心が壊れかけた、動かぬ金色の少年を見て。
何と綺麗で、透明な存在なのかと、思った。
そう………まるで、月の化身のような、人形だと。



First Contact・後編



 5人がランに導かれるままやってきたのは、南の外れにある森の奥深く。もう少し行けば、里の外になる。
「このまま行くと、何がありますか?火影様」
「この先…かの?確か………」
「作りかけて放置した廃工場があります」
イタチの質問に、ハヤテが火影より早く答えた。前を走るランは早く、ついていくのがやっとである。
「なぁ、ハヤテ。あいつ、大丈夫だと思うか?」
「わかりませんよっ、そんなこと!いくら、治癒力が常人より早いといっても、致命傷にもなればっ……」
「あの!それってどういうことなんですかっ?」
ランに乗って前を走るカノンが、ハヤテの言葉を遮った。息も切れ切れに、彼は答えを返す。
「ナルト君はっ、封印の影響なのか、普通よりも治癒力に優れているんですっ。多少の怪我なら、切り傷も痣もその場ですぐに治ってしまいますっ」
「けど、それだけだ!痛みは感じるし、その傷がもし致命傷ならっ、治っても出血多量で死んじまう!」
もし、誘拐した犯人がそれに気づけば、嬲り殺しにされかねない、とゲンマが憤った。
「そんな…っ、子供に対して、そんなこと…」
「私たちがっ、4ヶ月の間で見てきた襲撃者は、皆そんな人でした!」
「あぁっ。残念だが、里がどれだけ九尾とナルトを同視してるかっ、俺達は知ってるんだよ!!」
返されたのは、悲痛な叫び。イタチもカノンも、思わず黙り込んでしまった。火影は、俯いて表情を隠す。誰も、そのことに気づけなかった。
「……あ、見えましたっ!!」
先を行くカノンが、立ち止まった。イタチたちも同じく立ち止まる。
目の前に佇むのは、建設途中で放られた、風化が目立つ外壁の廃工場。しかし、工場というよりは、大きな事務所といった感じだ。
床に崩れた扉を踏み、建物の中に入った。埃被った床が、歩く度に舞い上がる。何年も使われないままであったため、割れた床からは草が生え、まさに忘れられた場所であった。
「こんなとこ、あったんだなぁ」
「私たちが生まれる前に放られましたから」
小声でゲンマとハヤテが話す。が、すぐに止めた。ここは少しの音でも響くのだ。万が一誰かが来れば、大変なことになる。何しろ、向こうが何人いるかや、どれだけ強いかは全くわからないのだ。


警戒しながら、5人は歩く。ところが、ランは構わずどんどん奥へ歩いていく。
「どこまで歩くんだ?こいつ」
「そんなの、わかんないですよっ」
聞かれたカノンが、自棄気味に答える。緊張感で気が高ぶっているようだ。
「静かにしろ、カノン。敵に気づかれるぞ」
「そう言っても………どうしたの、ラン?」
突然立ち止まったランに、カノンは訝しげな声をあげた。ランは、人であれば眉を顰めるような口調で告げた。
『気ヅカヌカ?カノン』
「何?もしかして、敵がいるの?」
5人が一斉に警戒を強める。だが、ランは首を振った。
『ソウデハナイ。血ノ匂イ、ガスル』
「………血の匂い?」
『ソレモ、タクサンノ人ノ血』
たくさん、という言葉にイタチは眉間にしわを寄せる。今のは、一人ではなく、多くの人間が死んでいるような言い方だ。
「どういうことでしょうか?火影様」
「わからん。…ランと言ったか。それは、すぐ近くかの?」
『……コノ先カラダ』
間を空けて返ってきた答えに、一同は小走りで奥へと進んだ。
先にあったものは、作りも頑丈な鉄の扉。扉には何重にも南京錠がかけられていた形跡がある。ランの言う血の匂いはここからきているようだ。
「………開けます」
「うむ。気をつけての」
イタチはそっと重い鉄の扉を開けた。その途端、錆びた鉄の匂いが、強く鼻に突いて、顔をしかめた。
そして、完全に開かれた扉の先で見たものに、一同は愕然とした。


