その日。 暇だから訓練代わりに、と物騒な森を抜け、家主がまだ帰っていない屋敷へと着くと。
そこにはかつての教え子(留守番中)と家主の片割れである神狐(留守でいないハズ)と……見知らぬ2人が立っていた。
「………え〜と、どちらさまでしょう?」
しばらく見つめあった後出てきた己の第一声は、何とも間の抜けた響きになった。



「おかえりなさい」と「ようこそ」



 昼間の騒ぎが完全に静まり、白く染められた町が月明かりに照らされる頃。
郊外の一角にある建物の中で、いかにも殺人鬼やごろつきという風情の男達が、各々武器を持ち士気を高めていた。
それを眺めて嫌らしい笑みを浮かべるのは、サングラスをかけた中年の男………裏社会では何かと有名な、ガトー本人である。
彼はこれから、様々な妨害にも屈せず橋を架けようとする、目障りな町人たちを襲おうとするところだった。
しかし何故こんな夜遅くなのかというと、本当なら昼間に仕掛けるはずだったのだが、気が付けば全員が眠りこけており、時刻は既に日が沈んだあとだった。理由は誰も知らないが、おそらく前日に酒でも飲み過ぎたのだろう、ということで処理された。
「今まで殺りたくて、随分我慢してきただろう。金は出すっ。今宵は存分に暴れてくれ!!」
ガトーの一声に、野太い歓喜の声があがる。頼もしいと感じた彼は、今日こそ邪魔者を一掃してやれると自信に満ちていた。
「そうはいかないぜ」
ふいに透明な声が届き、歓声はざわめきへと変わった。
「な、何者だっ!?どこにいるっ」
「あ〜ら。そんなこともわからないのかしら」
上よ上っ、と明るく言われて見上げた先には、3つの人影。いずれも黒いマントを頭からすっぽりと被り、それぞれ白い狐・青い龍・赤い鳥の仮面を着けている。
「商人ガトー、及びこの場にいる者全て。依頼につき、今より抹殺させてもらう」
最初の声が、冷たく言葉を紡いだ。それに男達はたった3人で戦るのかと笑い出し、ガトーは狼狽した。
「だ、誰からの命令だっ!」
「依頼には守秘義務がある。言う必要はない」
「つまり、お前はやりすぎたってことだ。そろそろ目障り、なんだとさ」
人影の一つが、酷薄に笑う気配がした。取引相手の誰かが依頼者なのだと知ったガトーは、己の迂闊さをひとしきり笑うと、男達に命令を下す。
―――すなわち、あの3人を先に殺せ、と。

「やっぱりこうなるのよね」
「なめられてるよなぁ。んじゃ、ちょっくら暴れてやりますか」
同意を求めるように、彼らは真ん中にいた白狐の青年に視線をやる。
「黒焔、刹那。一人も逃がすな。この場にいる者は、全て殺せ」
「「了解っ、緋月!」」
命令は静かに出され、木の葉の暗部3人は即実行に移した。

