
母君に似て、黒髪の美しい聡明な姫君と、笑顔の愛らしい活発な姫君。皇宮の奥に隠されるように母子で生活させられていた2人だったが、一軍人であるジェレミアにも気さくに接し、大変良くしてくれた優しい姫君たちであった。
故に、彼女らがいる地に皇帝が戦争を仕掛けそのせいで亡くなったと知った時は、一月以上も碌に仕事に手がつかなかった…らしい(そのあたりの記憶はかなり曖昧なのだ)。
それはともかく。今は彼女たちの義兄にあたるクロヴィスの、警護に専念しなければいけない時である。ジェレミアは思考を打ち切り、仕事へと意識を戻した。
パレードは何事もなく進んだ。沿道の声援に応え、クロヴィスがにこやかに手を振る。時折焚かれるカメラのフラッシュが眩しい。その繰り返し。
だがそれも、もっとも多くの人が集まった、空港手前の橋までだった。
前方からスピーカーをつけた黒い車が一台、滑るように近づいてきた。
気付いたジェレミアは、指示を出してパレードの車をその場に止めた。そのことで他の人間たちも黒い車に気付いたらしい。
沿道の民衆は静まりかえり、報道陣のカメラが一斉にそちらへと向けられる。
「現れたなっ。襲撃犯の黒幕め!!仲間を助けに来る度胸は誉めてやろう」
後ろの車からスピーカー越しに、クロヴィスのやけに興奮した声が聞こえてきた。
対抗するように、こちらはフロントガラスで姿がぼやけているものの、運転席にいる若い女の怒声が同じくスピーカー越しに返される。
「そいつが仲間?!ふざけんな、馬鹿!!」
「なっ…!!貴様っ、不敬な…!」
「お前に払う敬意など、欠片もないわっ!」
女の声と同時に、パレードの手前で道を塞ぐように止まった黒い車から、白い煙が噴き出す。何かのガスかと思ったが、ただのスモークのようだ。
そして、それが晴れた後には車の屋根に、1人の人間が立っていた。
一見すれば貴族のような細身の服装に、大きく襟の立った黒のマント。特徴的な仮面。
「我が名は…『ゼロ』」
騒然とした空気を切り裂くように、1つの声が響き渡った。
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