やはり、5年という歳月は長かったのかもしれない。
こんなにまで鮮やかに覚えている色に、自信がもてないのだから。
見えない「蒼」
宴の席に呼ばれ、初めて見た「王弟殿下」とやらの感想は、金持ち貴族の典型の豚、であった。
丸々と膨らんだ腹に、脂ぎった顔。金銀を散りばめた最高級品の織物を纏い、態とらしく手には金色の扇。まるで、絵に描いたそれそのものである。
はたして、こんなやつが皇子暗殺に対して緻密な計画を企てているのか、怪しいものだと思った。
宴もかれこれ1時間になる頃、シカマルはうんざりとしていた。
「………めんどくせー…」
「もうちょっと我慢なさい。主催者の許可なしに退出はマズイでしょう?」
「それがさらにめんどくせー…」
隣に座るイノに力なく言い返すと、目の前で行われているやり取りに目をやった。
豪華な料理の数々を前に、7人の男達と1人の少女が座っている。
2人は護衛対象のシノギと、側につくアスマ。もう2人は火影名代のサクラと、カカシ。1人は王弟殿下の炎野タダジ。あとの3人はシノギよりも年老いた――老中職に就いていると紹介された者たちである。
彼らは各自飲み食べ、大いに歓談していた。もっとも、シノギは苦い顔、アスマたち3人は引き攣り気味の笑顔をして、あまりそうしていないが。
「なぁ。今回呼ばれた会合って確か、火の国の安泰を願い将来について話し合う、って名目だったよな?」
「えぇ。今は多少平和だけど、陛下が倒れた今、いつまた戦争が起こるかわからないから、国を今後支えていく重鎮たちと話して、親睦を深めたいんですって」
「で?肝心の第一・第二皇子は欠席だってか?」
「二人共病欠につき、丁重にお断り状を貰ったんですって」
病欠ねぇ…、とシカマルは小さく呟いた。
第1皇子は放蕩中、第2皇子は行方知れず。連絡は取れないと判断し、呼びもしなかったのだろう。そしてもっともらしいこの理由は、皇子2人に対する老中達の心証を更に下げたはず。
ちらと見てとった様子からして、既に老中の3人は篭絡まであと少しといったところだ。問題なのはシノギと、それを護衛するシカマルたちのみ。
「…多分、火影様が呼ばれたのは、自分に懐きそうかどうかを見るため、だな」
「………そう、よね。よく考えればそうかも。だけど、サクラのあの様子じゃ、無理ね」
話しかけられる度、引き攣る頬と格闘しながら愛想良く笑う親友の姿に、イノは同情のため息をつく。
「弟子と師匠は似るものね」
「…火影様は、あれ相手でも、器用にも完璧に笑いながら額に青筋浮かべる性質だがな」
「仕方ないわよ。サクラはまだ若いんだもの」
「ってことは、年取ると親友もああなるって認めるのか」
シカマルの言葉にイノはうっと言葉を詰まらせ、誤魔化す為に、側にあったお茶を飲みながらそっぽを向いた。
昔から変わらない幼なじみに肩を竦めたシカマルは、今度は周りの様子に目を走らせた。
(さっきのあいつは、どこだ…?)
シカマルはこの席へ呼ばれた時から、あの青年…蒼輝を探していた。
夕刻見た、あのサファイアブルーの瞳を、もう一度確かめたかったからだ。
だが、それらしい者はこの場にいなかった。
「…蒼輝さん、探してるの?」
耳元でそっと、イノが囁いた。ビクリと肩を揺らし、シカマルは驚いた目で彼女を見る。
「………なんでわかった?」
「何年の付き合いになると思ってるのよ。あんたの考えなんて、お見通しっ。青い瞳だったから…あいつのこと、思い出したんでしょ」
確信を持った言い方に、彼は何も言わなかった。
イノはそれを肯定と取って、続けて言葉を紡いでいく。
「あたしだって、同じよ。あの瞳の色を見た時、一瞬あいつが生き返ったのかと思ったわ」
「……あぁ」
「シカマルは特にそうよね。誰よりも一番近くで、あの色を見続けてきたんだもの」
5年経ってもまだ納得していないのね、と囁くように言った。
イノはチョウジとともに、ナルトのことを知っていた。
ナルトが暗部の「天」であったこと。実力を隠してアカデミーにいたのは、ネジやサスケや自分達を守るためだったこと。その途中で暗部に入ったシカマルと組み、いつしか最愛の恋人となっていたこと。
断片的にだが、シカマルから話は聞いていたし、そんなナルトと話したり遊んだりもしていたのだ。
「…俺は、あいつが死んだなんて、嘘だと思ってた」
「あたしたちの中で、生きてるあいつを最後に見たのは、あんただったわよね。死んだ姿を見たのも、あんただけ。今更だけど、本物だった?」
「……俺には、そう見えた」
「そう。結局、あれって、事故、だったのかしら」
「…いいや。わかんねぇ」
「火影様も何も言わなかったものね。全ては崖から落ちた事故死で片付けられた。上層部も里もそれで納得、いっそ清々しいくらい呆気なく忘れていった。一番仲がよかったあたしたちでさえも、少しずつ忘れかけてる」
5年って案外長いのねぇ、と静かにイノは言った。
