雪草を摘んで

きっかけは、ふとしたことだった。
ただ、アイツが「雪って何?」と聞いただけ。
そんなことも知らないのか、とからかったけれど。
よく考えれば、それだけ軍から外には出されなかったということ。
膨れて拗ねた表情の中に淋しげな色を見つけてしまった俺は、何とかしたいと思った。
唯一人愛する天使が、笑顔でいられるよう。

「……なんで?」
朝起きたら、オレは真っ白なシーツと真っ白な花に埋もれていた。
季節は夏。軍にいた時とは違って(あそこは年中冷暖房完備で快適)毎日本当に蒸し暑く、倒れる人が次々と現れる。
そして、とうとう昨日熱中症で倒れたオレは…そう、確かフラウの部屋に泊まらされたんだ。ハクレンに迷惑がかからないようにって(ここで、どうしてフラウはいいのかとか、何故カストルさんたちがそれに怒っていたのかとか、疑問は多々残るが)。
なので夜も早く寝て、今起きたところ…こうなっていた、というわけだ。
これは…明らかに部屋の主の仕業というもの。何のつもりかわからない。新手の嫌がらせだろうか?(あいつはすぐオレをからかって遊ぶからなっ)
「よぉ、起きたか。クソガキ」
「あ、フラウ」
扉を開けて入ってきたフラウの手には、白い花。オレの周りにある花と同じものだ。
「熱は引いたか?」
「ん…多分」
コツン、と額をくっつけてきて、熱を測る。くすぐったいが、熱がないとわかったフラウは、とりあえず安心したと微笑んだ。
「もうちょい寝ててよかったのに」
「何で?容態は随分よくなったけど」
「花に埋もれて、眠り姫みたいで面白かったのによ」
「…っんだと?!いつも言ってるけど、オレは女じゃねーっ!」
怒鳴ったが、フラウは堪えるどころか笑いやがった。全くオレを何だと思ってんだかっ。
「それで、なんでオレは花に埋もれてんだ?」
「いいだろ。ラブに生えてる場所聞いたから、摘んだんだよ」
「……何のために?」
フラウの意図がわからないオレは、首を傾げた。こんなに摘んで、花は大丈夫だろうかと心配になる。

「お前のために決まってんだろ、テイト」
ついでにほい、と持っていた花を渡されて。
「その花の名前は…夏雪草って言うんだ」

そう言われて、改めて見回せば、一面、写真で見たような雪野原にいるようで。
この間、オレが言ったことを覚えててくれたのかと思うと、すごく嬉しくなった。
「本物は、冬に見せてやるよ。だから、今はこれで勘弁な。テイト」
苦笑したフラウに、オレは胸が熱くなって、思わず手の花で顔を隠す。
オレのため、だったんじゃあ、文句は言えないな。
摘まれて数日後には枯れてしまう花たちには、可哀想だけど。

ごめん、と言う代わりにオレは、ありがとう、と小さく返した。
頭上でフラウが、優しく笑う気配がした。

拍手再録。7Gでフラテイでした。5巻収録の話から、テイト君は多分雪も見たことないかな、と思った記憶が。
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ンリーサル兵器

誰もいないビルの屋上に、白い怪盗は静かに降り立った。
夜空には、神秘的に光輝く、大きな満月。湿気を帯びた生温い風が、頬を撫ぜる。
先程手中に収めたピンクの石を、その美しさを讃えるように月にかざしていると、キィと音がして、唯一あった扉が開いた。
「やっぱりここだったな。怪盗キッド」
現れたのは、慧眼の青き瞳を持つ、美貌の青年。快斗が何よりも大事に想う、唯一の存在だ。
「これはこれは、愛しの名探偵。今日の勝負もまた、楽しかったですよ」
にこりと微笑むと、新一は嫌そうに口元を歪めた。『愛しの』が気に入らなかったらしい。
仕方なく笑みを苦笑に変えて、快斗はかざしていた宝石を、新一にそっと渡した。
「今夜もハズレか」
「えぇ。探し求める姫君は、中々私へ振り向いてくれないもので」
「ま、仕方ない。返しておいてやるよ」
「ありがとうございます。名探偵」 宝石を受け取った白い指先に、掠めるようなキスを一つ。返ってきたのは、バカイトという言葉が一つだけ。
ほのかに顔を赤くした新一は、そして、気をつけて帰れよ、と言うと、くるりと踵を返した。
しかしすぐに、あっ、と声を零して、新一は再び快斗の方を向いた。
「帰ったら、晩飯、一緒に食べような。快斗っ」
花が綻ぶような、柔らかい、満面の笑顔。
甘い余韻を残し、新一は階下へ続く扉の向こうに消えた。
残されたのは、顔を真っ赤にして佇む、白い怪盗のみ。
(ひ、卑怯でしょっ。新ちゃん〜っ!!)
バクバクする胸を押さえ、快斗は先に帰った同居人にどんな顔を合わせればいいのか、と真剣に悩み始ながら、夜空に白い翼を広げた。

