ナルトたちが立てた計画は、下忍6人によって速やかに遂行された。
そして、カカシが脱出不可能だったはずの『水牢』は破られ、再びカカシ対再不斬の構図が出来上がる。
「お前たち、よくやってくれたっ」
「くそっ、雑魚どもが…っ!」
カカシが出てきたことによって安心した様子を見せる下忍たちを、再不斬はぎりりっと強く睨みつける。
《さて、これ以上は手出ししないでおくか》
《そうね。けど、こんなので引っかかってくるかしら?》
《あれが奴の敵であろうと味方だろうと、ヤバいとこまでダメージを喰らえば、出て来ざるを得ないだろ》
動く気配を見せないもう一つの気配に注意を向けながらも、ナルトたちは目の前の2人を見ていた。
対峙するカカシが、今度はすっと左目を覆っていた額宛を引き上げる。
隠された部分に現れたのは、巴の紋が入った、赤い瞳――――その名を、『写輪眼』。
「『写輪眼』か…ようやく本気になったというわけだな」
再不斬の声が嬉しそうに響く。
そして、愛用の大包丁を構えると、カカシとの対戦が再開された。
「うっわぁ。すごーいっ。カカシ先生って、本当に強かったのね」
「普段からあれぐらい真面目にしていればいいものをっ」
「サスケぇ。それを言っちゃオシマイだってばよ」
「…そーよねー」
彼らが見る前で、再不斬が繰り出す術と、一瞬でコピーしたカカシが繰り出すそれが、ぶつかりあってはすごいエネルギーを撒き散らし、霧散していく。力勝負は互角であろう。
7班のメンバーで感心しているのか貶してるのかわからない会話を繰り広げられる隣で、タズナはほぅっと呆けていた。
「あの先生、超強いんじゃのー」
「一応、元暗部だし。アスマと同レベルって聞いてますけど。あ、アスマはあたしたちの先生です」
「ほーっ。で、あの目は何なんじゃ?」
「あれは、『写輪眼』って言って、木の葉のある名家一族の特殊能力とでも思ってもらえれば、いいんじゃないスか」
「へぇ、よくそんなの知ってるわね。シカマル」
「俺も知らなかったな」
「あ、そ。(いや、サスケは知ってなきゃおかしいんだが;)」
「でもあの目って確か、カカシ上忍がその一族の人から譲り受けたのよね?」
「えっ、イノ!何でアンタそんなことまで知ってるのよ?!」
「え、あー…聞いただけ、よ。ちらっと風の噂でね。ほらぁ、カカシ上忍って里の忍の中じゃ有名の部類に入るし」
「…そうだな。あんなんでも、一応ビンゴブックに名前載ってるんだったか」
「そうだったわねぇ。いつもあんなのだから、すっかり忘れてたわ」
呆れたようにわらいながら、彼らは戦いを懸命に見ている。強くなりたいと言うサスケなど、それを覚えるように真剣だ。
ふと、シカマルは随分静かなことに気がついた。そう。あのナルトが一言も話さないのだ。いつもうるさく騒ぐのが彼の『表の役』だというのに。
そのナルトは、というとじっと睨むように彼らを見ている。そして、声に出さず、き・ら・い、と言葉を紡ぐのを見た。
「嫌いって、何がだ?」
「(うぉ、シカ!どうした?)」
シカマルに小声で問われたことに驚いたのか、ナルトは焦って声もなくそう言った。そこでシカマルも話し方を読唇術に切り替える。
「(いや。今『きらい』って呟いただろ)」
「(…あれ、声に出てたっけ?)」
「(全然。偶然見ただけだ)」
「(そっか。じゃあ何でもないよ。うん)」
何もないようにサクラやサスケと同じく目の前の戦いを見つめる。
じゃあって何だ、とか、何でもないわけないだろう、とか。突っ込みたいのは山々だが、ここで言うわけにもいかず、シカマルは黙ることにした。
眼前で、再不斬とカカシによって、一際大きな同じ術がぶつかり合う。
だが、それは今までとは違い、カカシの力が勝っていた。再不斬が深く傷を負う。動けるか動けないかといったところか。
これでカカシの勝ちが決まる。
その場にいた大半の者がそう確信した。その時であった。
ぐさり、と再不斬の首に千本が刺さった。
引き締まった巨体がどさりと、地上に落ちる。驚いたカカシたちが見た先には、小さな少年が木の上に立っていた。
《ようやくのお出ましってわけか》
《でも、意外と若い、わね》
白いのっぺらぼうの仮面をつけ、額には霧隠れの印。察するところ、霧の里の追忍のように見える。
「っ誰だ?!」
カカシが警戒心も露に、声を荒げて尋ねる。
しかし、少年は別段取り乱すことなく、落ち着いた様子で答えた。
「ただの霧隠れの追忍です。里抜けした彼を抹殺するよう、命令を受けていたので、貴方を利用させていただきました」
軽やかに倒れ伏す再不斬の隣に、少年は降り立つ。そして、その体を持ち上げると、森の奥へと去って行こうとした。
