罪人は愚者を見て、愚かだと言った。
それを聞いた愚者が誰にも分からぬよう、嘲笑ったことも知らず。



静かなる開演合図



 霧の深い中を、すい、と音も立てず7人を乗せた小さな船は水面を滑っていく。
誰にも見つからぬよう、ただ静かに、静かに走る。ナルトはその邪魔にならないくらいに、そっと水の中に手をつけた。

タズナの事情を聞いた後、一行はタズナの大工仲間の操る船に乗ることになった。聞けば、タズナの家は海の向こう岸なのだという。
しばらく進むと、海岸に着く前から霧が視界を覆うようになっていた。この地方では、冷え込むと霧が発生しやすいらしい。伝説では、海に住む神は地上にあがると空を飛ぶので、その姿を人に見られぬよう霧を作り身を隠すそうである。もっともそれを信じているのは、年寄りくらいだそうだが。
それはさておき、海に立ち込めた霧の中を、ガトーの刺客から隠れるように、一行は向こう岸へと進んでいた。

 冬ではないとはいえ、秋も終わりかけのこの時期は、やはり水が冷たい。ナルトがその冷たさにものとも言わずしばらくそうしていると、船の下に黒い小さな影が見えた。どうやら一匹の魚のようである。しかし、時折見えるその体の色は輝きを押さえた青銀色で、普通の魚にしてはえらが大きい。
『しばらく前からこのようなひなびた場所に大きな力を感じると思って来てみれば。道理でそのはずですわ』
アルトの澄んだ、せせらぎのような声がはっきりと聞こえてきた。だが、まわりにはその声が聞こえていないのか、誰一人首を動かしたりしていない。どうやらナルトにのみ、しかも耳でなく頭の中へ直接、聞こえているようである。
そのナルトも別段驚くこともなく、何もないような顔で静かに手をつけていた。魚はその手へと擦り寄ってくる。
『悪いな、無断で入って。本来ならそこへ入る前に使者を送るのが礼儀だろうが、許してくれ』
『まぁっ。王を許さぬものなど、この世にはおりませんわ。こちらこそご挨拶がおくれましたこと、お許しを』
『気にするな。勝手に入ったのはこっちだからな』
口を動かすこともなく、心で話しかける。その方法は陰話とはまた違い、忍術でもない形でのものだ。
返事を返すと、魚は上機嫌で、またナルトに話しかけてきた。
『はじめまして。お目にかかれて光栄ですわ。王』
『それよりも、しばらくここにいることになる。構わないか?』
『もちろんですわ。アナタ様を歓迎する宴を開きましょうか』
『いいや。今回は人間側の用事で来たんだ。終われば何も言わずに帰る』
『人間の用事…そういえば、王も一応は人の身でありましたわね』
『宴は、次に来た時まで楽しみにとっておく。やってはいけないことがあったら、希望を聞いておくが?』
『まぁまぁ。もったいないことをおっしゃいます。…でしたら、できるだけ海には血を流さないでくださいませ』
『何か問題でも?』
『最近綺麗に掃除したところですの。人間ときたら、犬でも人間でもぽいと捨てるのですわ』
おかげで拾いあげるのが大変だった、とぼやく魚。苦笑気味にご苦労だったと言うと、魚は嬉しそうにお礼を言った。
『では、そろそろ戻ってくれ。もしかしたら何かあるかもしれないが、特には気にしてくれなくていい』
『わかりましたわ。では御前、失礼いたします。ご武運を』
同時にぴしゃり、と水飛沫をあげて、魚は再び水底へと深く潜っていった。ナルトも手を引き上げて、ハンカチで拭う。
「何見てたんだ?ナルト」
「魚だってばよ。青く見える銀色ので、珍しかったから、見てたんだってば」
シカマルの小声の問いにそう答えると、あっそう、とだけ返してくる。カカシたちにはわからずとも、彼にはそれだけで何をしていたかわかったらしい。暗部で火の国を離れると、ナルトが土地の精霊たち相手に交信しているのを時々見ているからだ。
《で、何だって?》
《海を血でできるだけ汚すな、だとさ》
《めんどくせー。それって、戦えば無理な話じゃねぇ?》
《そうでもないさ。土の上なら問題はない》
涼しげな口調で伝えてくるナルトが、隣のシカマルにもたれかかってくる。向かい側に座るサスケとカカシから来る視線が一層痛くなる。
まだ着きそうにない岸を思い、向かいの視線をさえぎるように、ナルトもシカマルも静かに目を伏せた。