本当に死に至るわけじゃ、決してないけど。
君の笑顔は、僕の鼓動を止めてしまう、最終兵器…に違いない。

拍手再録。コナンで快新でした。快斗君と新ちゃんも好きだけど、キッド姿だと更に好きかもしれない(笑)
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向を目指す
「あつい……」
真夏の午後。太陽が頂点に立ち、気温は30度を確実に超えている。
化け物屋敷と名高い飯嶋家の1階では、跡取りである律も例に漏れず、暑さに負けていた。
元々の性格か厄介な体質からか、あまり外出しないため、透き通った白い肌を、透明な雫が伝い落ちる。
畳の上に寝転がるのは気持ちいいが、時折風は吹き抜けていっても、あまり涼は得られない。
(あ…もうちょっとしたら、司ちゃんと晶ちゃんが来るのに…動けない……)
自分の受験勉強を見る(と言いつつ、最後はいつも宴会になる)ために来る2人の従姉を思い出す。
しかし、身体は正直だ。この暑さにまいって、ぴくりとも動かない。
セミの鳴き声が、妙にうるさい。視界がぼんやりと溶けていく。
夏は境界線が曖昧になるから気をつけなさい、と昔祖父が笑って言った言葉が、朧気になる頭の中に浮かんだ。

風鈴が、ちりん、と音を立てた。

ひんやりとした空気を感じて、律はふっと目を開けた。
太陽の位置が違う以外、先程と何も変らぬ景色。いや…一つ、違った。
「…あお、あらし?」
「起きたのか、律」
隣には何時の間にやら、金色の髪の護法神が座っていた。
父の体に入った姿ではなく本体であることに、文句を言おうとしたが、律には言う気力さえ残っておらず、口から出たのは違う言葉だった。
「あつ、い……」
「夏じゃからの。今年は特に暑そうにしておるな」
青嵐はそっと律の首筋に手を当てた。体温のない妖怪の体は冷たく、火照った熱を収めていく。
「あ〜、気持ちいい…いいなぁ。暑くなくって」
「妖怪じゃからな。人間は何とも難儀なものだ」
「ん…そー思う」
夏が暑くないというのなら、妖怪も悪くはない。
首に、額に、頬にと撫ぜるように触れる、冷たい手。
それが心地よくて、律はその手に甘えるように擦り寄る。
青嵐が動揺する気配を感じた。
「り、りつ…?!」
「ん〜。きもちいぃ……」
いっそ溶けてしまえば、もっと気持ちいいだろうに、と熱で浮かされた思考で律は考える。
境界線の向こうへ行ってはいけない、と思うのに。果たして、今の自分は境界線のどちらにいるのだろう。
遠くの方で、やってきた従姉たちと彼女達を案内する今は鳥姿の烏天狗たちの声が聞こえてくる。
彼女達は、青嵐のことを知らないから、早く父の体に戻ってもらわなくてはいけない。
だけど、律は微睡む中で、言葉を紡いだ。
それは、普段では決して考えられない、滅多にない、律からのお願い。
「青嵐。もう少し、だけ…ここにいて、くれる?」
「……あつい、からな」
ぶっきらぼうな承諾の言葉に、一瞬だけ寄せられた冷たく優しい感触に、ふわり、と律は微笑んだ。

