今から語る話は、軍人であるS・R氏の、世にも恐るべき実話である。

その日は、とても蒸し暑い、真夏の日であった。
室内気温は約30度。ここ数日、雨が降ったり止んだりしていたので湿度が高く、不快指数は並ではない。
それは、イーストシティの要とも言うべき、アメストリス軍東方司令部基地も同じであった。
彼―R氏の預かる医務室や仮眠室でも、朝からこの暑さと湿気で倒れた軍人が何人も運び込まれ、まさに目が回るほど忙しかった。
ところが、途中で医薬品がいくつか品切れしてしまい、R氏は追加分を取りに行くことになった。
いつもであれば、それは誰か下の者を捕まえて取りに行ってもらうのだが、この調子では人手が足りなくてそれどころではなさそうである。
そう判断し、彼は1人で医薬品の数々を取りに行くことになった。
医薬品は、本基地の地下倉庫にある。敷地内に立つ倉庫にもあるが、あちらは有事の際の必要分として大量に確保してあるものだ。それに、外で万が一何かあっても篭城ができるように常からの蓄えは基地内にするようにしていた。
地下へ通じる階段を、R氏は降りていく。地下には誰もあまり行かないので、照明はやや薄暗い。心なしか、肌寒い気もする。
「えぇっと、こっちじゃなくて…ここ、でもなくて…」
棚をいくつかじっくりと見て、R氏はようやく目的の品を見つけた。
リスト通り必要分だけまとめて、側にあった空箱に詰めていく。

 ぴしゃん

ふと、その耳に水音が聞こえた。
「…?雨漏りかな?」
だが、ここは地下だ。上には建物があるのに、雨漏りというのはおかしい。第一、ここへ来る前は空から雨が降りそうな気配はなかったはずだ。

 ぴしゃん

「ひっ…っとと」
今度は彼の頭上に、雫が落ちてきた。思わず叫びそうになって、慌てて押し留めた。
上を見てみるが、特に何かがいる気配も、天上に穴が開いている感もない。では、どこから水滴が生まれたのか。
そこまで考えて、妙にこの地下が段々寒くなっていることに気がついた。
辺りを見回してみると、大きな箱の影に隠れるようにして、床に隠し扉があるのを見つけた。
どうやら、そこから冷気が漏れ出ているらしい。それが外気温とぶつかって、結露になっていたようだ。
ごくり、と息を呑み、R氏は思い切って隠し扉の下へと潜りこんだ。
扉の下にある階段を下りていく。尋常でない冷気が押し寄せ、夏服の自分にはかなり寒い。
たどり着いた先の扉を押し開ける。その先には、もう1枚の扉。音がしないよう静かに閉めて、先にある扉を少しだけ押し、中を覗く。
倉庫内より更に薄暗い部屋の中には、こちらに背を向け目深に外套を被った2人の人影があった。
中央にある大机の上には、様々な器具。並べられた試験管やビーカーの中の液体は…どうすればあんな色になるのだろうか…紫や赤、蛍光色のものなど、色とりどりである。
カシャンと器具を動かす音に紛れて、奇妙な薄笑い声と呟きが聞こえてくる。
「…あとはこっちを、こう…」
「…フフ。これで、いよいよ完成…」
「…の結果が楽しみだ…」
「…そう…さぁ、最初は…で試そうかしら…」
詳細は聞こえないが、実に怪しい会話である。しかも、声は酷く楽しげ。2人の格好や部屋の雰囲気は、まるで黒魔術の儀式のようだ。
(た、試すって何を?!っていうか、一体何を作ってるんだ…?)
既に思考は冷静な軍人とは思えない。後に思えば、R氏も暑さで頭がどうにかなっていたのかもしれない。
そこへ突然、くるり、と黒い顔がこちらを振り向いた。

