足を止めようとした旅人に、愚者は問うた。
「汝、何故進まぬのか」と。



いざ波の国―当日



 7班の担当上忍に任命されて、初めての里外任務。
いつもよりは短めの30分をしながらも、はたけカカシの心は浮かれきっていた。足取りも軽く、鼻歌を歌いながら待ち合わせ場所へと向かっていく。
(今日から里外へ任務なんだよナ〜。ってことは、お泊りアリ!ナルトと一緒に一つ屋根の下!あーんなことやこーんなことも〜っvv)
依頼人とサクラはどうとでもなるが、自覚無しで突っかかるサスケはどうしようカナっ。
など、もし本人が聞いていたら本性を現して瞬殺ものなことを考えながら、走る。その顔はでれぇっと鼻の下が伸びきっていて、もし誰かが見ていたなら十中八九引いたことだろう。
「待っててねぇ〜っ、マイハニー!!」
本心を口にしながら、カカシは少しだけスピードをあげた。


「………ナニ?この人数」
ところが、着いたカカシを待っていたのは依頼人と7班の子供たち。そして………

「おはよーございますだってば、カカシ先生!」
「ナルト、おはようじゃなくて、おそよう、よ」
「いつもこんな感じなのか?サスケ」
「あぁ…すまん」
「サスケ君が気にする事はないわ。遅刻する人が悪いんだもの」

「な、なんで君たち2人がここにいるノーっ?!」
叫びながら指差す先には、いる筈のない2人の子供。奈良シカマルと山中イノ、である。
指差された2人は顔をしかめて、不機嫌に言った。
「何でって、火影様に言われて来たんスよ」
「そっ。あたしたちも波の国での別の任務を言い付かって、それなら一緒に行けばいいって言われたんです」
「あ、お疑いならこちらの書状を渡すよう、火影様から預かってます」
「……別の任務って何?」
「それは言えません。守秘義務に反します」
「それよりいつまで人を指差してる気っスか、カカシ上忍」
シカマルに言われて、ようやく手を下ろす。だが、2人がついてくることに納得がいかず、7班の3人に聞いてみた。
「いいの?!この2人がついてきてもっ」
「良いも悪いも、火影に言われたんだろ?」
「いいじゃないですか。途中までだって言ってるし」
「みんな一緒の方が楽しいってばよ!」
ぴょんとナルトが抱きついたシカマルを思い切り睨みつけながらも、どうにかならないかと今度は依頼人であるタズナの方へ勢いよく振り向く。
「タズナさんはいいんですカ?!同行者増えるんですヨっ!」
「む、ま、まぁ良いんじゃないかの。任務は相変わらず超心配じゃが、子供じゃし、2人くらい増えたところで、超変わらんと思うが?」
妙な勢いにビクっとしながらもタズナが了承の意を伝えると、カカシはキィっっと変な叫び声をあげて、明後日の方向を向いた。その手にはいつの間にか…ハンカチ。それを噛みしめる光景は、はっきり言ってお近づきになりたくない。
それに慣れない3人は少々引き気味な目でそれを見たが、7班の3人は至って平然として話を進める。
「そろそろ出発時間だし、行きましょうか」
「あの先生、大丈夫かの?超心配なんじゃが…」
「放っとけばいい。いつものことだ」
「カカシせんせ、時々変なんだってばよ」
「いつもあんなのなんだ…サクラたちも大変ね」
「俺ら、7班じゃなくてよかったな」
「そうね…初めてアスマでよかったと思うわ」
シカマルたちは同情の目でナルトたち7班を見た。それにサクラとサスケは気にするなと、頭を振って答える。それには思わずタズナも、カカシより子供たちの方が超しっかりしてる、と心の中で呟いた。
「じゃあ、出発だってばよっ!」
ナルトが返事代わりに声高々に言い、一同はまだおかしな動きをするカカシを放って、波の国へと行き始めた。