いつもは、怪異には出来るだけ関わらないようにしている。
だが、悲しいかな。自分は妖達を惹きつける体質であるから、避けられない。
しかも、最近ではそれに慣れつつあり、偶に心地よく感じる時があるのだから、恐ろしい。

だから、日向を目指しているようで、実は影にいることを何よりも望んでいるのかもしれない、と。
闇に飲み込まれていく思考の中で、律はそう思った。

拍手再録。百鬼夜行抄で青嵐×律でした。好きになった作品の中で、かなりダークホース的存在だった上に、このハマリよう;
本当は鬼灯さんとかも出したかったけど、断念。律ちゃんラブですv

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ケの背中

自分の意思で仕えてきて、常に思っていたことがある。

その人は、誰にとっても、女神であった。
国中の人はもちろん、同盟国や敵国の人間にとっても。
多分、その人の夫である彼以外、全員にとって。

普段の容貌だと、綺麗で少しばかり悪戯心のある天使くらいにしか思わない。
しかし、一度戦いが起きると、がらりと印象が変わる。

戦場において、堂々とした、誇り高いその姿。
風を切る俊足の足と、大の男1人など軽々と持ち上げる腕力。
きらきらと輝く、太陽のような金色の髪。
磨けばどんな姫君も叶わぬ白皙の美貌と、身を包む神々しいまでのオーラ。
極めつけは、決して消えない、強い意志と思いを秘めた火を宿した、緑柱石の瞳。
いつも先頭に立って、剣をかざす姿は、まさに勝利を導く戦女神。

私にとって彼女は…「私」という存在を、残酷かつ優しく導き教えてくれた人。
そんな彼女の背中を、出会ってからずっと見てきた。

そして、今も。
「シェラ!レティと黒いのとの約束って、何時だっけ?」
同じくらいの身長になった背を追って、私は歩き続ける。今は女神ではなくなった背を。
「まだ十分時間はありますから、急がなくても大丈夫ですよ」
場所は変わってしまい、元には戻れないかもしれないけれど、彼女…彼の背を見ていることに、変わりはない。
彼は背中を見るのではなく、好きにすればいいとは言う。
けれど、別に彼の隣に立ちたいとも、彼を追い越したいとも思わないし。むしろ今の関係も、自分的にはかなり気に入っているのだ。
だから今度は、このままゆっくり時間が過ぎてもいい気がする。

だけど…決して叶わぬ願いと知っていても、いつかは、と私は願わずにはいられない。

できれば、黒曜石のごとき獅子の隣に立つ、金色の女神の背を、もう一度見たい、と。


拍手再録。デル戦でリィ+シェラでした。サバっとしてカッコいいリィと、従者として側に居るシェラの話。

*ニケ
→ギリシャ神話で、「勝利」を擬人化した女神。

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が居れば それだけで

夏は、嫌い。昔のことを思い出すから。

「ヒナ。何やってんだ?」
「浴衣、縫ってるの。良い布見つけたから、作りたくなって」
「うわ、久しぶり。昔は裁縫の勉強代わりに、よく縫ってくれたよなぁ」
「うん。あっ、なー…ナルちゃんの分もあるよ」
「ありがと。ちょうど新しいやつ欲しかったんだ」
思わず昔の愛称で呼びそうになったのを、ヒナタは寸手で押さえた。
彼はまだ、昔の愛称で呼ばれるのを怖いと思っているのか、わからない。
あれから、5年経った。ヒナタにはもう5年でも、ナルトにはまだ5年なのだろうか。
聞きたいけれど、聞けない。
あの時のように、存在自体がいなくなってしまうかもという恐怖には、耐えられない。
「ヒナ?どうした?」
「…え?あ、うん。なんでも、ないよ」
止まっていた針を持つ手を再び動かして、ヒナタは曖昧に誤魔化す。
ふと、名前を呼ばれたので、彼の方を向いた。
頬に冷たいものがあたる。気付けば麦茶と氷の入ったグラスが触れていた。
「少し、休憩。集中してばっかりじゃ、倒れるぞ」
ひょい、と浴衣と針を取り上げられ、代わりに麦茶とスイカの乗った皿を差し出された。
心優しい幼馴染の気配りに、ヒナタは嬉しそうに微笑む。
縁側に座って食べるスイカはおいしくて。ヒナタは思わず、口走っていた。
「昔も、よくこうやって、食べたよね」
「………そう、だったかな」
静かに、変わらない表情で、ナルトはスイカを食べる。
だが、一瞬だけ、悲しみの色が走ったのを、ヒナタは見てしまった。