一つの窓もない部屋は、壁も床も天井も、全てが完全に白く塗られていた。備え付けられたのは白いベッドが一つのみ。そこから伸びるのは、細い鎖。まるで、囚人の部屋だ。
しかし、その部屋は今、禍々しいほどの真紅で塗りつぶされていた。どこを向いても、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤………。
床は一面、ペンキをぶちまけたような、赤の海。倒れた人々は、皆恐怖に顔を引き攣らせ、どれも引き裂かれたり首がおかしな方向にねじれていたりと、無残な姿で死んでいる。
潔癖の白は、人間たちの血の赤で、見事に染め上げられていた。


隣にいたカノンが、吐き気を抑えるように口を手で覆ってランにもたれかかった。イタチよりは先輩になるハヤテもゲンマも、火影さえも、その光景に圧倒される。
慣れぬ光景に恐怖を覚えたイタチは、ふとベッドの上に座ったままの、一人の子供を視界に捉えた。
イタチはそっと血の海に足を踏み入れ、子供に近づいた。
同じように、白の着物を赤で染めた子供は、微動だにせず、まるで精巧な人形のように、ただそこにいた。生きているのか死んでいるのか、わからない。両手足首と首には、鎖の千切れた、傷だらけの枷。だが、死体とは決定的に違うのが、細く青白い小さな手が、血で濡れていたことだった。
「………全部、君がやったのか?」
問いかけに応えは返らない。それどころか、動きもしなかった。イタチは首を傾げて、俯いた子供の顔を覗く。
「…いー、ちゃん」
震えながらもランに縋り付きながら、カノンが側に来た。同じように覗き込んで、はっと息を呑んだ。
手足と同じく青白い顔とくすんだ金色の髪には、赤い血がこびりつき、影で暗い藍色の瞳は、虚ろで何も映してはいなかった。
カノンは困惑したように、イタチを見た。イタチも思わずカノンを見返す。そして、困惑したまま子供の頬にそっと手を当てた、その時だった。
「………ぁっ」
微かに口元が動いた。そして、………

「ぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」

「ぐっ!!」
「きゃあっ!」
子供の口から発せられた、大絶叫。側にいたイタチもカノンも、そして入り口にいた3人も、思わず耳を塞ぐ。
頭を抱えながらの子供の悲鳴は、頭が割れそうなほど痛かった。耳を塞いでも、それは変わらない。しかしそれは、ただ聞いているだけで、切なく悲しく、胸を突くような絶望の悲鳴。
「…っく、何とか、なりませんかっ?!」
「耳が、いてぇ…」
ハヤテもゲンマも、あまりの痛さにしゃがみこむ。
そんな中、カノンが顔を顰めながらも、子供に向かって手を伸ばした。

ふわり。
絶叫が木霊する中、カノンはぎゅっと強く子供を抱きしめた。
「…っ、だいじょう、ぶよ!大丈夫。もう、何ともないから」
優しい、声。いーちゃんも、と呼ばれたイタチは、戸惑いながらも、カノンの隣で子供をそっと抱き込む。
「…あぁっ。カノンの言うとおりだ!お前を害するものは、もう何一つないからっ」
泣きそうな声で、イタチは子供に言った。カノンが子供の背中をあやすように、叩く。