 7班+αのご一行は、途中まで道中何事もなく進んでいった。
「で、どうしたんだ?」
「その後カカシ先生とサスケが喧嘩し始めて、結局オレとサクラちゃんだけでミーコ探したんだってば」
「そいつは大変だったなぁ。いっそ俺たちと一緒ならよかっただろうに」
「今からでも遅くないなら、お邪魔したいくらいだってばよ〜」
あ、サクラちゃんも一緒にね、と付け足して話すナルトの笑顔がまぶしい、とカカシとサスケは思った。だが、肝心話している相手は彼らのどちらでもなく……シカマルである。
タズナのすぐ後ろを歩く二人は、ただの友人以上に仲がよさそうだ。それをその後ろでぎろりと睨みつける。出発してから、サスケはあまりナルトと話をしていない。カカシなど一度もだ。
ずっとあの調子でシカマルと話しているか、時々前のタズナと会話を交わし、一番後ろのサクラ・イノと笑いあう。ナルトの眼中にはサスケたちは写っていないようだ。
 と、突然、シカマルがサスケたちの方を見た。何事かと彼を見ると。
「「………っ!!(おのれっ、シカマルっっ!!)」」
ナルトにバレぬよう、べっ、と舌を出すと、素早く元に戻ってまたナルトと話し始める。それが癪にさわり、カカシとサスケは更に強く、シカマルを睨みつけた。
「…ねぇ、前のバカども。何やってるの?」
「さぁ。放っときなさいよ(シカマル…更に煽ってどうすんのよっ)」
「イノ。私さ、最近サスケ君とカカシ先生がどんどん似てきてる気がするのよ」
「あたしもそう思うわ。サクラも大変よね、ホント」
あきれた女子2人の視線が刺さっているのも、気にならず。似たもの師弟は、意中の相手を独占する少年を、一心に睨み続けた。


 ふと、一行が進む先の道端に、水溜りがあった。最近雨が降った覚えなどないのにあるそれは、いかにも不自然なものである。
《ナル、気付いてるか》
シカマルが陰話で話しかけてきた。表上、何もないようにシカマルと話をしながら、同じように陰話で返す。
《気付けないようなら、総隊長なんてやってない。イノ》
《はいは〜い。一応報告。敵は2人で水溜りに潜伏。レベルはそこそこ下。あれで、ようやくカカシ上忍も気付いたみたい》
《…先に言っておくが、何があっても、お前らは何もするなよ》
《え〜っ?!》
《めんどくせーし、ちょうどいいか》
《ちょっと、シカマルっ》
《イノ。これは7班の任務で、俺らには関係ない。そう言いたいんだろ、ナル?》
《そ。シカよくわかってる!…それだけじゃないけどな》
《は?ま、いいけど。ただし、あんまり怪我すんなよ》
《怪我させない相手ならいいんだけど》
「ナルト、ちょっと黙ってネ」
カカシがシカマルと話すナルトにそう告げて、一行の足を水溜りを過ぎた時点で止める。サスケも気付いたようだ。サクラと表のナルト、依頼人のタズナだけが不審気な顔をしている。
「どうしたんです?カカシ先生」
「そうじゃ。ワシは超急いどるんじゃぞ」
そして、じゃらり、と鎖の擦れる音がした。
「「死ねーっっ!!」」
水溜りから飛び出した2人がカカシへ鎖を投げつける。それを避け損ねて、カカシは拘束される。驚き怖がる面々に、敵はにやりと笑った。
《どうでもいいけど、レベル低いわ。動きに隙ありすぎ》
《仕方ねーだろ。どうせ三下の抜け忍だろーが》
敵に怯えた振りをしながらも、陰話では貶すイノとシカマル。それが筒抜けになっているナルトは内心苦笑を得ない。
だが、カカシを抑えたと思い込んだ敵は、今度はナルトを標的にしたのか、彼の方へ奇声をあげながら走ってきた。怖いという表情を作りながらも、ナルトは足一つ動かさない。
《ナルっ!!》
サクラと一緒にタズナをかばうように立つイノが、声に出さずに呼びかける。最初の攻撃は手の甲に傷一つで逃げた。そこへ次の攻撃が来る。あと一歩というその時…