ヒナタはナルトが、好きだ。
恋や愛といったベタな『好き』とは違う。家族や友達の『好き』とも違う。
彼との間の絆は、そんな陳腐なものよりも、ずっと複雑で、単純な、特別な結びつき。
彼がいるから、生きていられる。彼がこの場所で笑っているから、この場所を大切だと思える。
だからあの時、彼がいなくなることには耐えられなかった。
きっと、これからもそうだろう。この先も、命が尽きるまで、この位置で。

ずっと彼の傍らに居るだけで、彼が居るだけで。
そうすれば、己はどこでも生きていけるのだ。

隣で黙々とスイカと麦茶を味わう思考の隅で、我ながら変なことを考えてしまったと思う。
あれから5年だけど…何よりも大事な彼に、こんな顔をさせてしまうなら。

あぁ、やっぱり夏は嫌いだ、と思うのだ。

拍手再録。ナルトでヒナタ+ナルトでした。先見の巫女の妖の王への依存について。
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ロンプルイユ

強い日差しが照りつける中。
「毎日毎日、あんな退屈なだけの任務よくやるなぁ」
「言ってやるなよ。例えこれが3秒で終わるほど簡単で任務にもならねぇくだらなさでも、Dランク付きなんだからよ」
今日も今日とて、上忍のカカシの下、ナルト、サスケ、サクラの3人は森の中で探し物の任務に励んでいた。
「あっつ〜。オレ、夏ってダメなんだよなぁ」
「だからって、気を抜くなよ。あれが影分身だってバレるぞ」
「わかってるよ」
ナルトを巡ってサスケとカカシが言い合いをし、サクラが呆れてナルトを連れ任務に行く。
しばらくして気付いた2人が、彼女達の後を追って駆けて行く。
スリーマンセルを組んで慣れた頃から見られるようになった、毎日の光景。繰り返しの、日々。
「けど、アイツって、あれでも一応優秀な上忍なんだよな。何であれが分身だって気付かないもんだか」
「さぁてね。大方目が曇ってんじゃねぇのか。平和ボケと惚れた弱みと『ナルトは実力がない』って先入観で」
忍失格じゃん、とナルトはくつりと笑いを零した。

同じ顔、同じ容姿、同じ声。
下で馬鹿騒ぎしながら3人と笑い合う『うずまきナルト』と、木上でシカマルと話をし笑う『うずまきナルト』。
なのに、笑顔も雰囲気も全く違う。動と静。全くの別人のように見えて、そうではない。
どちらが、本当なのか。時々わからなくなりそうで、少し怖い時があると、彼を知る者は時折思うらしい。

もっとも、シカマルはそうだと思ったことは一度とてないけれど。

つまらない、と纏わりつく風に髪を流し、ナルトは呟いた。
「あーあ。気付かないかなぁ。いい加減、さ」
「気付いちゃまずいだろうが。オレたちは暗部なんだぜ」
「そりゃあそうだけどさ」
一旦言葉を切って、ナルトの蒼穹の瞳がふっとシカマルを捉えた。
思わずその神秘的な蒼に、捕らわれる感覚を覚えた。
「時々、本当に思うよ。気付けばいいのにな、って」
そうすれば、きっとこんな幼稚な芝居もお終いにできるのに、と。

残酷なほど綺麗な笑顔に、シカマルは惹かれる衝動のまま口付けた。

拍手再録。ナルトでシカナルでした。ナルさんのこんな心情もちょっぴり気に入ってます。
しっかし、私の中じゃ見事に『夏=暑い』のイメージしかないもんなんだなぁ;

*トロンプルイユ
→〔目をあざむく意から〕だまし絵。精密な描写で、実物そっくりに見せかける。

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