闖入者の実力は、その場にいた誰の想像をも遥かに超えるものだった。
たった3人の若者だ、と思われていた3人はすぐに分散したが、誰もが彼らに斬りかかる前に傷を作り、あるいは倒れてしまう。
丸い刃が、赤と蒼の光が、銀色の糸が、縦横無尽に空を駆けていき、次々に人間が物言わぬ塊へと変わり果てていく。
既に雇い主であったガトー本人も、命を絶たれたあとである。
(くそっ、あんなのが出てくるなんて予想外だ!は、早くあの方に報告を……っ)
男は一人、誰にも気付かれずにあの場から抜け出してきていた。彼の目的は、ガトーの護衛となり事業の様子を主に報告することにある。
しかし、それを果たすことはできなかった。
「どこへ行く?」
冷たい声が、男をその場に留めた。恐る恐る振り返れば…そこに、白狐の面を被った青年がいた。マントのフードは後ろへ追いやられ、血のように赤い髪が夜の空気に晒されている。
「ど、どこって…帰るんだよ!雇い主は、し、死んだし、もうこれ以上いたって意味ないだろっ!!」
「そう。帰る…ね。どこへだ?」
「んなこと、てめぇに言う必要はねぇだろうがっっ」
再び前を向いて走り去ろうとしたその時、男の喉から悲鳴が漏れた。
「ひぃ………っ」
首元にひやりとした感触がある。数秒後にようやくクナイを突きつけられたのだと、理解できた。口の中がカラカラで、声が出ない。
「あぁ。北の蛇の元へ、か?」
氷を背筋に流し込んだような感覚が、男の身を支配した。
絶対的な恐怖。気配一つで、この青年は己を殺すことが出来るのだ、とここに至って男は悟った。
「答えろ。やつは何を企んでいる?」
「…し…しらな……」
「何も、か?」
「あ、あぁっ!知らないっ、あの方が何を考えてるかなんて聞いたことない!俺はただここでガトーを見張れ、としか言われてないっ」
男の声が裏返る。もちろん青年は、男が恐怖で主が『蛇』であることを否定し忘れていたのに気付いていた。
青年がもう一度念押しすると、男はぺらぺらと与えられていた任務について、話し出した。
「ほ、本当だっ。ここで護衛をしながら、ガトーの事業でこちらの不利益になることと、一際怪しい金の動きがあったら、報告するようにしかっ……」
「金の動き……?」
「あぁっ。何でも、何かでっかい組織を探していて、そいつの居場所も概要も全くわかんねぇから、資金面から探れば見つかるんじゃないか、とか!」
「組織……そいつの名は?」
「そ、そこまでは……っ」
男の目が逸らされた。本当に知らないようである。他に知ることは、と聞くと、男はそれ以上はない、と答えた。
そして、青年はさっきまでとは別人のような、柔らかく艶やかな雰囲気を纏った。誰もが振り返るだろう、魅力に惹きつけられる。男も例外でなく、突如変わった気配に戸惑うことを忘れてほぅと見蕩れた。
「そうか。ご苦労様。ではもう…用は、ない」
すっとクナイの軛から男は解放された。呆けていた男だったが、それに気が付いて慌てて逃げようとする。
しかし、それはできなかった。
青年の左手がすっと、宙を凪ぐ。次の瞬間、銀糸が男の首を刎ね、身体は切り裂かれていた。
「…『蛇』が探している組織、ねぇ………」
男を殺した雰囲気は全く見えない口調で、静かに青年は呟く。
そこへ、建物内にいた標的を全て殺し終えた2人が歩いてきた。
「緋月っ。お疲れ様!」
「おーい、こっちは終わったぞ……って、逃げたやつがいたのか」
「あぁ。結界は張ってあるけど、遠くまで行かれても面倒だったし」
「でも、あとは死体を全部燃やしてここを倒壊させれば、後片付けは終了ねっ」
「やぁっと、帰れるなぁ。1週間程しか経ってねぇのに、何か1ヶ月くらいかかった気がする…」
「ほんっとうに大変だったわよね。カカシは寝込むし、サスケ君は仮死状態になったし、思わぬ拾い物もしたし」
「あー、疲れた…。これで、帰ったら書類が大量に待ってるなぁ。……めんどくせー」
2人の会話に、いつの間にか青年は微笑を零していた。それは、先程とは正反対の、暖かい笑み。
「じゃあ、帰ろうか。チョウジたちにおみやげ買いながら、な」
先に行かせた待たせ人もいるし、と青年は内心そう付け加えながら、本来いるはずの場所へと2人と一緒に歩き出した。


