罪人たちは、その瞬間、自分達が「何」と勝負をしているのか…わからなかった。
愚者はそう……人、ではないかもしれない。



いざ、勝負(ベット)



 ちりり、と首筋が総毛立った。
結界に遮られているとはいえ、壮絶な力を感じる。止まらぬ震えが下から這い上がる。
「何が起こるんでしょう…」
隣にいた白が呟いたので、横目で見ると、不安で体が震えていた。手を握ってやると、驚いたように間をおいた後、そっと握り返してきた。
「準備はいいか?」
「あぁ。いつでも。目眩ましを四重に仕掛けたからな」
自信たっぷりに言い放ったシカマルに、ナルトは瞳を閉じる。
そして、深呼吸をし、静かに《言葉》を唱え始めた。

『我が内に眠りし、世界が力よ』

言葉と共に、ナルトの足元に2重の光の輪が浮き上がり、くずれて読めないような小さな文字が無数に書き記されていく。

『願わくば、我、今ここに、その力の切れ端を解放せん』

掲げられた右手に、古の文字が浮かび上がり、赤く光を放つ。
「一体何が、起こるんだ…」
「まぁ、見てろよ。すげーものが見られるぜ」
シカマルは、呟いた再不斬に、そう返した。

『我が呼び掛けに、応えて出でよ!《覇王》に仕えし十二が神。夢に住まいし将、『太陰』!!』

力ある呼びかけに、彼の右手が一層光を強めた。
眩しいほどの熱量に、その場にいた3人が目を瞑る。
しばらくして、収まった光の後には、1人の少女が浮いて(・・・)いた。
『こ、こんにちは、主様。おひさしぶりなのですぅ』
肩辺りで切り揃えた緩やかなウェーブを描く雪のような白の髪、金色に近いセピア色の瞳。歳は13歳前後だろうか。表情も仕草も大変愛らしい。
「やあ、太陰。久しぶり。呼び出して悪かったな」
『そんなことないです!主様は、もっと我らを呼び出してもいいくらいですっ』
銀の鈴がついた服の袖を振り回し、少女――太陰は、興奮気味に力説する。しかし、ナルトはそれに微笑を返すだけであった。

「………あ、あれは、なんだ?」
「十二天将が一人、夢使いの『太陰』……らしい」
「あのぉ、そういうことじゃなくて……」
「ってか、らしい、ってなんだっ!?」
あれは何なのか、という質問をする白と再不斬。それにシカマルは単調な口調で答えていく。
「俺だって『太陰』は初めて見たからな。…ところであんたら、『覇王』伝説を知ってるか?」
「んなもん、3歳のガキでも知ってるぞ」
「3歳、はさすがに無理だと思いますが。僕も一応、知ってます」
『覇王』伝説――――それは、遠い昔、世界に国が一つもなかった頃。
創生の大神が流した血の涙から生まれた、世界の全てを司る1振の神剣のことである。
伝説によれば、その剣はある男に与えられ、男は剣を以って全てのものを従えていき、世界を一つの国とした。それが最初の『王』。以来、剣は『覇王』と名付けられた。
そのとき、大神の子供たちの中から、『王』の選定により四大元素の主が1人ずつ決められ、与えられたその土地を守ることとなった、とされている。
ちなみに、今現在も『覇王』はどこかにあり、それを鵜呑みにしたトレジャーハンターたちが血眼になって探している、とも噂されている…が、誰も見たことはない。
だが、この話は創生神話の1つとされ、解釈や内容は様々あれど、今や子供の絵本にもなっているお伽噺だった。
「まぁ、そいつが大衆的な話だな」
「大衆的、ですか」
「そう。伝説にしろ噂にしろ、そういうのは、めんどくせーことに、知られざる裏側ってのがあんだろ。まぁ詳しいことは省くが…この話の場合、実は剣には十二の『神将』と呼ばれる精霊みたいなのが宿っていて、その『覇王』の今の主が、あいつ―――ナルトだ」
白も再不斬も、目を剥いた。
「あのおとぎ話が現実だとっ!?」
「しかも、あの子が所有者なんですかっ!!」
「あー…やっぱ、驚くよなぁ」
混乱気味な2人を面白そうに横目で捉えながら、ナルトの体には九尾が封印されてる、とか妖たちの王である、とかはまだ言わない方がいいな、と、残念そうに口を噤むことにした。