 長いような短いような時間を船で過ごした後、一行はようやく岸へとたどり着いた。
「お前は明日からもう来んでええぞ」
着いた途端、もう橋作りはやれない、と弱音を吐くタズナの大工仲間にタズナがそう言うと、船頭をしていた彼は船を操って、また霧の濃い海を戻っていった。
「さぁ、行くぞ。ワシの家はこっちじゃ」
そう言うと、また歩き始めた。その顔に悲しみが見えて、ナルトは《表》らしく気遣うように、タズナに尋ねる。
「あのさ、あのさぁ。いいんだってば?」
「いいんじゃ。あぁいうのは、放っておけ」
「けど、オッチャンが辛そうだってばよ?」
「超、気のせいじゃっ」
ピシャリと言い放って、また黙り込む。誰も一言も話さないまま、歩き続ける。
 だが、それは長くは続かなかった。

《あとをつけられてる?》
しばらくして、イノが隠話を使って2人に話しかけてきた。
《あぁ。しかも2人。相当な使い手だ》
《こりゃあ、カカシと同レベルか。あるいは上か》
《そうね。殺気の隠し方が、さっきとは比べ物にならないほど上手いわ》
それでも滲み出る殺気を押さえきれていないところがある、と言う口調はどこか楽しそうでもある。
《イノ…お前が相手するんじゃないんだぞ》
《わかってるわよっ。でもカカシがダメだった時は、いいでしょ?》
《ダメな時があると困るんだがな》
ギリギリまで待て、とたしなめたナルトは苦笑する。
だが、軽口を叩いたところで、敵が消えていくわけでもない。さてどうするか、と3人は考える。
《これじゃあカカシが奴らと戦うことになるな》
《けど2人よ?無理じゃないかしら。どっちにしてもこっちに1人来るわね》
《サスケは多分使えるが、サクラはどうだ?》
《う〜ん。あたしとしては、使えるって言ってあげたいけど…無理ね》
《お前はどう動くつもりだ?ナル》
《…一応、さっき啖呵切ったからな。サスケにでも加勢してやる》
《あっ。こっちに来るわ》
イノの指摘通り、一人こちらに近づいてくる気配がする。ナルトはちゃっとクナイを構え、そこだっ、と勢いよく投げつけた。
クナイはまっすぐサスケの眼前を通り過ぎて、脇にあった森の中へと消えていった。
「……あ、危ないじゃないのっ、ナルト!サスケ君、怪我ない?」
「………無闇に投げるな(こ、怖かった;)」
「超、危険じゃの」
投げた方向から出てきたのは、可愛い白ウサギ。それにナルトは首を傾げて見せた。
「おっかしいってばよ。そこになんかいたと思ったのにぃ」
「ほら見なさい。もうっ。アンタしばらくクナイ禁止ね」
「えぇ〜っヒドいってばよ!」
《避けられたな》
《下忍レベルだから。避けられなきゃ、バカだ》
表でサクラに怒られてしょげる振りをしながら、シカマルと陰話を使って話しながら、敵の動向を探る。
今のでどうやら、早速仕掛けてくる気になったようだ。
《ねぇ。今のでカカシ上忍も気付いたみたいよ》
《いや、気付かないなら、上忍失格じゃねーの?》
《さ、出てくるわよ》
「こんなところに畑カカシがいるとは…通りでただの護衛ごときにやられてくるわけだ」
イノの呟きと同時に、楽しげな響きを持つ低い声音が、その場に聞こえてきた。
そして、声の主が上から姿をあらわす。
「お前は………っ?!」
カカシが驚きの声を上げる。
ざんばらの短い髪に鋭いつり目。口元まで白い布で覆い、背には大きな首切り包丁。斜めにつけられた額宛には、横一文字の傷が入った霧隠れの印。
青年の姿を見て、ナルトたちも少し眉をひそめる。その姿には聞き覚えがあった。
使う術からつけられた、ビンゴブックに載せられる通り名は「サイレントキリング」。

霧の忍刀七人衆の一人―――霧隠れの鬼人・桃地再不斬。

《あぁ。そういやこいつ、抜け忍になったんだっけ》
《っつーか、関わってる七人衆ってこれのことか》
《よかったって言うべきかしら。このレベルで済んで》
三人はこっそりと言い合った。その眼前では、同じく再不斬を見知っていたカカシが緊張感をもって対立する。
「久しぶりだな。カカシ」
「そっちこそっ。抜けたんだってな」
「あぁ。あんなところにいたってつまらないからな」
厳しい顔をするカカシに対して、再不斬は目を細め殺気をみなぎらせる。
一応は動こうとしたナルトを、敵に対して突っ込もうとしていると思ったのか、カカシはすっと手を伸ばして止める。
怪訝な顔をしてカカシを窺うと、こちらを見もせずに答える。
「お前たちは手を出すな」
「何でだってばよ?」
「到底お前らの敵う相手じゃない」
下がってろと言うカカシの様子がいつもと違うことに疑問を覚えながらも、渋々下がる。
そして、しばらくしてカカシ対再不斬の戦いが幕を開けた。