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁーーーっっっ!!」

「…うっさい。レイ大尉。ここ防音だからいいけど…」
「うぅ。みみ、いたいよ?」
聞き慣れた子供たちの声に、腰を抜かして叫んだR氏は、呆気にとられて目を瞬かせた。
ぱちり、と天上の蛍光灯がついて、部屋の中が明るくなった。
「よぉ。レイ大尉」
「…へ?ハボック少尉?それにエドとユーリちゃんも…」
明かりを付けた銜え煙草の―今は煙草でなくアイスキャンディを食べている―同僚の姿をも認め、R氏は首を傾げた。
「あれ、なんで3人ともこんなとこにいるの?」
「それはこっちのセリフ。何でレイ少尉がここにいるのさ」
「まぁ、倉庫に来たら偶然上の隠し扉見つけた、ってとこなんだろうけど」
金髪の少年と黒髪の少女が呆れたように、彼が来た理由を当ててみせた。
「ここ、大将と姫さんの秘密の研究室なんだよ。こいつら暑いの嫌いだから、ここは涼しくしてんだって」
俺は暑いから避難してきただけ、とよく見れば冬服を着ている同僚の青年は内緒話をするように笑っていった。立派なサボリであったが、驚きすぎて今は指摘する気にもなれない。
侵入者がR氏であることを認知すると、2人の小さな研究者たちは再び実験器具へと向き合った。
しかし、この部屋は冷房もないのに異常な涼しさだ。彼らはここで何を作っていたのだろうか。
雪、降らそうと思って
おかしな言葉を聞いたR氏は、はぁ?と聞き返してしまった。
「雪。上空で出来た氷の粒が空気中の塵に集まって落ちる、六角結晶体の真っ白軍団」
「や、そういうことじゃなくて…」
「だって、毎日暑いし」
「これだけ気分悪いと、外に出る気がしなくって」
「旅出たいけど、今は図書館行きたいんだけどなぁ。そこまで歩くの、無理って感じ」
「資料室の本読みたいんだけど、あそこも湿気溜まってて。このままじゃ本がカビそうなんだもん」
「某セクハラ上司も無能で鬱陶しいらしいし」
「ブラハはぐったり。アル君はフライパン状態」
「「だから世界中に今すぐ雪降らす」」
最後の部分だけ綺麗に唱和した2人。目の下にクマが出来ているのもあって、ちょっと怖い。
「あ、あの…それはマズいんじゃあ…」
R氏はおずおずと止めるよう提言してみた。だが、2人はそれを完全に無視した。完全に2人の世界に入っている。こうなっては、彼の制止も意味を持たない。
「さて、これ入れたら完成だな」
「うん。この一滴で、私たちの極楽世界がやってくるんだよね」
火もないのに沸騰状態にある濃紫の液体と、ピペットの中に見える蛍光オレンジの液体を見つめて、科学者2人は妖しげな笑いを漏らした。
どういう仕組みで雪を降らすのかは知らないが、とりあえず、真夏の現在に雪なんて振れば、世界がどれほど混乱するかくらいは容易に想像がつく。
R氏は考えただけで、背筋が寒くなってくるのを感じた。
「ハボック少尉!何とか言って止めてくださいよっ」
頼みの綱、と側にいた同僚に助けを求めた。しかし…。
「こんだけ暑かったら、世界に雪がちょいと降ってもバチ当たんないんじゃねぇっスか?」
気の抜けた声で、制止するどころか2人を応援する同僚(ここにいるくらいなのだから、彼らの目的はとっくに知ってて当然というものである)。
「ダメだっ!!全く役に立たない!」
近く訪れるだろう異常気象現象の恐怖に頭を抱えて、R氏は再び大絶叫した。

―――その後。
とりあえずR氏の懸命な活躍のおかげで、真夏豪雪パニックは…東方司令部限定という限りある空間のみだけでその被害を留めた…らしい。

滴垂らせばソレで完成

拍手再録。鋼でエド&ユーリ&ハボック+レイでした。レイ大尉は暑さの嫌いな子供たちと駄目な大人、に巻き込まれる可哀想な人です(笑)
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静かな夜更け。
主のいない西離宮では、侍女が1人、月明かりを頼りに主人の衣服を繕っていた。
今夜の月は一際明るく、おかげで手元に火を持って来ずとも手元がよく見える。
主が着やすいように、気にいってくれるように、一針ずつ丁寧に、だが無駄のない動きで縫う。
ふと、その手が唐突に止まった。
開けられた大窓の外に広がる闇を見つめ、侍女は声をかけた。
「そんなところにいたって、リィは来ないぞ」
ゆらり、と闇がゆらめく。
そしてその中から、音も立てず静かに侵入者は姿を現した。
「別に王妃に会いに来たわけじゃない」
「じゃあ、何のためにいつも来るんだ?暇だからか?」
縫い物の手を止め、シェラは呆れた口調でヴァンツァーに尋ねた。
別に答えなんて求めてはいない。だが、相手はそうでなく、しばし考えた後にこう言った。
「強いて言えば、お前に会いたいから、か」
シェラの頬が微かに赤く染まる。
他の人間に言われてもどうということはないが、彼に言われると何故か胸がざわめく。
「何でまた私なんだ?」
「影が、光という片割れを求めて、何が悪い?」
紫水晶の瞳を、黒曜石の瞳が覗きこんでくる。
「『月』と呼ばれるのは、俺とお前の2人だけだ」
そうだろう、銀色?と。謳うように彼は言い、シェラの頬に手を伸ばした。
冴えた月の白い光が、彼らの影を床に大きく映し出す。

