どうしよう。こんなことになるはずではなかったのに。
病気になった弟の熱が下がらなくて、お母さんは忙しいから。
薬草取りに、少しばかり森の中に入っても大丈夫だと思ったの。
けど、お昼に入ったのに、いつの間にかあたりは真っ暗。迷子になって、外に出られないっ。
「へへっ、こんなとこで、子供に出くわすとはな」
「けど金目のモン持っちゃいませんぜ」
気付いたときには遅かったの。手に武器を持った怖い人たちが、あたしを囲んでいた。
最近山賊が出るから、森には入っちゃダメ、っておばあちゃんが言っていたのにね。
あたしはここで、死ぬんだろうか。
「でも顔はまぁまぁだなぁ。ちょうど退屈してたところだ。一緒に遊んでもらおうじゃねぇのっ」
男の一人が、嫌な笑い方をしながら、剣を頭上に振りかざした。
「まずは、その腕を切り落としてからな!」
どうか、森の神様。助けてください。
ズシャっと重い物が落ちる音がした。
けど、衝撃は来ない。痛みもない。不思議なものだ。死んだのだろうか?
けど、野太い悲鳴がいくつも聞こえて、あたしは顔をあげた。
キラキラと光が舞って、次々に怖い人たちが倒れていく。
何分もしない、あっという間に囲んでた人全部が、地面に倒れ伏していた。
「危ないところだったな」
声が聞こえて、きょろきょろと見回すと、隣に男の人が立っていた。
全身黒いマントで身を包んでいて、頭には白い狐のお面。
けれど、なんて澄んだ声なんだろう。噂に聞く、吟遊詩人とはこんな声なんだろうか。
「薬草を摘んでいたのか。誰か病気か?」
問われて、惚けてたあたしは慌てて、弟がっ、と答えると、彼は、ならばこれをすり潰したのに蜂蜜を加えると効果があがる、と教えてくれた。
「村は、あっちへまっすぐ行ったところだ」
すっと白い指で指して、気をつけてお帰り、と彼は優しくあたしの背中を押した。
ありがとう、とお礼を言うと、一瞬きょとんとしたが、すぐに笑ってじゃあね、と送り出した。
果たして、彼の言葉通り、村はまっすぐ行ったところにあって、あたしは心配していたお母さんにぎゅっと抱きしめられた。
けれど、村の人たちは誰も、彼のことを知らない、と言った。
紅い髪、金色の瞳。
あんな色を持つ人間を、あたしは知らない。
だから、人とは思えない、綺麗なあの人は。
きっと、神様だったのだ。
けれど、もしその彼が、少女の思ったことを聞いていたら、どう言っただろう。
「神、ねぇ。オレそんなんじゃないし。でもあえて言うなら」
人の返り血に染まった、異形の神、だな。