12月30日、曇り。今日は一層冷え込んで、雪でも降りそうなほど、どんよりとした空模様です。
明日で今年も終わりということで、今日から3日間下忍任務はお休みになりました。
ということで、私といーちゃんは朝から火影様のお屋敷にお邪魔してますっ。
いつもの通りに春日様に挨拶して、封印の間に直行です。
「おはようございます。早いですね」
最初に挨拶をしてきたのは、コタツでお茶を飲む、護衛のハヤテさん。もう一人の護衛であるゲンマさんは、任務があって昼まで帰って来られないとのこと。
そして今日のなーちゃんは、オレンジ色の半纏に藍色の着物。邪魔にならないようにと小さく結ばれた頭の赤いリボンがキュートです。
「おはよう、カノねぇ。イタにぃ」
おはよう、って返すとにっこりと微笑んでくれる。あぁ、なーちゃん。今日も可愛いわ♪いーちゃんも顔が緩んでるから、きっと同じこと考えてるんでしょうね。
でも今日は何しようかしら。大掃除は明日お手伝いさんがやってくれるらしいし、なーちゃんの部屋は昨日の襲撃で綺麗に片付けたばっかり。
かといって外に出るわけにはいかないわ。外になんて出たら、私刑に遭うに決まってるもの。こんな可愛い子が傷つけられるのなんて、見たくないわ!
けど、遊ぶにしても、なーちゃんの部屋には遊び道具なんてほとんどないし…。
「ハヤテさん、あれは何です?」
隣にいたいーちゃんが、なーちゃんの側にいたハヤテさんに尋ねる声で、私は我に返った。指差す先には、2つの山になった本、本、本…。
「あぁ、あれですか。昨夜、火影様が忘れていった資料ですよ」
「いや、そうじゃなくて…」
「あの。見間違いじゃなきゃ、その資料をなーちゃんが読んでると思うんですが;」
そうっ。なんと、火影様の資料を、まだ2歳のなーちゃんが、両手で持ってじっと読んでる!
時折首傾げてるのが、お人形みたいで可愛い〜…じゃなくってっ!!
「どうしてそんなのをなーちゃんが読めるんですか!!」
「普通2歳の子供が字を読めるわけがないと思うんですが?」
「そ、そう言われましても…なんと言いますか。なー君は、実は私達が気付いたときにはもう、ある程度は読めるようになってたんです。はい」
……うわ、驚愕発言っ!本当なの、それ?!もう一度問い返すと、ハヤテさんは困った顔で頷く。
けど、誰が教えたのかしら。何も教しえられなかったなーちゃんが、字なんてどうやって覚えられるっていうの?
「なー。それ、読めるのか?」
「ん。あるていどは。ね、イタにぃ。ここどうとけばいいの?」
「どこだ?………こ、これは;」
あら。いーちゃんが今度は困った顔してるわ。どうしたの、って尋ねると、いーちゃんは複雑な顔で私に本を突きつけた。
「……これって、暗号、よね?」
「あぁ。しかも火影様が解読中のもの、だろう」
「何でわかるの?」
「ここにあるのは、こいつを解読するための資料だ」
こんな重要なものを忘れるな、といーちゃんが毒づく。私もそう思ったけど。なーちゃんはそんな私達を見て不思議そうな顔をしてる。
「ねぇ。けっきょくどうすればいいの?」
「あ、あぁ。ここはだな、この式をこっちの法則にあてはめて…」
いーちゃんが専門的な解釈を始めたが、はっきり言って私が聞いても全然っわからない。こういう時、いーちゃんは優秀だなぁって思う。さすが、下忍ルーキー中『天才』って呼ばれるだけはあるわ。
でも、それって火影様のやつ、よね。勝手に解いてもいいのかしら?
「いいんじゃないか?放っていったのはあっちだ。今日にでも取りに来るだろう」
…それもそうね。ちょっと気になることはあるけど、なーちゃんもいーちゃんの暗号解読講座に聞き入ってるみたいだし。じゃあ私はハヤテさんとあの本の山を片付けるとしましょうか。
ってなわけで、昼ご飯ついでに火影様が本を取りに来るまでの2時間、私達はそうやって時間を潰していった。
もちろん勝手に見た資料のことで、火影様のお説教つき、だったけど(でも仕事の役にはたったらしいわ)。
春日様にお昼をご馳走になって、午後の時間。
3人だけになった私達は次に何をしようか、考えた。
ハヤテさんは火影様の本運びの手伝いで少しだけアカデミーに行ってしまった。ゲンマさんは、火影様の話によると、おやつの時間くらいにこちらに来れそう、だそうである。
「たまには、お昼寝でもする?」
「ねるの?よるじゃないよ?」
「昼に寝るから、お昼寝、よ」
「まぁ、やることは特にないしな。漢字を覚えるのもいいが、年末を挟むと中途半端だから止めようか」
「ハヤテさんとゲンマさんが来るまで、ゆっくりしましょ。ね、なーちゃん」
寝るのが不服なのか、なーちゃんはちょっとふてくされた顔をしている。
「それとも、私と一緒に寝るの、嫌?」
「そんなことないよっ!カノねぇだいすきだもんっ」
ふくれた顔も可愛いけど、必死なトコもいいわっ!…なんて、姉バカもいいとこかしら?