さて、その隣では、ナルトと太陰の話し合いがスムーズ?に行われていた。
「ところで、頼みがあるんだが。聞いてくれるか?』
『もちろんですっ。主様のお願いごとなら何だって聞いちゃいます!」
実に嬉しそうに笑った彼女を手招きし、ナルトはボソボソと耳元で何事かを囁く。
太陰は、ふむふむと頷く。だが、その表情はかなり不安気だ。
『で、ですがぁ、そんなお役を、あたし如きが全うできるかどうか…っ』
「お前ならできる。いや、お前にしかできない、そうだろ?自分の力を信じろ」
『……わかりました。滅多にない主様のお願いですっ。がんばりますっ』
おずおずと胸の前に掲げた両掌の間に、青白く光る玉を作り出した。
「用意ができました!では、これから実行します」
「あぁ。よろしく頼む」
《……イノっ!!こっちへ引き上げろ!》
言うと同時に陰話でイノに伝える。何が起こるのか、皆が見守っている中。しばらくして一層濃くなった霧の中から出てきたのは、傷を負った―――再不斬、その人。
「ざ、再不斬さんっ?!」
「…白、俺はここだぞ」
本人も隣でそう言うものの、同じように動揺していた。
大きな包丁を片手で持ち、荒っぽく、だが音を立てずに来た姿は、まさしく『再不斬』そのものである。では己は誰なのか。
「はぁ、疲れたぜ。適度にカカシの相手ってのも、楽じゃねぇな」
「お疲れさま、イノ。悪かったな。お前の方が観察眼は優れてるからって、頼んじゃって」
「全然気にしてないぜ………むしろ、ナルの役に立てて良かったわ」
変化解除の煙の中から出てきた少女―――イノは、嬉しそうに笑った。手に持った大包丁は、こちらも変化だったらしく、忍用の鍔のない刀だ。
「あ、お前っ。さっきの……」
「はぁい!改めまして。山中イノちゃんでーす!」
「………本当に、そっくりでした。お上手ですねっ」
「っつーか、ドッペルゲンガーだろ」
「ありがとっ、白。『本物』の相棒が褒めたくらいだから、上手くいったわね」
シカマルの言葉をさり気なく無視し、白にこれからよろしく、と笑いかける。まだ仲間になったわけではない、と突っ込んだシカマルだったが、これもまた綺麗に無視され(本人は全く気にしてない)、白は戸惑うばかりである。
「じゃあ、やってくれ。太陰」
『は、はいっ、主様。始動、《実像消去》・《現身投影》!』
太陰が青白い玉を、高く掲げ上げた。光は一層強くなり、青から無色へと変わる。光が収まったには、玉は水晶へと変わり、中に青い字が真ん中に浮かんでいた。
「…一体、何をしたんですか?」
「見てればわかる。…ほら、現れた」
その時、白と再不斬は、信じられないものをみた。
すなわち、《再不斬》が突然現れ、霧の中のカカシへと斬りかかり、組み合う姿を。
さらには、《白》《ナルト》《イノ》《シカマル》と、その場にいる面々が次々に現れ、この状態になる前の位置へと戻っていく。
「な、なんなんだ…これは」
「これぞ、天将一の夢師・太陰の得意技だ」
本人を他所に主である少年は得意気だが、それではちっとも説明になっていない。そう思ったのか、苦笑に変えた彼は説明をしてくれた。
「つまり、『あれ』らはオレ達にも相手にも見えているが、それは太陰が対象とする者の精神に働きかけ、そこにあたかも『いる』と思わせているだけ。言わば、今見ている姿は、実体を持った幻だ」
「だから、刀を振るった手応えが明らかになくとも、カカシには『ある』と感じるってことだな」
「そ。さすが、シカマルは飲み込みが早い。ちなみにオレたちの姿は結界がなくとも、これが発動している限り『いない』と認識される。…そうだな、太陰?」
『は、はいっ。そ、そ、そうなりますぅ〜』
なんとも便利な術である。結界なしで、自分の姿を消すことができれば、暗殺など簡単ではないか。
しかしそう言えば、それはできないのだ、とナルトは首を振った。
「オレ自身『仕事』でこいつらの力に頼りたくないし、第一こいつらを人間の事情に巻き込む気はない」
『…主様は、呼ばなさすぎなんです。あたしたちの力をもっとご利用くださって構いませんのに…』
恨めしげな目をする太陰に、ナルトは微笑する。もっともそうするだけで、変える気がないのか、双方それ以上は何も言わなかった。
『では、あたしはこれで失礼しますっ。ごゆっくりお楽しみくださいっ』
太陰はナルトに優雅に一礼すると、空気に溶けるようにすっと消えていった。
後には何も残らない。宙に浮く玉以外、その場に少女がいた痕跡は見つけられず、最初から誰もいなかったかのようだ。
「さて、と。じゃあ行くか」
「行くって…どこにですか?」
「決まってんだろ。あっち」
シカマルはカカシがいるであろう場所を指し示す。霧も少しずつ薄くなっているようだ。
未だ戸惑うばかりの、半信半疑の2人に、ナルトは不適に微笑んだ。
「その目で賭けの結末を見てもらうために、な」