銀色の月と、黒い新月。

どちらか1つ、欠けては存在できないもの。
ひやりと伝わる冷たさに、シェラは目を伏せた。
「今の状況もまた、私とお前の2人きり、だな」
言ってから、我に返り慌てて口を塞ぐ。忘れそうになるが、目の前の男は自分の命を狙う暗殺者なのだ。
「安心しろ。今夜は、殺す気はない」
ククっ、と面白そうに笑う青年を、怪訝な顔で見遣る。
「どういうつもりだ?獲物を前に殺さないなんて」
「無防備なお前を殺してもつまらん。それに…」
ヴァンツァーは耳元で何事かをシェラにささやく。
たちまちに、シェラの頬に赤みが差した。
「今日という夜にも、世界にも、俺とお前は2人きり、なのだろう?」
甘く低い声と近付いてくる秀麗な顔に、瞳を閉じたシェラは、馬鹿か、と熱くなる吐息と共に零した。


拍手再録。デルフィニア戦記で、ヴァンシェラでした。ちなみに、リィは彼が来ると知ってわざとウォルの所に行ってます、という事情があったり。
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厨房から風に乗って、ふんわりと甘い匂いが漂ってくる。
「楽しみだな、ミカゲ」
「ぷるぴゃ」
テイトはミカゲと一緒に、あと十数分後に始まる日課のティータイムへの期待とその匂いを楽しんでいた。
彼は今、中庭の庭園に備えられた椅子へ手持ち無沙汰に座りながら待っていた。
というのも、テイトが手伝えることと言ったら、せいぜい食器を並べられるくらいだ。
何しろかなりの不器用さんだったため、残念ながら、料理に対してもその才能は例外なく日頃発揮されている。
そもそもこの時間が日常となりつつあるのは、先日の会話が発端であった。

『子供の頃は、3時のおやつの時間が楽しみで仕方なかったですね』
クッキーに舌鼓を打ちながら、ハクレンはそう言った。口に運ぶ手つきは、さすが名家の出とあって優雅なものだ。
『3時のおやつ…?』
聞きなれぬ言葉にテイトはミカゲと一緒に首を傾げる。
一方の司教3人はというと、言葉の響きに懐かしいものを感じていた。
『おぉ。そういや、そんな名前の戦争の時間もあったな』
『戦争?私も3時にティータイムを楽しんだことはありますけど、そんな経験はありませんよ』
『僕も。むしろ色々なお菓子をくれたけどな』
『いいよなぁ、お前ら。俺のところは取り合いだったぞ。人数多かったから、好きなもの食べたきゃ確保するしかなかったぜ』
しみじみと語るフラウに、カストルとラブラドールは呆れと同情を混ぜた複雑な視線を送った。
『テイトはそういう経験ないか?』
司教たちの話を聞き終わったハクレンが、未だ首を傾げるテイトに話を振る。
だが、テイトから返ってきた言葉に、4人は非常に驚かされることとなった。
『3時のおやつっていうか…お菓子なんて食べたこと、なかったし』
テイトは、それっておいしいの?と眉を寄せた。
慌てたのは、他の4人である。まさか今時、この歳でお菓子というものを一度も食べたことない人間に出会うとは、思ってもみなかった。
『だってさ、オレって…その、いたところがそういうの持込厳禁って規則で決められてて。ミカゲに飴玉っていうのもらった以外は、見たこともなかったし』
こうやってクッキーを食べるのも、今が初めてだというテイト。
フラウは思わず眩暈がした。
どれだけこの子供は不憫な境遇にあったのだろうか。考えるだけで頭が痛い。
『おい、クソガキ。とりあえず、これも食え』
『え、いいの?』
差し出された別種類のクッキーに齧りつき、舌に感じた甘みに少しだけテイトは微笑んだ。
『テイト君。こちらもよろしかったらどうぞ』
『お茶、おかわり入れようか?』
『気に入ったのがあったら言え。また作ってやる』
次々にかけられる言葉に、彼は目を瞬きさせた。
けれど、どの言葉も彼を思う心が溢れていて。
『えっと、あの…ありがとう』
俯き加減に、けれど本当に嬉しそうに、はにかんだ笑顔をテイトは浮かべた。