「待て!そいつをどうするつもりだ?」
「この体はこちらで引き取ります。処分するのは里に帰ってから、と言われてますので」
用件は果たした、と言わんばかりにそれだけ言うと、少年は再不斬と共に森の奥へと消えていった。
「な、何だったの、一体?」
あっけなく去った彼らに、思わずイノが口に出してそう呟く。
《おい。シカ、イノ》
直後、陰話でナルトの呼びかけが聞こえてきた。シカマルもイノもその意味をわかっていたようで、すぐに答える。
《あいよ。追えばいいのか?》
《え、追うの?今から?》
《あぁ。どっちか一人行ってくれ》
だが、いきなり言われても困る。思わず2人は言葉なく顔を見合わせた。
《イノ、お前に行かせてやるよ》
《あら。シカマルこそ、遠慮しないで》
《これって諜報だろ。何て言っても、お前って諜報のエースだしな》
《それを言うなら、気配隠すのは、悔しいけどアンタの方が上じゃない》
一見相手に譲っているように見えるが、目で互いを見据えながら追跡を押し付けていた。
2人とも、せっかくのナルトと一緒にいられるチャンスを、誰がみすみす逃すかっ!!…が、本音なのだ。
《どっちでもいいが、早くしないと、いなくなるぞ》
何度か続いた言い合いに、呆れた様なナルトの横槍が入り、はっと我に返る。そして…
《《じゃんけん、ぽんっ!!》》
一回きりの(彼ら限定)真剣勝負の結果。
シカマルが出したのは、グー。イノが出したのは、…パー。
《やったーっ。あたしの勝ち♪》
《だぁーっ、負けたぁ…!》
《はい、決定。いってらっしゃい、シカ》
《って、それは何だ?》
《玖嵐専用の笛。音でないけど、吹けばすぐ来るから。とりあえず、あいつらの様子を報告、次の指示まで追跡してほしい》
ナルトから小さな笛を渡され、シカマルは渋々とそれを受け取る。玖嵐とは、ナルトが使役する、人語を喋れないものの理解できるほど賢く、主人にだけは忠実な、鷹に似た実体を持つ風精のことである。
《めんどくせーの、引き受けちまったな》
《気をつけて行ってこいよ、シカマル》
《おぉ。さっさと終わらせてくるぜ》
《いってらっしゃーい!ナルのことはあたしに任せて、しっかりねっ》
《それが一番心配だけどなっ!》
そう言い残して、シカマルは少年と再不斬を追って、静かに森の中へと消えていった。
ちなみにこれらは、全員が写輪眼の使いすぎで倒れたカカシに気をとられている、わずか32.7秒の間の出来事である。
「あら、シカマルは?」
「任務よ、に・ん・む!だから、全然気にしなくていいわっ」
「あ、そ、そう…;」
なので、倒れたカカシを近くにあるというタズナの家に連れて行く際、シカマルがいないことに気付いたサクラに、機嫌良く答えていたイノが見られた、という。
所変わって、森の奥深く。
先に行ってしまった気配を、シカマルは一応変化をした上で急いで追って、そこまで来てしまった。
そうして見たのは、少し広い場所に、少年が再不斬を横たえているところだった。
(お。向こうも、ちょうど今着いたところか)
木の上で息を潜め、気配を隠す。彼の気配隠しの上手さは、イノが言っていた通り、バレることはまずなく、ナルトのお墨付きでもある。
「ここなら大丈夫ですね」
シカマルに気付かないまま、きょろりと辺りを見回すと、少年は再不斬の首に刺さっていた千本を、すっと抜いた。
「ご気分は如何です?」
「……最悪、だ」
死んだ筈の再不斬が、目を開けた。予想通り、とシカマルは思った。千本が首に刺さり、少年が体を引き取った時点で予想された事態。これの確認が、ナルトが彼を追跡させた訳でもある。
「身体が動かん」
「ふふっ。仕方ないですよ。仮死状態にするツボに刺しましたから」
「一週間はこのまま、だったな」
「その通りです。けど、向こうだって同じくらい消耗してると見ましたから、いいでしょう?再戦、できますよ?」
「あぁ。実に楽しみだ」
くくっと笑う再不斬に、少年は嬉しそうな、悲しそうな表情をした。
(あの2人、どういう関係だ?)
じっと彼らを見つめる間に、シカマルはそれを考えた。
桃地再不斬に兄弟がいたという話は聞いたことがない。なら、里での部下だろうか。それにしては、多少若すぎる気もするが。
「けれど、どうしましょうか。このままあそこへ帰っても、とやかく言われるだけな気がするんですが」
「言っても仕方ないだろう。今はあそこで、しがない雇われの身だからな」
「再不斬さん……そうですね。あそこにはベッドがありますからね。外よりは少し楽でしょう。でも、無理しないで下さいね。僕、がんばります」
「悪いな、白。世話をかける」
(ん………?)
