ざざりっと、梢が擦れる音が響く。
屋根を軽やかに蹴る音が聞こえて、ふと見上げても、そこには既に誰もいない。
走る姿は黒い旋風のようで、上忍であってもそれを捉えるのは難しいだろう。
奈良シカマルは、とにかく急いでいた。
午後も暑い時間帯。今頃自宅でくつろげていたはずの彼は、今、森を渡り、里を走っている。下忍ではありえないスピードだ。
誰に見られているか、わからない。が、その姿を見ることができるのは、精々2,3人くらいと知っているので、気にすることなく走り続ける。
走る足の裏にチャクラを集め、跳躍を続ける。
それこそ近年稀にないほどの速さで、里を駆け抜ける姿は、さすが暗部No.2といったところだ。
(ふっざけんじゃ、ねーよっ!!)
心の中で、呼んだ相手に自棄気味に毒づく。息を継ぐ暇もないから、喋るのも不可能だ。
もっとも、呼んだのが『彼』でなければ、こうも急いでなど来なかっただろうが。
そうして、アカデミーのある一室へと窓から飛び込んでいった。
「…4分23秒。ちょっと落ちた?」
「バカ言えっ!俺ん、家から、ここまでっ。一体、どんだけあると、思ってんだ!!」
手にしたストップウォッチを見て冷静に言うナルトに、息を切らせながらシカマルは文句を言った。それにきょとんとした表情を返すところが恨めしい。
「……ったく。緊急で呼び出しくらって、行った先では呼んだ相手がのんきに俺が来るタイムを計ってやがるし。俺はのんびり昼寝でもしようかと思ってたのによ」
「そっか。そりゃあ悪かったな。せっかくの休みなのに」
そう言うナルトに、不機嫌だったシカマルは違和感を覚え、思わず口をつぐんだ。
顔はにこりと笑っている。それはもう、見る者全てが魅了されるほどに麗しいほどに。
だが、彼をよく知るシカマルは、彼の額に青筋が見える…ような、気がした。
シカマルはおそるおそる呟いた。
「…なんか、怒ってる?」
その呟きが聞こえたのか、神々しいほどの笑みで、ナルトは応えた。
ふと見れば、ナルトの座る火影代理の机上には大量の書類。その隣にある火影の机も同じ状態だが、肝心のその主がいない。
「で、俺は何で呼ばれたんだ?」
「決まってるだろ。じいさまが逃げたから、手伝え」
きらきらとした笑顔とともに、返ってきたのは表情と一致しない内容。しかも即答である。
「嫌だ。今日は休みだぞ」
「奇遇だな。実はオレも休みの日だ」
「めんどくせー。やりたくねー」
「や・れ。じいさまはハヤ兄たちが追ってる。けどそれじゃあ仕事が間に合わないから、シカマルに手伝ってほしいんだ」
「しかも、なんで、俺?」
「なっ。お願いっ」
「んなこと言われたって。その書類、半端な量じゃねーし、めんどくせーし」
「むっ。シカマルのケチっ!それじゃあ、何のためにお前呼んだか、わかんないじゃん!!」
「勝手に人を召喚すんなっ!!」
叫んでみたところで、効果なし。数分後には、シカマルは内心で火影に悪態をつきながら、ナルトの仕事を手伝うことになる。
結局、ナルトの『お願い』を、シカマルが断れた例など、一つもないのだ。
いわゆる、惚れた弱みというやつである。