《どっちが勝つかしら?》
《《再不斬が勝つに1万》》
《それじゃ賭けにならないじゃないっ》
《案外決着つかなかったりしてな》
《あー、ありえる。今優勢なのは、再不斬の方だしなぁ》
下がってタズナを守るように見せながら、彼らはのんきに話をしていた。
とはいえ、目の前の戦いは冷静に分析をしている。一見カカシが押しているように見えるが、再不斬がそうとわからないよう陣をひいていく。
《あれ、今相手してるの分身?》
《あぁ。霧隠れお得意の『水分身』、だな》
《今気付いたのかよ、イノ》
《悪かったわねぇ!鈍くてっ》
《気付いただけ、カカシよりは上だよ。見てろ。次で陣が完成する》
《そうみてーだな》
カカシが再不斬の動きをついて、喉元にクナイを突きつける。一瞬勝ったか、とサスケたちの顔が明るくなったが、その瞬間、彼の体は水となって溶けていった。
「終わりだ、カカシ」
いつの間にかカカシの後ろに立っていた再不斬が、術を完成させた。呆然とするカカシを水の球状の膜が取り巻く。
「その『水牢』からは出られないぞ」
「くそっ!」
「そこでお前の仲間とやらが死ぬのを、じっくり見物してるんだな」
低い声で嘲笑し、再不斬は今度はナルトたちに向かいあって、こちらへとゆっくり歩み寄ってくる。
《ヤバイな。こっちへ来るぞ》
《えっと、どうすればいいかしら》
《それより、攻撃も何もしてこない、もう一人のやつが気になるんだけど》
シカマルたちをタズナの側において、ナルトはサスケと共に再不斬へと攻撃をする。
「弱いな。実に弱いっ。それでも忍者かぁ、おい!」
「っこの!」
屈辱に顔を赤くしたサスケが、怖いと(いう演技をしながら)震えるナルトが、全力で何度も切りかかっていく。しかし、《表》のナルトやエリートとはいえ下忍のサスケにかなうわけもなく、あっさりと退けられてしまう。
そうしながらも、ナルトはシカマルたちと会話を続けていた。
《どう思う、シカ?》
《…1、監視している。2、何かのタイミングを計っている。以上》
《ちょっと、それだけ?》
《出てくるまで再不斬と一緒にいたから、あいつの敵じゃねぇ。だとしたら、俺たちかあいつの監視。もしくは何かをやろうとしているか、だ》
第一、隠れてる奴には殺気がない、と言うシカマルの言葉に、イノは納得の返事を返した。
《じゃあどうするの?攻撃してこない、とも限らないわけよね?》
《ナル。一つ提案があるんだが》
《分かってる。隠れてるのを燻りだすついでに、カカシも出すんだな》
《その通りだ。だが、あくまでお前が考えたってことにして提案してくれ》
《何で?別にお前でもいいじゃん》
《意外性No.1、なんだろ?それにいつまでもお前が使えねーやつだ、なんて思われていたくないんでね》
《その意見には、あたしも同感!あと、護衛はあたしたちに任せてくれていいわよ》
《最初っからそのつもりだよ!じゃあ、オレが思いついたのに、シカが助言入れるってことで》
シカマルと相談して、作戦が素早く決まる。そしてサスケに呼びかけ、サクラたちの下へと2人が戻ってくる。
そこで、今の作戦を話し、全員の賛同を得る。
「…なるほど。ドベにしては良い考えじゃねぇか」
「いけるわっ。それなら」
「後方はあたしたちに任せて。ね、シカマル」
「めんどくせーが、ま、いいだろ」
「よぉーしっ。じゃあ作戦開始だってばよっ!」
そうして、彼らは再び再不斬へと攻撃を開始した。


「再不斬さん…」
少年達が戦いを挑む側の、木の上で。
気配を消す白い面をつけた人影は、ひっそりと静かに、呟きを吐息にのせた。



〜あとがき〜
久しぶりの長編です;長かった…。夏休み前に原作確認しに行ったのに。肝心の再不斬さんの登場シーン忘れたし。
とりあえず、波の国編第4弾お送りします。そして、次回はタズナの自宅へ。
次は白君出せるかと。そして修行の日々…は2回にわけて書く予定。留守番を申し出た時のチョウジが言ってた、例の「引っかかる」ことが判明します!
………あ、イナリどんなのだったか、忘れた(笑)