それは、幼心にちょっと芽生えた好奇心が原因だった。
近づくなといわれていたのに、あたしはその日、冒険がしたいとそこへ入っていった。
そうして気がつけば………見知らぬ寂れた堂の前。
「ふぇ…っ、ここ、どこぉ?」
周りは白い霧が濃く取り巻いている。茜色になりかけていた空の色も、見上げれば今では深い藍色、のようだ。
あたしは怖くて、寂しくて、そこに座り込んで泣いていた。
誰も来ない。いや、来るはずがない。何ていっても、この森はお化けが出ることで有名なのだ。里の人たちは皆ここへ近づこうともしないし、子供達もそう厳しく教えられていた。
なのに、あたしは言い付けを破った。退屈だったのもあるが、入ってはいけないと言われたら、何があるのか気になるというもの。森の近くに住む人たちの家で両親が彼らと話している隙に、そっと抜け出して森の中へと入っていった。
だけど、その結果がこのざまだ。自業自得としか言いようがない。もちろん、その時のあたしの頭には、そんな言葉が思い浮かぶはずもないが。
しん、と静まり返った空気は、とても冷たい。虫の声すら聞こえず、それが一層恐怖を煽り立てる。
(くるんじゃなかったぁ…)
視界が歪んで、ぽたりと雫が地面に吸い込まれていく。
「……ぱぱぁ、ままぁ」
か細い呟きが、嗚咽と共に唇から漏れた。
その時………
ざわり、と梢が音をたてて、風が吹き抜けていった。
目を開けると…目の前には、『人』がいた。
その場に突然現れた『人』は、白い小袖を纏っていた。
地に立つ足は素足。纏う空気は、囲む霧以上にひどく冷たく、透明。
そして…顔には、白い狐の面。
『人』は、人、ではなかった…のかも、しれない。
けれど、その時のあたしには、そんなことはどうでもよかった。
その『人』の髪は金色に輝き、何よりも面から覘く、極上の、蒼。
とても、きれいだな、と思った。
「……迷ったの?」
軽やかに響く声に問われて、見惚れていたあたしは慌てて頷いた。
そうして、少しだけ小首を傾げていたと思ったら、くるりと向きを変え、歩き出した。
「っあ、まってっっ!!」
置いて行かれる、と不安になったあたしは、気付けば夢中でその『人』を追っていた。
途中木の根に躓いたり、転んだりしたが、その『人』の背中は一定の距離以上を離れたりしなかった。
思えば、あたしが見失わないように気遣ってくれたのだと思う。
どれだけ時間が経ったのだろうか。
何重にもなった、朽ちかけの鳥居をくぐりぬけ、その『人』は足を止めた。
息を切らしたあたしが伸ばされた指先につられて見ると、薄くなった霧の向こうに里の町並みが見えた。
その時ようやく、迷っていたあたしを助けてくれたのだ、とわかった。
お礼を言おうと思ったあたしは、振り向いた。
けれど、強い風が吹き抜け、その『人』はもうその場にいなかった。
「ぁ、の!ありがと!!」
慌てて鳥居の奥に向けてお礼を言う。果たしてそれが届いたのか、もう一度風が吹いて、森の梢がざわりと音を立てた。
その日、空には月がなかった。あの『人』は、月の化身だったのかもしれない。
いつかまた会いたいな、と。
あの古ぼけた鳥居を名残惜しそうに見ながら、あたしは森の外、遠くから聞こえるパパとママの声の方へと、歩いていった。
その後何度やっても、あたしは鳥居を見つけることはおろか、森に入ることすらできなかった。
そして、『人』と出逢った記憶は、いつの日か霞に包まれ、見えなくなった。
小さなあたしが入った、その森の名は………『霧幻の森』。
鳥居
イノちゃん、『月』と出会うの巻。時間的には、3歳くらい。保護者たちを待つついでに散歩していたら、偶然入り込んだ迷子に出逢ったので、助けたっぽい。けど、人に触られるのがとっても苦手なので、こんな感じで。
「蛍火の杜へ」(花ゆめコミックス・緑川先生作)見てたら思いついた作品。緑川ゆき先生のやつは、大好きですっ!
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