向こう側ではサスケが、数人の女中達にお酌され囲まれている。以前よりクールさが増し、顔立ちは見目麗しく格好良い青年のそれへとなりつつある。忍としての腕も優秀だし、アカデミーにいた時よりも、多少他人に対して柔らかくなった。確か『木の葉・付き合いたい男ランキング』ベスト3に入っていたはず。しかし、昔から女が少し苦手な所は変わらないくせに、現在はサクラと付き合っていると聞いている。
一方のシノは、以前と変わらぬサングラスに加え、フードつきの服でぱっと見誰なのかわからないほど顔を隠していた。その上、以前より口数が減り、それ故誰も近寄りたいとは思わなかった。ネジは、その近寄りがたさを利用して、煩わしさから逃れたようだ。2人ともあまり話はしない方なので、今のところお互い上手くいっている。
「けど、変な感じ。ああやってサスケ君が女の人たちと仲良くできるのも、ネジとシノが飲んでいるのも…もとはといえば、ナルトがいたからなのよね」
イノの言う通りだ。
サスケはナルトと同じ班になってから、丸くなった。
ネジが日向本家と仲良くきっかけをくれたのは、ナルトとの対戦だった。
寡黙で近寄りがたい雰囲気のシノに、アカデミー時代、幼なじみのキバ以外で初めて笑顔で話しかけたのは、ナルトだった。
ここにいるのは、最初の中忍試験で『ナルト』という結び目があったからこその、縁。彼がいなければ、きっと別の縁ができていただろう。
イノの目尻にじんわりと涙が浮かんできた。
「誕生日プレゼント、用意してたのに。次の日だけど、お祝いにケーキ焼いて、ごちそう食べて、笑って……っ」
ところが、忘れていた生クリームを買いに外へ出かけたら、その相手が死んだ、と赤く目を腫らして泣くサクラから知らされた。
2日空けて行われた葬式に出席したのは、限られた者たちばかり。同期だった自分たちとその担当上忍に、綱手とシズネ、一楽の店主親子、イルカ先生、3代目火影の孫である木の葉丸とその友人2人、中忍試験で戦った砂隠れの里の3人姉弟のみ。
そして、葬式の帰り、チョウジと歩いていて通りかかった料亭から、ナルトの死を喜ぶ里人の声が聞こえてきた時は、怒りと悲しみで目の前が真っ赤に染まった。チョウジが止めてくれたから、何事もなくて済んだが、あの一日を、イノは一生忘れないと思う。
「…ナルトは、いい子だったわ。どれだけ傷付けられようと、どんなに蔑まれようと…」
「やめろ、イノ」
「頑張り屋で、お人好しでっ…あんなに優しいやつ…他に知らない…」
「イノ、もういいっ」
少しだけ強く言われ、イノは激昂しかけていた口を噤んだ。シカマルを見て、痛そうな顔をしていることに気が付き、ごめん、とだけ呟く。
シカマルは、表情を隠そうと、そっと目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、ナルトの透明な笑顔。儚く、空気に溶けてしまいそうな、優しさを纏う…。
思い出す度に、シカマルは後悔する。何故あの日、一人にしたのか。何故狙われていたことが、わからなかったのか。
守りたかったのに…ずっと、側にいたかったのに、と。
「この話題はおしまいだ」
思考を振り払うように頭を振って、シカマルはそう告げた。イノももう何も言わなかった。
そろそろいいだろう。宴にも飽いた。一応付き合ったことだし、外へ散歩でも行こうか。
そう思って、隣のイノに断りを入れると、賛同の意が返ってきた。
シカマルが席を立とうとした、その時―――。
「そろそろ、宴も退屈になってきたことでしょう。そこで、一つ余興をお見せしたい」
この場にいる者全員に聞こえるように、屋敷主であるタダジが声をあげた。
出ようとした機会を挫かれ、シカマルは仕方なくその場にまた座り込む羽目になった。
「残念ね。出られなくてっ」
「けっ。あのオッサン、余計なことをしやがって」
思わず悪態をつくと、隣から苦笑が聞こえてきた。
視線をタダジに戻すと、なにやら気味の悪いほど嬉しそうな笑顔である。
「ああいうのって、あたしタイプじゃないわ」
呟くイノも同じ思いをしているらしい。
しばらくして、障子戸の外から女中の声が聞こえてきた。それに増々頬を緩めると、彼女に入れるよう指示をする。
そして、戸がすっと開き、女中の少女に付き添われて入ってきた存在に、シカマルは驚き、圧倒することになる。
滑るように入ってきたのは、黒い着物を纏う、一人の女。
「お呼びでしょうか、お館様?」
鈴を転がしたような、軽やかな声が、シカマルの耳に届いた。
〜あとがき〜
あけましておめでとうございます。2007年初の話になります!
ほとんどシカマルとイノちゃんの会話のみで成り立ってますが…ちょっとした懐古となってしまったために、しんみりしてます;
そして出てきたキャラがまた1人…もう嫌、多すぎ(泣)いつになったら、殺人事件起こるんだっ、とヤケになりそうです。このまま行けば、2月終わるまでこれにかかりっきりかも?!
07〜、とか鋼〜、とか。書きたいの一杯なのにぃ…。
というわけで、最後に出た彼女の紹介は、次回しです。
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