ナルトたち7班+2人が木の葉の里へと帰ってきたのは、旅立ってから実に10日後。
カカシは報告にアカデミーへ、サスケは病院へ念のため検査に行くよう言われたため、里に入ってすぐに別れた(もちろんサクラはサスケの付き添い)。
疲れていたのを察したのか、迎え入れた『霧幻の森』は主とそのご一行を数分の内に屋敷へと送り届けてくれた。
『ただいま〜』
『お帰り(なさい、キュー)』
玄関の扉を開けて入っていくと、4重に返された言葉。
4重であることに首を傾げた3人が見ると、応接室ではチョウジと秋華、先に来ていた白と再不斬に……イルカがいた。
「あれ?何でイルカ先生がいるの?」
「暇だったからなんだが、来ちゃ悪かったかな?」
「そんなことはないよ。久しぶりに会えて嬉しい」
「俺もだ」
癒し系な2人が話す和やかな雰囲気の中、お菓子を食べていたチョウジが声をかけた。
「もぐもぐ…で、おみやげは?」
しっかりと差し出された右手に、シカマルは持たされていた袋を渡す。中を覗けば、抹茶団子や川サブレなどたくさんのお菓子が入っている。
「これでいいかよ…」
「うん。ありがとう!シカマル。イノもね」
「どういたしましてっ。喜んでもらえて嬉しいわ♪」
「いや、お前何もしてねーじゃんっ。買ったのもここまで持ってきたのも、全部俺だろ!!」
「細かいことは気にしない、気にしない」
「細かくねーし、お前にだけは言われたくねーっ」
「あははは。けど、道中何もなくてよかったよ」
「…そうでもねぇ。疲れた。あ、それ、みやげな」
「俺達を『それ』扱いするなっ!!」
さりげなく言われて、仏頂面の再不斬が憤った。それを宥めながら、隣に座る白はナルトに戸惑いの視線を向ける。
「あのぅ、本当にここがナルト君の家なんですか?」
「あぁ。最初に言っただろ?」
「えぇ、聞きましたけど…一介の下忍がこんなに広い家に住んでるのも、変な気がして」
「……もしかして、何も話してない?」
イルカとチョウジに問いかけると、2人とも首を振って肯定を示した。聞けば、数時間程前に庭先で掃除していたチョウジと彼らが会っている所にイルカがやってきて、お茶をしていただけらしい。
「けど、よく「サイレントキリング」をおみやげにできたね」
「途中で会ってな。人手不足解消にしたいから、とイノの要望だ」
「っていうか、こいつは何なんだっ。下忍のくせに、名前聞いただけで俺のことを一発で当てやがったぞ」
「こいつって何よっ。あたしの幼馴染で相棒で、チョウジっていう名前があるのよ!」
「名前を聞いてんじゃねー!」
「あの、僕達、貴方の私兵になる以外、何も聞いてないんですけど」
そうだったか、とナルトは首を傾げた。そういえば、指名手配取り消す、とか暗部に迎えたい、とかしか言ってない。
その時、だんっと机を叩く音がした。再不斬だ。
「納得いかねぇ!!あんな詐欺に負けたのもだが、何より、俺の上司になるってやつが、俺より弱いのが一番気に食わんっ」
その言葉に、ナルトをよく知る4人が一斉に顔を見合わせた。顔には信じられない、と目一杯書かれている。
「…お前、本当にナルトが弱いと思ってんのか?」
「あぁ?違うのか?あんなダメっぷりを見りゃあ、誰でもそう思うぞ」
「う〜ん…ナルの完璧な演技が仇になったわねぇ」
「一体、何があったんだ?」
「まぁ、その話は後にして、だ。あのなぁ、ナルは……」
「いい、シカマル。…気に食わない、ね。だったら今から、オレと戦ってみるか?」
シカマルの言葉を遮って、ナルトは再不斬に新たな申し出をした。
「いいのか?お前を殺すかもしれねぇぜ」
「いいさ。もし殺せたら、あの約束はなしにしていい。それに、オレもお前の力をちゃんと把握しておきたいからな」
「その言葉、忘れるなよ」
にやりと笑って、驚く当人達以外が見守る中、2人は庭へと出て行った。