…いや、何ていうか、違う気がする。と、シカマルは思った。
そう。こういう展開が大好きなイノならば、彼らをこう言うだろう。すなわち、『貧乏なボロアパート暮らしの、新婚ラブラブ夫婦』と―――。
まぁそこまでは言わなくとも、それらしい雰囲気は彼にもわかる。
(…むしろ、駆け落ちか?)
霧隠れの里は色恋沙汰には厳しいと聞く、と考えながら、思考の片隅では、イノの思考が移ったか、と思ってしまう。
とにかく、2人が移動しそうなので、シカマルは一旦わかったこと全て(再不斬が生きてたことと少年の名前と、2人の関係(推測)くらい?)を書きつけ、笛で呼んだ玖嵐に渡し、自分はそのまま彼らの後を追っていった。
またまた戻って、こちらはタズナ邸。
いきなりタズナの孫に「死ぬよ」と言われ、動けないカカシを布団の上に寝転がしたナルトとイノは、サクラたちを誤魔化して、屋根で話をしていた。
「あーもうっ。何なのよ、あの子!」
「イノ、落ち着け」
「だって、初対面の人間に普通、死ぬよ、なんて言う?!どんな教育してんのかしら!」
「あれは、えーとツナミさんだっけ?あいつの母親がどうとかいう問題じゃないと思うけどな」
「うっ…わかってるわよ。ナルってば、女の人には優しいんだから。でもあたしもそう思うわ。多分、何かあるのよね」
「おそらく…死んだ父親関係、ってとこか」
彼らに対して、死んだような目で言い逃げのような真似をした子供を思い浮かべる。特に腹立たないし気にもならないが、ああいうのはあまり好きじゃない。
そういえば顔も知らない自分の父親も同じように呼ばれているな、とナルトは思い出して、呟いた。
「英雄、ね………」
「気になる?自分の父親と同じで」
「いや、どっちでも。むしろ、オレはあっちの……」
ナルトが何かを言い掛けて、ふいに口を噤んだ。上を見上げたので、イノが同じように空を見ると、一羽の鷹がこちらへと近づいてきた。
「よぅ、玖嵐。ご苦労様」
近くに降り立った玖嵐が、茶色の羽をばたつかせ、ピィと鳴く。ナルトはその足につけられた文をほどいて読み始めた。
「………やっぱり、あいつは生きていたか」
「確認して正解よね。あれだけバレバレな刺し方すれば、怪しいってものよ。多分カカシもその内気付くんじゃないかしら。で、他には?」
「特にはない。わかったのはあの仮面のやつの名前が『白』なのと、その……イノが好きそうなこと、書いてる」
「どれどれ………へぇ、そ〜なの。ふぅん」
渡された文の内容ににんまりと笑うイノに、ナルトは苦笑してシカマルに新たに文を書く。
書き終えた頃、何かを考えていたイノがようやくナルトに話しかけてきた。
「ねぇ、ナルっ。あたし、いいこと考えちゃった♪」
「いいこと?」
「そっ!ナルにも良い話だと思うわ。どう?」
「何だ?言ってみろ」
「えっとね、あの……………」
目を輝かせて言ってきたイノの話に、ナルトは静かに耳を傾ける。だが聞いている内に、ナルトの表情も綻んできていた。
「いいなっ、それ!採用するか」
「きゃっ!ありがと、ナル!!」
嬉しさのあまり抱きついてきたイノに、ナルトも笑顔を返す。そして、書きあがっていた文に一文付け加えると、再び玖嵐をシカマルの元へとやった。
「楽しくなりそうだな」
「ホントよねぇ。いいおみやげができそうっ」
しばらく2人は、実に楽しそうに屋根の上で人知れず笑い合っていた。
「な、なんだと〜〜〜っっ?!!」
シカマルは敵地が近いにも関わらず、思わずその場で絶叫してしまった。居合わせた玖嵐は、耳を塞ぐ真似をする。
なにしろ、返って来た返事には、『ついでだからそのまま2人の様子とガトー一味の動向を監視しろ』と書いてあったのだ。
(あいつか?あいつの陰謀なのかっ?!)
思い浮かんだ幼なじみの少女の顔に、頭を抱える。
『監視しろ』というのは、『しばらくナルトに会えない』ということだ。それは、シカマルにとって死活問題である。
(くそぉっ。何のためにあいつについて来たのか、わかんねーじゃねーかっ!!)
ナルトには会いたい。しかし、これはナルトの命令である。ナルトとシカマルの立場では、ナルトの方が上なのだ。
そして、もう一つ。
(しかも、何で今こんなことを言い出すかな〜っ)
最後の一文に書かれたことが、シカマルに余計な問題と更なる追い討ちをかけてくる。
だが、シカマルは知っていた。
――― どうあっても結局、自分はナルトの願いは断れないのだ、ということを。
(ま、こんなとこでグダグダしてても始まんねーし。がんばるとすっか)
めんどくせー、と本日何度目かの口癖を呟くと、玖嵐とともに、眼下にそびえたつ敵の本拠地へと乗り込んでいった。
気になる最後の一文は、こう。
『できたら、あの2人こっちに引き込みたい。良い方法をそっちでも考えてね。期待してます』