でも、嬉しかった私はなーちゃんに抱きついて、そのまま畳の上に横になった。あー、こたつの中ってあったかい。
「あ、ずるいぞっ。カノン!」
俺にも抱っこさせろ、なんて文句を言って、いーちゃんも一緒に横になる。あっという間にこたつが狭くなったけど、なーちゃんは少し嬉しそう。
「人生には、休息も必要なのよ。なーちゃん」
「これも、きゅうそく?」
「そっ。だから、ちょっとだけお休みしましょ」
おやすみ、とおでこにキスを一つ。いーちゃんも私に倣っておでこにキス。すると、なーちゃんは笑って、私たちの頬にキスを返すと、目を閉じて、すぐに眠った。
「かわいい〜っ」
「あぁ。そうだな」
「こんなに可愛いのに、何が気に入らないのかしら!」
「大声出すと起きるぞ」
「あ、ごめん」
あどけない寝顔は歳相応。本当に天使のようにきれいで、見ていた私は思わずため息。将来どれだけの美人になるかしら…って、気が早いわね。
ふと気付くと、目の前でいーちゃんも眠っていた。ちょっとふけて見える顔も、今は子供そのもの。
思えばいーちゃんも苦労人よね。下手に成績よかった上に、一人暮らしの私と違って名家の長男だもの。いつも思うけど、うちはのおじさまも親戚一同も怖い人よね。私、間違ってもあんな家には住みたくないわ。
………あぁ、なんだか眠くなってきた。私も寝ようかしら。
こたつと体温の心地よいあたたかさに、私は目を閉じて、ゆっくりと意識を手放した。
次に目が覚めたのは、ハヤテさんに起こされた時。見れば時計は3時をまわったところ。
その時にはゲンマさんもいて、今日のおやつを前に嬉しそうにしていた。
同じく起こされ、欠伸をするいーちゃんの隣で眠るなーちゃんを、私は起こす。
「ん、ん〜っ。なぁに?おきるの、カノねぇ?」
不機嫌顔で眼をこすりながら、なーちゃんが起きてくる。こういう時のなーちゃんは、寝起きがあまりよくない。いつもは神経張り詰めて、何かがあったら起きれるようになってるからだ。だから、こうした姿を見せてくれるのは、かなり信頼されてる証でもある。
「…んー。ん?あ、ゲンにぃ!おかえりっ」
「おぅっ!ただいま、なー。ほら、早くおやつにしようぜっ」
「うん!きょうはなぁに?」
「さっき春日様と一緒に作ったクレームブリュレです」
「え、ハヤにぃがつくったの?」
「えぇ。おいしいですよ」
スプーンを渡されて、目の前に置かれたブリュレを見つめるなーちゃん。初めて見るおやつにキラキラと目を輝かせて、瞳は宝石の様です。
「いただきますっ」
ちゃんと手を合わせておりこうさんね♪私も食べようっと。
スプーンを指すと、香ばしいカラメルがパリッと割れて、とろりと黄色いカスタードがあふれ出る。うわぁ、おいしいっ。
見れば、なーちゃんも同じことをやって、嬉しそうである。一口、口に運ぶたびに、きゅうっとした笑顔を披露。いいわぁ、もう!
