あれから、5年。
覚えているには長くて、忘れるには短くて…。
世界は、これほどまでに色褪せたものだっただろうか。



色のない空



 夏の日差しが暑い。
強く照りつけるその光に、目を細めると、青年は目の前の白い建物へとゆっくりと歩みを進める。
時折、擦れ違うくの一たちが、頬を染めてはひそひそと言い合うが、気には留めない。青年にとっては、鬱陶しいだけなのだ。
相変わらず空調の効かない回廊を歩き、最上階に位置する一室の扉へとやって来た。そして、2,3度軽くノックした。
扉の向こうから誰何する声に、名を言う。許可を貰い、その重厚な扉を開けた。
「すまないな、シカマル。折角の休みのところ」
部屋の主の視線に沿い、扉の向こうにいた人々が一斉に青年の方を向いた。
「いいっスよ、別に。暇してたんで」
億劫そうに、青年―――奈良シカマルは、部屋の奥に座る5代目火影・綱手に言い返した。
「あら、シカマル。久しぶりね」
「ん、おぉ。そういや、久しぶりにお前の顔見た気がする」
「そーでしょーねー。かれこれ3ヶ月かしらぁ?あんた、忙しいからって、ちぃっとも資料室から出てこないんですものねぇ?」
「…何か、棘がある言い方だな。イノ」
「自覚があるみたいで結構っ!」
不機嫌そうに引き攣った顔で、プラチナブロンドの髪を一つに結った、幼なじみである美女―――山中イノは、刺々しさを隠さず言い放った。
だが、それに他の面々は唖然としていた。
「…………あんた、シカマル?」
やや置いて、肩に触れる程度で切り揃えたピンクの髪の少女が、呆けた顔で問うてきた。
「あぁ。どこから見ても、そうだろ。サクラ」
「そうよっ。この『めんどくせー』って面と眉間の皺!こいつ以外にいるわけないじゃないっ」
「そう思うのはイノだけでしょ!!何よっ?!数年会わなかっただけで、ここまで色っぽくなるなんて、聞いてないわっ!カカシ先生なんて、万年同じ顔なのにっ」
「サクラ、それって何気にヒドいヨっ!!」
嘆くカカシを他所に、サクラは力説する。そこにいた一同も、大きく頷いた。
それに対してシカマルは、興味ないという風に、曖昧に返事を返した。

実際、サクラの言う通りだと、イノは思う。
自分の幼なじみは、下忍であった時より、断然格好良くなった。
背は180cmで、肩を少し越す濡羽色の髪は、今は上を軽く結って後は下ろしている。
切れ長の涼しげな瞳に、黙っていれば美青年で通りそうな容貌。
なんというか、ダルさの中にも男の魅力が出ており、最近彼を見かけた新人くの一たちが「あれは誰?!」と噂しているのを、イノは何度も聞いていた。
…もっとも、イノ自身は今更なので全然気にもならないし、多分彼が部屋に年中ほとんど閉じこもりっぱなしで、同期ですら数年も見かけない状況が起こるのも原因の一つだと思うのだが。