「「ナルト」」
2人の声が重なった。

そして、それを合図に、絶叫はぱたりと止んだ。

しばらくして、2人が子供から離れると、青い光が2人を見ていた。
何と儚く、透明なディープブルーであろう。海の蒼さが、唯々見つめている。
「………だぁれ?」
ぽつりと、鈴を転がしたようなソプラノが、子供の口から零れた。それに微笑んだイタチは、子供に手を差し伸べる。
「ナルトを迎えに来たんだよ。火影様の家に帰ろう」
「…なぅを、ころしに、きたの?」
舌足らずな言葉で、無表情に子供は言う。イタチもカノンも驚いて、どういうことかと尋ねた。
「だって、このひとたち、いえにかえろうって、いって、なぅをつえだしたの。けど、つえてかえたらいえじゃなくて、いつものようになぐられたりけられたりで、でもうごけなくて。ぐさってきて、みたらあかくて、それで…」
「もういいよっ!!」
続きそうな言葉を遮って、カノンは泣きながら子供をもう一度強く抱きしめた。子供は首を傾げながらも、泣きじゃくるカノンの頭をぽんぽんと優しく撫ぜる。
「どうしたの?」
「……っ。な、んでも、ないのっ。なーちゃんが泣かないから、私が泣いてる、だけっ」
「なく?」
本当にわからないと言いたげな顔で、子供はイタチを見た。イタチはため息をつくと、そっと子供の髪に触れる。子供は一瞬ビクリとしたが、彼は構わず髪に触れ、柔らかな金糸を撫でた。こびりついた血が痛々しい。
「悲しい時や、痛い時、苦しい時は泣くものだ」
「かなしい?」
「胸がぎゅっとなること…だ、と思う。ナルトにはないか?」
「ぎゅっ………ある、よ」
「ならば、泣けばいい。すっとするから」
「…ぎゅって、おさまる?」
「あぁ。痛かったんだろ?一人でよくがんばったな」
生きていてくれてありがとう、と。イタチは微笑みながらそう言った。すると、子供は少しだけ顔を歪めた。
「…いきてても、いいの?」
「あた……」
「当たり前でしょ!!生きてちゃダメな者なんて、一人もいないんだからっ!!」
はじかれたようにカノンが顔をあげる。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。だが、子供は小さな手で、そっと頬に手を当てた。
「いたいの?」
「痛いわ。でも、それは怪我したからじゃないの。心が、いたいのよ」
痛いのに涙さえ流せない、そんな境遇に慣れてしまった子供を想って…。カノンは泣き続けた。
すると、子供はそっとカノンの頭を撫でた。
その時、イタチとカノンは、子供の頬を流れる透明の光を見た。
「あれ?なにこれ…」
自分の頬を伝う涙を拭う。しかし、一つ瞬きをするごとに、次々と雫が落ちてくる。
「これ、なに?」
「涙。それが、泣く、ということだよ」
「…これが、なく…」
ぽたりと、赤くまだらに染まった白の着物に、落ちる子供の涙を、カノンは自分の袖で優しく拭う。
「これから、私達と一緒に学びましょうか?」
「まな、ぶ?」
嗚咽もなく静かに泣く子供に、カノンは泣いた名残の赤い目で、にこりと笑った。
「そうっ。学ぶのは楽しいわよ!ねぇ、空にかかる虹を見たことがある?」
「にじ?」
「光の架け橋のこと。すっごくきれいなの。それから、花のいい匂い。お日様の下で干した布団の暖かさ」
「いたい?」
「ぜっんぜん!むしろ楽しいの。きっと知ったら嬉しくなるわっ」
「たの…?うれし?」
「まずは、そこから始めなきゃ。ね?いーちゃんっ」
「そうだな。色々な感情を先に教えるとするか」
そうすれば、きっとこの子は人形じゃなくなる。イタチはそう思った。