 それは、ちょっとした映画のようだった。
ナルトに連れられ、カカシやサクラの目の前に出てみた4人は、本当に自分達の姿が見えないことをまず確認してみた。試しに手をかざしてみたが、相手が気付く様子もなく、ナルトの力を知るシカマルとイノもこれは初体験だったのか、目に見えて安心していた。
そうなると、そこからは観賞会となる。邪魔にならないように移動したり、カカシと再不斬の戦いっぷりに批評をしてみたり。中々楽しくはあった。
そうこうしているうちに、白が再不斬の代わりに倒され、カカシとの対決は一旦終了。そこへ予定通りガトー一味(幻影)がやってきて、カカシが手助けする形で再不斬が鬼人のように一味を殺していき、イナリをはじめ武器を手にした町人たちがやってくる。
再不斬もカカシとの対決がたたり、最後は静かに息絶える。これで、白と再不斬は立派な『死人』となった。
「いやぁ、すっごく感動的だったわ!」
「…へぇ。内容はどうでもいいが、ああいうのは術として開発してみたいもんだな」
「どう?一応『感動編』で締めくくってみたけど」
途中から降ってきた白い雪が、涙のように積もっていく。目の前で自分達の死体が運ばれていくのを見て、再不斬も白も、非常に複雑な顔をした。
「……確かに、僕達死んじゃいましたね…」
「…………」
「ナルト君との賭け、負けちゃいましたね」
「…………」
「再不斬さん?どうかしました?」
黙ったまま体を震わせるのに首を傾げた白は、次の瞬間耳を塞ぐ羽目になった。
「……っこんなの、納得いくか!!」
くるりと振り返った再不斬の目が据わりきっているのを見て、ナルトは苦笑した。
「詐欺みたいな手口使いやがって!天将だか何だか知らんが、今のはお前の実力じゃないだろっ!」
「詐欺?馬鹿言うな。誰も「自分」がやるとは言ってないし、約束通り死んだことにしてやったから、誰にも見つからず木の葉まで行けるだろ。大体彼女はオレが呼んだんだから、オレの実力」
「そ、それでもだなっ。あれほどに呆気なくやられると、性質の悪い詐欺に引っかかった気分で……」
「あきらめろ、再不斬。何はともあれ、勝ちは勝ちだ」
ナルトはにやり、と人の悪い笑みを浮かべた。

「相手が悪かったな。お前の負け(You Lose)!」

バン、と指で胸を射抜かれるような仕草をされて。

再不斬は、しばらく二の句を告ぐことができなかった。


「きゃ〜、カッコいいっ!惚れ直すわぁv」
「……時々、男らしいよな。あいつ;」
「ってわけで、これからよろしくね。白!」
「はぁ……(多分、まだ再不斬さんは納得しないと思うんですけど…)」



〜あとがき〜
おみやげゲット編・その2でした!しばらくぶりの更新ですみませんっ。
《覇王》とナルトの関係については、こっちでなく『初めの物語』でいずれ書くかと思います。とりあえず、《覇王》=妖たちの王の証で式神(12人)が遣えるようになる伝説の剣、くらいの認識でいいかと;
それにしても…シカマルとかイノちゃんとかとの絡み少なーい…。次は日常に戻ってくるはずなので、書ける、かな。
その前に、里に帰ってきた話をもう一つ、書きたいと思います。