あれから、3時のおやつの時間は、中庭でのお茶会が開かれる。
ハクレンとカストルがお菓子を作り、ラブラドールがお茶を入れる。フラウは2人の司教の分まで子供たちのおやつの準備を手伝ってきた後、すぐ合流してくる。
それはすべて、テイトのため。
「テイトーっ、これそっちに運んでくれ」
「うん。わかった!」
椅子から立ち上がり、呼ばれた方へ小走りに駆け寄っていく。


それはバルスブルグ教会の、ある穏やかな日の午後のこと。


拍手再録。07-GHOSTで、テイト+司教&戦友でした。テイトはあの境遇でお菓子なんて貰えそうにないですけど、ほろりとしたミカゲがいっぱいくれそうです。何かミカゲは飴玉いっぱい持ってそうな気がする(ォィ
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「はぁ……」
ため息が1つ、休憩時間の教室に零れ落ちた。
見ると、俺の前に座る我らが麗しき副会長が、憂鬱そうにしている。
「あ…リヴァルか」
声をかけると、ルルーシュはこちらを見た。何だか気力もなく、ぼんやりとしている。
もしかして悩み事なんだろうか?青少年によくある恋の悩みなら、いくらでも聞いてやるぞ。何せ、俺の得意分野だからなっ。
そう言ったら、ルルーシュは首を横に振った。
じゃあ、何でそんな悩んでる顔をしてるんだろう。ルルーシュの悩んでる姿は新鮮で、俺は興味を覚えた。
「どうやったら、4時間目という授業をなくすことができるかについて」
聞いた俺に返ってきた答えは、それだった。真剣な表情してソレかよ;
え、えーっと…この場合、どう答えたらいいんだ?
「サボるんじゃダメなの?ルル」
ひょこっとスザクが顔を出してきた。どうやら今の会話を聞いていたようだ。
っていうか、サボリを推奨するのは健全な学生の姿勢としてどうなんだ?
「残念だが、次の時間はサボると成績にひびく。それだけは非常にマズい」
あぁ、もうそこまでサボりまくってたのねルルーシュさん…。
「そうなんだぁ。それなら仕方ないよね」
「あぁ。誰かさんのおかげでな」
よく分からない理不尽さを発揮し、ルルーシュはスザクを席へ追い返した。もう少し話したそうだったけど、よかったのかよ。
「役立たずめ。じゃあ体育倉庫でも軽く爆破して、授業潰しちゃいましょうか?」
今度はルルーシュの後ろから、カレンが現れた。さっきまでシャーリーと話してたが、帰ってきたらしい。彼女の席はルルーシュの前だ。
でも、爆破ってそれじゃテロじゃん。人としてどうよ?
…というか、今彼女にあるまじき発言を聞いた気がするが、空耳、かな…?
「賛成したいところだが、後の処理が面倒だ」
「私に全部お任せいただければ、そこらへんのやつに罪被せて、火の粉一片すら届かないようにしますけど」
「それだとカレンの手を煩わせてしまう。それに、体育はナナリーの好きな教科だ。オレのためにしばらく出来ない、というのは心苦しい」
「それもそうですね。申し訳ありません」
えっ、ナナリーのためなの?ってか、カレン、君ってそんなヒドいキャラだったっけ?!
でも、とりあえず最悪の危機は去った、らしい。まったく、心臓に悪い会話だなぁ、もう。
「オレは…オレはっ、どうすればいいんだ?」
真剣に悩むルルーシュ。その必死さは、会長の魔の手から逃げようとしている時並だ。
けどさぁ、そんなに悩むんだったら、もういっそ、教室で授業受けてる振りして、いつもみたいに寝てればいいのに。 ピクリと反応して顔を上げたルルーシュは、こちらを見て、がっくりと来た。
「…はぁ。やっぱり、その手しかないか…」
…あ。それは最初から考えてたのか。しっかし、イマイチな反応だなオイ。
「ありがとう、リヴァル。一応、参考にはなった」
めずらしく、ルルーシュから礼の言葉。真剣に考慮してくれるのは嬉しいけどね。
俺としては、そんなことで真剣に悩めるお前の方がすごいと思うよ。うん。
っていうかスザクはいつもだけど、カレンさんの視線まで何か突き刺さるように痛い気がするんだけど、気のせいかな…。
なんて、そんなことをつらつら考えてると、チャイムが鳴った。
そこで俺は、はたと思った。
…あれ?次の先生って確か、よく生徒当てるやつじゃなかったっけ?
「というわけでリヴァル。オレは寝るから、当てられそうだったら全てお前が代返しろ」
えぇっ?!ちょ、それって、不条理じゃないっ?
「お前が提案したんだ。それくらいの覚悟は当然だろう」
いやいや、お前も考えてたんじゃないのか?
え?おやすみ?うわっ、待って、ルルーシュ!俺を置いて幸せな睡眠世界に旅立たないで?!