「勝負の方法は?」
「一対一で、無制限、術は無しで、武器は使用可。相手に降参させるか、殺せればOK」
「わかりやすくて結構なことだ」
「その前に…これ」
ナルトが取り出したのは、細長い白布。何に使うのかと視線で問えば、自分を目隠ししろと言ってきた。
「はっ、正気か!?」
「それほど自信がある、とは思わないのか?あ、お前に頼むのは不正したと思われないため」
「……ちっ。本当に殺してもいいんだな?」
「できるのであれば」
不敵に笑うナルトに、再不斬は機嫌を降下させていく。そして、布を白に渡して目隠しするように言った。
「え、僕が、ですか?」
「あぁ。しっかりやってやれ」
「……僕が不正するとは、思わないんですね」
「お前のことは俺が誰より信頼している」
思いがけず聞いた本音に、白は頬を緩めると、ナルトの目にしっかりと布を巻いてやった。
「…ねぇ。ナル、大丈夫かしら?」
「問題ねぇよ。これくらいでやられるようなやつじゃない」
「けど、心配だよね。うっかり手元が狂って殺したりしないか」
ナルトが、とチョウジに付け加えられ、それを聞いてしまった白は、首を傾げるばかりであった。
審判をするイルカが、両者を見て、開始を告げた。
「では、開始!!」
合図と同時に、再不斬がナルトに突っ込んでいく。獲物とする大包丁で斬りかかるが、ナルトは紙一重でそれをかわした。
2撃、3撃と攻撃をするが、全て見えているかのように、するりと避けてしまう。
「くそっ、何で当たらねぇんだ!!」
だが、包丁を横薙ぎにした瞬間、ナルトの姿が消えた。

勝負は一瞬だった。

ふと見れば、彼の姿は包丁の上にあり、そのまま間合いを詰めた彼は、再不斬の首にクナイを突きつけていた。
驚愕に彩られた再不斬は、凍りついたように動かない。
「お前の、負けだ。再不斬」
勝敗を告げると、すっとクナイを引いて包丁の上から降りる。音が一切聞こえない、綺麗な着地だ。
呆然としていた再不斬は、降りたのに気が付き、悔しそうに唇を噛み締めた。
「再不斬さん……」
「…わかってる。お前は不正なんかしてねぇし、あいつは強い」
(何だ、あの静かな闘気はっ。俺だからよかったが、弱いやつなら多分殺気だけで射殺せるだろうな)
桁違い、だと身を以って再不斬は思い知った。しかし、これほどまでに強い存在を、彼は知らない。
「お前……一体、何者だ?」
再不斬に睨みつけられるように、白に困惑の視線を向けられて、ナルトは目隠しを外す。
印を組み、変化を解くと、特有の煙から出てきたのは、一人の少女。
光を集めたような金色の長い髪をツインテールにし、神の造詣かのごとき白皙の美貌。
そして何よりも印象的なのは、底の見えない、海よりも深く空よりも煌いた、透明な蒼穹の瞳。
「貴女は…っ」
驚く白に、少女は微笑むと、透明なソプラノで言葉が紡がれる。
「木の葉の里暗殺戦略特殊部隊において零番隊所属、そして総隊長……緋月、改め、うずまきナルトだ」
どうぞよろしく、と彼女は、極上の笑みを浮かべた。



それは、陥落した瞬間。
こうして、霧幻の森に決して表には出ない新たな住人が増えることとなった。



〜あとがき〜
やったぁっっ!無事、波の国編が終わったぁ!! というわけで、波編最終話をお届けします。いや、実に長かった(遠い目)。半年近くかかったんじゃないでしょうか。
おみやげも無事ゲットし、蛇の動向もすこーしわかり、だけどまだまだ続きます。早くあの人とかテマリ姉さんとか書きたいな♪
けど、とりあえずはここまでお付き合いいただき、ありがとうございますっ。
さてお次は中忍試験に移る前にちょいと閑話を挟もうと思います。謎の色男と忠実で可愛いワンちゃんのご登場です(でもオリキャラ;)。