予兆の手紙
秋の夜も深まる頃。火影の執務室では外の虫たちの声にまじって、書き物をする音が静かに響いている。そこへ扉を叩く音がして、火影はふと顔をあげた。
黒白街―――それは、火の国と何処かの国の境の何処かにある、大陸一の妓楼が集まってできた花街である。その評判というと、妓女・男娼…誰もが一流を目指すならここと謳われるほど。
しかし、と封を開けながら、ナルトは首を傾げた。 『前略――お久しぶりです。新しい生活には慣れましたか?あなたの察し通り、私は今黒と白の街にいます。 追伸:年始には挨拶をしに一度帰ります。』 誰宛も差出人の名もない、ごく簡単な短めの文章。ふわりと便箋から微かにミズキの花の香りが漂う。 「………だって、さ」 「経過報告、というわけですか」 「…普通、ワシに送ってくるのが通りではないかの?」 「いいじゃんどっちでも」 「………(泣)」 今まで孫のように可愛がってきた子供に、にべもなく返され火影は落ち込んだ。だが、火影を邪険に扱って撃沈させた少年は、それに取り合わず、手紙を真剣な目で凝視しながら呟く。 「んなことより…蛇、か」 「北の蛇、ねぇ…心当たりあり過ぎ」 「私ではどこかの誰かさんしか思い浮かばないわけですが…どう思われますか、ナルト君?」 苦笑まじりのハヤテの問いに、ナルトは苦いものを飲んだような、嫌な顔をする。 「オレも同感;全く、この時期に活動しだしたって事は、狙いはやっぱりアレかな」 ため息をついて、お茶を飲み干す。其処に残った渋みに顔をしかめて、ナルトは話を続けた。 「里の結界も一度確認しておくとして。あー、警備も見直しする方がいいかな。二人も気をつけておいて」 「了解、総隊長」 「わかりました。今いない二人にも伝えておきますね」 「あぁ。頼むよ」 ちらりと火影を横目で見ると、険しい顔をしながらナルトへ話しかけてきた。 「ナルトよ。わかっておるじゃろうが…」 「わかってるよ。だけど、今はまだまだその時じゃないし、あっちも来ない」 約束は守るよ、とナルトが言うと、火影は微笑を浮かべた。それに少しだけ3人は、辛そうな表情を浮かべたが、すぐに打ち消す。まずはミズキからの手紙の内容をどうするか、が大事なのだ。 「でも、ちょっと気になるよな。どうにか掴めればいいけど、これを他の奴らに伝えるわけにはいかねぇし」 「本当ですね。火影様はもちろんのこと、私達もそう何週間も離れるわけにはいきませんし」 「かと言って、他に誰か、も思いつかないしなぁ」 難しい顔をして考え込む2人の傍で、ナルトはミズキからの封筒と手紙を掌の上で印も組まずに出した青い火で燃やしながら、静かに呟いた。 「一番良いのは、オレ自身が………あ、そうか」 はた、と名案が浮かんだと言わんばかりに手を打ち、にっと笑いを浮かべて火影を見る。その表情はまるで悪戯を思いついた時のようで、火影は思わず冷や汗をかく。 そしてナルトは、一瞬にして座っていた椅子から、火影の机の真正面に立ち、机に両手を置いて彼ににじり寄った。 「じっちゃん!『うずまきナルト』を里外任務に出してくれっ!」 「はっ?!な、なんじゃとっ」 「できれば、西の方…だから、波の国とか水の国とか。別に火の国内でもいいし」 「じゃ、じゃが。上層部はどうするんじゃ?!大体お主は下忍になってまだ一月半余りなんじゃぞっ。まだ認められるわけがなかろう!」 「そこは火影サマのありがた〜い権威を使って、さ。それに、別に任せたって悪くはないはずだぜ。下忍は二月以上里内のDランクしかやってはいけない、なんて規定は見たことも聞いたこともないし。 おまけに『下忍のナルト君』なら、そろそろ大きな仕事がしたいって我侭言い始めても、誰も不思議には思わないって。現にサスケだってそう思ってるみたいだしな」 「くっ……ハヤテ、ゲンマ!お主らも何とか言ってやれっ」 突然話の水を向けられた2人だが、彼らは仕方なく、落ち着き払った声で言った。 「そうですね、いいんじゃないですか。なかなか」 「全然おかしくはないと思うしな。良い案だと思うぞ」 「だろっ♪」 「お主ら……(怒)」 「仕方ありませんよ、火影様。他に誰を行かせられます?この件を知っている者はごく僅かな上に、私達の中で情報収集やらが一番得意だったのは、ナルト君を除けば、諜報にいるミズキなんですよ」 「それに、今回は伝説の蛇絡みでしょ。もし隊長の許しを得て、零班の3人を使うにしても、あいつらはあの方を知らないから。最悪、本人出てきた場合、危険ですよ」 「いや、ゲン兄。今回は蛇出ないと思う。って言うか、オレあいつら使う気なんて全くないんだけど」 大切なだけに危険な目に会うと予測される任務には、昔も今も彼らを出さず自分でやることにしているナルトである。 止めると思われた二人に(冷静に考えれば彼らがナルトに反対するはずもないのだが)裏切られ、火影は焦り始めた。このままではナルトの言う通りになってしまうのだ。ナルトは笑顔で火影に言う。 「で、じっちゃん。オレを外に出してくれない?ランクはDに近いくらいCでも大丈夫だと思うしさ」 「……いや、しかし」 「いいから、外出せ(にっこり)」 「………;」 「いいの?このまま拒否するなら、ショックのあまり、オレ書類に何書くかわかんないよ。ってか一つも手、つかないかも」 「いかんっ!それだけは止めてくれ!ワシ一人じゃ処理しきれんのじゃ!!」 「…じゃあ、やってくれる?」 「……………仕方、あるまいのぉ」 「やった〜っっ!!」 諸手をあげて喜ぶ姿を見て、まだまだワシも甘いな、と火影は少々情けなさを感じてしまったが、ナルトが喜んでいるのでよしとしよう、と腹をくくるのだが…。 (だが、いいように扱われているような気がするのは気のせいかの…?) と、一方ではそう思ってしまう火影であった。 「いよいよ外へ出られるな、ナルト」 「上層部の方々がまたうるさく言いますね」 「気にしないっ。さ〜てと、仕事しますか。ハヤ兄、ゲン兄。今のうちにこの後の任務説明しておこうか?」 「お、そうだな。聞いとくか」 「えぇ、お願いします。緋月総隊長」 「じゃあ始める。今回の二人の任務は……」 ナルトは今夜の任務説明をし始める。火影がその隙にと自分の書類を何十枚かナルトの机にこっそりと足しているが、苦笑して見ない振りをしてやった。 二人も火影もそうして本来の仕事へと戻って行く。
〜あとがき〜 |