入り口の3人は、じっとその光景を見ていた。
「…火影様」
ふと、隣を見たハヤテは、火影が静かに泣いているのをみて、驚いた。だが、どことなく、その表情は嬉しそうだ。
「ワシは、初めてあの子が泣くのを、見た」
「…えぇ。私も、です」
「とても、嬉しいんじゃよ。初めてあの子の心を見た気がしてのぅ」
ただ涙を流し続ける老人は、いつもの『火影』の姿ではなく、普通の孫を思う老人のようであった。
ハヤテとゲンマが見守る先では、イタチとカノンが伸ばした手を、子供は怯えながらも取り、抱き上げられていた。
お互い顔を見合わせて、よかったと心から安心する。
「火影様、先程おっしゃられた任務についてですが」
「う、うむっ」
子供を抱き上げたカノンと共にこちらに来たイタチに言われ、火影は慌てて涙を拭った。それに苦笑しながら、イタチとカノンはしっかりと言い切った。
「うちはイタチ。この子の教育係、喜んでお受けしたいと思います」
「同じく、桜庭カノン。拝命、謹んで承知いたします」
彼らは、火影に深々と頭を下げた。それに火影は嬉しそうに頷き、何度も、ありがとう、と彼らに言った。
抱き上げられた子供は、不思議そうに全員を見渡す。だが何も言わずに、下に控えていた純白の獣に無邪気に手を伸ばして頭を撫でた。
「…ふわふわ?」
『我ガ名ハ、《ラン》。以後、オ見知シリオキヲ。殿下』
「ら、ん?なまえ?」
聞き返した子供に、ランは肯定するかのように、近づいて血に汚れた頬を舐め、綺麗にする。唯一側にいて彼らのやり取りに気付いたカノンは、何のことだかさっぱりわからなかったが、ランと子供が仲良しなのをみて、嬉しそうに笑った。
「では、皆さん。帰りましょうか」
「だなっ。きっと春日様が心配して倒れてるかも」
「それっ、洒落になりませんよ、ゲンマ!」
笑う相方を小突くハヤテに、皆が笑った。その中で、そっとカノンとイタチの服を引く者がいた。
「なーに?」
「なまえ、なぁに?」
海の蒼をした瞳を少しだけ輝かせて、子供が見上げてくる。
「俺は、うちはイタチ、だ」
「私は、桜庭カノン、よ。なーちゃん」
微笑みながら言われた名前を一生懸命呟く姿は、2人には何とも愛らしく見えた。
「じゃあ今度は私達の番。あなたのお名前は、なに?」
聞かれた子供は、交互にイタチとカノンを見る。
「なぅと、なの!!よろしく、カノねぇ、イタにぃっ」
元気一杯の声で、ナルトは2人に挨拶を返し、2人はその可愛さにぎゅっと抱きしめた。
その傍で、嬉しそうにその光景を見る純白の獣や、いいなぁと呟く火影を慰める新人中忍たちがいたことは、言うまでもない。


こうして、今度は6人と1匹になった一行は、火影の屋敷へと帰っていった。
それ以後、任務直後に修行と称して、火影邸にほぼ毎日入り浸りする下忍2人組の姿がよく目撃されることとなる。



「ところで、ナルトはいつから、『なーちゃん』になったんだ?」
「あら、可愛くていいじゃない。イタチでいーちゃんなんだから、ナルトでなーちゃんっ!ねー、なーちゃん?」
「ねー、カノねぇっ」
「…………(ナルトは絶対わかってないと思うんだが;)」
「可愛くないって言うの?」
「いや、ナルトは可愛いぞ」
「なら、いいじゃん。悔しかったら、いーちゃんも『なーちゃん』って呼べば?」
「………なー。」
「なぁに?イタにぃ」
「………(これはこれで可愛いから、いいか)」
「………(またまた私の勝ちね、いーちゃんっ)♪」



―――後日。
1月以上に渡る監禁生活を、翌日すっかり忘れたナルトが、カノン・イタチらに連れられてやって来た時、そこを青い狐火でうっかり燃やし、狐火のことを知らなかった彼らは大慌てしたが、結局建物は中にあった物ごと全焼。全ては何もなかったように、灰になった。
火影に一体どう報告すればいいのか、と頭を悩ませた彼らを見たナルトが、不思議な顔で首を傾げたのは、また別のお話である。




〜あとがき〜
前後編、一気に終了させました。書き進めると、中々面白いもんです。今回だけは暗い部分が結構あるわけですが。
そして、初登場のイタチさん&オリキャラ・カノンちゃん!灯的にはゲンマさん&ハヤテさん並に、大好きなコンビであります。
九尾事件からアカデミーに入るまでの話は、長編書くにあたって、初めから決めてました。教育係をイタ兄にっ!特上コンビも最初っから!…カノンちゃんが作られたのは結構最近ではあるんですがね;
けど、イタチさんはともかく、下忍編でカノンちゃんの姿を見ないのは何故か。それは………今は内緒ということで。
この後、特上コンビがトリオになり、ミズキさんしかり、日向家しかり、暗部になったらアスマさんしかり。神様家族やら、他の妖怪たちやら、あと、いのシカチョウもこっそり出てきます。
イタさん&カノちゃんコンビは、すばらしいくらいにナルちゃん至上主義者でもあります。というわけで、これからの親(姉・兄)バカっぷりをお楽しみに(笑)
多分、ここから先は楽しく明るいです。そして、夏休み中は多分このシリーズが一番更新進みそうです(書きやすいから)。
では、長々とお付き合いいただき、ありがとうございますっ。