「おいしー、ハヤにぃ!」
「それはよかったんですね。作ったかいがありましたよ」
「んんっ、ハヤテ。うまいぞっ」
「…その『おかわり』の手さえなければ、素直にありがとう、と言えたんですがね」
一人一個と、ゲンマの手をぺちりと叩いて、ハヤテは呆れた風に答えた。
それに一同から笑いが起きる。
そんな時、いーちゃんがあることに、気がついた。
「おい、カノン。雪が降ってきたっ!」
天からひらひらと舞い落ちる、白い雪。
いつの間に降ってきたのか、窓の外の風景は、うっすらと雪化粧がかかっていた。
「うわぁ。ホントだ…いつからだろ?」
「寒いと思ったら。とうとう降り始めましたか」
「おぉ!明日は積もるだろーな」
「…ね、『ゆき』ってなに?」
まだ雪を見たことがないのか、なーちゃんが聞いてくる。それに私は答えてあげる。
「『雪』っていうのは、前に話したと思うけど、空から降ってくる氷の結晶のことよ」
「………あっ。あめがさむくなると、こおって『ゆき』になるんだよねっ」
「何っつー、現実話をしてるんだよ」
「いいじゃないですか。適当な嘘教えるよりは」
「そうよね、いーちゃん。第一、なーちゃんがそう教えてほしいって言ったんですよ」
「まぁ、一理ありますね。なー君は嘘をつかれるのダメですから」
「いいのかよ…2歳児が『雪は氷の結晶だ』なんて言ってて」
引き攣った笑みを浮かべるゲンマさんに、私といーちゃんはにこりと笑って黙らせた。
なーちゃんが喜ぶなら、どんなに現実味のある説明であってもいいんですっ。
……ちょっと寂しい気はしたけど、ね。
「ね、カノねぇ。ゆき、って『りっか』っていうんだよね?」
「ん、そうね。結晶が六角形の形で花に似てるからよ。でも肉眼じゃ見えないわよ」
「…うん。そうだよね」
なーちゃんは窓を開けて、オレンジの半纏を翻し、庭に出た。
差し出されたなーちゃんの手のひらを、雪は掠めて地面へと落ちていく。
その中で、一つ、二つと、雪が手のひらに乗った。
「すぐに、とけちゃった…」
「それは、なーがあたたかいからだ」
「あったかい?なーが?」
「そうよ。みんな、誰でも、体があったかいものなの。雪は冷たいから、触れると溶けるってわけ」
「そっかぁ…おはな、みたかったのに」
おはな、とは結晶の六花のことのようだ。しょげたなーちゃんに、私といーちゃんがあわてて今度写真と顕微鏡を持ってきてあげる、と言うと少しだけ嬉しそうに笑って、ありがとうと言った。
ふんわりとした微笑を浮かべるなーちゃんに、私といーちゃんは、言葉も出ないほど感激した。これぞまさしく、天使の笑みっ、よね!
外に出たなーちゃんは、子犬のようにはしゃいで、今度は庭にある七竃に近寄って、物珍しそうに雪を見る。
「そういえば、『雪月花』というのは、美しい景観を指す言葉、だったな」
ふと、いーちゃんがそんなことを言った。
雪…は今降ってるし、花…は七竃?よね。じゃあ………
「月、は。なーちゃん?」
「あぁ。ぴったりだろう?」
「そうねぇ。月…うん。そんな感じかもね」
あの光り輝く金糸とか、冴えるような瞳の蒼とか。どことなく『月』に似ているかもしれない。
「なー君が月、ですか」
「中々合ってるんじゃねーの」
ハヤテさんもゲンマさんも、その例えが満更ではないらしく、口元が緩んでいる。
「あ、そうそう。ちょっと思い出したんですけど。『初雪』でしたよね、これ」
「お、そういやそうか」
「それがどうかしたんですか、ハヤテさん?」
「いえ、ね。『初雪』に願いをすると叶う、って聞いたことがあるなと思っただけなんです」
あぁ。そういえば、そんな話、アカデミー時代に聞いたことあるなぁ。いーちゃんは知らなかったのか、へぇ、と感心した呟きをもらしている。
「おねがいごと、できるの?」
「なー君は何をお願いしたいですか?」
「うえっ。…えっとね、ん〜と」
考えてる、考えてるっ。首を傾げたところなんて、あどけなくて可愛いなぁ。
なんて思ってたら、すっごく嬉しいことを、なーちゃんは言ってくれた。
「カノねぇ、イタにぃ!つもったら、あそぼうねっ!!それがおねがいごと、なのっ」
わっ、なんて神々しい!まるで、一枚の絵画みたいよ、あそこだけっ。
近日稀に見る満面の笑顔で言われ、私といーちゃんがもちろん断るはずもなく。
同じように、笑った顔で、いいよ、と返事を返した。
この後、雪はしばらく降り続き、正月を過ぎてようやく止んだ。
私たち下忍の最初の任務は、当然雪かきになった。あー、疲れたわ。
けれど、帰りに寄った火影邸の裏庭には、大きな雪だるまが2つと小さな雪だるま+雪狐。
なーちゃん作のそれらは、実に楽しそうな笑みを浮かべていたので、嬉しさに思わずそこで記念撮影を撮りましたっ!!
そして、約束通り、私たちは雪合戦にかまくら作りと、大いに遊びました。
そこで、思ったことは、唯一つ。
やっぱり、私の月天使は、世界一、可愛いわっ。