結局その一時間、俺がどれだけの精神的疲労と苦痛を味わったか…は、追記しないでおく。


拍手再録。コードギアスで、リヴァル&ルルーシュ+α'sでした。別名・リヴァル少年の災難な日常。
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ぐさり、と生々しい感覚を以って、ナルトはクナイを引き抜いた。
もちろん自分の体から、ではない。既に絶命させた相手からだ。
周りには、血溜りと物言わぬ塊。何人殺したか、なんて覚えていない。
毎日・毎晩のように来る任務。今日のこれもその一つだ。
「…っていうか、ねむ…」
証拠隠滅に炎で周りを清めながら、ふわぁと欠伸を一つ。これで何日徹夜しただろうか。
「おーい、大丈夫か?緋月」
隣に寄り添う形で、相棒の黒焔―シカマルが闇の中から現れた。
特に驚くこともなく彼を見ると、ナルトは凭れるようにシカマルに体重を預けた。
「クロぉ。ねーむーいー」
「ぅおいっ。ンなとこで寝るんじゃねーぞ」
「そうは言うけど、オレそろそろ限界…」
「お前なぁ。寝たら、姫抱っこで持ち帰り決定だから、覚悟しろ」
「別にいいけど、誰かに見つかったら全家事一週間の刑ね」
「ちょっと待て!何でそれだけのことでそんな量刑が下るんだ?!」
「愛ゆえに」
「厳しい愛だなオイ」
嬉しくて涙が出るぜとうそぶくシカマルに、ナルトが楽しそうに笑う。
しかし、突然その笑いが止んだ。
同時に、彼の指の間に短剣が現れていた。いや、受け止めたというべきであろう。
シカマルが瞬時に投げられた方角を割り出し、特製の毒を塗った棒手裏剣を勢いよく投げる。
手応えは、あった。
しばらくその方向を見つめていると、男が1人、覚束ない足取りで奥から現れた。
「残してちゃ、駄目じゃん。黒焔」
「そう言うな。どうせ結界張ってあるんだから、この辺からは逃げらんないだろ」
軽く言う2人に、男は激怒しかける。だが、すでに体は動かなくなってきており、数歩歩いたところで男は力なく地面に沈んだ。
「あれって即効性?」
「一応。試したことねぇし」
けれどかなり強力なもので解毒薬は一切ない、と告げた黒焔に、緋月は興味なさげに相槌を打つだけだった。
そして、複雑な印を目にも留まらぬ速さで組み、結界を解いた。闇で覆われていた空に、小さな輝きが戻ってくる。
「じゃ、帰ろっか。ふわぁ、ねむっ。明日から休みだっけ?」
「これ終わったら寄越すって約束だろ。履行されない場合は力付くでもぎとるだけだ」
大きく背伸びをして、緋月と黒焔は男に背を向けた。
「く…っ、ま、待て…!!」
男は立ち上がろうと腕に力を入れた。だが、思うように体は動かない。
2人はそんな男に視線をくれるどころか、振り向きもしなかった。今なら背中はがら空きで、攻撃されれば確実に仕留められるのがわかっているにも関わらず。
怒りと悔しさと、動かぬ歯がゆさが、男の胸を占めていく。
「…おまえらを…じご、くっ、におとし…やるっ…」
地を這うような、怨嗟に満ちた、苦悶の声。それはそのまま、文字通り男の最期の声となった。
「バっカじゃねーの、おっさん」
「ほんと。何の冗談?」
一度だけ、軌跡も鮮やかに、黒と赤が振り返る。
そして親指を逆さに向けると、刃のような瞳を細め、凄まじく不敵に笑った。

「「もうとっくに、地獄まであと五歩の地点にいるっての!」」


拍手再録。NARUTOで、シカナルでした。寝不足の原因は、三代目のサボリによる書類滞納です(笑)
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