「とにかく、これで全員揃ったわけだな」
綱手が話が一段落したのを見計らって、全員に声をかけ、見渡した。
「では、これからお前達にやってもらいたい任務を話す」
「綱手様、ここにいる全員で(・・・)、ですか?」
「そうだ。多いとは思うが、それが向こうの希望だ」
白い瞳の美青年・日向ネジの質問に、綱手は軽く頷いた。
ネジが問うのも無理はない。
シカマルを始め、カカシ、サクラ、イノ、ネジの4人以外にも、最近渋みが出てきた猿飛アスマ、今もなおクールと人気のうちはサスケ、増々寡黙になった油目シノの、計8人。
そのほとんどが、ここ数年急激に成長を遂げ、第一線で活躍しているものたちばかりである。
隣にいたシズネがことりと机にお茶を置く。綱手は一口飲んで、手元の資料に目をやった。
「一つ目の内容は、護衛。ここに写る人物を、あらゆる命の危険から守り通すことだ」
差し出された写真に写るのは、初老の男性。年は45くらいだろうか。精悍な顔立ちの中、知性の宿る黒い瞳が印象的である。
「こいつは?」
「陽炎城の老中の一人で、名を『祭夜(まつりや)シオギ』。極めて優れた人物で、現在政治の中心はこの男と第2皇子が仕切っており、次期筆頭候補とも噂されているほどだ」
「…確か、第2皇子というのは、王位に一番近いと言われていたな」
「つまり、次代の王の側近ってわけか」
「フンっ。なら、狙われるのも通りだな」
「敵はさしずめ、他の老中ってところですね」
シノやサスケ、サクラの言葉に、周りは納得を示した。
 陽炎城とは、木の葉の里のある火の国―――その首都にある、政治の中心地であり、王を始め直系皇族の住居だ。
ちなみにその名は、城に仕える神官たちの結界によって、近くで見れば城が春の陽炎のごとく揺らいで見えることと、許可なく城内には入れないその難攻不落さに由来するとか。
だが、そんなサクラたちに、綱手は半分だけ肯定する。
「どういうことですか?」
「政治絡みで狙われてるんじゃないってことでしょうか?」
「……あー、狙っているのは『政敵』だけど、『他の老中』が本命じゃないってことですか」
誰もが疑問に思う中、淡々と答えを言い当てたシカマルに、綱手は微笑んでみせた。
「さすが、シカマルだな。その通り。真の敵は老中ではない」
「真の、敵…?」
「言っただろう。『あらゆる命の危険』から守れ、と。だからこそ依頼人は、優秀だと思う者を7人ほど用意してほしい、と希望してきたわけだ」
「あらゆる、ってことは、本命が仕掛けてくるのと、手を回して他の連中からくるのと。とにかく全部からってことなんでしょう?」
「…つくづくお前を資料課においたのは、間違いだと思うぞ」
悔しさの滲む賛辞に、おざなりにどーも、とだけ返す。一同からこれほど頭がよかったのか、と驚きの目を向けられるが、本人は一向に気にしない。
「で、では、本命とは一体誰なんです?」
アスマに問われた綱手は、重いため息を零した。
「詳しくは、老中殿から聞いてくれ。ここで語ってもいいが、自分達の目で見る方が早いだろう」
詳しくは語ろうとしない。その言い様に首を傾げる8人に、綱手は告げる。
「出立は明後日。向かう場所は…この屋敷だ」
シズネが机に広げてくれた地図を指し、場所を示す。見れば、それは火の国の辺境にある山の中にあるようだ。
この屋敷へ行けというのは、ここで行われている会合に、老中たちが一同に集まっているからである。
ここまで説明をし、何か質問はないかと聞くと、シノが手を上げた。
「一ついいでしょうか」
「なんだ?」
「最初、一つ目、とおっしゃいましたが。他にもまだあるんでしょうか?」
その問いに、サクラも綱手が言ったことを思い出した。
「そういえば、そうよね。綱手さま、どうなんですか?」
「あぁ。これは後でサクラに言おうと思っていたんだが。まぁ、ちょうどいいか」
ごそごそと引き出しから、綱手は一通の白い封筒を取り出した。
「実は、この屋敷の会合に、私が呼ばれているんだ」
綱手の手にあるのは、どうやらその会合への招待状らしい。宛先には、『木の葉の長・火影殿』と書かれている。
「だが、私はここを離れられない。そこでサクラに代理で行ってもらおうかと」
「えっ、私ですか?!」
「当たり前だ。カカシでもいいが、やはりここは弟子のお前がちょうどいいと思ってな」
年は若いが、綱手に似てしっかりしているし、頭もいい。確かに名代とするなら、この中では打ってつけだろう。
「わかりました。綱手さまの名代、がんばります!」
「よろしく頼む。では、明後日6時にここを発ち、夕方までに目的地についてくれ」
解散の号令と共に、各自部屋を出ていく。
「…シカマル。少し、いいか?」
最後に出ようとしたシカマルは、綱手に呼び止められ、足を止めて顔だけ振り返った。
「何です?」
「体調は悪くないか?最近また資料室に篭りっぱなしだと、課長が泣いていたぞ」
「全然平気ですよ。元々資料と一緒の方が好きなんで、お構いなく」
そんなことが言いたいのか、と目で問われ、綱手は一拍してから、言いたいことを告げた。
「…解部に入る気は、ないか?」
「……また、その話っスか。言いましたよね、俺はのんびりと暮らしたいって」
それに、入れというが、昔も今も解部でのバイトは続けている。解部は彼の姿の表も裏も知る人々の集まりであるが故に、頼まれれば嫌とは言いにくいからだ。
「けどなぁ、もったいないぞ。宝の持ち腐れという言葉を知らんだろ。それほどの才能を持ちながら、もう隠居生活に片足突っ込んでいるなんて」
IQ300もある人材など、早々転がっているものではない。それにただでさえ解部は人手不足なのだ。だから綱手は、彼が中忍としてやっていけるようになってからというもの、解部に入らないか、と言い続けていた。
「………昔は、楽しかったっスよ。それなりに」
綱手に背を向けたまま、ぽつりと静かにシカマルは言った。
「退屈だった毎日に、あいつは色をくれた。何もしなくても、死にそうなほど危険な目にあっても、一緒にいるだけで、よかった」
瞳を閉じて思い浮かぶのは、夏の空と、その下で咲くひまわりの色。あれ以上綺麗な色を、シカマルは知らない。
そして、自分の力は、あれのためだけにあると、彼は思っていた。
「…………シカマル。まだ、あの子のことを…」
呟く綱手の声を無視し、彼は扉に手をかける。

「俺の目に映る今の世界は、全部灰色なんですよ」

そう言い残して、彼は扉の向こう側へと姿を消した。


「綱手さま……」
「仕方ないよ。あれから、まだ5年なんだ」
綱手たちにしてみれば『もう5年』だが、シカマルにしてみれば『まだ5年』なのだ。
辛そうな顔をするシズネに、綱手はもう一杯お茶を頼む。
彼女が新しく淹れに部屋を出たのを横目で見て、綱手は窓の外へと視線をやった。
空は青く、里の緑が濃い。鮮やかな黄色のひまわりが、風に吹かれて揺れている。


「お前が『死んだ』のは、間違いだったかもしれないよ………」

唇が微かに名を紡ぎ、また一つ吐かれたため息と共に風に吹かれ、色鮮やかな青い空にとけて消えた。



〜あとがき〜

5年後の本編、始まりました。実は前回の更新時に、地味に序章を弄ってます;気がつかれた方はいらっしゃるでしょうか?
今回、いろんな人が出てきました。誰出そうか考えた末、こうなりました。
ちなみに、火の国の城の名前は、勝手に考えたものです。もちろん別の意味もあるんですが、それは後々のお楽しみに。
あとシカマルさんを色気ある人にするかどうかも、少し悩んだんですが…まぁ、いいかっということで。イノちゃんは今更見慣れてるんで、わかりません(笑)
けど、冬なのに夏の話って……;想像するだけで、暑っ。夏苦手なのにぃ(泣)
次からは、任務に出かけます。