カンっと金属の重なる音が響く。ナルトに振り下ろされた攻撃を防いだのは、サスケだった。
「よくやった、サスケ」
カカシの声が聞こえた瞬間、敵は、一瞬にして吹っ飛ばされた。隙をついて、彼らにクナイを突きつける。カカシが大人しく帰れと言うと、敵は怯えたように、一目散に逃げていった。
《追った方がいいか?ナル》
《いい。どうせガトーのところだろ》
《…もうっ!ちょっとは避けようとしてよねっ》
《悪い。今の段階であいつらがどれだけ動けるか見たかったんだ。ま、それはカカシも一緒だったみたいだがな》
そう陰話で話すナルトの顔は、サスケに『ビビリ君』呼ばわりされて、悔しさと怒りでいっぱいの表情を作っていた。一触即発な雰囲気をカカシがなだめようとする。
「ナルトの手当てに一度戻ろうか」
「えっ?それって…」
「大丈夫だってばよ?!」
「あのねぇ〜、さっきのヤツの刃に毒が塗ってあったんだ。このままじゃ毒が回って死んじゃうゾ。それにタズナさんの依頼について、もう一度詳しく聞きなおす必要がある」
里に戻ろうと言うカカシに、その場は帰る空気に呑まれかけていた。しかし、こちらにしてみれば、帰られたらもう一つの任務ができない。
《どうするの?このままじゃあたしたちだけ行かされるわ》
《それじゃあ来た意味ねぇしな……ナル?》
思わずナルトの方を見たシカマルは、ナルトがクナイを掲げていることに気付いて、訝しげな声をあげる。
「おいっ、ナル…」
シカマルが言い終える前に、ぐさり、と音がした。それに全員が視線を向けて、ギョッと驚いた。
「これで、毒は抜けるってば」
「ナルト…」
「おっさんは、オレが、守るってばよっ!任務続行だ!!」
その真剣な表情に、全員が息を飲み、心を打たれる。どうだ、とナルトに視線を向けられたカカシは、呆れたように首を振った。
「続けるのはいいんだけどネ。でも、それ何とかしないと、出血多量で死ぬよ?」
「え?……うぎゃぁぁぁっ!忘れてたっ!!」
叫ぶナルトに、可愛いなぁとカカシは思う。傷は大丈夫かと尋ねられて手の甲を見、そして、すぐに硬直した。
(手の傷が治りかけている………?)
「は〜い。そこどけてね、カカシ先生」
「ほれ。めんどくせーが、染みるぞ。我慢しろよ」
訝しげな顔をしたままのカカシを横へやるように、不機嫌顔のイノとシカマルが割り込んできた。どこから取り出したのか、傷薬と包帯を使って、そのままテキパキと手当てをする。
《このバカっ!!自分で自分を怪我させるやつがいるかっ》
《うっ…ごめん;》
《毒抜きなら、もうちょっと違うやり方があったじゃないっ》
《全くだ。お前はもう少し自分を大事にしろ!》
《…シカマル、何か怖い》
《自業自得だ、バカ》
寿命が3年は縮んだと伝えてくる彼と、サクラたちには見えない位置で泣きそうな顔をする彼女に、ナルトはもう一度ごめんと、今度は小さく声に出して呟いた。
 けれど内心とても嬉しかった。自分のために怒ってくれる人がいること。他にもそんな人は里に数名いるけれど。誰にも決して言わないけれど。この2人が心配してくれる事が、何よりも嬉しく思えて、少しだけ微笑んだ。


 カカシは、イノとシカマルがナルトの治療をするのを見つめながら、ふと思った。
(今のは九尾の影響か…?けどあの二人、今ナルトの傷を俺から隠すように動いた…?)
疑惑の目でじぃっと見るカカシの視線に、もちろん3人は気付いている。
《ねぇ、見られてるんだけど;》
《今のがマズかったか?》
《ちょっと不自然だったかしら》
《傷が治りかけてたのを見てたからなぁ。そこから不審に思ったのかも》
《これから先、目を付けられるかもな。めんどくせー》
《はいはい。とにかくバレないように動くこと。いいな?》
《了解》
これでよし、と巻き終わった包帯をぺしっと叩いて軽口を叩きながら、陰話でそう伝える。
にっこりと笑いながら治療が終わったとカカシに伝えると、複雑な笑顔を返してくる。さすがに九尾の力をかいま見たのと、普通ならありえない忍に狙われる状況にいるのとで、ナルトにべったりとくっつくことはできないらしい。
代わりに静かな口調で、黙りこくるタズナに説明を求めた。
「さて、タズナさん。この状況、どういうことか、説明してもらえませんか?」
請われたタズナは、それに数瞬ほど迷い、渋々とナルトたち3人だけは既に知る『事情』を話し始めた。


これから起こる物語が、静かに幕をあげる。
それは、思いもよらぬ出会いをもたらす活劇の、上演合図を空へと鳴り響かせた。



〜あとがき〜
ようやく書きあがりました。波の国・一歩手前編。
…当初の予定ではこの後出るお二人さんの登場で一旦きるハズだったんですが;
原作見直して、最近ちょいと構想が変わったのが原因の一つです。個人的にはそっちの方がいいかなと。
というわけで、まだまだ続きます。