囁くように、叫ぶように。
強く、弱く。優しく、荒々しく。
耳を遮っても、直接頭に響くように。
まるでそれは、甘く切ない、誘惑の罠。

ひっそりと静まり返った森の、一番高い木の上で。
隣に座る彼女の歌声を、彼は静かに聴いていた。
「…そういうの、《呪歌》って言うんだってな」
「あぁ。そうかも」
ぽつりと呟いた彼に、歌を止めて彼女はそう答えた。風に金色がふわりとゆれる。
彼女の透明な声から紡がれる旋律は、妖と呼ばれる存在にとっては、子守唄。
だが、人にとっては、聴く者を惑わせる、魅惑の歌。
「耐性ついてないやつが聞いたら、ヤバいだろーな」
「そう?そんなに下手?」
「逆だ。上手すぎる」
眠れなくなったらどうする気だ、と流れる金糸に指を絡ませ、唇を寄せる。
それを見ないように視線を逸らしながらも、顔を少し赤くした彼女は、少し考えて言った。
「…睡眠薬でも飲めば?」
「薬は飲みたくねぇ」
「そりゃあ、自分で作った怪しげなやつしか残ってないもんなぁ」
くすりと鈴を転がすように笑う彼女に、彼は不機嫌そうな顔をした。しかし、何か思いついたのか、悪戯な笑みを浮かべて、彼女のおとがいに手を添えて顔を近づけた。
「けど、甘いのなら、別にいいけど?」
「甘いの?んなのあったっけ…って、顔近いっ」
徐々に迫る彼から逃れようと身をよじるが、下に落ちるぞと言うと、彼女がぴたりと動きを止めたのに、彼は低く笑った。
あっという間に、彼は彼女を腕の中に閉じ込める。
「で?俺としてはぐっすり眠るために、一運動しようかと。そこでゼヒご協力してほしいわけだが」
「却下っ!!自分の歳を考えろ!」
「青春真っ盛りな10代」
「11、だろーがっ!!ダメって言ってるだろっ」
「固いこと言うなよ。婚約者さん」
執拗に迫る彼が耳元で囁き、ついでにと耳朶を舐めると、彼女は甘い声で小さく悲鳴を上げた。
「苦手なの、知ってるだろっ?!」
「もちろん。ワザと、だ」
「……んっ、やめ……って、今日はしつこいぞ!」
赤い顔で抗議する彼女の顔にキスの雨を降らせながら、彼は笑いを含みながら答えた。
「呪歌に酔ったってことにしとけ」
「それって、オレのせいってことにならない?」
「ま、そういうことだな」
まだ何か言おうとする彼女の口を塞ぎ、吐息すらも奪うほどに強く口付ける。
んっ、と甘い喘ぎが彼女から時折聞こえるが、深く、噛み付くように唇を貪り続けた。
彼の手が彼女の体のラインをなぞりはじめたところで、彼女は抗議するように、今日は下ろしている彼の闇色の髪をぐいと引っ張った。
「っい、てー!痛いっ痛いからやめろっ」
慌てて彼が彼女から離れた。息をきらせながら上気した頬に瞳を潤ませた彼女は、どこか誘っているように、彼の目には映った。
しかし、彼の抗議の声を無視し、彼女は髪をそのまま引っ張る。仕方なく力を抜いて従うと、ぽすっと彼女の膝に頭を乗せられた。
いわゆる、膝枕状態。柔らかい感触が伝わってくる。
「……あー、これはこれで嬉しいような」
「いいから、寝ろ」
「…ここで?!」
「別に落ちたりしないし。寒いなら後で毛布くらい持ってこさせるけど」
「いや。そうじゃなくて…」
「あー、もうっ。いいから寝てろ。睡眠薬代わりに、子守唄歌ってやるから!」
早口で言い切ると、彼の言葉も待たず、彼女は再び歌いだした。透明な声が彼を包み込む。
今度は、聞く者全てを魅了するが、暖かくて優しい子守唄であった。先程呪歌に酔った、と言ったのを気にしての選曲だろう。
里では滅多に聞けない彼女の歌に、彼は苦笑を一つ漏らす。
こうして歌を聞かせてくれるだけでも、普段は気持ちを量れない彼女に好かれていると思えるのだ。しかも自分のためだけに歌ってくれている。
愛されてるなぁ、と彼は思いながら、優しい子守唄に浸り、ゆっくりと意識を手放していった。

囁くように、流れるように。
強く、弱く。優しく、暖かく。
耳を遮っても、直接心に響くように。
まるでそれは、天国にのぼるような、夢心地。


けれど、どんな歌であれ、結局彼女の歌は彼の魂を魅了する、《呪歌》なのだ。



呪歌



………えー、とナルさんとシカさんです。はい。名前は出てないですけど、わかりますよね?
とりあえず「呪歌」がどういうのか、ってのが難しかったです。人を殺せる歌かと本気で考えました。そういうのもあるらしいですけど;
でもこっちの方が、何かいいかなと思ったので。甘めモードで仕上げてみました。